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メイドさんご来店

◆少し前に出てきたチョイ役で出てきたメイドさんが再登場です。

 その日の万屋はいつもと雰囲気が少し違っていた。

 なにが違うのかといえばそれは元春の態度。

 いつもならだらんとだらけてお菓子を食べながら漫画を読むか、ゲームをしているかの元春が、そわそわとカウンター前の通路を行ったり来たりしているのだ。


「少しは落ち着きなよ」


「だってメイドさんが来るんだぞ。これが落ち着いていられっか」


 挙動がおかしい元春に落ち着けと僕が声を掛ける。しかし、元春は全身を大きく使ってオーバーリアクションでその思いを表現する。

 そう、今日これから、マリィさん付きのメイドさんが鏡の異世界にアタックする時に使う装備を取りにやってくる。

 元春は初めて遭遇するリアルメイドさんになみなみならぬ期待を抱き、らしくもなく緊張をしているのだ。

 因みに僕はマリィさんの城に勤めるメイドさんとは既に何回も会ったことがある。

 軟禁状態の古城で、定期的に送られてくる物資だけではどうしても不自由な生活になってしまうと、週に一度はメイドさんが交代でこの万屋に買い出しにやって来るのだ。

 元春が今までメイドさんに出くわしていないのは、単純に元春が所属する写真部の定例会議がメイドさん達が訪れる曜日とかぶっていたからに過ぎないのだ。

 この万屋にやってくるようになって三ヶ月ほど、ようやく知った。いや、知ってしまった。リアルメイドさんとの遭遇チャンスに元春は落ち着きをなくしてしまっているのだ。

 とまあ、そんなこんなで、元春を宥めながらも待つこと数十分、ゲートから光の柱た立ち上り、程なくしてマリィさんが万屋に入ってくる。


「お邪魔しますの」


 マリィさんが連れてきたのはそれぞれ違うタイプのメイドさん。メイド長のトワさんを筆頭に、燃えるような赤髪が特徴的な男装の麗人ウルさん。そして、若干十三歳でありながらナイフの扱いに関しては右に出るものがいないといわれるルクスちゃんの三人だ。

 さて、メイドさん達が来たところで、さっそく装備のお披露目といきたいところだけど、元春のテンションを考えると、まずはメイドさん達の安全を確保するのが先だろう。

 僕はいかにも粗相をしそうな元春の姿を探しながら、マリィさんにその辺りの事情を説明しようと声をかけようとするのだが、その途中でふと店内の違和感に気付く。


「どういたしましたの?」


「いえ、ついさっきまでそこに元春がいたハズなんですけど、どこかに行ってしまって――」


 僕はマリィさんからの声に応じながらも、()はどこから攻めてくるのか分からない、ぐるっと店内に警戒の視線を走らせる。


 ――と、居た。


 どうやら元春はマリィさんが入ってきたのを見て、和室にある掘り下げテーブルの足元に逃げ込んでいたようだ。


 しかし、どうして隠れたんだろう?

 元春ならすぐにでもメイドさん達に声をかけ、何かやらかすと思っていたんだけど……、


 僕は元春らしからぬ行動に不信を抱き、マリィさんに「ちょっと失礼しますね」ことわりを入れて和室に上がると、そこに隠れる元春に声をかける。

 すると、


「ヤバイ。惚れた」


「は!?」


「は!? じゃねーよ。あのお姉さんに惚れたんだっての」


 おおう。どうやら元春はメイド長であるトワさんに恋をしてしまったようだ。

 元春は和室にあるテーブルの掘り下げ部分から顔を半分覗かせて、オールバックのお団子ヘアがピシッと決まっているトワさんに熱い視線を送っていた。

 しかし、トワさんと言ったら――と、マリィさんも僕と同じことを思い浮かべたようだ。


「虎助、この男は本気で言っていますの。トワと言ったら――」


 さりげなく僕についてきていたマリィさんが、一つトワさんに関するとてもプライベートな情報を口にしようとした瞬間、底冷えするような気配とともにカウンターの向こうで微笑むトワさんからお声がかかる。


「姫様――、それに虎助様も――、先程から何を話しておられるのでしょうか」


「な、なんでもありませんの。ちょっとそこの影に隠れているお馬鹿さんが気になって、どうして隠れているのかを確認していただけですの」


 まるで鋭いナイフを突きつけるようなトワさんの横槍に焦ったように取り繕うマリィさん。

 うん。どうもこの話題はトワさんにとって地雷みたいだね。

 僕も下手なことを言ってお仕置きされたくないから、改めて説明するまでもないだろう。

 取り敢えず、らしくもなく大人しい元春は、ベル君の監視下に置いて放置ということで処理するとして、


「じゃ、じゃあ、早速ですけど装備を見てもらいましょうか。 でも、お店の中だと動きの確認まではできませんから訓練場に移動ですかね」


「いいんですの?」


 緊迫した雰囲気を誤魔化すように、いざ本題と――話を変えた僕の声に、マリィさんが訊ねてくるのは、訓練場と聞いて、前に日本刀の実験に使った裏の工房にある稽古場をイメージしたからだろう。

 でも――、


「実は他のお客様にも武器の試用が出来るように、お店の横に新しく稽古場みたいな場所を作ったんですよ」


「そういえば万屋の改装から少しして石壁が新しく作り直されていましたわね。てっきり見栄えを気にしてと思っていましたが、あれはこの為でもありましたのね」


 そうなのだ。以前から工房を囲む石壁から飛び出るように立てられていた万屋だったが、売り場面積を増やすべくした改装によって万屋が更に細長い建物になってしまい、結果的に工房を囲う石壁から大きく飛び出す形となり、不格好だからと夏休みの後半になって新しく石壁を建設していたのだ。

 だが、その石壁を作ったところで前にあった石壁を壊すのはもったいないと、二つの石壁のあいだに一般のお客様も使えるような武器や防具の性能実験をする訓練場を作ったりしてみたのだ。


 ということで、カウンターのすぐ横、応接スペースに隠れるように作りつけられていた入り口から訓練場に移動して、まずは全員共通の装備であるドレスアーマーを見てもらう。

 因みに予め用意しておいたドレスアーマーは、マリィさんのリクエストにより、魔鉄鋼(ミニオン)製の鎧にエルライトメッキを施した黄金の鎧となっている。


「あの、さすがにこれは派手すぎるのでは?」


「ピカピカなのです」


「これじゃあ、すぐに敵に見つかってしまうよ」


「ですよね――」


 トワさんの声を皮切りに、それぞれの感想を口にしていくメイドさん達。

 見たままの感想をキャッキャと口にするルクスちゃんを除き、年長の二人が微妙な反応だ。

 出来上がってみてから、僕も『まるで希少な金龍から作った成金装備みたいにキンキラキンなドレスアーマーだなあ――』なんて思ったりもしたのだから、トワさん達がそう言うのも分からないでもない。


「そうですか、わたくしは凄くいいと思うのですが」


 しかし、アイデアを出したマリィさんからしてみると、この黄金の鎧は理想の一つであるのだろう。年長の二人の反応に不満そうな顔をするのだが、


「今回の場合、目的が探索ですから、あまり目立つ鎧は実用的でないのかもしれませんね。まあ、この反応は予想していましたから、一応こんなものも用意してみましたよ」


 そう言って、僕が自前のマジックバッグから取り出したのはアッシュグレーのレザーアーマー。

 これならどんなシチュエーションでも比較的目立ち難いのではないだろうか。


「うわぁ。これもカッコイイね」


「うん。これなら動きやすそうかな」


「しかし、この鎧に使われている革はかなりいいものなのではありませんか?」


「ええ、ベヒーモの革を使った鎧ですから、炎や氷、一部の魔法攻撃には弱くなっていますけど、純粋な防御力でいったらこちらの方が上かもしれませんね」


 鎧を手に手にメイド三人がまたそれぞれの評価を下し、

 最後、トワさんからの質問を受けてした応答に、装備の具合を確かめていた年長の二人の手がピタリと止まる。


「ベヒーモというとあれですよね」


「あの有名な巨獣だね」


 ベヒーモという言葉から抱くイメージを思い浮かべたのだろう。確認し合うような言葉をかわしながら伺うようにこちらを見つめてくる年長の二人。僕はそんな二人分の視線に苦笑いで答えながらも、


「もともとベヒーモ自体が大きな生物ですから、素材の方もだぶついていましたし、それにベヒーモの討伐にはマリィさんも一枚噛んでいますから、皆さんの命を守る防具作りに使うのは当然かと思いまして」


 ベヒーモ製のレザーアーマーを作った裏事情を説明。

 すると、それを聞いたトワさんが眉間に一筋の亀裂が走らせる。

 だが、それも一瞬のこと、トワさんは眉間をもみほぐすようにして静かに振り返り、その先にいたマリィさんに事務的な笑顔でこう問い掛ける。


「姫様はいったい何をしておられるのです」


「あれは成り行きといいますかなんといいますか、(わたくし)は悪く――ありませんのよ。ね、虎助?」


 笑顔で凄むトワさんにたじたじのマリィさん。

 どうもマリィさんは、トワさんにベヒーモを倒した一件を説明していなかったみたいだ。

 しかし、僕に頼るのは止めてほしいんだけど――、

 とはいえ、元とはいえお姫様が危ないことをするのはやっぱり不味いよね。

 成り行きだったとはいえ、マリィさんの参戦を許した僕にも原因があるかもしれないし――、


「あの、実は、マリィさんはこの世界でいろいろとやらかしているんですけど、止めた方がよかったんでしょうか」


「いえ、姫様のことです。言って止めたところでどうせやらかすに決まっています。虎助様に責任はないかと、それに今の不自由な生活を考えますと多少の憂さ晴らしはやむを得ないかと思います」


 マリィさんの憂いを帯びた視線の圧力に負けて、僕が問い掛けると、トワさんは「ハァ」と深い溜め息を吐き出しながらも、已むを得ない処置だったと言ってくれる。

 一応、城に軟禁されているというマリィさん。しかし、その魔法の実力はその大陸で五指に入るものとされていて、そんな人が変にストレスを溜め込んで暴発なんぞしてしまったら、それこそ別の意味での大惨事が起きかねないというのだ。

 だったら、ちょうどいい(・・・・・・)相手のいるこのアヴァロン=エラで発散してもらった方が健康的なのではなかろうか。

 トワさんは現状マリィさんがストレスを溜め込むのは良くないと言いながらも、続けて、


「それにです。虎助様に聞いたこの世界の加護と姫様の力ならば滅多なことで不覚を取ることはないでしょう。ならば姫様には強くあっていただいた方が私共(わたくしども)の安寧にもつながりますから」


 たしかにマリィさん達が置かれる現状を考えると力は持っておいて損はない。

 だからマリィさんがこのアヴァロン=エラで魔獣と戦うのはある意味でやむを得ない処置といえる。

 とはいえ相手は魔獣。万が一のことを考えると、マリィさんに仕えるトワさんとしては心配は心配なのだろう。


「できるものなら、私共(わたくしども)もマリィ様のお手をわずらわせることのない、

 いえ、お守りできるような装備を得られれば幸いなのですが」


「まあ、そんな事情も含めて皆さんにも強力な武器が必要なんですよね。えと、トワさんは槍、ウルさんは片手剣。ルクスちゃんはナイフでいいんでしたよね」


 僕はトワさんの切実な呟きにそう答えながらも、それぞれの主要武器を確認しながら、マジックバッグに入れてきた武器を手渡していく。

 すると、トワさん達は武器の出来栄えを確かめているのだろう型をなぞるような動きをいくつか行い。


「あの、これもまた物凄くいいものなのではありませんか?」


「それほどでも無いと思いますけど、どこにでもあるアルミ合金を形成して、そこにほんの少しだけドラゴンの血から取れる抽出物を合成しただけですから」


「ドラゴンの血?」


「最近トン単位で手に入りまして」


 因みにそのドラゴンの血というのは、もちろんヴリトラの血である。

 もはや言葉もないと言わんばかりのトワさん達に、その辺りの説明もしておいて方がいいだろうか、僕がそんな事を考えていたところ、マリィさんがすっと会話に入ってきて、


「まあまあ虎助、細かいことは良いではありませんか。それよりもドラゴンの血を直接錬金合成するなんて、いつの間にそんな技術を使えるようになっていましたの」


 どうも、マリィさんとしてはヴリトラ関係のアレコレ()内緒にしておきたいみたいである。

 まあ、ベヒーモとの戦闘ですらあの調子だから、本物の龍種とガチンコで戦ったなんてしれたらお説教を食らうのは確実。そりゃマリィさんも必死になる。

 と、そんなマリィさんの態度からトワさんも大凡の事情を察したようだ。額に手を当てて頭をフリフリしながらも、僕の方を向いて「本当にすみません」と頭を下げてくる。

 しかし、僕の方もマリィさんの暴走には大いに助けられていたりするから、そんなに申し訳なさそうにされてしまうと逆にこっちが恐縮してしまう。

 だから僕はトワさんからの謝罪を「別に構いませんよ」と軽く受け流して、


「それで装備の方はどんな感じですか?不満があったら言って下さいね。すぐに直せるものなら直しますから」


 話題を代えるように渡した武器についての感想を聞いてみるのだが、トワさんとしては特に問題は無いようで、


「いえ、とんでもありません。素晴らしいの一言に尽きます。 軽くて丈夫。それでいて手入れもそれほど必要なさそうな材質のようで、文句のつけようがありません」


 まあ、手入れうんぬんの話に関しては、釣り用のナイフなどに使われているようなアルミ合金を元にしているだけあって、耐久力だけならオリハルコンなどの一級品にも匹敵するくらいの性能を秘めていると思う。

 ステンレスとかアルミ合金のナイフはイマイチ切れ味が悪いというイメージがつきまといがちだが、その辺りは錬金付与を試す前に、徹底的に研ぎ澄まし、その上で自己修復の魔法式まで付与してあるのだから滅多なことでは切れ味が鈍らないハズである。

 とはいえ、武器の本当の評価は実践の中にこそあると思う。

 だから――、


「ここは一つ使い勝手を見るために、どこかディストピアに入ってみますか?」


「ディストピアというのはあれでしたよね。上位の魔物と戦えるという異界を利用した魔導器でしたか」


 ディストピアなら、安全に武器の性能実験をしながらも、トワさん達のパワーアップを図ることができる。そんな僕の提案にディストピアの概要を知っているらしいトワさんから確認が返ってくる。

 因みにトワさんが使う異界という言葉は、たぶん巨獣や龍種などの強い魔獣が個々に持つブライベートな亜空間のことを指す言葉なのだろう。


「私のオススメはワイバーンなのです」


「私はどっちかというと猪突猛進なオルトロスの方が戦いやすいかな」


 そんな僕とトワさんのやり取りに手を上げて割り込んできたのはルクスちゃんとウルさんの二人だ。それぞれにオススメするディストピアを上げてくれる。

 だが、それを聞いたトワさんは、どうしたことか目を吊り上げて、


「お待ちなさい。アナタ達、どうしてそんなにそのディストピアという魔導器に詳しいのです?」


 トワさんの指摘に「あっ」と間抜けな声を漏らすルクスちゃんとウルさんの二人。

 アヴァロン=エラに訪れるメイドさんならディストピアの存在を知っていてもおかしくはない。だが、二人はディストピアの存在だけでなく、その詳細まで知っていたのだ。

 何故ディストピアにアナタ達は詳しいのかと、二人に詰め寄るトワさん。

 そんなトワさんの迫力に助けを求めるような視線を向けてくる二人。

 これは僕から説明した方がいいかな。二人からの救援要請(アイコンタクト)を受けた僕は、トワさんに睨まれ動けないでいるウルさんとルクスちゃんに代わり、二人がディストピアに詳しい理由を説明していく。


「えと、実はメイドさんの何人かはもうディストピアで訓練しているんです」


 実はメイド達の何人かは、今回の話の前にマリィさんが魔獣と戦う場面を目撃していた。

 そして、マリィさんの勇姿を見て、自分達も姫様のお手伝いをしたいと言い出したメイドさん達に、僕がディストピアでの鍛錬を紹介してあげたという経緯があったのだ。

 そうして買い出し担当のメイドさん達が鍛えている内にも、武闘派メイドであるウルさんとルクスちゃんも興味を持ったようで、こっそりと買い出しについてくるようになったというのがことの真相だったりする。


「皆さんもストレスを発散できる場所を求めていたようですから――」


 そして、ちゃんと説明してみると、トワさんもメイドさん達の気持ちが理解できなくはないと納得してくれる。

 とはいえ、メイド達の長を任されるトワさんとしてはケジメだけはつけなければならないのだろう。「後できっちり説明していただきますからね」とウルさんとルクスちゃんを睨みつけた上で、気を取り直して、


「それで、そのディストピアなのですが、虎助様はどの魔獣から相手にするのがいいと考えておられますか」


「取り敢えずはカーバンクルのディストピアを試してみるのが一番ですかね。上手く加護を得ることが出来たのなら実績の獲得がしやすくなりますから」


 カーバンクルは気に入った相手ならわりと簡単に加護を与えてくれる。

 だったら、一度試してみてから改めて他のディストピアに挑んだ方が実績の獲得に有利に働くのではないか――、とはいえ、カーバンクルから得られる恩恵はあくまで付与実績に関係するものであり、ディストピア攻略には直接関わり合いがないのだが、あって困るものではないので何事も物は試しだと話がまとまりかけていたところ、おなじみの警報音が鳴り響く。

 どうやら魔獣が襲来したようだ。

 僕の手元に寄せられたフキダシにマリィさんが獰猛な笑みを浮かべる。


「どんな相手が来るのかしら?」


「姫様――」


 ウキウキと今にも走りだそうにしているマリィさんにトワさんが咎め止めるような声をかける。

 ただ、強く止めようとしている訳ではないらしい。

 というよりも、マリィさんがこうなってしまっては止めるのは無粋というものだ。

 トワさんが諦めたかのようにため息を吐き出す。

 と、そんなトワさんのリアクションに『我が意を得たり』と確信したのだろう。訓練場を飛び出したマリィさん達の先導で、僕達がゲートへ赴くと、そこにいたのは今の状況におあつらえ向きの魔獣だった。


「ゴブリンですの?」


「いえ、正しくはゴブリンではなく、エルダーゴブリンという魔獣みたいですね」


 そう、そこにいたのは数々のゲームでザコ敵としておなじみのゴブリン。その上位種だった。

 世界によっては知性を持ち、亜人種なんて呼ばれる場合もある彼等だが、今回あらわれた集団はあからさまに知性の欠片もないただの獣のような存在のようだった。

 マリィさん達を見付けるなり一直線に向かってきたかと思いきや、結界があることにも気付かずに激突。それでも目の前の(マリィさん達)に襲いかからんと結界を殴りつけるといった、まさにケダモノの集団だった。


「正直、ルクスにはあまり教育に良くない相手なのですが――」


「姫様、大丈夫なのです。私、殺れるよ」


 上位種とはいえど、その行動は低級なゴブリンと変わらない本能に赴くままのものである。

 最年少であるルクスちゃんへの影響を心配するマリィさんにルクスちゃんがフンスと気合を入れる。

 なんだかその可愛らしい気合が物騒なものに聞こえた気もしたのだが、それは僕の自意識過剰だろう。


「エレイン君達のフォローもつけますし、ただ権能を獲得するだけなら丁度いい相手だと思いますよ」


「ですわね」


 もしもの時の援護体勢を確認、改めて殲滅に移ろうとしたところで、


「ちょっと待った」


 今の今まで放置されていたこの男が割り込んでくる。

 そう、元春だ。

 何故か妙な仮面を被っているがそれはそれとして、

 えと、何を今さら待つ必要があるのか?

 突然の「待った」に僕達全員が面食らう中、元春が言ったのは以下のようなことだった。


「虎助、女性にあんなケダモノの相手をさせるなんて、それでいいのか」


「いや、相手はゴブリンだし、いい訓練だからみんなで倒した方が――」


 キャラを作っているのか、無駄に外連味あふれる元春が言わんとすることは分からないでもない。

 だけど、本人達がやる気を出しているのだ。

 だったら、そのフォローをしてあげるのが僕の役目なのではないだろうか。

 しかし、そんな主張を僕は最後まで言い切ることができなかった。

 元春は手の平を前に突き出して僕の言葉を遮ると、


「あいや分かった。俺もその戦いに加わろう」


「えと――」


「ふむ、貴様がそういうなら、俺が彼女達を助けてみせる」


 いや、ちゃんとフォローはするんだけど、

 元春としてはトワさんにいいところを見せたいってところかな。

 でも、それならその変な仮面は必要ないと思うけど、まあ、意外とヘタレな元春のことだ。素顔で出ていったら緊張で、ロクに話せなくなるとかそんな理由からだろう。


「だったら元春は皆のフォローって感じで立ち回ってくれるかな」


 だから僕は元春の誤解をそのままに――、

 すると、元春もそんな僕の言葉を自分の都合のいいように取ってくれたみたいだ。

 キャラがイマイチ定まっていないのか「うむ」と鷹揚に頷いて、

 そして、あんまり待たせると獲物(ゴブリン)が自分の世界に帰ってしまうかもしれないと、すぐに戦闘に移ろうとするのだが、


「じゃあ、結界を解きますから、皆さん準備をお願いします」


「ちょっと待て、このままだとヤベーから変身してから、な」


 本当に決まらない友人である。元春は完全装備になってからじゃないと戦えないと言い出して、もたもたと鎧姿への着替え始める。

 僕達はそんな元春の準備が整うのを待って結界を解除。

 ヒャッハーと転げるように飛び出してきたゴブリンにまず攻撃を加えたのは元春――ではなく、マリィさんだった。

 いつものように〈火弾(ファイアバレット)〉乱射でゴブリンの突撃を牽制。

 しかし、この時点で運が悪かったエルダーゴブリンは天に召されてしまったようだ。

 それに続くのが僕とルクスちゃん。

 出鼻をくじかれ、つんのめった元春を追い抜き、素早い接敵から、僕は空切と解体用のナイフを駆使して、ルクスちゃんは用意した特殊魔法合金製のナイフでエルダーゴブリンを手傷を負わせていく。

 そして、僕達の攻撃から抜け出したゴブリン達を待ち構えているのがトワさんとウルさんである。

 元春を無視して、魅惑のボディを持つマリィさんに群がろうとする不躾なゴブリン達を剣で槍で突き刺していく。

 そうして残ったのは呆然と立ち尽くす元春と死屍累々となってしまったエルダーゴブリンの群れである。


「さあ、後は殲滅だけですの」


「えっと、俺、必要なかった?」


 もはや抵抗する気力もないようだ。最初の弾幕によって動けないでいる生き残りのエルダーゴブリンへ容赦のない処断を下すマリィさんに、一歩も動けなかった元春が呆然とそんな事を呟くしかできなかった。

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