●幕間・万屋を目指す冒険者
◆今回の主役は名も無き探索者の一団です。
迷宮都市の宝物庫と呼ばれるダンジョンの奥深くに採掘場と呼ばれる魔法金属が掘り出せる迷宮区画が存在する。
ブルーにミスリルに魔鉄鉱石と、ゼロから作り出すとしたら、それこそ魔力の扱いに長けたエルフでも連れてこなければ生成も不可能な鉱物が天然で取れるその区画は、迷宮都市アムクラブの熟練探索者にとっておいしい採集ポイントとなっていた。
今、そんな採掘場を逃げ惑う五人組の探索者達がいた。
彼等を追い立てるのはロックドライムという名のクモ型魔獣。外郭が採掘場で採取できる魔法金属で覆われる、通常の防御力に併せて高い魔法耐性をも持つ魔獣である。
「クソ、このままだと『ゲート』に逃げ込む前に追いつかれちまう」
「リーダー。あの坑道がぶつかってるところで迎え撃ちましょうぜ」
何度もアタックしたダンジョンで得た実績の補正もあって、重量級の装備もなんのその、しかし、そんな身体能力をもってしても、これだけの数揃ったロックドライムを倒すのは至難の技だ。
ただただ逃げるしかない状況に焦れた探索者の一人が地の利を使って反撃にうってでることを提案する。
だが、ロックドライムという魔獣の危険性を知る人間からすると、彼の主張は愚策でしかなかった。
「馬鹿が、すっとろいギガンテスなんかが相手ならまだいいが、ロックドライムにその手は通じねえ。ヤツラは壁を登って移動すんだぞ」
そう、ロックドライムは蜘蛛の魔獣である。
たとえその体長が五メートルに届くものになっていたとしても、蜘蛛であるというその性質は損なわれていない。
ロックドライムはその超重量級の体をものともせずに壁を走り、探索者の頭を飛び越え、背後に回り込むことだってできるのだ。
それだけではない、壁を張り付く力を上手く使えば頭上からの攻撃すらも可能になる。
もしも、足を止めて打ち合い、取り囲まれてしまった場合、そこに待っているのは高確率な死なのである。
とはいえだ。このまま逃げ続けたところで状況が好転するとも思えない。
なので、
「帰りのことを考えると無理したくねえな。しかたねえ、ここはアレを使うぞ」
そう言って、リーダーと呼ばれていたスカーフェイスの男が懐から取り出したのは、中心に真っ赤な核を持つクリアグリーンの結晶体。
リーダーはその結晶体に魔力を流し、追いかけてきたロックドライムの群れの中に投げ込む。
すると数秒後、小さな爆発音と共に毒々しいまでに赤い霧が爆散。あっという間にロックドライムの群れをを飲み込んでしまう。
続いて聞こえてくるのはドッタンバッタンともがき苦しむような音。
明らかに有効なダメージをロックドライムに与えただろう。赤い煙を不思議そうに眺め、さっきまでの好戦的な態度は何だったのか、下っ端らしき軽装備の男が訊ねる。
「何を使ったんです?」
「レッドボムっつぅ使い捨てのマジックアイテムだ。香辛料の粉を風の魔法で包んだものらしいぜ」
「香辛料ですかい。ヒャー、勿体無いことしますね」
下っ端の疑問に答えたのはこのチームで主に盾役を担当している重戦士だ。
現在、彼等が暮らす迷宮都市ではカレー粉というスパイスが話題となっている。
そのスパイスは贅を尽くした料理を日常とする上流階級の舌までも魅了していて、その価値なんと金の五倍。スプーンいっぱいが同サイズの宝石と同等の価値と言われているのだ。
まあ、さすがにそんなスパイスを使っているのではないのだろうが、カレー以外の香辛料でも高価なのには代わりない。
それをただ逃げるためだけに惜しげもなく使うなんて勿体無いにも程がある。
重戦士の答えに大袈裟に驚いてみせる下っ端だったが、
「けどよ。効果は抜群だ。普通の目潰しじゃロックドライムがああはならないだろ。さすがあの店のマジックアイテムは違うぜ」
ダンジョン探索者なんて職業は命あっての物種だ。
自分が助かる為のアイテムをケチった人間の末路は大抵が悲惨なものだと、リーダーの含蓄ある言葉に下っ端以外のメンバーが頷き、
「ボーッとしてる場合じゃねえぞ。今のうちにずらかろうぜ」
あの赤い霧はあくまで足止めに過ぎない。すぐに効果が切れるものではないとはいえ、こんな場所で突っ立っていたら、また別の魔獣を引っ掛けかねない。
リーダーの声に「応っ!!」と走り出す一同。
そして、ロックドライムの群れを引き離し、途中で見つけた魔法金属の鉱脈で周囲を警戒しながら採取、厳選した鉱石をグリーンオーガの革袋に詰め込んで移動。また少し採取をして移動とその繰り返しをしながらも、辿り着いたのはシャンデリアのような巨大な光水晶から放たれる青い光に照らし出される幻想的な地底湖だった。
そしてその地底湖のほとりに存在する大きな亀裂。
岩壁も何もないにも関わらず、ただそこに屹立する漆黒の亀裂。
その亀裂こそが、今回彼等が目指していた目的地への入り口。異世界へと続く次元の歪みであった。
「これがゲートですかい」
「ん、そういやお前は初めてだったな。どうだ凄えもんだろ」
初めて見る次元の歪みに目を奪われる下っ端。
そんな下っ端の呟きにリーダーが自慢げに答える。
「ですね。でも、本当にこんな亀裂の向こうに本当に店なんてあるんですかい?どう考えたって地獄の入り口のようにしか見えないんすけど……」
「まあ、俺等だって最初は半信半疑だったからお前が不安になるのも分かるがな。が、その店はたしかにある。ま、死にゃあしねえからさっさと行くぞ」
不安そうな下っ端の背中を叩くリーダー。
そして、おずおずと亀裂を見上げながら近付いていく下っ端の背中をゆっくりと追いかけ、『本当にここから別の世界に行けるんですかい?』と再度確認を取ろうとした下っ端の背中をキック。
問答無用で亀裂の中に押し込むと、自らもその後に続き、亀裂の中へと飛び込んでゆく。
そして長い長い落下の後に浮遊感。
降り立った世界は石のオブジェクトで囲まれた赤土の大地だった。
初めての時空転移にキョロキョロと周囲を見回す下っ端。
その傍ら、ふぅ――と安堵の息を吐き出すその他のメンバー。
そんな周りのリアクションを見て我を取り戻したのか下っ端が勢い良く口を開く。
「ちょっと酷いんじゃないんですかい。いきなりドンって――、もしも地獄に繋がってたらどうしてくれるんですかい」
「悪い悪い、お前がビビってたみたいだからよ。親切心でな」
「とかいって、実はオイラを実験台にしたんじゃないんですか」
文句を言ってくる下っ端の訴えを他のメンバーが豪快に笑い飛ばす。
すると、そこへちょこちょこと赤銅色のゴーレムがやって来て『いらっしゃいませ』とお辞儀をする。
転移してくるなり近付いてきたゴーレムに腰の剣を抜き、即座の警戒体勢に入る下っ端だったが、その動きをリーダーが手を横に振って静止する。
「ああ、ビビることはねぇ。このゴーレムはここゲートを守るガーディアンだからな。アレを含めて俺達が手を出さなきゃ何もしてこない」
言ってリーダーが指差す先にはギガンテスのような――、いや、それよりも遥かに大きいゴーレムが佇んでいた。
それを見てあんぐりと顎を落とす下っ端。
だが、こんなリアクションなど初めてこの世界を訪れたものなら誰しもが通る道。
リーダーは呆ける下っ端の頭を適当にぶん殴って正気に戻し、
未だに信じられないとばかりに巨大ゴーレムを見上げる下っ端を横に、担いで持ってきた鉱石やら道中で獲得した魔獣の素材などをそのゴーレムに受け渡していく。
そうして身軽になった探索者達は迷うこと無く正面に見える店へと足を向けて――。
「ちわ」
「いらっしゃいませ」
店に入るなりの挨拶に答えたのは奥のカウンターに座る十代半ばくらいの少年だった。
探索者達はそんな少年の声に導かれるようにぞろぞろとカウンターへと近付く。
「買い取りですか?」という声にリーダーが腰の革袋をカウンターの上に乗せると、
「ああ、大物はエレインに預けてきたからよ。今日は魔石も見付けてきた査定だけ頼む」
リーダーからの依頼に少年は「確認させていただきます」と革袋の中に入った魔石を取り出して鑑定の魔法を発動。
「……うん、風と雷の複合魔石ですか、ちょっと加工が面倒なので金貨十枚でどうですか?」
「オイオイそりゃないっての魔石だぜ。もっちっとどうになかんねえのかよ――ゴラァ!!」
思いの外、安かった鑑定結果にいちゃもんをつける下っ端探索者。
だが、いざ凄んでやろうと少年の胸ぐらに掴まんとしたその時だった――、
彼の脳天に拳骨が落ちる。
拳骨を落としたのはリーダーだ。
「なにするんすか――」文句を言いかける下っ端に睨みを効かせて黙らせるリーダー。
そうして黙らせた下っ端の頭を掴んだリーダーは問答無用で頭を下げさせ。
「悪ィ虎助、コイツまだ新人なんで分かってねぇんだわ。後できっちり教育しとくからよ。今回のところは勘弁してくれねぇか」
「構いませんよ」
下っ端の無作法を笑顔で受け流す少年。
そんな少年の対応にホッと胸を撫で下ろすリーダー。
しかし、少年が下した鑑定結果に文句をつけたかったのは彼も同じだったようだ。
「それでだが、こんだけの魔石で金貨十枚はさすがに割に合わねえ。コイツじゃねえが少しだけでもいいからどうにかならねえか」
リーダーのお願いに、少年は「そうですねえ」と一考、「ちょっと待って下さい」と魔法窓と呼ばれる特殊な魔法陣を空中に表示して、どこかとやり取りした後で一つの妥協点を弾き出す。
「……分かりました。ゲートでエレイン君に渡したものと合わせて金貨二十ニ枚。これでどうでしょうか?」
新たに算出された買取価格に少し悩むように目を瞑るリーダー。
とはいえだ。属性が絡み合った魔石というのはその用途が限られてしまう。
この辺りが限界かと諦めたリーダーは目尻を下げて、
「わかった。その金額でいい。買い取ってくれ」
「ありがとうございます」
商談成立。
金貨と魔石の交換を終えたところで「でだ――」とリーダーが切り出したのは、
「今回、この臨時収入でちょっと買い物をしていきてえんだけどよ。マジックバッグの入荷は――」
「すみません。今のところ品切れですね」
多くのアイテムを軽く持ち運べるマジックバッグというものは、長くダンジョンに潜る探索者として喉から手が出るほど欲しいマジックアイテムだ。それがこの店で売りに出されていたことは有名な話である。
ダメ元で訊ねるリーダーに少年が申し訳なさそうな顔で答える。
「やっぱそうか――、んじゃ、防具をみせてもらいてぇんだけどいいか」
「ええ、どうぞごゆっくり」
しかし、無いものは無いのだからしょうがないと、リーダーはがっかりしたように息を吐きだし、少年の声に送られて防具が置いてあるコーナーへと向かう。
と、そんなリーダーの後についていった下っ端は、カウンターに座る少年が見えなくなったタイミングでぶうたれる。
「リーダー。なんで止めたんですかい。あんなガキに舐められて、アンタらしくもねえ」
「馬鹿野郎。テメェ、自分が何したのか分かってんのか」
下っ端の不満に鋭く声を尖らせるリーダー。
怒気を帯びたリーダーの声に下っ端が反発的に聞き返す。
「あんなガキになにビビってるんすか。せっかくの魔石なんすよ。店番があんなガキなら搾り取れるチャンスじゃないっすか」
「舐めるなよ。アイツ――、虎助はな――、デンドリスクを軽くあしらえるくらいの戦士なんだぞ」
「――っ!! 本当ですかい?」
デンドリクスという人物は迷宮都市アムクラブでも指折りの探索者として知られている人物である。
素行が悪いがその実力は確かだと、裏表問わず指名依頼がひっきりなしに舞い込むと噂される一級探索者だ。
そんなデンドリクスがあんな子供に倒されるなんて、下っ端探索者には思いもよらないことだったのだ。
だが、それが真実であることを、リーダーの表情が、周りのメンバーのカウンターの方を気にするような態度が物語っていた。
そして――、
「実際にその場にいた奴から聞かされたんだから間違いない。それにお前だって聞いたことがあるんじゃないか、ベヒーモの討伐の話をさ」
続いて重戦士から聞かされた話も迷宮都市に暮らす探索者なら誰もが知る話だった。
たしか、一級探索者が総出で挑んで瓦解、しかしちょうどその場に居た人物の機転でなんとか討ち取ることに成功したという話だ。
「いまここにはいねーみたいだが、ここの常連客の魔法使いの嬢ちゃんと虎助、あと外で見かけたゴーレムで、一級の探索者達をまとめ上げてベヒーモを完封しちまったらしいぜ」
「ああ、因みにゴーレムってのはあのデカいのじゃなくてちっこい方な」
先輩達から口々に聞かされた情報に絶句する下っ端。
このチームですらリーダーがやっとのことで一流と呼ばれる探索者なのだ。
そんな探索者達をあの少年がまとめあげ、伝説の生物を討伐したというのだ。
これを驚かずして何を驚けというのだ。
「まあ、そういう訳だからここでの行動は慎重にしろ。それこそ、さっきまでの階層より深い階層に居るってくらいの気構えは持っとけ」
だが、彼等がリーダーはそれを真実だと信じていた。
そして、ここまで言われてまだ文句を言うような馬鹿ではこの万屋に辿り着けないだろう。
そうだ。まだ経験の足りない彼がここまで生き延びられたのは、最終的にはリーダーの忠告をしっかりと守ってきたからに他ならない。
リーダーのあまりに真剣な目を見て、さっきまでの甘い考えを改めなければ危ないと考え直した下っ端はまだ若干の疑わしさを残しつつも頷いてみせる。
するとリーダーは一転、厳しかった目線を緩めて、
「でだ、今回は深層への初挑戦記念だ。お前の装備を優先してやる。好きなのを選びやがれ」
下っ端を商品棚の前へと押し出す。
そう、彼等は最初から今回の儲けを下っ端の戦力増強に使おうと決めていたのだ。
リーダーが魔石の値段を少しでも釣り上げようとしたのも、全ては下っ端の為であったのだ。
下っ端はここにきてようやく自分の所為で面倒になりかかった状況を改めて思い返し、自分は何をやっていたんだと反省すると共に、きちんと商談をまとめてくれたリーダーに感謝する。
結局そのあと下っ端は、居並ぶ装備品の品質とそのお手頃な価格に驚き、更に精算の折、まるでこちらの話を聞いていたかのようにベヒーモと実践訓練できるなんていう信じられない修練場所が新設された知らされて、おそるおそるその訓練施設に挑むことになったりするのだが、その結果、彼がどうなってしまったのかはまた別の話だったりする。
◆最初にちらっと出てきた魔獣『ロックドライム』は適当に名付けつけました。
シンバルがたくさんついてるロックドラムって何か蜘蛛みたいに見えませんか?