宇宙人が残した物
◆今週の一話目です。
「しかし、まさか宇宙人まで現れるとは思いませんでしたね」
「私としましては世界が本当に大地だけでなかったという方が驚きでした」
UFOの墜落騒動から一週間。カウンターの上のアイテムを整理をしながら言った僕の言葉に、マリィさんがため息混じりに応えてくれる。
まあ、マリィさんの世界では未だに完全な世界地図しか作られていないのだというのだから、宇宙に人がいてそこに暮らしがあるなんてことなど思いもよらないことなのだろう。
いや、僕だって宇宙人が実際に現れるまで、宇宙に本当に人がいるなんてあまり考えていなかったから、マリィさんの反応は当然のことなのかもしれない。
そもそも宇宙の概念からして、各世界間ではその常識に隔たりがあるのだ。
球体の惑星が浮かぶだけでなく、虚空に浮かぶ大樹に支えられた世界やら、平面の世界が重層的に重なって広がっているような世界もあるのだというのだから、それぞれの世界に独自の宇宙観があっても不思議ではない。
と、何気ない会話に始まり、壮大な宇宙観にまで至ってしまった僕の意識を現実に戻してくれたのは元春だった。
「んで、これがあのおっさん達が残してったアイテムっつー訳だ」
「そうだね。宇宙船の修理まで手伝ってもらった上に、更に食事まで出してもらって申し訳ないって、アカボーさん達が置いていってくれた日用品って話だけど」
滞在期間中、UFOの修理とはまた別に、宿泊場所やら食事やら、さらには自分の母星に戻る分の補給やらと、その御礼としてアカボーさん達は宇宙船の中に積み込まれた日用品をいくつか置いていってくれたのだ。
「なるほど、いろいろと見たことがないものがありますわね。あら、これは飴ですの?」
そう言ってマリィさんが手に取ったのは半透明の結晶体。
一見するとドロップ飴のように見えるが食べ物ではない。
「それは〈マクロスフィア〉という宇宙の立体地図のようなものだそうですよ」
言うなれば自動マッピング機能がついた白地図のようなものかな。
なんでも宇宙船のレーダーと連動して作成した地図にいろいろと情報を書き込めるものだそうだ。
「おお、なんかスゲー便利そうなアイテムじゃんか。
でもよ、地図なんか置いていっておっさんたちは大丈夫なんか?」
「ああ、それは問題ないみたい。
なんていうか、この地図はプライベート用みたいなもので、ちゃんとした地図データはUFOの方に入ってるそうだから」
そもそも宇宙船なんて代物があるのなら、地図やナビなんて標準装備されるものなんじゃないかな。
「ふ~ん。 で、こいつはどうやって使うんだ?」
「手の平でもいいけど、机とかの上に置いて、それそのものをボタンみたいに押し込むと、空中に地図が出てくるみたいだよ」
僕の説明を理解しているのかいないのか、使い方を聞いてくる元春に、僕はぷにっとグミのような感触の腹の部分に指を押し込むことで答えてあげる。
瞬間、万屋店内に広がる満点の星空。
「綺麗ですの」
「なんつーか、プラネタリウムみたいだな」
らしくない元春の表現に、『へぇ、そんなことも言えるんだ――』と感心しながらも僕は〈マクロスフィア〉をカウンターの上に身を乗り出すように空中に浮かぶ光点に指を近づける。
すると、
「お、なにしたんだ?」
「名前がついてる星をタップすると、その詳細が分かるみたいなんだ」
現れたのは惑星儀。タップした惑星のミニュチュア立体映像だ。
細かな地形から建物まで、精密に再現されたその立体映像には、各ポイントに色とりどりの光点が配置され、その光点をタップすると、各地の名産品などの情報を見れるようになっているらしい。
因みに追加情報も書き込めるようになっているみたいで、簡単な手振りだけで三次元ディスプレイが展開することが出来、そこから特定の情報を検索できるようにもなっているようである。
「しっかし、これ、グルメ情報ばっかだな。エッチなお姉さんがいる星とかそういう情報はないんかよ」
「そんな情報を知ってどうするのさ」
どうせ行けもしないだろうに――、真似をするように幾つかの惑星の情報を調べて文句を言う元春に、僕はやや呆れ気味のツッコミを入れのだが、元春はそんな正論なんて聞きませんとばかりに僕のツッコミをさっくり無視して、
「つか、男やもめな二人が置いていったアイテムだろ。エログッズとかはなかったのかよ」
文句たらたら、独りよがりな我儘で、このきれいな星空を汚そうとするのだが、
そんな元春に天罰が下る。
キイィィィィィン――シュゴッ!!
魔力を圧縮する時に聞こえる極小の高音を伴って放たれたのは、もうすっかりおなじみとなった〈火弾〉だ。
それが元春の坊主頭を直撃、五分刈りだった髪型をマイクロパンチパーマに変える。
と、一瞬で上手に焼けてしまった元春の一方で、その犯人たるマリィさんはというと、延髄に火弾がクリーンヒット。こんがりと綺麗に倒れる元春に汚物でも見るようなジトッとした目線を向けたかと思いきや、瞬転にっこりと表情を変えて僕にこう訊ねてくる。
「それで他にどんなものがありますの?」
そんな変わり身の早いマリィさんに「え、その、えと――」とどもりながらも僕は、
「基本的には旅に役立つ便利グッズみたいなものですか」
例えば、予め記録しておいた顔写真と同じように身なりを整えてくれるシェーバーというよりもファンネル。
例えば、体の何処かに貼り付けるだけで、自分の周囲に小規模なクリーンゾーンを作り出すことができるシール。
例えば、電源が入手できない土地に行った場合でも大気さえ存在したのなら、少量ではあるが有用なエネルギーを生み出し続けられる動力装置などなど。
マリィさんの迫力に負け、大雑把にではあるが順番にカウンターの上の道具の説明をしていたいると、毎度毎度と火弾を叩き込まれて、ついに〈炎熱耐性〉でもゲットしたのか、ゾンビのように起き上がってきた元春が「く、俺は諦めない。諦めないぞ」と、まだマリィさんに紹介していないアイテムに手を伸ばす。
そして手に取ったのは、とある伝説の英雄が好んで偽装に使う段ボール箱にも似たちょっと大きめの箱だった。
元春は男子としての本能により、この箱の中にお宝が眠っているのではと感じ取ったみたいだ。
しかし、その予想は全くの見当違いなもので――、
それは運動不足になりがちな宇宙船での移動中にもスポーツが楽しめるようにと開発された特殊な亜空間の発生装置らしいけど――、
「亜空間ってことは、あのディストピアみたいなもんか」
グリポンさんが作ってくれたメモ書きを見ながらする僕の説明に、未だカーバンクルからレーザー光線を浴びせられたことを根に持っているのか、あからさまに警戒し触っていた手を退かせる元春なんだけど。
「これはあくまで紳士のスポーツが楽しめるって道具みたいだから、危険は無いと思うけど」
「紳士のスポーツってゴルフとかその辺りか、まあ、おっさん二人だしな。無茶なヤツじゃないか」
あの小人のようなアカボーさん達でもできるようなスポーツだ。強大な力を持つ魔獣と戦わされるほどハードなものではないだろう。若干、警戒の色を薄れさせる元春の一方で、
「スポーツですか……、よく分かりませんがやってみたいです」
「……ん」
僕の説明を聞いて興味を持ったのだろう。マリィさんと、さっきまでゲームに夢中だった魔王様がやってきて、試してみようとねだってくる。
と、そんな二人のリクエストに僕が『お客様だけで初見のアイテムを使うのはなあ』と、どうしようか迷っていると、何を思ったのか――、いや『女子との触れ合い』それこそがこの男の行動原理なのだろう。少し前まであからさまに警戒してきた元春までもが「二人がやるなら俺が相手をしますよ」なんて、急にやる気アピールをし始めたものだからしょうがない。
僕は何かあった時には緊急停止のスイッチを押してくれるようにとベル君にお願いしてから、グリポンさんのメモ書きに従って側面につけられたスイッチを長押し、浮かび上がった三次元ディスプレイからこの亜空間装置を起動する。
次の瞬間、僕達はスタイリッシュなアクションゲームにありがちなサイバー空間の中にいた。
見たところ教室よりも少し広いくらい正六面体の密室みただけど、ここで何をするんだろう?
そんな心の声を思い浮かべたからだろうか、僕の手にはいつの間にかラケットのような光る物体が握られていて、それを見た元春が「そういえば――」と曖昧な記憶を思い出すように聞いてくる。
「なんつったっけこういうの。テニスのスゲーヤツ?」
「スカッシュだね。だけどこれはただのスカッシュってことでもないのかな」
密閉された空間するテニスといえばスカッシュ以外に思いつかない。
僕は元春の質問に答えながらも、「それはどのようなスポーツなんですの?」と聞いてくるマリィさんに、「詳しくは知らないんですけど――」そう前置きをしながらも、素人知識でフワッとしたスカッシュのイメージを伝えると共に、はてさてその説明が的を射ているのかと確認の意味で、この空間に移動する際にも使った三次元ディスプレイを展開、ここで行われるスポーツのルールを確認していく。
それによると――、
「えと、競技の名前は〈フライド〉――というらしいです。特殊な重力空間内で弾を打ち合い、規定のバウンド数の間に打ち返せなかったら一点取られるというのが基本的なルールみたいです。因みに規定のバウンド数というのは、年齢や種族?などに合わせて調整できるそうですが、基本的には5回バウンドする間に打ち返さないとポイントを取られてしまうそうです」
簡単なルール説明を聞いて「5回?んなの余裕じゃねーか」と軽くラケットを振り回す元春。
「いや、たぶんやってみれば分かると思うけど、そんなに簡単なスポーツじゃないと思うよ」
「そういや特殊な無重力空間がどうとか言ってたよな」
「うん。どうもこの空間は、床というか壁と天井を含めた八面に弱い重力が働いているみたいで、床からだいたい十五センチくらい離れるだけで無重力になっちゃうみたいなんだよ」
「おいおいマジかよ」
僕の言ったことが本当なのかを確認するべく飛び上がる元春。
すると、その体はふわりと宙に舞い上がり、
「おお、おほほ――っ!! マジだ。スゲー。無重力だ」
はしゃぐ元春の姿に触発されたのだろう。魔王様、マリィさんと、続くように空中に飛び出して、
「成程、箒などで飛ぶのとはまた違った感覚なのですね」
僕を含めた四人が自由に部屋の中を飛び回り、この特殊な無重力空間の感覚を軽く掴んだところで、改めて、結局その〈フライド〉という競技を一回やってみないことには判断がつかないと、プレイしてみることになるのだが、
「チーム分けはどうしますの?」
「男女で分けたらいいんじゃないですか」
「オイオイ、そりゃねーんじゃねーか、女子対男子だと女子の方がかわいそうだろ」
僕が提案した単純な組分けにすぐさま文句をつける元春。
元春としては、男女ペアになってキャッキャウフフとこの競技を楽しみたいとか考えているんだと思うんだけど、
「あのさ、元春――、二人の性格を考えると僕と組んでおいた方が無難だと思うよ」
かたやセクハラにめっぽう厳しいマリィさん。
かたやゲームと名が付くものに関して並々ならぬこだわりを見せる魔王様。
そんな二人のパートナーに足手まといになりそうな元春が選ばれたとしたら、それはそれはギスギスした空気になるに違いない。
まあ、魔王様の場合は無言のプレッシャーをかけてくるだけだと思うけど、どちらにしてもそこまで変わるものではないと思う――と、そんな指摘を元春にしてみたところ、
「分かったよ。ま、同じチームじゃなくても女子と遊べるには変わりないんだしな。で、何点取ったら勝ちとかあんのか?なれねー競技をあんまし長ーとダレてくるから、最初は短めに行こうぜ」
「じゃあ、まずは五点先取の短期決戦でやってみましょうか」
元春はしぶしぶ僕の提案を了承。
マリィさんと魔王様にもそのチーム分けでかまわないかと確認した上でルールを設定してゲームスタート。
最初は手探りながらもお互いのチームがポイントを取り合って、
でもすぐに、途中で玉が加速する法則を発見したり、隅っこを狙うと一気にバウンド数を稼げるテクニックなどを発見したりしながらも順調にゲームを進め、
試合時間にして約十五分、最終的には地力の差で僕達の敗北という決着と相成った。
そして、勝利に喜ぶマリィさんと魔王様の傍ら、へたり込む元春が言うのは、
「ヤベーなこれ。無重力空間みたいだから楽だと思ったら、結構ハードだぞ」
元春の言う通り、この〈フライド〉というスポーツは意外とハードなスポーツだった。
何よりも床に足をつけていない状態ではほぼ無重力状態というなれない環境と、打ち返すべき玉を追いかけるべく方向転換する度に勢いを調節して飛び上がらなければならないのが肉体的な負荷となり、成程これがUFOでの移動における運動不足の解消に繋がるものなのかと納得させられるものだった。
「でも、これが紳士のスポーツってどうしてなんだろ?」
「そりゃあアレなんじゃね」
軽く足を回しながらの僕の聞いた質問に元春が息を切らしながらも笑顔で見上げるそこには、一戦を終えてこの微妙な重力空間を飛び回るマリィさんがいた。
そして、そのスカートはふわふわと無重力に揺れていて、チラチラとその中身が見えそう――というか、角度によっては丸見えになっていたのだ。
つまり元春はスカートの中身に見とれることなく純粋にプレーを楽しむことが可能な人間が紳士なのだとそういうのだ。
いやいや、さすがにそれはないんじゃないかな。
僕は元春の答えを否定しながらも、そもそも地球でいうところの紳士のスポーツがなぜ紳士のスポーツと呼ばれるのか、その理由を知らないことに気付かされる。
だが、どう考えても元春の言うような理由で『紳士のスポーツ』などと呼ばれている訳ではないだろう。
うん。テニスやゴルフなんかはミニスカートでやることがあったりするけど、まさかそんな……。
いや、絶対違いよね。そうだ。多分そうだろう。
そうブツブツと独りごちりながらも、とりあえずは下からマリィさんのお花畑を眺め見るこの状況を先にどうにかした方がいい。最終的にどんな目に合わされるのかを軽減する為にも。
だが、それを指摘しようにも僕も元春と一緒でその絶景の眼福に預かる位置にあり、これをマリィさんにどう訴えたら良いものか。
しかし、こんなことになるのなら元春に変な質問をしなければよかった。
僕はついさっき思い浮かんだふとした疑問を口にしてしまった事を後悔しながらも、頭上で展開される白と黒の乱舞に、あれこれ頭を悩ませる羽目になってしまうのだった。
◆因みに紳士のスポーツという意味には労働者のスポーツの対義語という意味もあるらしいです。
ゴルフ然り、テニス然り、ハイソなお方がやるスポーツだから紳士のスポーツだそうですよ。
ラグビーなんかも紳士のスポーツなんて呼ばれるそうですが、あれも当時の栄養状態から、それなりに裕福な家の子供が力を発揮するとのことで、そう呼ばれていたという説もあるそうです。
紳士って言葉のイメージとはあんまり関係ないみたいですね。むしろ古いスポーツマンガなどに出てくるお嬢様キャラが近いような感じがしますね。
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