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セイレーンのその後とDTM

◆今週の一話目です。

 時刻は午後七時半、夕食を取る為にいったん自分の世界へと帰り、わざわざ万屋に戻ってきたマリィさんが店に入るなり耳を澄ませる。


「あら、いい曲ですわね。これはなんの歌ですの?」


 それは店内に流れるBGM。


「ああ、この歌はアクアの歌ですよ。普段から僕達の世界の歌を聞かせていたら、自分で作るようになりまして、いい曲だったので流してみたんですが気に入りました?」


 いつもラジオばかりでは面白くないからこの曲を流しているという僕の話を聞いて、今の今まで深く考えずにその曲を聞いていた元春がちょっと焦ったような声を出す。


「ちょ、アクアって、あのセイレーンちゃんだよな。大丈夫かよ」


 セイレーンと言えば、歌声を聞いた船乗りを海の中に引きずり込むだの何だのと、歌に関して物騒な逸話を持つ存在だ。元春が警戒するのも当然の話である。


「でも、その辺りはちゃんとコントロール出来るみたいだよ。なんでもセイレーンの歌っていうのは、歌魔法っていうのかな?そんな感じの位置付けらしくて、別に物騒な用途に使われるだけのものじゃないみたいなんだ」


 ただ歌を歌っているだけで災害を起こしていてはセイレーンもストレスが溜まってしまう。だから、普段は物騒なイメージがあるその歌の影響を、例えば仲間を癒す癒やしの歌だったり、海をゆく旅人の気分を高揚させる歌だったりと、別の効能に置き換えることによって、セイレーンは歌を楽しんでいるとのことらしい。


「しかし、この演奏は誰がしていますの。随分とお上手なようですが、もしや虎助が?」


「ああ、そっちは僕達の世界に作曲ができるソフトがありまして、アクアが自分で作っているんですよ」


「って、アクアちゃんがDTMしてんのかよ?」


 マリィさんに答える僕の声を聞いて、元春がだるんと和室にある掘り下げ式の机にもたれかからせていた上半身を勢い良く起こす。


「正しくは、評判がいいDAWをオーナーに魔法化してもらった魔法のアプリなんだけどね。まあ、直感的に曲が作れる音楽魔法みたいなものかな。初級魔法をいろいろ組み合わせて作ったものらしいから、使っているとその内に〈メモリーカード〉無しにも使えるようになるんだよ」


 因みに僕の契約精霊となっているアクア本人には魔法窓(ウィンドウ)が権限がないのだが、僕が〈インベントリ〉から魔法を起動してあげればアクアもその魔法を使うことができる。


「マジかよ」


「歌が得意な種族だけあってそっちの方面にも才能があったみたいだね」


 今では僕がわざわざ|魔法窓から開いてあげなくても、ちゃんと自分の魔法として習得した魔法版DAWとも言うべきその音楽魔法を使いこなして、数々の楽曲を生み出し始めていたりするのだ。


「しかし、お二人とも詳しいんですのね。そのDTM?いえ、DAWでしたっけ?音楽魔法のことを」


「僕はそこまででもないんですけどね。元春は昔やっていましたから」


「意外ですわね」


 思わぬ元春の趣味にマリィさんが驚き、元春がフフンと鼻を鳴らす。

 だが、勘違いしてはいけない。元春がDTMをやっていたのは、音楽をやっていれば女の子にモテるからといういつもの病気で、実はその一時的なマイブーム際に某有名ヴォーカロイドのソフトも買っていたりするのだが、覚えたのは大体の使い方とちょっと調べれば誰でも身につくような専門用語だけで、結局一曲も仕上げられることが出来ずに現在は部屋の片隅でホコリを被っているというオチなのだ。


「しかし、そのような魔法があるのなら(わたくし)も一つ欲しいところですわね」


「あれ、マリィちゃんも音楽やる人なん?」


 思案げに呟かれたマリィさんのセリフに、今度は元春の方が意外とばかりの反応を見せる。

 普段のマリィさんからして、音楽をやっているとかそういうイメージがないのだろう。

 しかし、お忘れなのかもしれないがマリィさんは元お姫様。別に音楽的な趣味があっても不思議はないだろう。

 僕なんかはそう思ってみたりもするのだが、マリィさんがこの特殊な音楽魔法を求めたのには別の理由があったようだ。


わたくし――ではなくメイドの為ですね。あの城の中では娯楽が少ないですから、そういう魔法があるのなら退屈もしのげるかと思いまして」


 なるほど、マリィさんが音楽魔法を欲しがったのは、絶賛軟禁中の古城で同じく軟禁状態にある側付きのメイドさんを思ってのことだったみたいである。

 たしか、マリィさんと一緒に軟禁されるメイドさん達は、血筋やらなんやらと厄介な素性を持つ人物がその殆どを占めているらしく、マリィさん側付きのメイドという名目の下、まとめて閉じ込められているのだと聞いたことがある。

 おそらく何らかの政変がない限り、彼女達もまたマリィさんが閉じ込められている古城から、生涯、外へ出ることも叶わないのだろう。

 マリィさんはそんな彼女たちの娯楽に出来ないかと、この音楽魔法を求めているようだ。


「そういうことでしたら。この魔法はうってつけかもしれませんね」


 何しろ、この音楽魔法は魔法窓(ウィンドウ)を楽器代わりに擬似的な演奏も行えるし、ソニアが調子に乗って音ゲー的な要素までぶち込んでいるから、娯楽という意味ではこれ程ふさわしい魔法もそうないだろう。

 と、簡単にではあるがアクアが使っている魔法の概要を説明したところ、そのゲーム要素の方にこの男が食いついてくる。


「おいおい、ミニゲームまで出来る魔法ってなんだよ。俺もちょっと欲しくなってきたぜ」


「そうだね。元春にはこれがいい機会かもしれないね」


「いい機会って、どゆことだ?」


「いや、音ゲーといっても実際の楽器を演奏するのとあんまり変わらないから、ゲーム感覚でやっている内に本当の演奏技術も獲得できるかもしれないって思ってね」


 そう、このDAW魔法に跡付けされた音ゲー要素というのは、高価なエレクトーンなどにありがちな、光を辿って鍵盤を押していくと、その曲をひけるようになるという機能と同じようなものである。

 このゲーム機能を使って普通の楽器が使えるようになれば、元春が目論んでいたモテるという目的にも繋がるのではないか。まあ、元春には【G】が実績があるから、多少のマイナス補正は仕方がないのかもしれないけど、それでもなにもやらないよりはマシだろう。


「因みにその魔法はお幾らですの?」


「銀貨一枚ですよ。いろんな機能が使えるといっても所詮は初級魔法を幾つか繋げただけの魔法ですから」


「銀貨一枚って大体千円くらいだっけか、安くね」


 まるで通販番組のアシスタントのような質問をマリィさんに、所詮は簡単な魔法ですからと僕が答える。すると元春がまたまた通販番組の出演者が言いそうなセリフでよいしょしてくれる。


「あくまで〈メモリーカード〉ありき、〈インベントリ〉ありきのダウンロードコンテンツみたいなものだからね。あんまり高くしてもお客さんが寄り付かないよ」


 とはいえ、ワンオフな魔法式を刻み込む魔具としてならともかく、大量の魔法を出し入れできる記憶装置を使ったデータ販売というのならこれくらいの値段が妥当なのではないか。

 そもそも初級魔法なんてものは才能と合致するものなら、数十回の発動で無詠唱まで上り詰めることが出来るのだ。

 それをただ魔力を流すだけで発動可能な魔具ならまだしも、魔法式を選んで表示、そこに魔力を込めてようやく発動させることが出来る〈メモリーカード〉を利用したダウンロードコンテンツのようなものならば安くなるのも当然なのである。

 それに、どちらかといえば〈メモリーカード〉そのものを広く使って欲しい万屋としては、魔法式のデータをあまり高くできないのが正直なところなのなのだ。


「それでどうします?」


(わたくし)は誰にでも使えるようにと〈メモリーカード〉に込めたものを幾つかいただけますか」


「俺も一応いれておくぜ。千円くらいなら後で消してもあんまし痛くねーからな」


「毎度ありがとうございます」


 僕の問いかけにマリィさんが自分ではなくメイドさんに数組の〈メモリーカード〉を、元春も銀貨一枚なら入れておいて損はないかとダウンロードを申し出る。

 因みにこの音楽魔法がきっかけとなって、半年後、元春はギターの演奏が出来るようになるのだが、その時にはもう文化祭などの行事も終わっており、翌年まで技術が発揮される機会が無くなってしまうというオチがあったのだが、それはまた別の話である。

◆因みにDAWはデジタルオーディオワークステーション。DTMはデスクトップミュージックの略だそうです。その語源を考えると、今回出てきた魔法アプリはDAWから少し逸脱している気もするのですが、細かいことは無しということでお願いします。ついでに、アプリはアプリケーションソフトウェア。応用ソフトウエアとか応用プログラムとかいうのが正しい意味だそうです。いつのころから使うようになりましたよねアプリって言葉。

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