勇者と魔王と
放課後の万屋店内、いつものようにエクスカリバーを抜こうと一人頑張るフレアさんを横で、僕が魔法薬の補充をしていたところ、店の正面に見えるゲートから光の柱が立ち昇る。
「む、誰か来たようだな」
普段なら気にもしないのに、珍しくエクスカリバーを抜かんとする手を止めて、正面玄関から見える光の柱に目を向けるフレアさん。
僕はその呟きに誘導されるようにゲートのエレイン君から来る報告に目を通す。
すると、そこには今の転移で魔王様がやって来たこと――、そして、前々から万屋に連れてくることをお願いしていたアラクネのミストさんを連れて来たことが書かれていた。
その報告に目を通した僕は、エクスカリバーと楽しげな言い合いをしながら、ハッスルしているフレアさんに目をやって、さて、どうしたものかと考える。
魔王様が来たこと、それは別に構わない。
魔王様がミストさんを連れてきたこともこちらからお願いしたことなので特に問題はない。
しかし、【自称勇者】の実績を持つフレアさんがいる店内に入ってくるのはちょっとマズい。
とはいえだ。魔王様とフレアさんがニアミスするなんて事はこれまでにもう何回もあったこと。
既に魔王様を何度も工房に招いている事を考えると、いまのこのタイミングなら二人を裏の工房に避難させることも難しくはない。
そんな諸々の事情を考えると、特段迷うような状況にないとも言えるのだが――、
魔王様とフレアさんを会わせないように努力する。果たしてその対応は正解なのだろうか。
フレアさんが勇者を名乗っていることと、以前あったエルフの剣士が起こした騒動を考えると、その処置も間違いではないのかもしれないが――、
二人が常連客であることを考えると、タイミングによってはゲートのところでバッタリ――なんてシチュエーションもあり得ることだ。
だったら、ここは僕が調整して二人を対面させた方が無難ではないか。
何より、フレアさんの世界の魔王様と僕の知ってる魔法様が別の存在であることは、これまでの会話から、ほぼ確定している。
そして、アダマー戦にヴリトラ戦、今ならエクスカリバーもフォローしてくれるだろうということを考えると、ここで二人を引き合わせるのが無難ではないのか。
ただ、前情報無しに二人を引き会わせるのはちょっと怖い。
ならば、取り敢えずさわりだけ情報を開示して、フレアさんの反応を見てから会わせるか会わせないかを判断した方が無難というものか。
それに、もし駄目だったとしても、所詮は単純なフレアさんのことだ。適当に冗談だと誤魔化して、魔王様を裏の工房に案内してしまえばそれで済んでしまう話なのではないか。
と、真実を話した後のフレアさんの反応、それに対して取るべき選択肢を一通り頭の中でシミュレートした後で僕は、自分を落ち着けるべく音を立てずに深呼吸、フレアさんに声をかける。
「あの、フレアさん。一つお願いがあるんですけど、今から来る方に粗相のないようにお願いできますか?」
「む、粗相のないようにとはどういうことだ」
「いえ、ちょっとフレアさんに会わせるのに問題がある人物が来ていまして――」
「何者だ?」
言い難そうに言葉を濁す僕の様子に何か予感めいたものを感じたのか、フレアさんは早く言えとばかりに急かしてくる。
そんなフレアさんの催促に僕は意を決し、その呼び名を口にする。
「魔王様です」
すると、フレアさんはその一言が理解できなかったのか「は!?」と固まって、
「虎助、いまなんと言ったか、もう一度頼む」
「魔王様です」
もう一度、その耳で聞いてようやく確信が持てたようだ。
フレアさんはエクスカリバーの脇に置いてあった愛剣を手に取り、鋭い視線を乗せて聞いてくる。
「虎助、説明してもらってもいいだろうか。
ことと次第によっては俺は君と敵対しなければならなくなる。慎重に頼むぞ」
フレアさんならいきなり襲いかかってくるパターンもあるんじゃないかとも考えていたんだけど、案外、冷静な対応だ。エクスカリバーによる教育がようやく芽吹いてきたといったところかな。
思いの外、冷静なフレアさんの対応に、僕はフレアさんの背後で静かな光を放つ聖剣にチラリ見る。
そして、『もしもの場合は電撃でも食らわせてフレアさんを止めてください』とエクスカリバーにアイコンタクト。フレアさんに視線を戻すと、努めて落ち着いた声でその質問に答えていく。
「まず前提として、【魔王】という実績が自分で手に入れるものではなく、他人から与えられるものであるということを念頭にお願いしますね」
「それは初耳だな。魔王は魔人などの強力な存在が進化したものではないのか」
「えと、それは魔王という概念の一つと言いますか――、全部が全部おなじ形態で魔王と呼ばれる存在になるのでは無いんですよ。だから、今からここに来る魔王様は付与実績――、いわゆる他人の意見に【魔王】の実績を得てしまった方ということになりますかね」
「ふむ。ここまで聞く限りでは、その魔王とやらは魔王と呼ばれるだけのことをしてきたと聞こえるのだが」
ふむ。フレアさんの言い分も尤もである。
しかし、それは――、おそらく【魔王】という存在への固定概念からくる考え方だろう。
「【魔王】と呼ばれる方々がそう呼ばれるようになったのには、必ずしもその行いが原因でという訳ではないんですよ」
「というと――」
フレアさんの合いの手に、斯く斯く然々――僕は簡単にではあるがエルフ社会におけるハーフエルフの扱い、そして、生まれるなり忌み子として迫害を受けた魔王様の生い立ちを知る範囲内で言い聞かせていく。
すると、フレアさんはツーっと一筋の涙を流して、
「エルフがそこまで腐った種族だったとは――」
魔王様の過去を噛みしめるように一言。
今度、エルフをみつけたらただじゃおかないとばかりに憤怒の表情を浮かべるが、
「別に全てのエルフが魔王様に酷いことをしたエルフ達と同じとは限りませんからね。
まあ、この前、僕が出会ったエルフの剣士は魔王様の話に出てきたエルフそのままでしたけど、その人にはきちんとお仕置きをしておきましたから。
ここで肝心なことは、魔王だってエルフだって本人の考え方次第で聖にも邪にもなるということですよ」
そう、全ての世界のエルフが、魔王様の世界やこの前アヴァロン=エラを訪れたエルフの剣士のような考え方を持つ訳ではない。
そして、魔王だってまた、みんながみんな邪悪な存在ではないということだ。
そんな僕のフォローにとりあえず溜飲が下げてくてたのか、フレアさんは涙を拭いて、
「わかった、虎助の要請を受け入れよう。
しかし、俺も【勇者】の端くれだ。相手が【魔王】とあらば実際に見て判断しなければ信じることはできないが、それでいいか」
とはいえだ。一瞬の油断が命取りという経験はこれまでに何度もしてきている。
さすがのフレアさんも【魔王】というビッグネームを前に、人伝に聞いた話を元に感情だけで動くような短絡馬鹿ではないらしい。
最終的な判断は自分が下すというのだが、
「ええ、但し、もしも今からここにやってくる魔王様がフレアさんのお眼鏡に叶わなかったとしても、この世界にいる内は暴力沙汰はなしの方向でお願いしますよ。もしもフレアさんが問答無用で魔王様に手を出すようなことになってしまうと、僕も動かなくてはならなくなってしまいますからね」
ただ役職だけ、気に食わないというだけで暴力沙汰を起こされてしまっては、僕達からしてみると、それは困ったお客様でしかないのだ。
一応、暴力沙汰はご法度だとしっかりと釘を差したところで、魔王様を引き止めてくれていたエレイン君に連絡を送る。
そして、いざ魔王様を店内に招こうというタイミングになって、
「あっとその前に、そう言えば今回、魔王様は仲間であるアラクネさんも一緒に連れてきているみたいですので、彼女への配慮もお願いしますね」
「アラクネというと、森の悪魔と呼ばれ、上級冒険者達ですら恐れ慄くと言われるあのアラクネか!?」
一つ思い出したと付け足した情報にフレアさんは大袈裟にも目を見開いてみせるのだけど、
「大人しい方だと聞いていますし、魔獣というなら彼女もそうですから」
と、そう言って僕が呼び出したのはセイレーンのアクア。
世界によっては精霊にも魔獣にもカテゴライズされる彼女が楽しそうにしているところを見たら、僕の言葉に説得力が出るのではと考えたのだ。
するとフレアさんは空を泳ぎ僕にじゃれついてくるアクアの姿を見て呻くように訊ねてくる。
「虎助は【召喚士】でもあったのか」
「たまたま契約できただけですよ。でも、彼女を見てもらえれば分かってもらえると思いますけど、魔獣だからといって、絶対人間の敵だということではありませんからお願いしますよ」
「なるほどな。考えてもみれば魔獣使いなんて職業もあると聞く、大きな括りで言うと竜騎士もその範疇か、俺もペガサスを従えていることを考えると、ある意味では同じ穴の狢なのかもしれないな」
というか、フレアさんもペガサスなんて生き物を飼ってたんですね。
やっぱり【勇者】を自称するだけあって、その辺りの形にこだわっているのかな。
でも、ペガサスってどんな存在にカテゴライズされるんだろう?
魔獣?
霊獣?
神獣?
これも世界によりけりってところかな。
と、ちょっと話題が脇道にそれてしまったりしたのだが、とりあえず魔王様がここに来ることに一定の納得が得られたようだ。
ということで、ようやく勇者と魔王の邂逅になるのだが、
エレイン君にエスコートされて万屋に入ってきた魔王様を見て、フレアさんがまた驚きの声を上げる。
「こんな女の子が【魔王】だと――」
まあ、魔王様は一見すると中学生くらいの女の子にしか見えないから、フレアさんが麺を喰らうのも分からないではない。
だがしかし、魔王様はハーフエルフ。魔の森に捨てられ、ずっと森の中で暮らしてきたから、その年齢はよくわからないらしいのだが、こう見えても僕やフレアさんより一回りも二回りも年上だったりする。
とはいえ、女性にとってはデリケートな年齢のアレコレをわざわざ教えて上げる必要もないだろう。
とりあえず、フレアさんには適当に落ち着きを取り戻してもらって自己紹介をしてもらうことにする。
「一応、勇者を名乗らせてもらっているフレアだ」
「……ん、マオ」
と、勇者と魔王、それぞれに自己紹介をしてもらう運びとなるのだが、フレアさんが勇者と名乗った瞬間、ミストさんが怯えるようにする。
まあ、魔獣であるミストさんにとって【勇者】という存在はある意味で天敵と呼べる存在なのだから、その反応は当然のものなのかもしれない。
だが、魔王様本人としては、【勇者】という肩書にエルフに抱いていたような拒絶感はないみたいだ。自分の紹介とともに差し出されたフレアさんの手を握り返す。
そして、ミストさんも魔王様とフレアさん握手が交わすのを見て安心したのだろう。ほっと安堵の息を漏らす。
その一方でフレアさんが魔王様に訊ねるのは、
「それで魔王殿はどのような要件でこの世界を訪れたのだ?」
「……ん、ミストの顔見世とゲーム」
質問に対する魔王様の回答にフレアさんが「は!?」と再び素っ頓狂な声をあげる。
そして、説明しろとばかりの視線を僕に送ってくるのだが、
思い出してみて欲しい、僕は以前フレアさんに、魔王様とゲームをプレイしていることをきちんと伝えているのだ。
だから、もう一度言わなくても分かるだろうと、僕はフレアさんからの問い掛けるような視線をさっくりと無視。初対面であるミストさんに声を掛け、軽い挨拶と、実はフレアさんが【自称勇者】だという話をこっそりとする。
そして、予め用意しておいた服飾関係のデータを詰め込んだ〈メモリーカード〉を渡し、もしかして、これから一緒に作業をすることもあるかもしれないと工房のエレイン君と顔合わせをしてもらい、〈メモリーカード〉を介したインターネットの使い方を簡単にレクチャー。
すぐに地球の服に夢中になってしまったミストさんを微笑ましく思いながらも『さて、魔王様とフレアさんはどうなったかな?』と、二人が移動した和室に目を向けると、そこでは魔王と勇者が仲良くゲームをしていたりして、
聞くに、魔王様から誘ってフレアさんがそれに応じたという状況だそうだ。
積極的な魔王様の行動を意外に思いながらも、フレアさんが本来持つ人柄を考えれば分からないでもない。
仲良きことは美しきことかな。魔王に勇者にアラクネと雑多な種族がのんびりと同じ空間にいるその光景を眺めていると、
「虎助、お前も手伝わないか。魔王殿が手に負えん」
「分かりました」
おっと、勇者様から援護要請だ。
そして始まる勇者と魔王とその他一人の大乱闘。
その後、一人(?)取り残されたエクスカリバーが念動力で乱入してくるハプニングがありながらも、その日は終日、ゲームに興じることになるのだった。
◆この二人に関しては、殴り合って和解して――なんていう王道展開も考えてみたのですが、どうにもマオの性格と合いませんで、結局、平和な勇者と魔王の邂逅となってしまいました。