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休憩室

初ポイント・初ブクマが入りました。ありがとうございます。

 万屋は義父の紹介で空き家となっていた建物を譲り受け、それをまるごとアヴァロン=エラに移転、改装したものを店舗として使っている。

 もともと青果店だった店舗部分は、水はけがよく掃除が簡単なタイルの床だけをそのままに、魔法薬に携帯食料、アウトドア用品に風変わりな装備品と、まるで駄菓子屋のように商品がごった返す場所へと様変わり。

 一方、精算カウンターの向こう側、上がり框の先にある板の間は、主を失った後、倉庫代わりにでも使われていたのだろう。古くなった生活用品が雑然と詰め込まれて手付かずのまま、開いているスペースをよく売れる消耗品の在庫置き場として使わせてもらっていたのだが、

 例の強盗事件と先日の何気ない思い付きをきっかけに、義父に確認を頼み、残された生活用品処分を処分して、毎日のようにやってくるマリィさん達――常連客様が快適に過ごせる休憩室に生まれ変わらせることにしたのだ。


 板の間だった部屋の真ん中、今や歴史資料館や博物館くらいでしか見なくなった囲炉裏の周りに自宅にあった古い畳を敷き詰めて、囲炉裏部分をエレイン君達の手で改造、元の住人が使っていたと思われるこたつの赤外線ヒーターを外して、残ったテーブル部分を上に被せるれば簡易版の掘りごたつに仕立て上げる。

 ここアヴァロン=エラの季節は、日本と変わらず、今は春を通り越して初夏に入ろうとしているところで、もうこたつは必要ないような気もするのだが、雨が降った日などは肌寒いと感じる日もあったりする。そんな時には湯たんぽでも入れて使ってみようかなと考えてみたのだ。


 ふむ。内装の方は取り敢えずこんなものか。見違える程に変貌を遂げた内装の一方で、窓の外に広がる荒野がシュールだが、景観の改善も考えた方がいいだろうか。

 そんな今後の開発計画をふんわり考えながら店を出た僕が向かったのは、今回、休憩室を作るのに合わせて建設した発電施設。

 このアヴァロン=エラで普通に過ごす分には魔法の力で充分だったのだけれど、電気がなければ実現出来ないアイデアが幾つかあって、電気も使えるようにしようということになったのだ。

 しかし、いわずもがなここアヴァロン=エラは隔絶世界ということで電線を引き入れるのが不可能で、

 この世界でも電気を得るにはどうしたらいいのか?と考えていたところ、以前から電力に興味を抱いていたオーナーがふわりやって来てこんな事を言い出したのだ。


『電気が無いなら魔法で作っちゃえばいいじゃん』と――、


 なにを無茶なことを言い出すんだろうと思いきや、それを現実にしてしまうのがここ万屋のオーナーだ。

 すぐに考えてきてくれたのがとある発電方法の草案だった。


 それはアヴァロン=エラに溢れる魔素を吸収し、それを動力に回転し続ける歯車を心臓部にしたオリジナルの魔導発電システム。

 しかも、それをたった数日で作ってしまうのだから開いた口が塞がらない。

 因みにそんな魔導発電装置の開発資金を含めたリフォーム代金は「電気があるならここでもゲームもできる?」と、魔王様が魔剣などを売って手に入れた金貨と、くつろげる空間ができるのならと、マリィさんからなされた寄付によって賄われている。


 そんなこんなで二人から寄付された金貨だったのだが、その量があまりに大量だったが故に、高校生の僕が貴金属店や質屋で換金する事が出来ず、義父の伝手を辿り、懇意にする研究所で換金してもらったのだけど、その際にまた一悶着というか、騒動を巻き起こしたのは別の話だ。


 と、違う意味で苦労して手に入れた大金は、休憩スペースの改造にかかった費用を差し引いても、海外のカジノで大博打が打てる程の金額になっているのだが、


 残りの用途は今後考えることにしよう。


 僕は引っ張り出してきた思考を元に戻して、やって来た施設内に意識を向ける。

 そこにあるのは大小様々な大きさの歯車と小さなギアが半分顔を覗かせる銀色の小箱。

 そう、これがこの魔導発電装置の根幹となる永久機関の如き〈魔導器〉だ。

 これもまた出すべきところに出したのなら――と、拝金主義的な考えが脳裏を掠めるのだが、それをオーナーから説明された魔素濃度の高い空間でしか動作しないという現実で打ち消して、緊張の面持ちで小箱の側部につけられたスイッチを入れる。

 すると、ツヤのあるメタリックカラー小箱から、顔を覗かせる金色のギアが高速回転を始め、噛みあわせた大小様々な歯車によって回転力を高めてゆき、最終的に発電機を動かす力となる。

 そして、そこで生み出された電力は、電気自動車などに使われる高機能なバッテリーに蓄えられた後、インバーターを経由して家庭用電源に変換され、後は工事現場などで見かける電工ドラムで店内まで電気を引き入れれば、魔法と科学がハイブリットした生活空間の完成である。


 本来なら、これを万屋に元からある電気配線に直接繋げばそれでいい筈なのだが、

 万屋は結構古い建物である。下手な素人仕事で漏電などのトラブルを引き起こしてしまっては悲惨というもの。本格的な電気工事は、どこかで電気関係の資料を手に入れた後、ベル君に手伝ってもらいながらやろう――ということで後回し、


 しかし、電気配線の教本なんてどこで買えばいいんだろうか。そんな疑問を頭の片隅に浮かべつつも、休憩室に戻って、先に配線など準備をしておいたテレビとゲームのスイッチをオン。

 一発で立ち上がった画面に、背後から「おお」とステレオで聞こえる完成は、数日前からの工事の様子を興味深く見てきたマリィさんと、この万屋でもゲームができると楽しみにしていた魔王様の声だ。


 待ってもらっている手前、ご機嫌取りは必要だろうと毎日のように用意していた駄菓子に、チープな味だの何だといろいろ注文をつけていた彼女達(主にマリィさん)だったが、ついに完成の日を迎えた、自分達の城の目玉である異世界の映像技術は、いくら16ビットの荒い画像だったとしても感動的なものなのだろう。


「早くやってみたい」


「そうですわね。虎助、これはすぐにできるものですの?」


 と、画面を指差す女性陣のリクエストに答え、僕は簡単操作とルールから、大体の操作方法をレクチャーした後、コントローラを差し出して、「他のもありますからね」「というか画面から離れた方がいいですよ」なんて声をかけるも、二人はそんな声など聞こえない様子で、コミカルなキャラクターを操る二人は爆弾を駆使してお互いを殺し合いを始める。


 因みに、いま起動状態にある某有名爆殺ゲームを含めたゲームは、休憩室を整備する際に発見したもので、リフォームに使ったこたつと同様、万屋の元の持ち主から譲り受けたものだったりする。


 そして、一人手持ち無沙汰になってしまった僕はといえば、こんな事ならマルチタップをどこかで買ってきた方がよかったかも。なんて思いながらも、いつものポジションへと移動。退屈な店番をしながら、代わる代わるソフトを選びプレイする二人の様子を微笑ましげに眺めたりして過ごす。


 と、ゲームを開始して二時間ほど経った頃――、目頭を押さえたマリィさんが店番をする僕の方へとやって来て、


「どうしたんですか?」


「目が疲れてしまって、エクスカリバーで目の保養をと思いましたの」


 初心者にとって目まぐるしく展開するカラフルな画面は意外と疲れが貯まるのだろう。

 僕の問い掛けに、ダルそうに肩を押さえたマリィさんから実にらしい台詞が返ってくる。


「けれど、動いていないのに疲れるのはどうしてですの?」


「いや、動いていましたよ」


「映像につられてしまいましたか」


 これもゲーム初心者にありがちな現象だ。特にレースゲームを後ろから見ている時なんて、二つの背中が画面の動きに合わせて体がゆらゆらと揺れて面白かった。

 しかし、車にすら乗ったことがないだろうに、どうしてそんな反応になってしまうのだろう?不思議に思うのだが、彼女達の世界にはファンタジー世界らしく魔法の箒とかでもあるのだろうか?


「というか、これでも一昔前といいますか、初期の頃に発売されたゲーム機なんですけどね」


「ちょっと待ってくださいまし、これでも旧型なんですの!?」


 マリィさんが驚くのも無理もない。例えば僕が小学生の頃にやっていたゲームを今プレイしてみたりすると、画像の粗さや動きの硬さが際立ってしまう程、ゲームというのは日々進化しているのだ。


「実際にゲームの中に入ったような感覚を味わえるものが実用化され始めていますからね」


「映像の中に自分が?どういうことです?大掛かり幻惑魔法でゲームを全て再現しているとでもいいますの?」


 と、これにもいいリアクションを返してくれるマリィさんだけど、僕なんかからしてみたら、魔法使いであるマリィさん自身がゲームの中の住人のようなものだ。

 しかし、魔法世界の住人であるマリィさんからすると、僕が暮らす世界の技術もまた充分に異質なものなのだろう。


「恐るべしですの虎助の世界……。おそらく魔王様も、あんな風に遊んでいる間に新しい魔法などのヒントを掴んでいるのでしょう。夢中になるのも頷けますの」


 独自の切り口でゲーム大好き魔王様の目論見を想像する武器マニアのお姫様に対し、僕は愛想笑いを返すしかない。


「それでマリィさんはもういいんですか?」


「ええ、ゲームはゲームでもカードゲームならばお相手できそうなのですが、こちらのゲームは展開が目まぐるしくて、私、まるで足手まといでしたわ」


 驚き疲れた様子のマリィさんは、可愛らしいキャラクターが溢れ返る画面を目に吐息を漏らす。

 確かに直感的な操作が可能なレースゲームやアクションゲームはともかく、いま画面に映るシューティングは初心者には難しいのかもしれない。

 いや、それを言うのなら魔王様も初心者になるのだろうが、彼女は仮にも魔王という肩書を冠する存在だ。おそらく常人を超えた対応力と反射神経を持ち、それを駆使して初心者らしからぬプレイをしているのだろう。


 とはいえ、三人もいるのに一人でゲームをしてもらうのも寂しい話だ。もう少しパーティーゲームを充実させた方がいいのかもしれないな。

 それよりもマリィさんからのご希望通り、カードゲームを充実させるべきだろうか。

 しかし、トレーディングゲームなんてものを売り出したとして、買ってくれるのはここにいる二人くらいなものだ。ゲーム関係の品物を売り出すのは難しいかな。

 僕は過ぎった新規品揃えのアイデアを一時保留。


「やっぱりマリィさんにはこっちがいいですかね。ベル君お願い」


 こんなこともあろうかと(とは少し違うのだが)もう一つ用意してあった品物を、カウンターから身を乗り出すようにして声をかけたベル君に持ってきてもらう。


「こ、これは――」


「この間、随分と夢中になっていましたから最新刊まで買ってきてみました。他にも適当に見繕って――って聞いていませんね」


 ベル君が頭上に抱えて持ってきたそれは――ダンボールいっぱいの漫画本。

 以前に読んでもらった剣術漫画のコミック版に加えて他にもいろいろと、万屋の資金を回したり、自分の小遣いを足して、様々なジャンルの漫画本を買ってきてみたのだ。


 すると、マリィさんはダンボールの中の一冊、描かれた日本刀を構えるキャラクターを見るなり、僕の話も耳に届かないといった様子でダンボールを漁り、かぶりつくように読書に興じる。


 そんな武器マニアのプリンセスを微笑ましげに眺めていると、そのやり取りを聞きつけ、ゲームを一時中断、這い這いでやってきた魔王様も興味深そうにダンボールを覗き込む。

 喜怒哀楽の感情表現があまり表に現れないのが魔王様だ。その表情からは判別が難しいけれど、興味がなければゲームを続行していただろう。


「魔王様も読んでみますか?」


 勧められるがままダンボールの中を物色する魔王様が一体どんな漫画を選ぶのか。興味をそそられ見ている前で、魔王様が取り出したのは意外な漫画だった。

 それは破天荒な女の子を主人公に、隣人やその友人達などとの交流を描いた日常ストーリー。

 そういえば、選んでいたゲームソフトもコミカルなキャラクターが多く登場するものを選んでいたな。

 意外に女の子らしい魔王様の一面を見せられた僕は、邪魔しては悪いと、いつの間にかタイトル画面に戻っていたゲーム機のスイッチをオフ。自分用に買ってきた人気漫画の最新刊を手に取って、しばし物語の世界へ没入する。

 そして、途中で夕飯の時間を挟みながらも数時間、僕達三人は来客の無かった万屋の一角で、気心の知れた友人達のようなまったりとした時間を過ごし、休憩室の壁に備え付けられた壁時計が日本時間で九時を回った頃、僕は読んでいたライトノベルをパタンと閉じて、伸びを一つ。本の虫と化している二人の少女に控えめな声をかける。


「あの。そろそろ家に帰ろうと思うんですが、お二人はどうします?」


 これまでの来店時間などから考えて、マリィさんの暮らす世界との時差はあまり無いと思われる。因みに魔王様の世界はどうなんだろう?

 ともあれ、この万屋は基本的には24時間営業だ。店舗内にはベル君を始めとしたゴーレムのいずれかが常駐していることを考えると、別にこのまま居てもらっても構わないのだけれど、あまり遅くなってしまってはそれぞれの関係者が心配してしまうだろう。

 だからと二人に問い掛けるのだが、


「……待って」


「あと十冊で終わりですの」


「いや、十巻も読んでたら真夜中になっちゃいますよ。確かその巻で丁度切りになりますから。ほら、魔王様も、ずっとこっちにいるとお迎えが来ちゃいますから」


 そんな心配をする僕に二人は生返事。気を回して持ってきた少年漫画にすっかりハマってしまったマリィさんは勿論のこと、魔王様に至っては畳に根を生やしように動く気配が見られない。

 これはもう仕方ないな。


「えっと、貸しますから、ね。一回読むのをやめましょうよ。なんなら買って帰っても構いませんし」


 だからとした提案に魔王様は「……いくら?また魔剣とか何か持ってくる?」と聞いてくるけど、二人から預けられている資金の残高は百冊以上持って帰られてもお釣りが来る程だ。


「精算は預けられたお金でしますから大丈夫ですよ」


 帳簿係のベルのチェックの下で好きなだけ持って帰ってもらう。

 他方、マリィさんはといえば、


「私の場合は万屋でないと虎助の世界の文字が読めないのでしょう」


 ファンタジー世界において森の賢者と呼ばれているらしいエルフの血を引く魔王様はともかく、マリィさんが日本の漫画を読めるのは、翻訳の魔法式が精緻に刻み込まれたペンダントの効果範囲にいるおかげである。

 オーナーが言うには、翻訳の効果を享受している内に自然と相手側の言葉を覚えてしまう人も多いという話だが、さすがに半年も経たない期間では、ひらがなにカタカナ、そして漢字と、複数の文字形式が入り交じった日本語をスラスラと読めるレベルには至っていないだろう。


「じゃあ。マリィさんには〈バベル〉のレプリカも込みで貸し出しますから」


 ならばと僕はオリジナルをダウングレードした翻訳魔導器を貸し出すことで対応する。

 因みに渡された〈バベルレプリカ〉を受け取ったマリィさんが、満面の笑みでバトル漫画をごっそりと持ち帰ったのは言うまでもないだろう。

『戦国剣風伝マサチカ』再登場の回です。


 因みに魔導発電システムは、基幹部分を除き歯車や発電装置、インバータなど諸々を虎助がネット通販で見つけてきて、それを組み上げただけのものです。

 基幹部分である魔導ギアは、虎助の義父である間宮十三によって〈風神〉と名付けられる。

(ヒント・四駆なホビー)


・マジックアイテムの簡単な解説。(後に本編にも出てくると思う説明……多分)


〈魔具〉……単一の魔法式が組み込まれたマジックアイテム。技術と知識さえあらば誰でも作れる。


〈魔導器〉……複数の魔法式が絡み合ったマジックアイテム。前段階としてオリジナル魔法の作成が必須であり、作成には才能が必要。


〈魔動機〉……ゴーレムなどのように魔法の力によって動く魔導機械。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] ネットでいろいろ買ってきて発電機をでっち上げられるのに、家の配線がわからないとかちょっとちぐはぐだと思いました。
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