キングスカラベ
◆タイトルからもお分かりの通り、実際の映像を想像してしまうと汚い話になってしまいます。
それは、普段と変わらない午後の一時。
いつものようにマリィさんがエクスカリバーに見惚れ、マールさんのお尻を堪能した元春がその感触を思い出しニヤケ顔でぼーっとしていた時、それは唐突に訪れた。
ゲートから光の柱が立ち上がり、鼻がひん曲がるような異臭が万屋の中に立ち込め始めたのだ。
「く、臭っせー。なんなんだよこの臭い?」
今の今までのニヤケ顔が嘘だったかのように苦悶の表情に顔を歪める元春。
そして、臭いから逃れるように万屋の外へと出ようとするのだが、どうもその臭いは店の外から漂ってきているようで、元春が店の正面玄関であるスライドドアを開けた瞬間、今まで漂っていた異臭よりも更に強烈な臭いが店舗内に入ってくる。
「チッ、これ、外からの臭いなんかよ。つか、どこから漂ってきてんだ?」
「アレだね」
スライドドアを開けた元春を追いかけて外へ出たところで僕はそれを見つけた。
それは巨大な球状のシルエット。いくつもの大玉が転がりながら万屋に近付いてきていたのだ。
「何だ?あのでっけーボール。――じゃねえ、あれって虫か?虫がボールみてーなのを転がしてんのか? ――って、虫がボールを転がす?もしかして、あれ全部フンコロガシなんかよ?デカ過ぎんだろ!!」
元春も言っている途中で球体の影に隠れていた存在に気付いたのだろう。
そう、そこにいたのはフンコロガシ型の魔獣だった。転がす糞球は僕の身の丈二倍、超巨大フンコロガシが群れをなして迫ってきていたのだ。
僕はそのフンコロガシを視界に収めると同時に魔法窓を展開、あの魔獣がいったいどんな魔獣なのかを検索にかける。
すると、魔法窓に記された検索結果は、
「正式名称――というか、他の世界で一番多く呼ばれている名前はキングスカラベ。まあ、そのままフンコロガシの王だね。後は魔王殺しとか厄災の虫なんてアダ名があるみたいだよ」
「ちょ、それ、ヤバイ魔獣なんか?」
「しかし、警告がありませんでしたよ。それに、それ程、危険な魔獣とは思えないのですが」
キングスカラベの異名に慄く元春。その一方で、自分の周りの空調を操作する〈空調操作〉の魔法をかけていたのだろう。遅れて店の外へと出てきたマリィさんが危険な魔獣が現れた際に必ず鳴らされる警告が無かったと指摘するのだが、
「警報がなかった原因はあれにあるみたいですよ」
僕が指し示すのは一匹のキングスカラベが転がす巨大な糞球。その中にはエレイン君が埋まっていた。どうもゲートから入ってきたところを止めようとして巻き込まれてしまったらしい。
警報が鳴らなかったその理由は、あの糞球に巻き込まれたエレイン君が――というよりも、それを動かす精霊と言った方が正しいかな――その強烈な臭いによってフリーズしてしまったことにあるらしい。
「ですが、カリアでしたっけ?上空からの監視もあるのですよね。そちらはどうなっていますの」
僕の説明にマリィさんが普段ならば空に浮かんでいるテニスボールサイズの監視ゴーレム・カリアの姿を探す。
だが、いくら空中を探したところでカリナの姿は見付けられないだろう。
何故なら――、
「どうもカリアは糞球に巻き込まれたエレイン君のフリーズに巻き込まれる形で機能停止してしまったみたいです。そして、同じくシステムでつながっているエレイン君達も軒並み駄目になってるみたいなんです」
そう言って僕が向けた視線の先にいるのは、キングスカラベが真横を通っているにもかかわらず、立ったままの状態で動かないエレイン君。現在進行形で臭いという脅威を撒き散らすキングスカラベにまるで反応しないその様子から、完全に機能が停止していることが見て取れる。
数少ない無事な個体は、システム的に切り離されているベル君と、あと、ソニアによるマニュアル操作で動くモルドレッドくらいか。
そんな僕の憶測に元春が喚くように呟く。
「システムがフリーズするって、それ、どんな臭いなんだよ。つか、ゴーレムが臭いで止まっちまうなんてありえるのか」
元春はこう言うけれど、エレイン君達、アヴァロン=エラ製のゴーレムの場合、精霊が宿っているというだけあって擬似的な五感を備えられている。今回はそれが裏目に出てしまったようなのだ。
「しかし、精霊をそこまで追い詰めるあの糞はいったいどんな生物のものなのです?」
マリィさんの指摘も尤も疑問である。しかし、これに明確な答えを返すのはなかなか難しい。
「巨獣なのか、ドラゴンなのか、糞球に巻き込まれたエレイン君も分析どころじゃないようですので、想像するしかないんですけど、相当強力な力を持つ存在の糞であることは間違いないですね」
例えばこんな話を聞いたことがないだろうか。とある貨物列車の路線が野獣の衝突被害に困り、線路の周りにそこにはいないハズのライオンの糞を撒いたところ、衝突事故が激減したという話を――、
おそらくキングスカラベはそれと同じような効果を狙って強い生物の糞を持ち運んでいるのではないか。そして、その影響をモロにくらってしまったのがエレイン君達に宿る精霊だったという訳である。
「ふーん。大体の状況は分かった。分かったけど、こっからどうすんだ。さすがにこのままじゃマズイだろ。てか、臭すぎる」
「エレイン君がああなってる以上、倒しかないだろうね」
早くなんとかしてくれと言わんばかりに鼻を摘み聞いてくる元春に僕はそう言って答える。
エレイン君が糞に巻き込まれる前なら普通に追い返すこともできたかもしれないけれど、ああなってしまっては仕方がない。彼等が餌である糞を手放すとも思えないし、救出の手間を考えると、悪いけど駆除した方が手っ取り早い。
しかし、その話を聞いた元春は嫌な予感がしたのだろう。先手を打って言ってくる。
「俺はやらねーぞ」
「まあ、それはいつものことだからいいんだけど。マリィさんはどうします?」
本来、お客様に魔獣――この場合は魔虫かな――の相手をさせることなどあってはならないことだ。だから元春が戦わないというのは正しい行動である。しかし、マリィさんの場合、このアヴァロン=エラでの魔獣退治はある意味で趣味のようなものであり、駄目と言って聞く人じゃあない。
だからと苦笑しながらも、どうするのかの確認を取る僕の声に、いつもなら一も二もなく自分も戦うと即答するマリィさんも、さすがに今回の相手には少し躊躇いがちで、
「もしも、もしもですが、あれが龍の糞だったとして使い道はありますの?」
「確定ではないんですけど、もしもあれが龍の素材でしたなら、オリハルコンやらムーングロウを作り出す触媒から、エリクサーに賢者の石と、用途は色々ありますね」
「いやいやいやいや、ドラゴンの素材っつってもクソだぞアレ」
元春がそうツッコミたくなるのも分からないでもない。だけど、
「もともと動物の糞っていうのは、殆どが体内で余分になった水分と新陳代謝で要らなくなった内臓の細胞だかからね。あの糞もある意味で良質な素材になるんだよ」
「マジかよ」
厳密に言えば、他にも腸内細菌やら食物繊維と、他にも雑多様々な不純物が混じって形成されているものが糞というものなのだが、それを言い出したらきりがないし、そもそもあれがドラゴンの糞なら、その不純物とて希少な素材にだってなりえてしまったりするのだ。
「それでどうします?」
「そうですね。正直、戦う相手としてはあまり好ましくない相手ですが、魅力的な素材がついてくるのなら私も参戦しましょうか。討伐した際の配分はもらえますのよね」
「もちろん。で、元春は――?」
改めて訊ねた僕の問い掛けに、ただ戦うだけというのならキングスカラベはあまり好ましくない相手だ。けれど、その素材は魅力的だと参戦を表明するマリィさん。
一方、元春といえば、
「よし、そういうことならバックアップは任せろ」
うん。平常運転みたいだね。たぶんおこぼれか何かを狙っているのだろう。自ら後衛を買って出る。
どっちにしても、このままだと改装したばかりの万屋が転がる糞に破壊されるなんて恐れもあるし、フォローをしてくれる人がいるのはありがたい。
とはいえだ。それが元春ということなら不安も残る訳で、
「マリィさん一発大きいの食らわせてあげてくれませんか」
「いいんですの?」
先手必勝。マリィさんが放つ高火力な魔力で相手の戦力を削げないかと提案する僕に、マリィさんが確認をしてくるのは、討伐後、回収できる素材の状態を考えてのことだろう。
だけど――、
「ええ、目的は糞の方ですから、ちょっとやそっとの攻撃じゃあ素材が劣化することなんてありえませんよ。それに、生半可な攻撃だとキングスカラベにはほぼ効果がないと思いますから」
「ちょ、そんなにつえーんかよ。あのフンコロガシ」
僕の推測を聞いて元春が慌てたように聞いてくる。
だが、僕も適当に不安をあおるようなことを言っているのではない。
「餌が餌だけにね。強いと思うんだよ。あのフンコロガシ」
彼等の餌はドラゴンの糞(もしくは巨獣の糞だろう)。だとするなら、僕達がこの前ドラゴンステーキを食べて肉体活性が得られたように、彼等も同じような状態を保持している可能性が高いのではないか。
そして、そんな食生活を生まれた時からしているのだとしたら、通常の魔獣よりも強力な個体になっているのではないか。
僕が元春にそんな推測を語り聞かせている間にも、マリィさんの準備が整ったようだ。突き出したマリィさんの両手から強力な魔力の奔流が迸る。
「〈地走る炎〉」
マリィさんの高らかな叫び共にゲートと万屋を繋ぐ道を走り抜けたのは炎の洪水。
鉄砲水のような炎がキングスカラベの群れを飲み込む。
だが、キングスカラベの進撃は止められない。
「ヤベー。突っ切ってきやがった」
悲鳴のような声を上げながらも元春がいつでも逃げられる体勢を整える。
僕はそんな弱腰な友人に苦笑するような視線を向けながらも、炎の魔法が効果薄ならと氷のディロックを投擲。そこから流れるように魔法窓を展開して、ゲートの結界を発動させてキングスカラベの足止めを狙う。
と、次の瞬間、キングスカラベの群れに投げ込んだ氷のディロックが発動。間欠泉のように吹き出した氷の花が、キングスカラベを――、彼等が転がしていた糞を――、蹂躙する。
しかし、驚くべきはその後だった。
「甲虫の類が硬いことは知っていましたけど、ここまでのものだとは――」
そう、どこまでいっても所詮は糞である彼等の転がす球はともかくとして、キングスカラベは鋭い氷の突き上げをくらっても傷一つ付いていないようなのだ。
氷の勢いに体を持ち上げられながらも、ズンと重量感あふれる音を立てて着地。そのまま破壊された糞球の回収に動くキングスカラベ。
「これは貫通力の高い魔法で対応するしかないですか」
そんなキングスカラベに対して、炎の槍を空中に顕現させ、その行動を牽制しようとするマリィさん。
だが――、
「もう大丈夫かもしれませんよ」
「どうしてですの?」
見て下さい。と僕が指を向けた先ではキングスカラベがゲートから発生した結界に捕らわれ、カリカリと半透明の壁を引っ掻いていた。
「どうやら〈地走る炎〉を突き抜けた突進力はあの糞球のお陰だったみたいですね。
その糞球がなくなってしまえば結界を抜けてこれる程でもないみたいですから、後は糞を片付けてやれば――」
「餌も武器もなくなって自分から元の世界へと帰っていくというわけですのね」
マリィさんからの問い掛けに、僕は『その通り――』とばかりに笑顔を浮かべる。
「という訳でこれから糞の回収しなくてはいけないんですけど――」
とはいえだ。さすがに糞の回収なんて汚れ仕事を元とはいえお姫様であるマリィさんにやらせる訳にはいけませんよね。そう続けようとするのだが、
「いえ、エレインも動けないようですし、私も手伝いますの」
集めるものがドラゴンの糞だけにマリィさんもその作業を手伝ってくれるようだ。
「マリィさんはこう言ってるけど元春はどうする?」
そして、女の子がこう言って自分だけ逃げるのは気が引けたのだろう。ちょっと意地悪な僕の問い掛けに、元春も渋々手伝ってくれるようだ。
「わーったよ。やるよ。やりゃーいいんだろ」
さて、マリィさんと元春が手伝ってくれるのなら道具を用意しないとな。
エレイン君が無事だったら、バックヤードから道具を出してもらったところなんだけど。こういう時に備えて、僕のマジックバッグにもいろいろ入れておいた方が良かったのかもしれないな。
二人からの心からの強力に僕はこの後の事を考えながらも、取り敢えずは――と、バックヤードからアイテムを取り出せるゴーレムを求めて、ベル君のいる万屋に足を向けるのだった。