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●とある賢者の一コマ

◆今週の一話目です。

「安定しねぇなぁ」


 ここは魔法都市メルパの郊外に建てられた研究室。その地下室で、コポコポと緑色の液体で満たされるカプセルの前でそうぼやくのは、東方の大賢者と呼ばれる錬金術師『ロベルト』だ。

 伸ばしっぱなしの髭を剃ることも忘れ、研究に没頭する彼が向かうカプセルの中に浮かぶのは、マリィにも負けず劣らず、グラビアアイドル並みのプロポーションを持つ全裸の美女。

 ロベルトがそんな全裸の美女にニヤニヤとした視線を送りながらも、カプセルの下部に取り付けられた機器を操作していると、ジャンと気を引くサウンドエフェクトと共に、一つ、小さな魔法窓(ウィンドウ)が立ち上がる。

 警告を示す黄と黒のストライプで縁取られた魔法窓(ウィンドウ)に、デカデカと表示されるのは『侵入者アリ』という一言だった。


「チッ、いいところだってのによ邪魔しやがって」


 ロベルトは舌打ち一発、その警告表示をタップする。

 すると、警告色で縁取られた魔法窓(ウィンドウ)が拡大して分裂、研究室に仕掛けられた監視カメラが映すリアルタイムの映像に切り替わる。


「ハァ、また神秘教会の奴等かよ」


 ロベルトがうんざりとした様子で呟く。

 目を落とした魔法窓(ウィンドウ)の中に映っていたのは、肩口にクリスタルの立花をモチーフにしたマークが刻印された細身でメカニカルなゴーレムだった。

 そのマークをシンボルとする神秘教会とは、ロベルトが暮らすアイゼンという国の中で二番目の信者数を擁する宗教団体だ。

 そんな神秘教会のゴーレムが、何故このようなコソ泥まがいのことをしているのかといえば、それには現在ロベルトが行う研究に原因があった。

 この研究室の有り様を見てしまえば分かるのだが、ロベルトは己が理想とする女性を生み出すためにホムンクルスの製造を行っていた。それが、彼ら神秘教会の禁忌にあたる行為だったのだ。

 だが、ロベルトはそんな敵対する宗教団体のことなど気にもとめないように、研究所への侵入を試みるゴーレムを見て独りごちる。


「撃退はするとして、ゴーレムの処理をどうすっかだな。あんなマークがつけられたゴーレムの残骸なんか普通にさばけねぇだろうし、製造ナンバーなんかが残ってると後で変なツッコミが入りかねないからな。とはいえ、素材として使うにゃ、万屋に比べると、二枚どころじゃなく、三枚も四枚も落ちるから、再利用してもあんま役に立たねぇし、魔法金属に加工するにしても俺んとこの設備じゃ難しいしな」


 実はロベルトは、その錬金術師としての腕を買われ、万屋がどうやって魔法金属を量産しているのかを教えてもらっている。

 だが、その製法はアヴァロン=エラの魔素濃度があってこそのものであり、ロベルトが暮らす世界でその精製方法を真似するとなると、大量の触媒に希少な魔法薬をつぎ込まなければコイン一つすらも魔法金属化させられないという技術だったのだ。


「虎助――っつぅか、この場合、万屋のオーナーだよな。アイツ等はたぶん効率のいい研究して欲しいと思って秘匿技術を話してくれたんだと思うけどよ。やっぱ環境の違いってのはデケェよな」


 業務用の蓄魔器(コンデンサ)でもあれば少しは効率化が図れるのだが、大物の魔動機は中古でも億を超えてくる。


「アイツ等に頼めば、その辺も安く作ってくれそうなんだが、そんで金儲けするくらいじゃなけりゃあ、万屋から買った方が手っ取り早いからな」


 あまりに違い過ぎる研究環境にぐちぐちと文句を言いながらも、ロベルトは魔法窓(ウィンドウ)に移る隠密ゴーレムの動きに合わせて、淡々と研究所に設置してある数々のトラップを発動していく。

 すると、すぐに発動させたトラップに嵌り動けなくなる隠密ゴーレムが現れ始めて、


「そうだ。今度、コイツ等を持ち込めば万屋に持ち込めばいいんじゃねぇか。前に買い出しに行った時に、近々量産型のゴーレムをどうとかこうとか言ってたから、優秀な奴だったらいい値段で買い取ってくれるかもしんねえな」


 素材としてはあまり旨味がないそのゴーレムでも、その仕組みに関してなら、普段からゴーレムを制作している万屋のオーナーがその価値を認めてくれるかもしれない。

 有名なメーカーの作品だけあって、造形こそ好みではないが、そこに詰め込まれている技術はロベルトにも参考になる部分が多い。それを価値に万屋に売りつければ――、そう考えたロベルトは、


「そうとなればちゃっちゃと片付けますか」


 揉み手をするように手をこすり合わせ、研究室の片隅に置かれたジュラルミン製のカプセルをバコッと開く。

 中に入っていたのはこれまた全裸の美女。

 ロベルトはカプセルの中で眠る全裸の美女の首筋に手を回し、延髄の部分に刻まれる小さな魔法式に魔力を流し込む。

 すると全裸の美女はゆっくりと目を開き、その様子を見守っていたロベルトを見つけるやいなや、ムクリと上半身を起こして無機質な声で問い掛ける。


「おはようございますマスター。何か御用でしょうか?」


「ああ、実は――、てか、まただな、神秘教会の馬鹿共がちょっかいをかけてきてな。悪ィが掃除してくれるか」


 全裸の美女を前に欲情することなく平然と答えるロベルト。ふだんの彼を知る人物がこの光景を目撃したら、おそらく目を疑ってしまう光景だろう。

 だが、それもそのハズ、なにせ彼女は戦闘用に作られた精巧なゴーレムなのだ。いわゆるガイノロイドと呼ばれるアンドロイドに近い存在なのだ。

 それでも姿形が美女ならばロベルトは興奮して襲いかかるかもしれない。そう思う人間はいるだろう。しかし、残念ながらこの美女は、その全身の殆どが魔法金属で構成される、まごうことなき戦闘用のゴーレムなのだ。観賞用ならともかくとして、飛んでも跳ねても一ミリたりとも揺れることのない女体にロベルトは観賞用以上の魅力を感じないのだ。

 ならば、どうしてわざわざ彼女を女性型にしたのかという疑問が思い浮かぶのだが、それはロベルトの趣味であり、いかついゴーレムに守られるよりも美女の姿をしたアンドロイドを侍らせた方が見栄え的にいいからだという判断に基づいているのだという。

 要するに見た目はそこそこなのに何故かモテない男の見栄なのだ。

 とまあそんなこんなで、見た目はだけならボ○ドガールのように見目麗しい全裸美女が「かしこまりましたご主人様」と、ロベルトの指示に従うべく、まるで朝食でも作りに行くかのように敵の排除に動こうとするのだが、さすがのロベルトも自分所有のアンドロイドに全裸のままで敵と戦わせ、それを鑑賞するというような特殊な趣味は持ち合わせていない。


「ちょっと待った」


 ロベルトは全裸のまま出撃しようとする彼女の待ったをかけると、今まさに研究所が攻め込まれているという状況にも関わらず、彼女を引き連れ研究所に併設するウォークインクローゼットに移動、のんびりと彼女に似合う服を選んでいく。

 セーラー服にスクール水着、チャイナ服に警察官。

 因みにこのクローゼット内にある衣装の数々は、ロベルトの異世界の友人である松平元春にチョイスしてもらった服が相当な数を占めている。

 ロベルトも自分の世界のマニアックな服を集めているのだが、そもそもロベルトの世界は性的に保守的な考え方が広まっており、セクシーな服ともなるとその種類が限られてしまっている。

 まあ、そんな世界においてオープンスケベを地で行っていることも、ロベルトがモテない――ではなく、神秘教会に狙われる一つの要因なのだが、それは本人の知らないところにある。

 そうして五分ほど悩み、選んだチャイナ服を人間のように着替える彼女の撮影準備を整えたロベルトは、その片手間に魔法窓(ウィンドウ)に移る侵入者(ゴーレム)の様子をチェックしていく。

 するとそこには、数を減らしながらも設置したトラップを突破していく神秘教会のゴーレムの姿があって、


「ふぅん、前よりも練度を上げてきたな。人工知能を積み替えてきたのか?

 にしても、これ住宅街だったら完全に通報されるレベルだよな。

 まあ、あのまま街中で研究を続けてたとしてもコイツ等はちょっかいをかけてきたんだろうなあ」


 と、ロベルトが監視カメラの映像によそ見をしている間に彼女の着替えが完了したようだ。


「マスター。出撃準備が整いました」


 後はロベルトの許可を残すのみ、そう言わんばかりに声をかけてくる彼女の髪を整えたロベルトは「よし、行って来い」と彼女の背中を押して送り出す。

 そして、少しでも彼女の戦いが楽になるようにと再び魔法窓(ウィンドウ)に視線を落としてこう呟くのだ。


「俺以外にもおんなじような研究をしてるってヤツはごまんといんだからよ。そっちを狙えっての」


 不満を口にしながらお手動で発動できるトラップを武器に神秘教会のゴーレムに攻撃を加えるロベルト。

 そうしている内にも送り出した彼女が監視カメラに映り込み、研究所に忍び込んだゴーレムの一体を一刀両断に切り裂いてみせる。


「超振動ブレードだっけか。また凄えモンを作ったな」


 彼女がいま使った武器は、面倒臭い相手が攻めてくると異世界の万屋の店主である虎助に相談したところ、異世界の姫であるマリィと一緒にそれぞれ意見を出し合って作ってくれた、対ゴーレム用兵器である。


「人間にも使えるらしいが、俺等の世界じゃ前衛をゴーレムに任せてドンパチが主流だからな」


 だからこそ虎助も安心して最新兵器を渡せるのだが、ロベルトにとっては都合がいいことなので余り気にしていない。

 と、ちょっとした独り言をつぶやいている間にも残るゴーレムの処分が終わったようだ。


「さて、邪魔者も片付いたことだし、ゆっくりねっぷりと研究の続きをしますかっと」


 危なげなく敵を処理した彼女の働きにロベルトは内心でホッと安堵のため息を吐き、研究所に仕掛けられたスピーカーで彼女に倒したゴーレムの処理を任せると、再び怪しげな研究に戻るロベルト。


「よっしゃ、完成まではもうひと踏ん張り、色と欲望に満ちた怠惰な生活の為に頑張るか」


 本当に残念な大賢者様である。

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