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●とある勇者の一コマ

 ヴリトラ騒動から数日たった万屋の店内にフレアがいた。

 まだ午前中というこの時間、万屋を訪れる客の姿も少なく、虎助も学校へ行っている時間ということで、店員はベルだけとなっており、ゆえに店内にいる人間はフレア一人だった。

 そんな一人っきりの店内でフレアが何をしようとしているのかといえば、そんなことは決まっている。


「よし、今日こそは君を抜いてみせるぞ」


『毎日毎日、お主もこりぬ男よの』


 フレアしかいないハズの店内で、その独り言に答えるのはエクスカリバーだ。

 黄金の刀身を微かに明滅させて、言外に諦めろといわんばかりの言葉を投げかけるエクスカリバー。

 しかし、そんなエクスカリバーの遠回しな拒絶を受けてもフレアの態度は変わらない。


「それが俺だからな。仕方ないだろう」


『その考え方はある意味で【勇者】とも言えるのかもしれないが、もちっと自分を見つめ直す時間を作った方がいいのではないか』


 正直、エクスカリバーとしてはこう毎日来られても鬱陶しいだけ、どうせ自分を抜くことができないのだから、それを可能にする方策を考える方が先ではないのかと、今度はアドバイスを添えて考え直すようにとフレアに話しかけるのだが、フレアは的外れにも自信満々な態度でこう切り返す。


「ふむ、精神修行というヤツだな。それなら毎日行っているぞ。精神を研ぎ澄まし一心不乱に剣を振る。これこそが最高の精神集中をもたらす方法だということを俺は知っているぞ」


『まあ、お主はそちらのタイプよの』


 ため息を漏らすようにそう呟くエクスカリバー。


『しかし、我を無理やり引き抜こうとしても無理だと思うがな。我のこれは精神と地脈が結合してこの状態を保っているのだから、真に我がこの人物になら抜かれてもいい――、そう思わなければ抜くことは叶わないぞ』


 そして、さすがにここまで言えばこの脳筋も理解するかと期待して説得を続けるのだが、フレアはエクスカリバーからの指摘に顎に手を添え、こう訊ねてくるのだ。


「エクスカリバーよ。そもそも君が求める【勇者】とはどんな人物なのだ」


『唐突になんだ』


「いや、せっかく君がヒントをくれたのだ。ならばそれに従おうと思ってだな」


 人の話をどこをどう取ったのならそのような結論にいたるのか。エクスカリバーはフレアが生来備える底抜けのポジティブシンキングに呆れながらも、諦めたようにこう返す。


『まず最初に言っておくぞ。我は別に【勇者】を求めて持ち主を決めているのではない。たまたま我を手にする資格があった者が【勇者】や【英雄】と呼ばれる存在になっただけだ』


 そもそもエクスカリバーは、エクスカリバーに宿る精霊は、自分が気持ちよく過ごせる相手を選んで使い手としているだけなのだ。


「では、どのような人間ならば君を持つにふさわしい人間と言えるのだ」


『それを考えるのがお主だろう』


「だがしかし――」


 エクスカリバーの言い分はまさにその通りで、フレアとしても納得できるものだったのだが、こうと決めたら一直線。フレアはそれでも答えを聞かせて欲しいと食い下がる。

 すると、エクスカリバーもそんなフレアの必死さにほだされたのか、いや、ただ疲れただけだろう。わずかに考え込むような間を挟んで一言。


『なんとなくだな』


「なんとなく、だと?」


 先程、エクスカリバーが作ったものとはまた別種の沈黙を作って、フレアが呻くような声を絞り出す。

 と、今の答え方はあんまりにもなものだったのかもしれないと、エクスカリバーも思ったのだろう。少し慌てたようにして、


『お主にもあるだろう。なんとなく気の合う者、合わない者。我の場合、それがたまたま英雄の資質を備える者だったというだけだ」


「しかし、だとしたら虎助はどうなるのだ。あのマリィですら君を持つことが出来たのはどうしてなのだ」


 納得できないとばかりに身近な例を引き合いに反論するフレア。

 しかし、これには明確な答えがあって、


彼奴(アヤツ)等は一緒に過ごしていると退屈しない輩だからな。なにより、我を使って何かをしてやろうとしない心根がいい』


「だが、剣とは、エクスカリバーとは巨悪に立ち向かってこその存在ではないのか。黒雲龍に退治したあの戦いに現れたのはそういうことではなかったのか』


 ぬるいとも言えなくはないエクスカリバーの考え方に、熱くエクスカリバーの存在意義を語るフレア。エクスカリバーはそんなフレアの熱苦しいノリに面倒臭さを感じながらも言い辛そうにこう答える。


『いや、あれは自己進化が終わって動けるようになったのが嬉しくてだな。そんな時に強い力の波動を感じてだな。ちょっと顔を拝みに赴いただけなのだ』


 あの運命すらも感じさせるエクスカリバー降臨にそんな裏事情があったとは――、

 ただただ愕然とするばかりのフレア。

 そして、そんなフレアの反応を見たエクスカリバーはというと、あんまりにもなその理由に若干の気まずさを感じたのか、言い訳をするようにこんなことを言い出すのだ。


『そもそも、あの程度の龍など、我が赴くまでもなく虎助とマリィがおればなんら問題ない相手ではなかったのか。おそらくは運が良かったと言っていたあの珍妙な魔法以外でも、あの二人ならば問題も無く黒龍に勝てたのではないかと我は思うぞ』


 そんなエクスカリバーの主張が信じられないと更にリアクションを大きくするフレア。

 だが、そんなフレアの反応がエクスカリバーにとある確信をもたらした。

 ちょっとした失言から押され気味だったエクスカリバーが反転攻勢に打って出る。


『そう、お主の場合はそれがいかんのだ。

 お主は普段の虎助を見て、普段のマリィを見て、自分よりも弱いと侮っているだろう』


 それは当然のことではないのか。フレアは剣士としての挟持を持ってエクスカリバーに反論しようとするが、エクスカリバーはフレアの反論を許さない。


『だがそれは違う。これはおそらくになるのだが、虎助の場合、本気を出せば八割方はお主に勝つことが出来るだろう。マリィに至ってはどう戦ってもお主に勝ち目はないのが現実だと思うぞ』


 実際のところ、条件が揃い、マリィが本気を出すことが出来たのなら、フレアが苦戦の末に押し負けたあの大魔王を自称するアダマー=ナイマッドにも完勝できるくらいの潜在能力は持っているハズだ。

 だが、フレアにはエクスカリバーが指摘した事実を受け入れることが出来なかった。

 慢心――という訳ではないのだが、戦闘職として毎日のように訓練に励んでいる自分が、ふだん店員として働いているだけ(・・)の虎助や、ふだんこの万屋でだらけているだけ(・・)のマリィに負けるという場面が想像できなかったのだ。

 まだ納得していないだろう様子を滲ませるフレアに、エクスカリバーはしょうがないなとばかりに微かに魔力光を明滅させ続ける。


『お前に足りないのは見る目だな。人を見る目、物を見る目というのが圧倒的に足りていない。それらの才には天性のものが大いに関わるが故、少々鍛えたからどうにかなるものではないが、それでも先入観というものを限りなく希薄にして全体を見渡せるようになればある程度は改善されるものだ。しかし、お前にそれができるのか』


 例えば、フレアに見る目があったのなら、アダマー戦に使った爆発剣コールブラストがエクスカリバーのニセモノであることなど一発で気付いたハズだ。

 そもそも光や雷を操るエクスカリバーがどうやったら爆発なんて現象を起こせるのか。それだけを考えてもニセモノと疑うレベルだったのだ。

 そして、フレアは何度もその雷を浴びて、少なくない時間エクスカリバーのグリップを握っているのだ。

 だが、フレアは、それがエクスカリバーではないと見抜けなかった。

 ただなんとかくエクスカリバーと同じものだと信じて疑わずに大魔王に特攻し、そして強力な魔法剣すらも失うことになってしまったのだ。

 それも、引き際も見極められずに怪しげな薬に手を出した結果となれば、機を伺う目すらもないと証明しているようなものだろう。

 これを絶望的と言わずなんというのか。

 おそらくこの件がエクスカリバーの中で最も大きなしこりとして残っていたのだろう。あえて自分と自分を似せて作られた剣を使ったドッキリの件を引き合いにして、フレアの見る目のなさを指摘するエクスカリバー。

 一方、エクスカリバーからの指摘を受けたフレアはというと、宿っているものが光の大精霊だとはいえ、無機物に己の至らなさをズバッと切り込まれて、もはや声も出ない様子である。

 そして、ちょうどそんなタイミングの時に限ってこの人物が現れる。


「あ、フレアさん。いらっしゃいませ」


 いつものように学校を終えて万屋に出勤する虎助。

 店に入り、なじみの客を見つけて元気よく声をかけるが、その様子がおかしいと気付くと軽く後退る。

 しかし、絶望に打ち拉がれるその客は虎助を逃してくれなかった。

 フレアの様子にどうしようかと思いながらも、取り敢えずはカウンターの向こうに避難。それからベル辺りから情報を収集しようと考え、移動しようとした虎助に絶望に打ちひしがれていたフレアが縋り付く。


「虎助、俺と試合ってくれないか?」


 今迄の自分に活を入れる為、エクスカリバーの指摘が本当のことなのかを確かめる為、虎助に勝負を挑まんとするフレア。

 しかし、いきなり戦ってくれと言われても、いま来たばかりの虎助にはそこに至った状況を理解することができない。

 だから、とりあえず事情を聞かせてくださいと説明を求める虎助だったが、


「いいから俺と試合ってくれ」


 フレアは戦ってくれとの一点張り。

 そして、この万屋の中に虎助の声に答えてフレアの心情を説明できる人間(・・)はいなかった。

 結局、その後、虎助はフレアからの熱烈な誘いに乞われるがままに軽い立ち会いを行うことになるのだが、勝負は時の運。相手がお客であることと虎助本来の性格も相まって、勝利を重ねる結果となってしまったフレアから「本気を出せ」と理不尽な要求を出された虎助は、終日、フレアの修行に付き合わされる羽目に陥ってしまうのだった。

◆今回のお話は難産でした。


 当初、フレアの日常話は、虎助からわけてもらったヴリトラの素材を国に持ち帰って、英雄扱いされ、落ち込むというものを考えていたのですが、使い捨てキャラが多過ぎて管理がめんど――ゲフンゲフン。 呪印の少女・メルの回復具合と、書いてる途中で『この話あんまり面白くないかな――』と思いまして、全ボツ。短めですがエクスカリバーとの会話にしてみました。いかがでしたでしょうか。因みにエクスカリバーの評価ですと虎助の方が戦闘力が高いことになっていますが、それは『どんな手段でも使えば――』という注釈が入るもので、ガチンコ勝負となるとまだまだフレアの方が強いというのが現状だったりします。

 因みにちょくちょく名前が出てくる大魔王アダマーは魔法攻撃特化+特殊な体(ガス状生物)という防御力。ヴリトラは毒攻撃特化+龍という種族に頼った防御力という基本性能で、戦えば相性の関係もありアダマーに軍配が上がるといった結果になる筈です。なにかとやられ役として登場する大魔王様ですが、基本スペックは龍よりも高いのです。

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