●とある魔王様の一コマ
◆今週の一話目です。
とある世界のとある惑星、グレイスと呼ばれる大陸の東方、魔の森と呼ばれる広大な大森林がある。
その大森林の奥深く、岩山を魔法で切り崩した人工の大迷宮が存在する。
外界の人族に名付けられたその迷宮の名前はパンデモニウム。
強力な魔獣が跋扈し、人を惑わす妖精が虎視眈々と獲物を待ち構える魔王の住処といわれている。
そんな大迷宮のさらに奥底、クリスタルの天井に覆われて、柔らかな陽の光が降り注ぐ地の底では、いま人外の存在によるファッションショーが行われていた。
「どうでしょうマオ様。似合いますでしょうか?」
そう言って傍らに立つ銀髪に褐色肌の少女『マオ』に、自分が着込んだジップパーカーを感想を求めるのは半人半蜘蛛の魔獣であるアラクネだ。
マオによって持ち込まれた黒いパーカーは紫を基本として構成される彼女の下半身と見事にマッチしていた。
「……ん、大丈夫。可愛い」
「「「「「アタシ達もカワイイ?」」」」」
頷くマオの周りを飛び回り、口々に自分達が着る小さなワンピースの感想を聞いていくのは、好奇心が旺盛でイタズラ好きとして知られる風の妖精達。
「……みんな可愛い」
口数は少ないながらも、アラクネの時と同じように心からの勝算を送るマオの褒め言葉に、風の妖精達は「キャー」と洞窟内の花畑を飛び回り、各々がこの広間に空いた自然の穴から飛び出していく。おそらくはパンデモニウムに住まう仲間達にマオから褒めてもらった服装を見せびらかしに行ったのだろう。
「しかし、こんな立派な着物をいただいてよろしかったのでしょうか」
はしゃぐ風の妖精達を優しげな眼差しで見送るマオのすぐ横で、アラクネが自信なさげにそう呟く。
「……虎助が皆にって言って渡してくれたから」
おずおずと訊ねられたアラクネからの質問に、この服を作った虎助という少年に事前に伝えられたいた話をして安心させようとするマオ。
そう、この衣装の数々はアヴァロン=エラという異世界で万屋の店長を務める虎助が用意してくれたものであった。
様々な糸を提供してくれたそのお礼にと、人型の仲間にもそうでない仲間にも似合いそうな服や鎧を用意してくれたのだ。
実はまだそんな仲間へのお土産がマジックバッグの中に大量に入っているのだが、まずは糸を提供してくれた仲間達にお披露目したいとマオはこの地中深くにある花畑にやって来ていた。
「……それとコレ」
そう言って、マオが自前のマジックバッグから取り出したのは金色や漆黒の金属が中央に配置された細長い布。
「それはこの部分ですか?」
マオが差し出した布切れを見てアラクネは自分の胸元を指し示す。
その布切れはミスリルやエルライトといった魔法金属で作られたファスナーだった。
「……虎助がここの部分だけでも売ってくれるって、だからもらってきた」
「あの?」
言葉足らずなマオの意図が分からずに戸惑うアラクネ。そんなアラクネにマオは続ける。
「……ミストにはいつも服を作ってもらってるから。それにミストの作った服も着たい」
虎助に作ってもらう服もいいのだが、マオにとってはこのアラクネの少女『ミスト』が作る服こそが普段着なのだ。
「ああ、私はまだ魔王様のお役に立てるのですね」
マオの何気ない言葉に感激の涙を流すミスト。
だが、マオからの提案はそこで終わりではなかった。
「……当然、虎助も手伝って欲しいと言っていた。今度、アヴァロン=エラに行こう」
マオはミストを誘って万屋に赴こうとしていた。
実は前々から、その服の出来に目をつけていた虎助から、ミストに服作りをお願いできないかという相談を受けていたのだ。
虎助は、この仕事が魔の森と呼ばれた魔素の濃い森の奥にひっそりと住まうマオ達の外貨を稼ぐ手段にならないかとそう考えていた。そして、その商品がマオの世界にも流通するようになれば、マオ達が社会的な地位も得られるかもしれないとそう考えたのだ。
だが、ミストにはそんな虎助の思惑までわかる訳ももなく、ただただ戸惑うばかりで、
「私が彼の地に赴いてもよろしいのでしょうか」
アラクネとは、妖艶な人間の上半身におどろおどろしい蜘蛛の下半身を持つ魔獣である。
たとえコミュニケーションが取れる生物だったとしても人にとっては魔獣でしかない。
そして、ミストはそんな自分の容姿を気にしていた。ミストはマオと出会うまでに幾度となくその容姿から迫害を受けてきたという経験があったのだ。
だが、そんな風に自分を卑下するミストにマオは言う。
「……虎助はそんなことなんて気にしない。ちゃんと大人しくしていれば普通に話してくれる。だからミストは大丈夫」
そう、アヴァロン=エラで何より尊重されるのは個々の生物が備える理性や礼節である。
だから、仮に人の姿をしていても、言葉が話せなくても、その性質が害と判断されない存在ならば許容され、逆に害になると判断された生物は排除される。以前、現れたエルフの剣士のように罰せられる存在に成り下がってしまうのだ。
「……それに私達みたいな人はアヴァロン=エラにいる」
例えばドライアドのマールにセイレーンのアクア。彼女等の本質はいずれも精霊や妖精と呼ばれる存在であるが、世界によってはミストと同じ魔獣にカテゴライズされることもある。
しかし、そんな彼女達も万屋では、一人は住み込みの従業員として、一人は共に歩むことを許された召喚獣として、それぞれが自分の役割を与えられている。
だからミストが、その容姿からの忌避感で、種族という括りによる危険性で、拒絶される事はないのである。
まあ、他のお客の目があることから、普通のお客様のようにはいかないかもしれないが、虎助ならばきちんと対応してくれるハズだとマオは信じている。
そもそもリドラが黒龍の姿で赴いて、普通に一人の客として扱われることが既に異常なのだ。
ただ姿を現しただけで、敵意や恐怖を向けられてしまう。それが黒龍という存在なのに、虎助は初対面からきちんと対応してくれたのだ。
だから、ミストのことだってちゃんと扱ってくれるだろう。
自信満々にこう言われてしまえばミストとしては反論できない。
そもそもミストにとってマオの言葉は絶対なのだ。
だから必然的に――、
「分かりました」
「……ん、行こう」
ミストは『自分なんかが』そんなネガティブな思いのとらわれながらも、マオの意見に押し切られる形でアヴァロン=エラに赴くことになってしまうのだった。