とある男子高校生の一コマ
◆四章の開始です。
今章は今まで以上に緩い日常回といいますか、種蒔き回といいますか、そんな感じで書いていきたいと考えています。
二学期の始まりとなるその日、案の定、読書感想文の提出が間に合わず軽く居残りとなってしまった元春達を手伝って課題を済ませると、僕は部活へ委員会へと向かう友人達と別れて昇降口に向かう。すると、そこには数人の男達が待ち構えていて、スリッパの色を見る限り、その殆どが先輩みたいなんだけど、どうして僕達が絡まれなければならないんだろう。思いもよらぬ待ち伏せに困惑しながらも、ここは素直に聞いてみるのが手っ取り早いと確認してみたところ、どうも彼等は「夏休みに後輩が随分と可愛がってもらったみたいじゃねーか」という今どき漫画でも聞かないような理由で絡んできているらしく、しかし、そんな事を言われても、心当たりも無いし、どうしたものか。逃げ場を塞ぐように居並ぶ先輩達に僕が困っていたところ、後ろに隠れていた元春が思い出したかのようにこう言ってくる。
「もしかして、あれじゃねーか。ほれ、前に、近所の公園で騒いでるヤツ等がうるせーってイズナさんが話してただろ。お前、イズナさんからそいつ等の処理を頼まれてなかったっけか?」
それは夏休みに入ったばかりの頃、近所の公園に夜な夜な若者(って僕も若者だけど)達が集まって、打ち上げ花火やら大音量の音楽やらと騒ぎ立て、ご近所迷惑になっていた連中の話だ。
ご近所の皆さんの中には我慢しきれず警察に通報した人なんかがいたりしたのだが、それでも騒ぎは収まらず、最終的に警察関係の顔が利く母さんにお鉢が回ってきたんだけど……、
「でも、あの騒動って、僕は軽く注意しただけで、そうしてる内にふらっと帰ってきた義姉さんにその人達が絡んでいって、逆にOHANASHIされて解決ってパターンだから、僕には関係ないと思うんだけど」
「おいおいソイツ等、志帆姉相手にナンパをかけたのかよ。そりゃご愁傷様だな」
性格こそアレだが、喋りさえしなければ義姉さんは男受けする容姿をしているのだ。そんな義姉さんが遅い時間に、近所迷惑もなんのそのと騒ぎ立てる連中がいる公園の前に通りかかったら、声をかけられるのは必然というもの。しかし、義姉さんはそういう輩が一番嫌いなタイプということで、運がいいのか悪いのか、結果、こっちが手を回すまでもなくその迷惑な少年達は自滅してしまったと言う僕に、元春は苦笑しながらも「う~ん」と考え、
「だったらアレはどうだ?前によ。プールに行った時にナンパの邪魔をしてきた奴等がいたじゃねーか。あん時、たしか光魔法で目潰しくらわせて、その間に海パンずり下げてやっただろ。それを恨みに思ってきたとか」
「たしかに元春達に誘われてプールには行ったけど。そんな事件があったなんて僕はそれ知らないよ――」
そう反論しかけたところで周囲を取り囲んでいた不良達が大声を張り上げ言ってくる。
「両方だよ。つか、テメーだったのかよ。テツ先輩が言ってたふざけた野郎共ってのは」
ふむ。どうやら全てがつながっていたみたいだ――なんて漫画みたいなことを言ってみたりするのだが、
でも、そうなると本当に僕は関係ないのでは?
怒る先輩の言葉にそう思い、元春を生贄に差し出して、「じゃあ、後は若い人たちに――」とばかりにさっさと帰ろうとしたところ。
「テメーも一緒にいたってことで同罪だ。ボケ。逃がすかってんだよ」
おっと、やっぱりこういうのは連帯責任がお決まりということらしい。たぶん先輩方はズボンをずり下げられた後に僕達が一緒にいたことを調べたのだろう。問答無用で殴りかかってくる。
しかし、いつからこの学校はバイオレンス主義になってしまったのか。いや、衆人環視の中で恥ずかしい話を暴露されてしまっては収まるものも収まらないのか。
僕はとりとめもなくそんなことを考えながらも、馬鹿正直に突っ込んでくる男の攻撃をスルッと躱す。
すると、殴りかかってきた先輩は勢い余ってか、情けなくも足をもつれさせて転んでしまう。そして、そんな情けない姿を見て元春が吹き出してしまったものだから、さあ大変。
ア゛アン――だの、ゴラァ――だのと喉を怒らせながらつっかかってくる他の先輩方。
これは、僕はともかく元春にとってはピンチかも――、
一斉に襲い掛かってくる不良達に思ってみたのだが、
うん。元春も意外と動けてるね。
なんだかんだ言いながら元春も数体の魔獣を倒している。それによって幾つかの恩恵を授かっていると考えると、運動不足の不良ごときでは元春を捕まえられなくても当然かもしれない。
それでなくとも元春には素早さに特化した【G】なんて実績があるのだから質が悪い。
「避けんじゃねえよ。卑怯者」
「卑怯と言われましても、殴られたら痛いですから避けないと」
「五月蝿ぇ。落とし前をつけやがれ」
なにをバカなことを――、
常識で持って対応する僕にますますヒートアップする不良集団。
しかし、サボりにタバコに動き難そうな腰履きのズボンと、不良という生き方を真面目にこなしている彼等は、乱闘というダンスが始まって一分足らずでゼイゼイと肩を息をし始める。
そして、また暫く好きなように襲わせて、足が止まったのを見計らって改めて声をかける。
「落とし前ってどうすればいいんですかね?」
はぁ――とため息混じりに掛けた僕の問いに、先輩方はゲホゲホとタンが絡んだ咳を発しむせ返りながらも、どうにか息を整え、答えてくれる。
「そ、そうだな、……取り敢えず詫びだ。俺等がしたことを考えると、ここで全裸土下座は確定だな。それと、逃げられた女の代わりに、知り合いの女でもちょっと紹介くれりゃそれでいいぜ。ハハン、まあ、女の方は、俺達がきっちり可愛がってやっから、安心しろよ」
そんな一人の声に下卑た笑いで囃し立てる一同。
しかし、まさかこんな不良漫画やファンタジー小説くらいでしかお目にかかれない台詞を実際に口にする人が存在するだなんて、
動き回って脳に酸素が行き渡っていないのか、野次馬がチラホラ見ている中であまりに迂闊過ぎる発言をする彼等を白い目を向けながらも僕は小さく手を上げる。
「あの、それって一歩間違えると警察に通報される案件だと思うんですけど……」
「ハァ?んなもん、動画に撮っちまえばそれでお終いだろ」
「いや、どこのエロマンガだよ」
まさか、そこまでやるつもりだったとは――、
先輩の一人の発言に周囲もドン引き、さすがの元春もこれには真顔でツッコまざるを得なかったようだ。そして、事がここまで来てしまうと、元春以上にお馬鹿な連中の中にも今さっきの一言が失言だったということに気付き始める者が出てくるようで、
「ああん?見せモンじゃねぇぞ散れ!! あんま俺らを舐めてんじゃねぇぞ」
周囲からむけられる薄ら寒い視線を誤魔化すように威嚇を放ち、本音を口にしてしまってはもう後戻りはできないと、僕の胸ぐらを掴んでからの頭突きと先輩の一人が自分達の力を誇示しようとするのだが、アヴァロン=エラという稀有な世界でパワーレベリングする事になった僕に半端な攻撃が通じるハズもなく、自分から頭突きをしてきたにも関わらず、逆に自分が蹲ってしまうという醜態を野次馬に晒してしまう。
僕はそんな先輩の情けない姿にあちゃーと額に手を当てて、
「別に舐めていませんけど、その要求には応じられませんね」
そして、肩を竦めたその時だった。
盛大に自爆し蹲っていた先輩が「ぎゃあ――」と悲鳴を上げて大きく仰け反る。
そんな彼の姿を見て周りの不良達が「テメェなにをしやがった?」と詰め寄ってくるのだが、
「なにしやがったって見ていましたよね。ただ立っていた僕にその人をどうこうできると思います?」
攻撃を仕掛けてきたのは彼の方だ。僕はただ自爆する彼を見ていただけ、そんな人間がどうこうしただなんて、それこそ魔法でも使わない限り不可能なことである。
無実を訴える僕のその背後、元春が小さな声で聞いてくる。
『なにやったんだよ。魔法か?』
『頭突された時に、ほんの欠片程度のディロックをポケットの中に放り込んだだけだよ』
そう、僕が使ったのは万屋で量産されるディロックの失敗作。魔法を結晶化する際に不純物が混じり、割れてしまったディロックを、頭突きされた反撃に発動状態でポケットに仕込んでおいたのだ。
まあ、まさか自分の頭突きでああなるとは思いもよらなかったから余計な反撃になっちゃったんだけど……。
「クッソ。ふざけやがって」
しかし、それでも諦めずに立ち上がる名も知らぬ先輩。
「でも、どうしようね。この事態、このままだとどんどん人が集まってくるよ」
騒ぎを聞きつけて徐々に集まリ始める野次馬に、この始末をどうつけたらいいんだろう。元春に訊ねると、
「一思いにやっちまえば?お前なら首の後をトンとかやって気絶とか出来んじゃね」
「いや、その漫画的な発想はともかくとして、全員を気絶させるってのは出来なくもないと思うんだけど、皆が見てる前でやったら僕らの方が悪者にならない?」
「この状況なら正当防衛でどうにかなると思うけどな。さっきのドン引き発言とかみんな聞いてる訳だしよ」
だからこそ彼等も引けない部分もあると思うのだが、
仕方が無い。こうなったら面倒だけど、一人一人の急所を潰して黙らせて、さっさとこの場を抑えてしまうか。
僕が、男子なら聞いただけで薄ら寒いものを背筋に感じてしまうだろう対処法を心の中で呟き、いざ、それを実行に移そうとしたその時、甲高い声が割り込んでくる。
「アナタ達、止めなさい」
そんな割り込んできた声に『やっと先生のお出ましか――』とホッと胸をなでおろし振り返る僕、だが、声に振り返ったそこにいたのはショートボブに黒縁メガネといかにも真面目そうな女生徒だった。
「えと――、どちら様?」
「虎助、おま、知らねーのか。宮本理恵先輩。地味系美人として密かに人気がある風紀委員の先輩だよ」
本当に誰なんだ?そう首をかしげる僕に、元春は噛みつかんばかりの説明をくれるのだけど――地味系美人とかその情報は必要なのかな。
上級生女子の情報なんて全く知らない僕なんかはそう思ってしまうのだが、そこは元春に聞いた僕が馬鹿だったということで、いま問題なのはその宮本先輩だ。
なんと、かの風紀委員長様は、勇敢にも不良集団に詰め寄って注意をし始めてしまったのだ。
しかし、いろいろあって軽いパニック状態に陥っている不良集団にとって、突然現れた宮本先輩はお邪魔虫以外のなにものでもなく。
「あぁん、テメェ誰だよ。うっせえんだよ。黙ってろ」
親切にも注意してくれる宮本先輩を鬱陶しそうに払い除ける名も知らぬ先輩。
だが、その瞬間、目の前で起きた暴力に瞬間沸騰してしまう男がいた。元春だ。
「なにやってやがんたテメェ!!」
自称フェミニストの元春は、女子が殴られるのを見て、ついカッとなってしまったみたいだ。
元春は宮本先輩を払い除けた先輩に駆け寄り、拳骨一発、叩き伏せてしまう。
ゴッという鈍い音が辺りに響き、顔面を殴られた先輩がコンクリート敷きの床に叩きつけられる。
白目を剥いて泡を吹き、完全に沈黙してしまう見た目だけは厳つい不良少年。
そして、目の前で起きた圧倒的な光景に静まり返る周囲。
だが、この瞬殺劇に一番驚いているのは元春本人だった。
「――つか、どうなってんだ俺?」
元春の疑問に答えるのは吝かではないが、まずは殴り倒された彼の無事を確認しないといけないだろう。
僕はポカンとした顔で自分の拳を見下ろす元春に「待って」と一言、気絶する先輩に歩み寄り、その首元に手を当て、取り敢えず生きていることを確認すると、さり気なく鞄から取り出したペットボトル入りポーションをダバッと頭から被せて、ついでに「これを使って下さい」口元に血を滲ませる宮本先輩にポーションを染み込ませたハンカチを渡す。そして、ようやく元春に向き直り。小さな声で、
「まあ、まかりなりにも魔獣を倒してるからね。あれくらいは出来て当然だと思うよ」
考えてもみれば元春は、ビッグマウスにジャングルクラブとパワー系の魔獣を立て続けに倒している。だから、魔獣討伐から得た恩恵もそっち系統を授かっている可能性が高いのではないだろうか。
推察も交えて話す僕に元春はというと、呆然と自分が殴り倒した名も知らぬ先輩を見下ろして、
「要するに俺って知らない内にめちゃくちゃレベルアップしたってことか?」
「たぶん空手とか全国大会行っちゃう人くらい強くなってると思うよ」
「そうなんか――って、空手の全国大会とか、それ、微妙じゃね」
「元春はそう言うけど、空手の全国大会ともなると、ことによると母さんの目に止まるような人が出てくるレベルだから」
「マジかよ」
果たしてこれほど説得力がある言葉が他にあるだろうか、僕の説明に言葉もない様子の元春。
「うん。それがただ魔獣を倒すだけで手に入るんだから、ある意味では理不尽だよね」
「俺だって命がけで戦ったんだぞ。それくらいのご褒美があってもいいじゃねーか」
まあ、元春の言うことも尤もなことなのだが、僕からしてみると、魔獣から受ける恩恵なんてある意味でチートのようなものでしかなく、数年間の努力の末に身に付けるような力をほんの数分で手に入れてしまうことには、個人的に罪悪感のようなものを感じてしまうのだ。
しかし、その辺りの個人的な見解は置いておくとして、
「それよりもどうしようかコレ」
「どうしようかって、ここまでやっちまったら全員殴り倒した方が手っ取り早くね。また絡まれたりしたら面倒だしよ」
元春の暴走によって、目撃者も多数今後のことを考えると、恐怖によって全ての口を塞いだ方が早いのではないか、おそらく元春はそういうことを言いたいのだろうけど。
「それだと新学期早々謹慎になっちゃうんじゃない?直接手を出していない僕はまだしも、ただでさえ元春は夏休み中にいろいろとやらかしてるんだからさ」
「確かにそれはマズイな。マ――、お袋に殺されちまう」
ウチの母さん程ではないのだが元春のお母さんだって結構怖い。
最悪の場合、ウチの母さんにこの話がいって、夏休みが明けたこの時期にブートキャンプが行われるなんてことにもなりかねないのだ。
今年は夏は、義姉さんの騒動やら特殊隊員の皆さんの件があったりと、恒例の夏のキャンプをする暇もなく、無事に夏休みを終えることができたのだが、近場にアヴァロン=エラという恰好の修行場がある今となっては、二学期に入った後でも毎週末ごとにブートキャンプなんて事もできなくはない。
だからここは出来るだけ穏便にと、「あの――」僕と元春が声をかけようとしたところ、
その声がきっかけのなって名前すらも知らない不良グループがビクンと飛び上がり、そのままジャンピング土下座からの謝罪。
「「「「「すすすすすすす、すいません。」」」」」
まあ、彼等の態度を見れば恐怖による口止めは必要ないかな。
でも、本当に謝罪をする気があるのなら僕達にするのではなくて――、
取り敢えず、この騒動の終着点を見出した僕と元春は、結果的に一番の被害をうけることになった宮本先輩への謝罪を彼等にしてもらい。その謝罪を呆然と受ける宮本先輩にたぶん何かカッコイイ言葉でもかけようと企んでいるのだろう。わざとらしく爽やか笑顔を浮かべる元春に僕は先手を打って、
「元春、先生が来る前にずらかろう」
「でもよ――」
「ほら、皆も見てるし、騒動に巻き込まれるのも嫌だから、行くよ」
強引に引き摺ってその場を後にする。
因みに、後にこの騒動の噂が広がって、女子の間にはびこる元春の悪評が多少改善するのだが、夏休み中に起こした除き騒動などの影響もあり、【G】という呪われた実績の効果を超える程の高感度は得られなかったそうだ。
◆二話目以来となる学生の虎助のお話、そして意外にも熱い元春と、二人の学生生活はいかがでしたでしょうか。
因みに身体的なスペックで言うと、ニセモノとはいえスカルドラゴンを倒している名称未決定の特殊部隊の皆さんの方が元春よりも上という設定です。魔法技能では少し早めに練習を開始した元春の方が上です。
◆ポイントにブクマ。いつもありがとうございます。執筆の励みになります。
明日、もう一話投稿する予定です。