幕間・8月31日
◆これにて三章の終わりです。内部時間がなかなか進まなくてすみません。
その日、万屋にやってきたマリィさんは店に入るなり、ありえないものを見たような驚愕の顔を浮かべ、こう僕に聞いてくる。
「あの虎助――、元春はどうしてしましたの? なにやら必死に勉強をしているようですが」
マリィさんが見たありえないものとは必死に勉強をしている元春だった。
マリィさんとしては真面目に勉強をしている元春の姿が信じられなかったようだ。
まあ、僕も事情を知らなかったら元春の病気を疑うだろうけど……。
「実は今日で夏休みが終わりなんですよ」
そう、今日は8月31日。夏休みの最終日。
ベタというか、恒例というか、今日になってまだ夏休みの宿題が真っ白だった元春が必死で追い込みをかけていたのだ。
そして、理由が分かればマリィさんも納得のようで、
しかし、マリィさんが気にしたのは元春のことではなく。
「明日から虎助が来るのも夕方になるのですね」
「明日は始業式ですからお昼頃には顔を出せると思いますけど、それ以降は前のシフトに戻りますかね。
まあ、今日は一日居ますから、可能な限りお二人に付き合いますよ」
まだ仕事中ではあるけれど、今はちょうど一般のお客様もいないし、これも普段さみしくしているマリィさんや魔王様への接待の一つかなと、和室に上がってお二人のお相手をしようとしていたところ、そんな僕の行動に対して元春こんなことを言って引き止めてくる。
「なあ虎助、ゲームするくらい暇なら、俺の宿題を手伝ってくれよ」
「手ならもう貸してるじゃないか」
元春の声に僕が指差したのは元春の手元にある僕の宿題だ。
「それだけじゃ足んねーんだよ。写すのを手伝ってくれよ」
「もう、コツコツやらないから今日になって困るんだよ」
宿題を見せてもらっておいた上でなんと厚かましい。
当然とばかりに宿題を写す手伝いを要求してくる元春に僕はそう言って注意するのだが、
「今年は免許とかいろいろあり過ぎて宿題をやる暇がなかったんだっての」
「いや、免許というのなら僕も一緒に取りに行っているし、毎年、8月31日はこんな感じだよね」
因みに原付き免許の試験は不合格が二桁に届く前に合格できたそうだ。
先に受験した友人などから問題を入手して、覚えるのが簡単なテスト内容を丸暗記、何度もチャレンジすることによって、ようやく合格したとのことらしい。
しかし、そんなことに労力を費やすくらいなら、普通に交通ルールを覚えた方が簡単だと思うのだが、
まあ、そこが元春クオリティというやつなのかもしれない。
「なあ、バイト代出すから手伝ってくれよ」
「別にお金に困ってないからお断りするよ」
この夏休み中、たまに呼び出しをくらって、いつもの面々と遊んだりしていた以外は殆どこの万屋にいた。
すっかり定番商品となってしまったカレー粉やら、新発売の〈メモリーカード〉と、いつも通り異世界から来るお客様だけでなく、新規のお客様として魔女の皆さんに特殊部隊員の皆さんと、この夏休みの売り上げだけでも一年前の僕なら目が飛び出しそうなくらいの金額になっている。
それをバイト代に換算すると、もう高校生が稼ぐような額ではなくなってしまっていると、元春に教えてあげると、
「畜生っ!! このブルジョワめ」
ブルジョワって、まあ、そう言われても仕方がないバイト代だから否定はしないけど……。
「わかったよ。じゃあベル君、元春の宿題を写すのを手伝ってあげてくれないかな」
元春が今にも噛みつかんとばかりに威嚇をしてくるので、
僕はため息を一つ、万屋の優秀な社員に一つお客様の接待をお願いするのだが、
「はん、ベルに命令して自分は美少女達とゲームでお楽しみかよ。いいご身分だな」
本当に面倒臭い男だね君は――、
「いや、写すにしても僕がやるよりもベル君の方が圧倒的に早いし、適材適所ってヤツだよ。それにベル君なら元春の筆跡とか簡単に真似られるからね」
さすがに筆跡まで見る先生なんて殆どいないだろうけど、一学期に元春がやらかしたいろいろなことを考えると、何人かの先生は要注意生徒としてきちんと宿題の内容まで目を通すかもしれない。
そんな話をしてあげると、元春はわざとらしく白目になって、
「虎助――、そこまで計算してベルに頼むだなんて――恐ろしい子。 ハッ!!まさかお前もベルに手伝ってもらって宿題をやったとか?」
「僕はちゃんと自分でやってたよ。というか、夏休み中に僕がここで宿題をやってるところとかちゃんと見てたよね」
「そだっけ?」
この万屋はその立地上、常にお客様がやってくるという環境に無い。
そんな暇な時間を見計らって宿題を進めていたりしていたのだが、どうも元春はマールさんのお尻を追っかけていたり、マリィさんのチョモランマに目を奪われていたりと、全く気が付いていなかったようである。
「もういいよ。元春だしね」
「あ、虎助――、俺を馬鹿にしてんな」
「馬鹿にしているんじゃないよ。諦めているんだよ」
僕が残念過ぎる友人にまた一つため息をついていると、クイクイと袖を引っ張る感触があって、見ると魔王様がコントローラーを僕に渡そうと突き出していた。
「もう虎助、そんな男は放っておいてゲームを始めましょう」
「……ん」
「くっそ、リア充め。爆発しろ」
叫ぶ元春の横でゲーム時間を切りの良い五年に設定した鉄道系すごろくゲームが開始される。
しかし、僕からしてみたら、海に、免許に、部活動にと、元春だって充分リアルに充実した夏休みを送っていたと思うんだけど……隣の芝生はなんとやらというヤツなのかな。
「でも、その分なら普通の宿題の方は大丈夫なんじゃないかな。だけど、読書感想文とかはどうするの?」
「ちょ待てよ。高校にもなってンな宿題があんのかよ?」
「他の高校は知らないけど、読解力がなんとかで、ウチの高校だと毎年恒例の宿題みたいだね。優秀な感想文を先生がチョイスしてコンクールに応募するみたいだよ」
「チッ、まあいい。そっちは適当にネットから引っ張ってくるから大丈夫だ」
僕がこの時間からだと厄介だろうという宿題の心配をするも、舌打ち一発こう答える元春……だが、
「残念ながらそれは難しいと思うよ。さっきも言ったけど、この読書感想文はコンクールに送るようにって読む本が指定されてる宿題だからね。コピー&ペーストの感想文なんて一発でバレて書き直しなんてパターンになっちゃうと思うよ」
「おいおい、んなの聞いてねえぞ」
「聞かなかったのは元春だよ。でも、元春ならそう言うだろうと思って、一番読み易い本を事前に確保しておいたから、写せる宿題が全部終わったら読んでみるといいよ」
「チクショー。ありがとよ」
結局その後、読書感想文は間に合わず、二学期早々、元春が居残りになったのは言うまでもないだろう。
◆読書感想文について、高校生の部で原稿用紙5枚分、約2000文字以内って、いま思うとそれで足りるのかって思ってしまう文字数です。
因みに個人的に○鉄は五年くらいが丁度いいと思っています。
◆ブクマ・感想・評価(正直な評価で構いません)などをいただけると、創作のモチベーションにつながります。よろしければ画面を下にスクロールしていただきご要望いただければありがたいです。
面倒ならば評価だけでも構いませんので、よろしければご協力の方、お願いいたします。 ↓↓↓