ゴーレム
その日は、無駄に話の長い担任教師やら、巨乳の店員がいる理髪店を見つけたと言い出す友人の所為で、いつもより遅めの出勤となってしまった。
すると、店の前にはむちっと腕組み、仁王立ちのお姫様がいたりして、
「遅いですの!」
毎度のように怒られてしまうけど。
ゲートという異世界との出入り口がある立地上、いつ何時お客様が訪れてもいいようにこの万屋は二十四時間営業体制となっている。
だから、僕一人が多少遅刻をしたところで全く問題は無いのだが……、
と、そんな言い訳をマリィさんに言っても仕方ない。
「中に入って待っていてくれれば、マリィさんも早くエクスカリバーとか見たいでしょ」
「もう充分に堪能しましたの。満足して待っていても虎助がなかなか来ないので、退屈になって外へ出ていただけですの」
だからとマリィさんが至上とするエクスカリバーを話題に出してその怒りを逸らそうとするのだが、マリィさんは既にエクスカリバー鑑賞は済ませてしまったみたいで、単に一人で店の中にいるのが寂しかったというのが本当のところのようだ。
まあ、ベル君やエレイン君達、ゴーレムにはフキダシによる最低限の会話機能しか備わっていないからなあ。
いくらマリィさんが重度の武器マニアだとしても、初めてここを訪れてから三ヶ月、飽きたとまではいわないまでも、エクスカリバーの鑑賞や実際に抜こうと努力する時間は確実に減っているだろう。
マリィさんの場合、自分の置かれる状況が状況だけに、気軽に話せる相手を求めてここに来ているという一面もあったりするみたいだから、いざ万屋を訪れてみて、簡単なやり取りしか出来ないゴーレムしかいないとなれば、多少なりとも腹が立つというものか。
一番はベル君達にマリィさんのお相手をしてもらうことだけど、さすがのベル君達も、勝手知ったる相手とはいえ、気軽に世間話をできるような会話・コニュニケーション機能は未だ備えていない。
うん。だったら僕がいない時でも暇つぶしのできるような何かを用意した方がいいのかもしれないな。
そう考えた僕は、むぅっと目を吊り上げるマリィさんのご機嫌を取りつつも、近所にある駄菓子屋を思い出す。
あそこみたいに店頭に置いてあったようなゲームの筐体を設置してはどうだろうか。
だが、ここを訪れるお客様達は百円玉など持っていない。
そもそも電気も通っていないこの世界に筐体なんて置けないか。
いや、それならばいっそのこと、オーナーに言って発電施設を作ってもらって、雑然とものが詰め込まれている奥の板の間を改造して、常連客のお客様に開放するのはどうだろう。
今度、義父さんに奥の荷物を片付けていいか聞いた方がいいのかもしれないな。
そんなアイデアを矢継ぎ早に考えながら店に入り、定位置であるカウンター横の上がり框に腰を下ろすと、すぐ隣に鎮座する自分よりも店主をしている翡翠色の小さな人型のつるりとした頭を労うように一撫で、どこでついてしまった汚れを指で拭いながら、ふと漏らす。
「今更ですけどベル君とかゴーレムってすごいですよね」
高い学習機能を備えるハイスペックな魔導ロボット。それがゴーレムという存在である。
「あら、虎助の世界にはゴーレムがいませんの?兵器にも転用が可能な為、身の回りにはいませんが、裕福な家には使用人として、城や国境沿いには、近隣諸国の襲来に備えて戦闘用のゴーレムが多く配置されたりしていますのよ」
何気ない質問への答えは、ともすればマリィさんが抱える物騒な政治情勢を孕んだものだが、余計な詮索をしない方がいいだろう。
「オーナーが言うには、僕の暮らしてる世界はたまたま魔素が薄い土地らしいんです。えっと――、強力な魔導器で魔素を自己供給しなければゴーレムなど大食いな魔具は動けないみたいですね」
詰まりがちな僕の説明に「成程」と顎に手を添えたマリィさんは、わずかな思考の時間を挟んで小さな唇を開く。
「使用者や自然環境から魔素及び魔力の供給を受けるのではなく、幻獣の骨や角など、自ら魔力を生み出す希少素材を組み込んだゴーレムしか役に立たないということですのね。しかしそうなりますと、そのゴーレムは既に国宝クラスの一品になりますものね。運用面から考えて、むしろゴーレムそのものが襲われるということにもなりかねませんもの。気軽に運用など出来ないということですのね」
実は、ずばりマリィさんが懸念したような事件が起きたりもしたのだが、それは既に解決済みの案件だ。
そうなんですか。どこか挙動不審な僕に気付かずマリィさんが続けて、
「しかし、魔素――といいますか、魔法の存在が希薄などという世界がありますのね。魔術師たる私が言うことではないかもしれませんが、少しばかり羨ましい話ですの」
世界によっては魔法なんて力がある所為で、血縁が重視され、それが火種となり戦乱が巻き起こる世界も存在するらしい。
とはいえ、争いの種なんてものはどこの世界にも転がっているものだ。
わざわざ暗い話をしても仕方が無いだろう。
だから、
「代わりにといってはなんですが、ロボットっていう電気を動力にして動くゴーレムみたいなものがあるんですよ」
「ロボット?電気といいますと、雷系の魔法で動く人形がありますの?魔力ではなく?どういうことですの?」
魔法の世界に生きるマリィさんにとって、電気というものは魔法によって生み出される一現象という認識なのだろう。それを動力に動くものがあるというのは、わざわざ魔力を雷に変換してから動かすという風に、二度手間だと感じてしまうのかもしれない。
しかし、魔法の希薄な世界の住人が魔法の原理を理解するのが難しいと同じように、機械技術に関するあれこれを魔法世界の住人にレクチャーするのもまた難しい話だ。
だったらこのアヴァロン=エラに存在するエレイン君達と同様に、実物を見せれば簡単なのだが、それこそただの高校生がホイホイ持ってこられるものではなく、
こんな時、ネット環境が繋がっていれば適当な動画とかで情報も探せるんだけどな。
さしもの高速データ通信網も、今のところまだこの異世界にまでは届いていない。
う~ん。と携帯電話を片手に考えを巡らせていた僕はハッとして、
「そうだ。本物とはちょっと違いますけど、似たものでいいならこんなのがありますよ」
携帯を操作して見せたのは、趣味が高じて同好会まで作ってしまった友人作のジオラマ写真だ。
本物のロボットとはある意味で別物だが、作り物の世界を実現させようと、似たような二足歩行ロボットを作っている人もいると聞く。
あくまでイメージとしてならばいいのではないだろうか。
そんな思い付きからの参考資料だったのだが、
「なんですの?これはどうなってますの?」
マリィさんの食いつきは予想以上のものだった。
どうやら、武器マニアらしく、ジオラマで再現されたロケットパンチやドリルが気になってしまったらしい。
「こっちは火薬で飛ばすガントレットのようなものですか?でこっちはドリルって言って、なんて言ったらいいのかな。マリィさんの――じゃなくて、ネジの先っちょのような奴を回転させてるんですよ敵の機体に穴を開ける武器なんですよ」
ならばと、僕が魔法世界の住人にもできるだけ分かりやすく説明してあげると、ぽわぽわと花が舞い開くような気配を漂わせたマリィさんは喜色にまみれた叫びを上げる。
「その発想はありませんでしたの!」
そして、こんな事を言い出すのだ。
「虎助。これには人間用のものはありませんの。いえ、それよりも、前のようなことがあった時の為に、ベルにつけてみてはどうですの?」
リミットオーバーとばかりに瞳を煌かせる彼女を前にして、今更これがフィクションの産物とは言い出し辛い。むしろ見てみたいというその一心を叶えてあげたいとさえ思ってしまう程のリアクションだ。
まあ、ベル君達、ゴーレムのパワーアップはこの世界の安全を守るという意味でも好都合ではあるけど、それにはオーナーの強力が不可欠で……、
うん。止めておいた方がいいだろうな。
この万屋のオーナーがこういった技術開発の分野において、並々ならぬ才能とそれ以上の暴走を発揮することを知っている僕は過ぎった考えを、そのまま胸の中にしまい込む。
その背後にふわりやってきたオーナーの存在に気付かずに。
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以上、今週の5本でした。
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