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オツキサマ【2】

第一話は二話目です。

どうぞ、一話からお読み下さい。



 俺達はあの後、取り敢えず場所を変えた。

 正直、あのコンビニの前に居たままでもいいと俺は思ったが、男の方は都合が悪いらしい。

 俺に紹介する商品は珠玉の一品だとか何とかで、他人に聞き耳をたてられると不味いらしい。

 如何にもセールスマンらしい購買意欲をそそらせる一言だ。流石に話を聞いてみなければ何とも言えないが、少なからず俺の気を引くことには成功している。

 俺も俺で立ちっぱなしは辛いと思っていたから、その誘いには素直に承諾した。何でもコーヒーの一杯くらいは奢ってくれるらしい。中々太っ腹な男だ。


 そんな訳で俺達は今、最寄りの喫茶店で向かい合って座っている。


「んで、そろそろ話してくれよ。運が操れる、だったか? それ、本当なのかよ」


「ええ、勿論です。職業柄、物事を膨らませて話しているのでは、と疑われることは多々ありますが、皆様は最後には私に全幅の信頼を置いてお買い上げになります。いやはや、ありがたい限りですねぇ」


「はっ、どうだが。今の俺には魔法使いを気取ってるペテン師にしか見えてねぇよ」


「あはは、そんな事を仰らないで下さい。貴方だって、藁にも縋りたいと思っているからこそ、こうして付いてきて下さったんでしょう?」


「……まあな」


 男の言う通りだ。

 それがほんの僅かであっても、自分の人生を変えられると思ったから、俺はこうしてのこのこ付いてきている。

 全く、男のことを疑っている場合じゃない。そんなことをしている暇があるなら自分を磨けって話だ。もっとも、そんな気はサラサラ無いが。


「まずは名乗らせてもらいます。私の名は天地あまち。見ての通り、営業回り中のセールスマンです」


 胸元のポケットから名刺を取り出して渡してきた。ご丁寧なこった。


「こりゃどうも。俺は月山だ。見ての通り、平日の真っ昼間っから博打やってるフリーターだよ」


「いやはや、皮肉たっぷりですねぇ」


「気にしないでくれ、性分だ」


 俺の言葉に「そうですか」と相槌を打ち、納得したように男――天地は頷く。

 何頷いてやがる。そんなに俺が捻くれて見えるかよ。

 ……まあいい。話を聞くだけだ、早く終わらせよう。


「それで、アンタは一体何を売ってくれるんだ? 出来るだけ、手短に頼むぜ」


「勿論です。それでは、まずこちらを見て下さい」


 そう言って、天地がバッグから取り出したのはラムネの空き容器だった。

 ラムネ、と言っても飲み物の方のラムネではない。誰もが子供の頃一度は食べたことがあるであろう、あのお菓子のラムネだ。

 飲み物のラムネの容器を真似て作ってある、あの器を天地はテーブルに置いた。


「ラムネか? ……中身は入ってないみたいだが」


「ええ。中身はこれから用意しますので」


「……これから?」


「はい。ですが、それは後ほど。その前に概容を説明いたしましょう」


 コーヒーを一口含み、男は喉を潤わせる。

 わざわざ間を作るなよ、格好つけが。まあいい、ここは噛み付くタイミングじゃない。

 俺も同調して、頼んでいたコーヒーを一口飲んだ。

 ……にげぇ、砂糖を入れるの忘れてた。

 そんな俺を見て、天地が砂糖を俺の前まで滑らせてくる。「ありがとよ」と無愛想に言葉を返し、コーヒーに砂糖を落とした。


「お話、再開しても?」


「あ、ああ。頼む」


「では」と一度咳払いして、天地は話始めた。


「まず、月山様のご要望は『運を操りたい』ということでよろしいですね?」


「そうだ。別に操れなくたっていい。運が良くなりゃあそれでいい」


「承知致しました。今の言葉を聞いて、よりこの商品を提供したくなりました」


「そういうのは良い。それで、どうすれば運が良くなる?」


「簡単な話です。運気を上げたいと思う時に今から作るラムネを口に運ぶだけ、それだけです」


「……へぇ」


 確かに、そりゃあ便利だな。サイズ的に持ち運びは楽そうだし、ラムネを食べるだけなら周りから見ても怪しい行動じゃない。

 第一に俺が気にするのは、サシでの賭けの時にイカサマだと疑われないことだ。それ以外は、取り敢えず二の次でいい。


「でもよ、流石にただそれだけってんじゃ無いんだろ? 例えば、一日に決まった数までしか使えないだとか、反動リバウンドがきて不幸になるだとか」


「ふふ、疑り深いですね。そして、察しが良い。その通りです、このラムネには多少の制限があります」


 そう言って、天地は店に備え付けの紙ナプキンに手を伸ばし、胸ポケットからペンを取り出す。そして、紙ナプキンに何かを書き始めた。


「ああ、そうそう。一つ、質問に答えて頂きたいのですが。アンケートのようなものです。口頭で構いません」


「分かった、何だ?」


「運には波がある、と思ったことは?」


「一度も無い。少なくとも、自分が不幸な部類だと気づいてからはな」


「なるほどなるほど」


 天地の言葉に、俺は嫌なことを思い出した。


 あれは就職浪人して一年目のことだったか。誰に言われたんだったか、多分時期的に俺とは違って就職がすぐに決まった奴だったはず。

 そのどっかの誰かとも、今のように“運”の話をした。


 どっかの誰か曰く、運には波がある。俺は今までの人生で運が無かったが、これからの人生には幸運が舞い降りるのだとか。

 またどっかの誰か曰く、自分が不幸だと嘆いている人間は幸運の基準が高いだけだ。俺は小さな周りの幸せに気がつけていないだけだとか。

 そんな言葉は、まるで信じられなかった。それを言った奴らは、誰もが決まって幸せそうに、不運な俺に笑いかけてそれを口にしたのだから。

 思わず殴ってしまったのは爽快な想い出だ。もしかしたら、あの瞬間が一番幸せだったのかもしれない。


 そんな風に考えている間に、天地は何かを書き終えたらしくテーブルにペンを置いた。

 紙ナプキンに書いてあるのは一人の棒人間と十という数字を丸で囲んだものだ。

 ハッキリと言って、上手くはない。俺も確か美術の成績は良くなかった。この時、俺は天地に妙な親近感を沸いた。


「失礼、満足のいく絵を描くのに少し時間がかかりました。話を続けます」


「……満足がいってるのか、それで」


「…………? 何か?」


「いや、続けてくれ」


 何が言いたいのか、と言わんばかりに首を傾げる天地を制して、話を続けさせる。


「まず、大前提として一人の人間が持っている運気には限度があります。ですが、同時に運気に波があるのも確かです」


「どういう事だ?」


「一度の人生の運に限度があるのではなく、一定期間の中で運に限度があるということです。そして、その一定期間は周期的に変化します。絵を見てもらえますか?」


 天地は棒人間と数字を交互に指し示し、説明する。


「仮にこの人を月山様だとして、運を一個二個と数えられる物としますね。この日、月山様は十個の運を持っています。この場合、この日の運の限度は九個までとなる訳ですが、日を跨ぐとこの運の数は再度チャージされます。例えば、十一個だったり、倍の二十個だったり」


「つまり、運が多い日もあれば少ない日もある。でも、一日には限度がある。そういう意味で『運には波がある』。そういうことか?」


「ご明察です」


 ……なるほど、掴めてきたぞ。


「んで、その一日の運をラムネに置き換えるのが、今からアンタが俺に売ろうとしてる商品って訳か」


「いやはや、理解が早いとは。私、脱帽でございます」


 天地はシルクハットを頭から外し、両手を上げてあっさりと認めた。

 ちなみにシルクハットは店に入った時点で取っている。つまり、わざわざ一度被ってから外した。芸の細かい野郎だ。


「だけどよ、確認したい事がある。アンタはさっき十個ある場合の限度は九個だって言ったが、残った一個はどうなんだ? 何か、残さないといけない理由があるのか?」


「おおっと、そこに気が付きますか。危機管理能力も高いなんて、私、月山様はどうして就職なさらないのか不思議で堪りません」


 就職なさらないんじゃねぇよ、なされないの。ほっとけ。

 駄目だ、アイツのペースに乗せられるな、俺。会話が心地よいと思った時点で高いもん買わされるぞ。


 改めて気を引き締めて、俺は天地と向き直った。


「話を逸らすなよ。たった今『危機管理』って言葉が聞こえた時点で聞かないって選択肢は無しになった。何かデメリットがあるなら、今まとめて教えてくれ」


 「畏まりました」と頷く天地。おもむろに指を二本立て、天地はその内の一本を折った。


「まず、月山様の質問にお答えする前に、このラムネのデメリットを。それは先程月山様が指摘なさったように、ラムネの使用後には反動リバウンドがあるということです」


「……反動リバウンドって言うと、不幸になるってことでいいのか?」


「はい。 ラムネを使った後には必ず不幸な事が起きます」


 やっぱりか。

 何かを手にいれるには相応の何かを犠牲にする必要がある。例えばそれが幸運なら、犠牲にすること幸運だろう。

 ここまでは俺の予想通りだった。


 だが、天地は更に言葉を続けた。


「しかし、その不幸な出来事が起こることで月山様の幸運が損なわれる訳ではありません。むしろ、その逆。幸運と不運を足しても、必ずプラスになるように保証されているのがこのラムネでございます」


「……必ずプラスに?」


「ええ。このラムネによって引き起こされた幸運、その何割かが使用者に不運としてフィードバック致します。一つ例を挙げるとしますね。例えば、月山様がこのラムネを使用してアイスの当たり棒を引き当てたとしましょう。その場合の不運はアイスの当たり棒を引くよりも小さい事象、具体的にはその帰り道で犬に吠えられる程度ですかね」


 何だよ、それ。

 つまり、ほとんどデメリットが無いって事じゃねぇか。


「ただし、宝くじが当たったなんて事になったら交通事故くらいは覚悟しておいた方が良いですけど」


 得られる幸運が大きいほど、被る不運も大きい。確かに、このくらいは当たり前のデメリットか。

 だが、それを含めてもラムネの価値は大きい。宝くじみたいな一発を避けてちびちびと稼げば、上手くいけば働かずに生活が成り立つんじゃないのか。

 俺の中で、いよいよ買いたいと思う気持ちが大きくなる。

 いや、でもまだ待て、俺。まだ後一つのデメリットを聞いてない。それを聞くまでは頷くことは出来ない。


 俺の心中を察したように、天地はもう一つの指を折った。


「それを踏まえた上で、もう一つ。先程の質問にお答えしましょう。もしもその容器の中のラムネを使い切った場合、そのプラスがゼロに変わります。先程の例で例えれば、当たり棒を落とす、宝くじを盗まれる、ですかね。もっとも、これはあくまで間違った使用法。ラムネを無駄にする上に得もしないのですから、全くお勧めは出来ません」


「…………」


「これでラムネの紹介は全てです。何も隠していることはありませんし、嘘も吐いていません。それは誓いましょう。それで、ご購入頂けますか?」


「……いくらだ?」


「いえいえ。先程も申した通り、お代金は頂きません。取り敢えず、一ヶ月貸し出します。その後、もう一度お会いして続けて購入するかどうか決めて頂きます。ちなみに、実際の貸し出し金額は一ヶ月百万ほどですが、そのくらい稼ぐのは簡単でしょう?」


 そうか。初めの一ヶ月の内はタダで貸し出して、その期間で稼いだ金で次の月も借りればいい。

 そうすれば顧客は離れることはないし、延々と金が入るって訳か。


「良い商売してるな、アンタ」


「双方損は無く、得は大きい。……どうです? お買い上げなさいますか?」


「……………………」


 ……魅力的だ。

 話を聞き終えて、俺は完全に買う気になっていた。


 だが、天地の誘いにはすぐには答えられなかった。

 直感したのだ。この手を取ってしまえば、俺は二度と元の生活に戻れなくなると。

 決して今の生活が好ましい訳ではないが、正直恐ろしかった。人智を超えた物を手にいれることで、自分が人間でなくなってしまうことが。


 ――だが、


「分かった、買おう」


 俺は結局、買ってしまった。

 立ち止まるならここだと分かっていたのに、ここから先は常人が足を踏み入れてはいけない領域だと分かっていたのに。


「それでは、ラムネを用意致します。お手を拝借しても?」


 俺は承諾し、手のひらを上にして天地へ差し出す。

 天地は「少し我慢してくださいね」と前置きして、小さな針を俺の指に刺した。

 ぷくり、と沸き上がってくる血。続けて、天地はラムネの容器を血の付着した俺の手に握らせた。


「これで、このラムネの所有権は貴方に移りました。どうか、貴方に幸運があらんことを」


 ただ、それだけを言い残して、天地は喫茶店をあとにした。

 俺には、その後ろ姿が妙に不気味に見えた。


 今思えば、この時点で俺の運命は決まっていたのだろう。



 ■■■

次の更新は夕方。

次でこの話は終わりとなります。

どうぞ、次もお楽しみください。

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