オードロックとの遭遇
「おいマチルダ、見ろよ?」
黒いハットを深く被り、身の丈ほどの大きさの大剣を背に担ぎ、左腰に縦のような幅広のショートソードを差した男、オードロックが仲間の女性に話しかける。
「……」
マチルダと呼ばれた女性は固まっていた。あまりの光景に、声も出ない。容姿は金髪のとてもスマートな女性だ。両腰に一本ずつロングソードを差している。
「おい、セルドア。なんとかしてくれ」
セルドアと呼ばれた人物、彼は暗い紫色の布のを身にまとったような格好をしていた。皮膚は完全に隠れており、顔もシュマグを巻いたように隠れている。いや、シュマグとは少し違う。マフラーのような長い布を無雑作にぐるぐる巻きにしたように見える。
セルドアはマチルダの前に立ち、顔の前でねこだましのように手の平を合わせて叩く。セルドアの手は手袋に覆われていたが、その手から出たとは思えないような大きな音が響く。
その音で我に返ったのか、マチルダは辺りを見回す。そして、状況を理解する。
「なによあれ……子供でしょ?」
「おいおい、正気に戻してくれたセルドアに礼はないのか?」
自身が正気を失っていたにも関わらず、そんなことなかったかのように振る舞うマチルダに、オードロックは半ば呆れるように言う。
「なによ。今、セルドアのせいで耳が痛いのよ。頭もクラクラするし……それで、礼を言えというの?」
「わかったわかった。悪いなセルドア……ってお前はそんなこと気にしないか」
セルドアはオードロックの言う通り、全く気にした様子がなく、口の辺りに隙間を開けて、パンを食べていた。
こんな漫才的なことをしているうちに、ロイドはグリーボアを全て倒し終える。打撃で仕留めたからか、外傷の少ないグリーボアを次々と投げ入れていくその姿は、とてもアンバランスで、作り話のようだった。
「お、おい! 俺はオードロック。そこの二人と、冒険者パーティ龍の魂を組んでいる。君は何者だ?」
オードロックは少年の元へ行き話かけた。ロイドは振り向き、こう応える。
「冒険者ランクF-。ロイドだ」
「ら、ランクF-だと!? もしかして、登録したばかりか!?」
オードロックはそのランクの低さに驚くが、ありえないとは思わなかった。身近に似たような人物が居たからだ。
「ああ。今日登録したばかりだ。で、なんか他に用があるのか? 俺みたいなヤツが、グリーボアを倒しちゃいけないってか?」
「いやいや、そんなことはない。ただ、ちょっと気になっただけだ。な、マチルダ?」
「な、なんで私に振るのよ! ちょっとどこじゃないわよ! すごく驚いたわよ! ねぇ、セルドア?」
いきなり振られたことで半ば焦り、怒りながらセルドアへ振る。オードロックはそれを見て、「お前は降っていいのかよ」と思う。
「……」
セルドアは何も言わず、ロイドの目の前に立つ。そして、手を前に出し、握手を求める。ロイドもそれに応じる。
無言の長い握手。力が入っていないように見えるが、そうではない。互いに、相当な力で握り合っている。そして、同時に緩める。
「コイツ、強い」
ここでは初めて、セルドアが口を開いた。男だか女だか分からない、ちょっと高めの中性的な声だ。
ロイドもセルドアの強さを感じていた。本気で握っていたのに、向こうはまだ余裕があるようだった。正直に言って、人間の出せる力じゃない。
「おっとそうだ。ロイド、俺らの仲間にならないか?」
「断る」
「そうだな、ロイドの役割を決めないとな……力が強いみたいだし、俺と一緒に前衛だな」
「断ると言ったはずだが?」
オードロックはどうしてもロイドを仲間に入れたかった。気に入ってしまったのだ。一度そうしたいと思ったら絶対に諦めない。オードロックは、そんなめんどくさい男だった。
「仲間になってください。お願いします」
「断る」
「仲間になれっつってんだろ!!」
「断ると言っている。俺はギルドに戻る」
ロイドは馬車に飛び乗り、馬を走らせる。このまま逃げてしまおうというわけだ。
「お、おい! 待てぇ!」
後ろを見ると、オードロックが走って付いてきている。グリーボアを20頭も積んでいるから、馬車のスピードは遅く、追いつかれそうである。ロイドは石を投げつけ、動きを止めようとする。石はオードロックの足元に当たり転ばせることに成功する。
「絶対に仲間にすっからなー!!!」
そんなオードロックの叫び声が辺りに響く。めんどくさい男だ。
村の門に着くと、門番のレンが迎えてくれた。規則だからと、馬車の荷台を確認すると、積んであるものに驚き、荷台から転び落ちてしまう。問題はなかったようで、村の中に入らせてもらう。
門を抜けギルドの前に着くと、近くにいた冒険者が職員を連れてきてくれた。職員とその冒険者も荷台に積んであるものに驚き、何人か職員と冒険者の応援を呼んで、ギルドの解体場へと運んでいく。グリーボアは状態がいいため、高値で換金されることになった。グリーボアの解体が行われている間、ロイドはクエスト完了の手続きをし、自身も解体に参加する。今回のクエスト完了で、ランクはF-からD-に昇格する。初期のランクから一気に昇格するのは別に珍しいことではない。元々実力のある者が冒険者になることもあるからだ。
クエスト完了と換金を終えたロイドは、武器やへと足を運ぶ。素手では限界があると思ったからだ。
柄の部分まで全て鉄で出来た頑丈そうなブロードソードを手に取り、カウンターへと持っていく。その時、あるものが目に入った。
「店主、これも売り物か?」
それは、鉄色のブロックだった。これは粘鉄と呼ばれるものだ。粘土のように柔らかく、形を作り、焼くことで、鉄のように硬くなる。簡単に言うと、焼くと鉄になる粘土だ。
「ああ。一塊買うか? 安くしとくぜ?」
あれば確実に役に立つ。また、作りたい物もある。そう思ったロイドは粘鉄一塊も購入しようと、片手で持ち上げる。粘鉄には20kgという札が付いていた。20kgを片手で持ち上げたのだ。店主は驚き、目を見開く。しかし……
「おい店主、20kgにしては軽いぞ? これは17kgだ」
さらに店主は驚く。17kgの物を片手で持ち上げ、さらにそれが17kgだと当てたのだ。なんという怪力、そして感覚なのだろう。この子供は騙せない。そう思った店主は、「すみません。間違いがあったようで」と言って、カウンターの下から粘鉄3kgを取り出して、粘鉄17kgにくっ付ける。これで20kgだ。
ロイドは剣、粘鉄に加え火薬も購入し、代金をギルドカードで払い、店を出る。ロイドが店を出た後、店主は思った。もう、重量を誤魔化すのはやめようと。




