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9:午後のお茶会

 それから数日は特に何も無く日々は過ぎ、オルランドはじっくりと色々考え込むことができた。


 "ステータス画面"の件については、全ての試みが失敗に終わっていた。

 どんなステータスがあるかについては色々考えた。


 20足の高さを跳ぶのは通常の人間の筋力では難しい。

 蛙人間でなければ、可能性は魔力による補助だ。魔力は物理的な運動にその力を変換することが出来る。エネルギーの収支はそれで取れる筈だ。

 どのようにレベルアップしたとしても、素の筋力で跳躍を7倍にすることはできない、オルランドはそう考えていた。

 ステータス最大のパラメータは魔力である筈だ。


 魔力計測器をどう改修するか、頭の中だけでかなり細部まで追い込むことが出来た。計測器は千五百足の距離にある2足離れた対象を別々に測定できなくてはいけない。

 この精度を実現するにはゲージ長を100倍に延長する必要がある。


 ゲージは精密な吊り合い天秤で、基準魔力源が調速振り子に刻まれた聖句に反応してゲージを撓めるのを基準力に使って、測定源からの魔力が撓めるゲージの変化がどこで基準力とつりあうか調べる。

 オルランドは独創的な多段ゲージを考案して、ゲージ長を100倍どころか半分の長さまで縮めた。


 測定源から距離があると測定魔力は極端に小さくなる。問題はノイズ対策だ。周囲にちょっとした魔力があるだけで測定魔力はかき消されてしまう。

 基準魔力源とゲージは反呪性材料で作ったシールドで覆ってしまおう。だがそうするとゲージの魔力測定値が見えなくなる。根本的過ぎる問題にオルランドは頭を抱えた。


 こういったことは授業中にいくらでもやることが出来た。

 文官コースであるこまどりでも、武官コースであるひよどりでも、数学と西方語は必修科目である。

 この二つの授業の水準はオルランドにとっては簡単に過ぎ、彼女はその時間をまるっきり魔力計測器をどう作り変えるか考える時間に充てていた。

 だから時たま教師に、この問題を解けなどと当てられるとひどく慌てることとなる。授業を全く聞いていないからだ。

 有り難い事に、そういう時は隣の席のエレクトラ姫様がこっそり、どういう答えが求められているのか教えてくれる。代わりにオルランドは、数学の難しい問題や文学の色々などを教えて差し上げている。とはいえオルランドも文学は得意な方ではない。


 そんな中の息抜きは、メアリ嬢のお友達、ローズ嬢がほぼ毎日振る舞ってくれるお菓子だった。今日は焼き菓子にお茶も付いていた。

 エレクトラ姫様と一緒に、オルランドはもうすっかり餌付けされている気分だった。こういうのが気の利くという事に違いない。



 制服にもいい加減もう慣れてきた。

 朝起きると一番にシュミーズの上に亜麻布製のコルセットを締め、制服と呼ばれるドレスを着る。袖はほとんど無く、襟ぐりは広く、胸の谷間はばっちり強調される。

 ドレスと言っても綿の生地は紺に染色され、袖や襟に白いレース編みが飾られている簡素なものだが、見た目は言うほど安っぽくなく、これを着た女子が揃うとなかなか壮観である。

 ただ、春先に袖や襟の開いた服装は寒く、そのために皆思い思いのショールを羽織っていて台無しだ。


 男子の制服は揃いの紺のフロックだが、見苦しい後ろ裾は比較的短くなっている。大抵は下に白のピチピチキュロット、たまに細身のパンタロンを履く男子生徒も居て、自由なものだと感心したりする。

 フロックは長袖で、シャツも長袖、襟は首でぴっちり留めてスカーフを巻いたり巻かなかったり。この辺も自由だ。


 こう書いていくと、なかなか悩みも無くいい感じの日常のように思えてくるが、勿論悩みは多い。


 エイダ嬢の学生証はまだ手に入れていない。自分を襲った連中の目的も見えてこない。

 あの連中は誰かに金で雇われたのだろうか。その人物はオルランドが酷い目にあうことを望んでいた訳だが、いつの間に一体誰にそんな恨みを買ったのか。

 彼女に思い当たる節は無い。そして勿論最大の悩みは例の四階談話室だ。



 容赦なく金曜の午後はやってきて、件の談話室にオルランドは座っている。

 前世持ちたちは既に全員が揃っていて、やはりオルランドが来るのが一番遅かった。オルランドだけが知らないゲームの話が今日も飛び交う。


「入学式のイベントは既に消化されたと見るべきだろうな」


 生徒会長がそう言うと、隣のクラスのルーシー・マネットは、


「でも私はそれらしい人物を見ていません。勿論、イベントもありませんでした」


 それらしい人物とは所謂プレーヤーキャラクター、要するにギャルゲーの主人公のことだ、とオルランドは思い返す。

 育成要素を持つ場合、主人公は最初冴えないパラメータしか持っていない、十人並みの人物にしか見えない筈である。つまり今の段階で見つかる訳が無いのだ。

 生徒会書記のアンナは紅茶をひと口飲むと、


「シナリオは既に破綻していると思った方が良さそうですね。本来ならプレーヤーキャラクターは、入学式のその日のうちに攻略ターゲット全員と顔を合わせる訳ですから」


「会うだけだろ全員とは。入学式にイベントを起こさない進め方もあった」


 体育会系のジョンがケチをつける。そういえばこの場の前世持ち男子全員、ピチピチキュロットではなく庶民風なパンタロンを履いている。

 前世の価値観からするとキュロットに抵抗があるのは判るが、そんな庶民風でいても、家中の誰も何も言わないのだろうか。


「要は八月までにユライア王子と十分なイベントをこなして、ステータスが一定以上に達してさえくれていれば良いんだ」


 ゲームがシナリオ通り進んでいないのなら、オルランドの配役である悪役令嬢とやらもどうもお役御免のようだ。


 そもそも悪役令嬢とはどんな役なのであろうか。

 悪役なのだから冷酷で意地悪、貧乏人を見下して慈善事業を軽蔑する、新聞小説の悪役のような人物なのだろう。自分がそんな役を演じることが出来るかというと、ちょっと無理だろうとは思う。


 そもそも演技ができない。

 オルランドは勝負事は結構好きで、そういう場では多少の演技も平気で出来るのだが、そういうのは博打うちの気分になった時に限られる。

 あらゆる手を尽くしてまだハイリスクであるような勝負が最高に好き、という困った御令嬢なのだが、そういう場以外では顔に露骨に表情の出るし、何かを演じようとすれば案山子のようだと揶揄されるのだ。


 だがゲームの話、5人の前世持ちを相手にした勝負の話と考えれば、演技は出来るかもしれない。問題は周りに金持ちしかいない事だ。前世持ちたちに見せる演技なので、うちの使用人をいじめても意味は無い。

 クラスに庶民でもいれば演技も出来たかもしれないが、肝心の庶民は入学できずにオルランドの使用人たちと一緒にいる。


 そうだ、彼女、エイダと組んで演技をすればいい。エイダが学生証を得た後になるが、登校した彼女をオルランドが叩くふりとか蹴るふりをすると、彼女は叩かれた演技をして廊下に伏せて、


「……わっ、私が何か気に障る事でもしましたか?」


「貧乏人が貴族様と同じ空気を吸っているのが気に食わないのよ!」


「そんな……」


 こんな感じで、事前に打ち合わせたとおり、練習した通りの演技を披露するのだ。

 完璧なアイディアである。そんなことをうつらうつら考えていると、


「オルランド君はシナリオが要求する最低限のアクションをしてくれるだけでいいよ。その後は生徒会が君を守る」


 そんな事を言われる。

 その言葉の通りなら有り難い話である。今から、自分はそのゲームのことを全く何も知らないので教えてください、とオルランドは頭を下げて教えを請いたい気分にもなる。

 しかしそうなると、悪役をどこまで押し付けられるのか、相手の思惑次第という事になってしまう。そこに自分の知識、判断材料は全く無いのだから。

 だが少なくとも、プレーヤーキャラクターとやらが登場していない今、オルランドの出番は求められていないのだ。ゲームの内容を知らないという事実は、今はまだ隠せる。


「勿論そのつもりです。でも……」


 そう曖昧に語尾を濁すことでオルランドは誤魔化した。そうして談話室の会合は無事終わり、今日もオルランドの秘密は守られたのだった。


 

 という訳で、気楽な土曜日がやってきた。

 授業は午前中で終わり、午後からメアリ嬢や彼女のお友達やエレクトラ姫様と街に行こうという話になっている。実に浮き浮きする。


 オルランドとしては日曜のほうが、魔力計測器の改造のほうが待ち遠しい訳だが、それでも女子のこういう付き合いには憧れるものがある。ましてやエレクトラ姫様とキャッキャウフフである。浮かれない筈がない。


 メアリ嬢はショールを、マデリン嬢は靴を真新しいものに替えていた。制服だからお洒落には制限があるが、オルランドもちゃんと靴下は新しいものに替えてある。

 決してズボラとか無精ではなく、人並みに身なりには気を使っているのだと主張したい。しかしそんなオルランドの主張を聞いてくれる使用人たちはここにはいなかった。

 だが、そんなオルランドが手に入れておいた必須アイテムがある。副寮長の人づてを頼りに借りてきたのは日傘だ。


 エレクトラ姫様に日傘、これは絶対必要だろうとピンときた。案の定組み合わせは素晴らしい。

 ふわふわのプラチナの髪に白い鯨骨の日傘。メアリ嬢大絶賛、オルランドは鼻高々である。


 しばらくはオルランドやメアリ嬢が代わり代わりに差し掛けていた日傘だが、エレクトラ姫様が恥ずかしがったので、今は姫様が日傘を持っている。

 本当は日傘をさすのも恥ずかしがっておられたのだが、そこは全員で拒否した。姫様が日焼けでもしたら世界の損失である。


 学校から寮の前の道を下り、街への坂道を下っていく。

 スチュワートの街の始まりは漁村からだった。南北に続く道の湾の奥に昔最初の漁村が出来、この道が一番古いが、狭くてもうあまり栄えてはいない。

 スチュワートに大学が出来ると、陸側にもう一本道が出来た。この道の周りに宿屋や酒場、大学の需要をあてにした商店などが並ぶことになる。

 そして高等学院が出来るとさらにその奥にもう一本道が出来て、街らしい体裁はその道沿いに大体整った。目当ての店もその通りにある。


 今やスチュワート人口のかなりの割合を高等学院の生徒が、しかも貴族子弟ばかりが占める訳で、生徒相手の店というのは結構な数があった。

 この田舎町で暮らす貴族の坊ちゃん嬢ちゃん相手に、首都の華やかな文化をほんのちょっと持ってくる、それは高値で売っても必ず儲けが出る美味しい商売だ。

 そういう訳で、女子生徒向けの店も、それも首都のサロンから来たばかりの貴族のお嬢様のお眼鏡にかなう店というのも、ちゃんと存在していたのだ。


 その通りは生意気にもハイ・ストリートなどと命名されていた。

 目当ての店は小川のそばに位置しており、店内から小川の向こうの小さな花畑や林といった風景を眺めることができた。とにかく店内の見通しが良い。

 店は木造で大きなウッドデッキのテラスそのものという外観をしていた。雨が降り込んだら大変だろうと思うが、今日のようによく晴れた日は、開放感のあるウッドデッキの席は素晴らしい。

 こういうオシャレな店はあまり行きつけないオルランドはつい店内を眺め回してしまう。そして見つけてしまった。


「エイダ!」


 えっ、どうされたのオルランド様、どなたかお知り合いでも、とメアリ嬢が声をかけてくれるのにも構わずオルランドは席を立ち、給仕姿のエイダの元に駆け寄った。


「あなた一体何をしているの!」


「あらオルランド」


 ここの焼き菓子は最高よ、等と言うエイダをオルランドは詰問する。


「本当に、あなた一体何をしているのよ……」


 学校に通うようになったら同級生になるかも知れない女生徒が今日は4人も一緒です。そして彼女たちは貴族、一人なんてお姫様です。そうしてエイダは今給仕の格好をしている訳です。


 私としては、エイダを貴族の使用人と同列の、格下の相手のように見てもらいたくありません。庶民でも同格の相手として扱っていただく、それがオルランドのエイダの学校デビューに当たっての方針だった。とにかく庇護者としてそれくらいは実現したい。

 だが今、このエイダの格好を見て、給仕として扱って、オルランドの友人たちは同級生となったエイダを友人として扱ってくれるだろうか。



 オルランドはメアリ嬢に関してはそこそこの信頼を寄せていた。


 彼女はオルランドが首都グロスターの社交界でつくった最初の同年代の友達だ。

 最初オルランドは彼女のとろくさい喋り方を内心馬鹿にしていた。だがメアリ嬢はこと人間関係に関しては、オルランドの及びもつかないような洞察を披露して見せた。

 オルランドの内心の孤独を察している事を、オルランドが傷つかない形で示せたと言うだけでも、その能力はずば抜けていると言えるだろう。

 そもそも彼女はこのスチュワート校の高等学院に来ていることからも判るとおり、頭は良いのだ。そしてそれは今日一緒に来た他の子も同じ筈である。だがオルランドは彼女らの事をメアリ嬢ほどには知らない。

 そしてオルランドのメアリ嬢への信頼は、今日のような出来事まではカバーできていない。


「こちらはオルランド様のお友達ですか?」


 エイダを何処に連れて隠そうかと思案しているうちに、メアリ嬢が二人の傍に来ていた。


「是非ご紹介ください。わたくし、オルランド様の殿方でないお友達って、私たちだけかもって心配していましたのよ?」


 オルランドは覚悟を決めた。残りの皆を呼んで、


「ご紹介いたします。こちらは私の友人、エイダ様です。

 彼女は本来なら私たちの同級生となる筈だったのですが、手続きを全て済ませたのに生徒手帳だけが得られないという困ったことになりまして、そのため今、私の別邸に身を寄せていただいています」


 さっ様付けはやめてオルランド、おろおろしながらそういうエイダの手を誰からも見えない位置でぴしゃりと叩いて厳しい顔つきをしてみせる。


「まぁ、そうでしたの」


 エレクトラ姫だ。


「オルランド様、私たちもどうかエイダ様にご紹介いただけないでしょうか?」


 なんとか通常の一般のお友達紹介の流れになって、オルランドの冷や汗も多少は引いた頃、メアリ嬢がなにげなく言った。


「ところでエイダ様は、なぜ給仕のご格好を?」


 やめて!それは触れないで貰えるって信じていたのにぃ!涙目のオルランドにメアリ嬢は意味ありげにウィンクをした。


「オルランド様のお友達は様々な方がいますから、いつも本当に感心していたのですが、殿方にはちょっと気後れしていましたの。エイダ様、私本当に興味がございますのよ」


 杞憂と言うか、また私はメアリ嬢を見くびっていた訳か。オルランドは思わずメアリに頭を下げた。


「あらオルランド様ったら何を」


 一方エイダはその場で身を廻して、


「この衣装、なかなか可愛いと思いませんか?

 わたくし、こういう洒落たお店で働いてみるというのもお洒落だと思いましたの」


「違いありませんわ!」


 エレクトラ姫は手を叩いて賛同した。



 メアリ嬢はその光景を見ながらオルランドに語りかける。


「オルランド様のお友達ですから聡い方の筈だと思っていました。

 でもオルランド様はご心配なのでしょう?

 ……大丈夫、エイダ様に決して悪評など立てさせませんわ」

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