8:ゲームシステム考察
寮に帰る前に、使用人のマーティンを呼んで、指示を与える。
「この5人、過去がどうだったか調べてほしいの」
マーティンは渡された紙に記された名前を一瞥して、
「どこもゼーゼル家とはお付き合いの薄いところですね。何か醜聞でも?」
「いえ、多分そっちは出てこないでしょう。けど、変人だという噂があるかも」
「お嬢みたいな?」
「多分、私とはスタイルが違うと思うけど、そうよ」
マーティンは父ゼーゼル伯からオルランドのお目付け役にと付けられていたのだが、恐ろしいほどの早耳に才能を感じたオルランドが独自の用事を言い付けるようになると、嬉々としてそれに従うようになった男である。
何と言っても面白い、とマーティンは言う。
そもそもヘンテコを弄り回してばかりのオルランドが自分の価値を認めるとは思ってもいなかったし、彼女は大きな仕事を任せてくれる。間違いなく面白い。
オルランドとしては、色々と世間に詳しく気が利くマーティンは自分の不得手を埋める人材だと考えている。ただ、マーティンは普段特に仕事らしい仕事をしていないように見えるため、オリヴァーや工房の連中にはあまりよく思われていないらしい。
マーティンはその紙を畳むとポケットに入れ、
「どのくらい時間をかけていいので?」
オルランドは考える。
「できればひと月、その間に調べられるだけでいいわ。それ以上マーティンがいないとなると、こっちが大変になるから」
「有り難い評価です」
寮への帰りは、デイヴィッドとオリヴァーの二人が送って行くと言う。デイヴィッドについてきてくれるよう頼んだら、オリヴァーも来ると言うのだ。
「ついでに、自分も道順を覚えておこうと思います」
そう言うが、オリヴァーも心配してくれているのだ。オルランドでもそれくらいは判る。
明かりを持って前を進むのがデイヴィッドで、後ろにオリヴァー。デイヴィッドはオルランドの足元もさりげなくちゃんと照らす。デイヴィッドへのオルランドの評価は結構高い。
歩きながらオルランドは考える。
今日は色々あったが、とにかくよく考えないといけないのは、談話室で前世持ちたちが言っていた言葉だ。あれらは全ての前提を覆す可能性がある。
どこまで覆すかと言うと、それは宇宙全体にまで広がる。
子供の頃、前世と今世をうまく調和、統合できる世界観についてよく考えたものである。
前世はこの世界と違い過ぎた。
まず魔法が無い。これは世界の物理法則、構造そのものが違うという事である。記憶だけが今世に転がり込んできたと言うのは奇妙な話だ。
そもそも異世界はどこにあるのか。
前世のオルランドの記憶には多世界解釈というものがあった。有り得た可能性の数だけ違う異世界があるという考えだ。
だが前世の異世界は、有り得た可能性の中には無いと思う。物理法則も違うし、大陸の形も違うのだ。
前世のオルランドの記憶の中には全てを説明できる仮説もあった
。シミュレーテッド・ワールド。仮想現実。
どちらかの世界が、計算でつくられた仮初のものであるという考え方だ。だが、今世であの異世界、前世を仮想的に再現できる仕組みなど無いし、前世にも存在しなかった。
但し、両方の世界どちらもが仮想現実であるという可能性もあった。それなら辻褄もあうが、仮想現実を計算している未知の異世界を一つ追加しないといけない。それは無意味に複雑性を増すだけの仮説である。
この世界が仮想現実であると見破ることは出来るだろうか。
前世のオルランドによると、仮想現実の作り方には二種類があると云う。
ひとつは空間を分割して管理計算をおこなう方法。前世だとマインクラフトというゲームがあった。あれをもっとずっと細部を緻密にしていくのだ。
もう一つの方法は、物体一つ一つを管理計算する方法だ。前世での仮想現実の大半がこの方法だった。
空間を分割する方法だと、それと見抜く方法がある。
例えば空間を立方体の升目に区切って管理したとする。上下左右隣りの升目との関わりには問題は無い。
だが斜めはどうだろうか。ちょっと斜め上に動くと言うとき、物体は升目を、上横横上横横……というようにガタガタと動かないといけない。
そういう様子を観察できれば、その世界は空間分割管理システムだ。物体管理システムだとそういうガタつきは無い。その代わりに、物体を分割するのが大問題になる。
という訳で、子供の頃はこの世界が仮想現実かどうか、色々実験や妄想を楽しんだものである。
そのうち成長すると飽きてやめてしまったが、それは結局自分の実験の精度では仮想現実であるか判定できなかったからだ。
そうして仮想現実仮説をオルランドは忘れ去った。
今、仮想現実仮説は再び記憶の底から掘り出されてきた。
今度はゲーム内の世界という変てこな捩れがひっついている。
オルランドは前世持ちたちとの会話を思い出す。
悪役令嬢。
それはゲーム中に役割を持ったキャラクターがいると言うことで、つまりゲームにはシナリオがある。チェスよりも多分演劇に近い。
プレーヤーキャラクター。
メイキング可能で、メイキングの傾向で入学式のイベント内容も変わる。
プレーヤーキャラクターこそがあの会合の主題だった。恐らくゲームの主題であり、ゲームの主人公である。
前世の記憶からは、幾つか候補として合うスタイルのゲームが出てきた。
いずれもコンピュータ上で動くソリティア形式で、違う世界で自由に過ごすような幻想を誘うものだった。
実際には演劇や小説に近い体裁の代物で、絵が動いたり音や声が出たりはするが、他の世界へ本当に入ってしまえるような代物ではない。
「そりゃこちらは三次元実写ですからねぇ。元のテキストでは絶世の美男美女とはありましたけど、CGのほうは手書きですから、どっかに補正はあるでしょ」
あのセリフは、オルランドの想像を裏打ちした。前世の記憶とぴったり一致する。
恐らくこのゲームは、ギャルゲーなどと呼ばれる種類のものだ。
厄介なのは、メイキング可能だという点だ。つまりキャラクターはパラメータを持つ。恐ろしい話だ。自分もパラメータを持っているだろうか。
シナリオで進行する演劇のような物語にパラメータがあるのは、演劇の外に自由行動の余地が大きくあることを示している。
パラメータがあるのは、ゲームが育成要素を持つからだと推測した。
パラメータを成長させるには、設定された適度なストレス要素をこなすことが求められる。ストレス要素なんて嫌なものをこなすのは、それ以上に成長という餌が美味しいからだ。つまり成長は自覚できなければいけない。
オルランドは、異世界のゲームについて合理的推論がここまで出来ることに、自分でもちょっと驚いていた。だが合理的推論は更に押し進めることができる。
成長、すなわちレベルアップは複数回行なわれるだろう。
オルランドの前世の記憶は20回を目安として提供した。さて、一回のレベルアップでパラメータはどれほど成長するのだろうか。
成長は感じられなければいけない。だが成長が大きすぎても不味いだろう。不自然だ。となると成長率はレベルアップ毎に1.1から1.3あたりの範囲になる筈だ。
問題はこの範囲が結構大きいということだ。成長率1.3だと、レベル10のパラメータはレベル1のそう、10倍以上になる。
自分が高さ2足の台に飛び乗ることが出来るように、レベル10のキャラクターは、高さ20足の石垣の上まで飛べるだろう。
そして、レベル20のキャラクターは、高さ200足の、例えば高等学園裏の崖の上まで飛べることになる。
滅茶苦茶だ。
もし、オルランドを救った人物が、隣のクラスのジェリー・クランチャーなら、彼は何らかのパラメータの成長をしているかも知れない。
もしかすると前世持ち全員がパラメータの成長をしている可能性もある。そして自分も、パラメータを成長させうる可能性がある訳だ。
実際のパラメータにどんなものがあるのか、まったく知りもしないうちからえらい話である。だが絶対に放置は出来ない。
パラメータを確認する方法はあるのだろうか。
声に出すのだろうか。小さな声で、ステータス、と呼んでみた。
「えっ、何ですか」
デイヴィッドに聞こえたらしい。何でもないとごまかす。ジェスチャーだろうか。
オルランドは、しばらく自分が"ステータス画面"を呼び出す為に色々試すだろうことを陰鬱に予想した。確実に自分はとことん色々試すだろう。
だが同時に、多分それでは埒が明かないとも考えた。
自分の得意な方法も試すべきだ。そう、測定をするべきだ。
今オルランドは魔力を測定できる。だが今は装置の上に置いたものしか測定できない。大学の塔に装置を持ち込んで、千五百足向こうの人物の魔力を測定できるだろうか。
できる。持ち込めるように改造しなければ。できる。魔力測定器の予備機を半分に切ってしまおう。
人物までの距離を同時に測らないといけない。いや、スチュワート校敷地内なら図面がある。水平距離と高低差はどちらも出せる。三脚が要る。作らなければ。
そうこう考えるうちに寮の真下の坂道に着いた。
「ここまででいいわ」
二人に振り返る。
「次に行けるのは日曜日になります。出迎えは不要です。私はあの場所を暫くは秘密にしたいと思っています。いいですね」
良くあるか問題外だ、というデイヴィッドらの視線を受けてひるみもせずオルランドは続ける。
「魔力測定器の予備機、日曜までに出しておいてください。あと三脚を作りますから余った木材でいいので用意しておいてください。
忙しいとは思いますが、これは重要なことですのでお忘れなく。それでは向こうのこと、二人ともよろしくお願いします」
そういうと返事を待たずオルランドは寮へと向かった。腰の皮ポーチを意識する。とんでもないものを持ってきてしまった。
人殺しをするつもりは勿論無い。ちょっとこれは過剰な対応だろう。非殺傷武器、相手を気絶させるとかそういう類の武器だったら良かったのに。
作ればよかった。電気で痺れさせる武器というのが前世にはあった。
いや、手とか足とか狙えばいいのだ。そう考えるとオルランドは気分が楽になった。実際にはそんなにうまく狙えまいとは判っていたのだが。
守衛さんは起きていた。外出時所持証を示す。玄関は守衛さんが開けてくれ、通ると背後で鍵を再び掛ける音が響いた。
二階の端の部屋。ドアを静かに開ける。
明かりが漏れてくる。精霊灯の明るさを絞って点け放しにしているのだ。セアラがしてくれたのだろう。
セアラの寝顔を眺めながら着替えを済ませ、目覚まし時計の設定を確かめる。一日に二分も狂わないオルランド自慢の時計だ。
精霊灯の明かりを消しベッドに横たわると、オルランドは今日いったいどれだけの事があったのか、思い返そうとして、やめた。考えるのは明日にしよう。