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6:オルランドによる幼い頃の回想#2

--オルランドによる回想です--

 私の二人目の家庭教師は、32歳の男性、スキムポール氏でした。はい、あのスキムポール教授です。

 あの方は当時、スチュワートのフェロー職を得られなかったことに絶望して故郷のゼーゼルに帰ってきていたところでした。そこを父が私の家庭教師にと雇われたのです。



 最初の授業は西方語を学ぶ筈だったのですが、すぐに脱線して西方情勢の噂話になってしまい、これは気安いと私はすっかり化けの皮を脱いで寛いでしまいました。


 次の授業は数学で、スキムポール氏は紙に簡単な地図を書き、メーメルの街の橋を二度通らずに全て通れるか、どう思うと問いかけたのです。

 7歳児にはちょうどいい話題選択です。でも私は、ああオイラーだ、と前世の知識にピンと来たのでした。

 私はグラフ表現に書き直すと、奇数の辺を持つ結節が3つ以上あるから無理だと答えました。


 スキムポール氏は話題を変え、円周率を求める方法について説明してくれました。多角形による近似です。

 判りやすい説明だったと思います。でも7歳の子供にする説明じゃ無かったと思います。

 今から考えるとあからさまに怪しい話題転換でした。でも私はいい気になって、そんな面倒な方法よりいい方法があると言い放ったのです。


「正方形に内接する円を描いて、その正方形の中に出鱈目にコインを投げるの。

 で、投げた回数と、そのうち円の中に落ちた回数を記録するのよ。それで正方形と円の面積の比が求まるわ」


「で、円周率は」


「求まった比を4で割ればいいのは自明でしょ」


 むかつくガキでした。


「それは……何回くらいコインを投げるのかね」


「最低でも十万回は欲しいかなぁ」


 モンテカルロ法は早過ぎました。それははるか未来の方法です。




 随分後になって、当時どう思ったかスキムポール氏に聞いたことがあります。


「化け物だと思ったね。

 それまでの自分の人生の意味だとか何もかも無意味にする、でっかい魔物だと。次に考えたのは宝の山だということだ。自分の業績にしちまえ、と考えた。

 次の日になって、君に興味が沸いてきた。もしかするとまだ隠し玉があるのではないか、と」


 彼に磁石と磁石製造設備を見せたのは翌週でした。

 私は電磁気学の法則を得意になって説明したのです。試作中の万年筆も見せました。


 万年筆は前世ではプラスチック、セルロイドのような物質が使えるようになって生まれたものでした。けれど原理的には堅い木を使えば、ペン軸にインクを蓄えることも、そこから毛細管現象でペン先へとインクを供給することもできる筈だと考えたのです。


 アイディアを図にして、人伝手に細工師に試作品の加工を頼みました。

 ですが説明の図が悪かったのか、試作一号は硬木を削って作った筒状のペン軸と硬木の芯の間に隙間があってインクが漏れていましたし、ペン先へインクを送る筈の溝もちゃんと機能していませんでした。


 スキムポール氏はペン軸と芯の間は膠で埋めればいいと助言してくれました。

 私たちは細工師の工房に押しかけて、直接欲しいものを伝えました。いろんな深さの溝を掘ってみて、ちょうどいい溝の深さも決まりました。



 私たちは出来たものに夢中になりました。

 最初の3つは、その場の3人のものになりました。4つ目は父に差し上げ、5つ目はスキムポール氏が詳細な説明の手紙と共にご友人に送られ、6つ目は細工師から市長に送られました。

 万年筆は、すぐに大人気となりました。そう、皆さんがお使いの万年筆です。私はこのとき初めて特許をとりました。



 7歳の夏、この頃が一番生意気だった頃でしょうか。その生意気な私を、魔獣は叩きのめしたのです。

 その夏、里に迷い込んだ魔獣に水車小屋を壊されました。

 屋根も壁も、水車の回転軸から真っ二つ、コイルも滅茶苦茶になりました。


 流石に館から二千足の距離です、すぐに館詰めの兵士が駆けつけましたが荒れ狂う魔獣に歯が立ちませんでした。騒ぎは夕方、50名近い兵士によってようやく鎮められたのでした。


 水車小屋の壊され方は変でした。

 恨みでもあって狙ってコイルを壊したような、そういう徹底振りに、魔獣はコイルを嫌うのだろうか、そんなことを考えました。



 考えてみれば、魔獣や魔法は全く自分の守備範囲外でした。

 私はスキムポール氏の魔術の授業に身を入れて学ぶことにしました。そしてスキムポール氏は西方語と魔術と神学に授業を絞って、みっちり私を絞り上げることにしたのです。



 学んでみると、魔法とは変な代物でした。

 人に限らず生き物は魂を持ち、その魂が魔力を生み出します。呪われると魂は悪に変じて害をなし、聖別されると魂は善をなします。


 私が前世の知識で、疫病の蔓延が無いことに疑問に思っていた、その答えはここにありました。

 近代的な都市は様々な方法で聖別されているので、病原菌の魂が悪をなさないのです。逆に呪われると疫病が蔓延することになります。


 魔力は様々な方法で、様々な変化や能力に変えることが出来ます。方法は様々ですが大きく二つに分類できます。古代魔術と現代魔術です。


 古代魔術は、起こしたい現象と類似の効果を起こすことで使えます。

 例えば古代では雨乞いのために木の枝を地面に叩きつけて雨の音を真似し、雨が野を濡らし土を濡らし川を溢れさせる情景を謡う詩を詠みました。


 現代魔術は、聖章典を諳んじることで起こすことが出来ます。

 その為には聖章典を最初から最後までよく読み、解釈し、暗誦できる必要があります。

 神の代行者が全てを支配していることを信じることで、聖章典の一節を諳んじるだけで魔法が使えるようになるのです。


 現代魔術は聖章典を用いその精神を信じるため、その効果は神聖で呪われることはありません。古代魔術では往々にして術者も対象者も呪われることがありました。

 現代魔術は便利で安全ですが、基本は古代魔術と同じだとスキムポール氏は言います。重要なのは類似効果そのものではなく、信じることです。


 現代魔術と同じ要領で呪いを使う方法も理屈の上ではある筈で、その為の魔術書があると噂されています。

 内容は悪と廃頽を賛美し悪魔に忠誠を誓うものだそうです。廃頽的だと非難される本がよく魔術書もどきと呼ばれるのはこのせいですね。


 現代魔術には聖章典を読み続け解釈し続ける集中した修行が必要です。この修行を修めた人は限られますから、魔法がこれまで自分に縁が無かったのも納得です。


 魔獣は魔術を使わなくても魔力を使える獣です。

 魔獣は一般に野の獣よりはるかに強く、敏捷で、そして多くの場合呪われています。呪われた獣は人に害をなします。

 更に、魔術を使わなくても魔力を使える民族もいることが知られ、彼らは魔族と呼ばれています。但し伝説や伝承の存在とは違い、ただ多少使えるというだけの存在です。


 しばらく前から前世との比較で考えていたことがありました。今世では車輪など回転するものがあまり使われていない気がしていたのです。

 回転するものは災いを呼ぶという民間伝承はよく知られていましたが、都市の水道を聖別する水車が存在する以上、民間伝承はただのデタラメです。しかし果たしてそうでしょうか?


 ゼーゼルの街の聖別水車は、真鍮製で直径7足ほどの、あらゆるところに聖章典から引用された聖句が刻まれた立派なものでした。

 これが水源近くの小屋の中で廻って市民の使う上水を聖別しています。聖別水車の普及が都市から疫病を追放したのでした。そしてこれは魔道具です。


 魔道具は、魔術が使えなくても魔法が使えるようにする道具で、道具のほうに聖句を信じてもらえば使う人間の魔力を勝手に使って魔術が成立するという、よく考えるとおかしな理屈の代物ですが、これがちゃんと使えます。

 しかし聖別水車はよく考えると、誰も魔力を供給していません。聖別が魔術かというとこれは違う気がしますから、聖別水車は魔道具の中でも奇妙な位置にありました。


 水車小屋は再建されましたが、私からは取り上げられてしまいました。

 魔獣が出るような場所は危ないというのです。それは館も同じではないかと思ったのですが、そろそろ8歳になった私はそんなことは言いません。

 万年筆という新しい収入源を得て、しかし暫く電磁気学の実験はやめて、魔法の研究に専念しようと思ったのです。

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