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5:オルランドの悪のアジト

「そらお嬢、トリックでしょう。そいつはお嬢にいいところ見せるためにごろつきを雇って、クレーン仕掛けを用意して万事待ち構えていたんでさぁ」


 オルランドがゼーゼルから連れてきた使用人の一人、デイヴィッドはそう言う。


「でもどうやってお嬢様がその道を通るとそいつは見当を付けたんですかねぇ」


 使用人のもう一人、オリヴァーのいう事を考えてみる。


「だってお嬢様、この街へ来たのが昨日なわけでしょ?

 昨日の今日でクレーン仕掛けは無理じゃないですかねぇ」


 オリヴァーの疑問にデイヴィッドが噛みつく。


「じゃあ何だ、素の人間が20足をぴよーんと跳んだというのか?何だいそいつは蛙人間か何かかよ」


 そう言いながらオルランドに長いバールを渡す。オルランドはそれを掴むと、足元の木箱の隙間にバールの端を差し込み、ぐいぐい板を剥がしはじめた。


「待った待ったお嬢、そんなこと俺がやる」


 その前にオルランドは板一枚を腕一本入るくらい剥がして、中に腕を突っ込んで何やら探し始めていた。


「何してんですかお嬢……」


 使用人二人で脱力する。そこにゼーセルから連れてきたもう一人の使用人エスターが食事の準備が出来たとやってきたが、彼女もオルランドの様子を見て呆れてしまう。


「お嬢様、もうそんな様子は他のご学友の方々にお見せしては駄目ですからね」


 オルランドはようやく目当てのものを見つけて、木箱の中からそれを取り出す。

 見たところ革のポーチに見える。オルランドは早速それを腰にぶら下げようとする。


「お嬢!」

「それはいくら何でも」


 だが彼女はほんの一刻前、その身を脅かされていたのだ。それを考えると使用人たちは彼女を制止できなかった。


「それ、一体何ですか?」


 呑気な声の正体が隣の部屋からドアを開けて出てくる。

 彼女はオルランドの使用人ではない。

 彼女、エイダ・クレアは入学手続きをうまく出来ずに困っていたところをオルランドに拾われた身であった。

 だから年齢はオルランドと同じ、出身はヘンリーヴィルの片田舎で、彼女を気に入った地元の領主と学者が連名でスチュワート校付属高等学院への推薦状を書いていた。だが領主は男やもめで学者は年寄り、貴族付き合いも近年さっぱり縁遠く、彼らは高等学園の詳細な入学手続きなど知らなかったのだ。


 オルランドとは昨日、教務棟の窓口で受付けと交渉する彼女を見たのが出会いだった。

 誰かの入学代行つまり上級生かと思ったら、入学生本人だという。

 オルランドと同行していた案内のファニィ先輩も呆れることしきりだったが、彼女が既に手続きの半分を済ませていると知ってそれは驚愕に変わった。

 オルランドも、来年には誰かの入学手続き代行でもやろうかと思ってファニィ先輩に色々聞いていたので、手続きの仕方を知らない人間が一人でそれをやる、しかも半分済ませたというのが不可能に近いというのはよく判った。


 オルランドはファニィ先輩に、エイダの手続きも助けてくれるよう頼み込んだ。ここからは手分けしないと間に合わない。オルランドも手続きを助けようと手を差し伸べた。


 三人の苦闘は、無事実ったかのように見えた。午後六時の鐘の鳴る中、エイダは全ての書類を漏れなく窓口に提出していた。

 だが窓口ははっきりしない。どこぞの貴族様なら即座に出てくる学生証の小さな手帳が出てこない。

 どうも窓口はエイダの手帳を用意していなかったようだ。腹が立ったが、もうそこで待っていても埒が明かないことははっきりしたので、ファニィ先輩と相談してオルランドがエイダの身柄を預かったのだ。


 夕食のテーブルでその後のいきさつをエイダに説明する。


「ファニィ先輩と、更に寮長のエステラ様にご助力をお願いしているので、もう少しの辛抱よ」


 テーブルは屋敷にのこされていたもので、足の一本ががたついていた。

 こんなものは何時もなら使用人たちがすぐ気が付いて直すものなのだが、ここ数日は彼らも忙しすぎた。

 さっきの部屋もこの部屋も未開封の木箱と白いレンガで一杯である。レンガは屋内に収まり切れずに庭先にも山積みされている。このレンガ、オルランドの国許からまだ大量に来る予定なのだ。


「どうかご無理をなさらないで下さいね。国許に手紙を書きましたので、じきになんとかなる筈です」


 エイダはそういうが、手紙が向こうに届いて、何らかの働きかけがあったとしても、それが実るのは何時になるのか。

 エイダは今日はオルランドの使用人の服を着ている。昨日着ていた一張羅はあんまり泥だらけになっていたので洗濯させてもらっていたのだ。


 今頃彼女も高等学院の制服を身に着けていた筈だったのに。オルランドはエイダの格好に歯がゆい思いをする。

 使用人エスターに物は足りているか確認しながら、


「この魚美味しいわね」


 さすがは港町だ。ゼーゼルでも首都でも食べることが出来ない新鮮な海の魚、そして貝が素朴な味付けで十分美味しい。


「その魚料理、エイダ様にお教え頂いたのですよ」


 エスターが言うと、様付けは止めてほしいとエイダは言う。


「有難うエイダ、とても美味しいわ」


 エイダは照れながら、でも本当世の中は信じられないことだらけ、と呟く。


「そもそもこの席が信じられないって、そう思うの。だってオルランド様って、伯爵様のお嬢様なんでしょ?」

「ええそうよ」


 魚料理が片付くと、エスターが皿を下げて、お茶を出してくれる。


「使用人の方たちと一緒に、こう、お食事の席が一緒って」


 オルランドは笑って、


「お食事の席って、そんな畏まったもので無いでしょうこれは。大体」


 テーブルを軽く叩く。テーブルがぐらつくのにデイヴィッドが慌てる。


「ひゃあ、お嬢、止めてください」


 一方オリヴァーはさっさと食べてしまっていて、お茶をティーカップごと持ってお上品に慌てていない。


「こんなテーブルの席よ。貴族のお堅いマナーは忘れましょう」


 ティーカップを空けると、オリヴァーに図面を持ってきてくれるよう頼む。テーブルに広げられた図面に、エイダが興味津々のようだ。


「これ、この建物の地図ですか?」


 世の中、地図が読める者は珍しい。


「まぁ、そういったところね」


 今日この建物を出来る限り図面に起こしてくれるようオリヴァーに頼んでいたのだ。こういうきっちりした作業だとオリヴァーは俄然やる気を出す。


 大抵の者にはこの図は四角の線の塊にしか見えないだろう。

 オルランドは時々忘れそうになるが、図面を読むにはそれなりの空間把握能力が要るし、大抵の庶民は地図が読めないのだ。

 しかしエイダは説明を受けることなく、立体的にこの建物と周囲を把握して、そしてこの図が空中高くからこの敷地を眺めたものと同じだと気づいた。

 彼女は稀に見る空間把握能力の持ち主なのだろうか。


 この建物は、もとはといえば大学のとある教授の工房だったのを買い取ったものだ。

 その教授は軍のお雇いとなってチャールズポートの海軍工廠へとこの春旅立っていった。栄転である。

 二階建てのこの建物は外観はまったく陰気だが、中は三分の一ほどが吹き抜けの作業場で、そこには小さな炉が据え付けてあった。炉は既にオルランドの使用人たちによって取り除かれ、元作業場は更に全体に掘り込まれていた。

 それも図面に示されている。きれいな図面だ。

 オルランドは画面端に定規で補助線を引くと、それを手掛かりにして赤インクの万年筆で線を何本か入れていく。


「デイヴィッド、オリヴァー、見て」


 二人がやってきたのを確認して、


「この線まで掘り込んだら、コンクリートを打って。庭先のほうはバツ印のところに例のものを埋めて。

 高さをそろえると見栄えが良くなるけど、絶対必要という訳ではありません。あとで柱の長さを調節すれば済みますので、その辺適当に判断してください」


 オルランドはエイダに、明日からこの線の中には入っては駄目だと告げる。


「コンクリートって何ですか」


 エイダのその問いに答えたのはデイヴィッドだった。


「特殊粉末を水に溶かして混ぜると固まる、お嬢様考案の人工岩石さ。好きな大きさ形の岩が自由自在に作れる、天下の大発明だ」


 へぇえという顔付きのエイダに更にデイヴィッドは畳みかける。


「それだけじゃないぞお嬢の大発明は。お嬢様の最初の発明からして度肝を抜く代物だったんだぜ」


 デイヴィッドの話が懐かしい昔話の頃まで遡る。それをエイダが興味津々で聞くのを眺めながら、オルランドもちょっと昔の頃を思い出していた。

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