35:エピローグ#2
かつては星々の光に溢れていた銀河中心も、今やまばらに光点がちらつくだけの哀れな様相を呈していた。
巨大な銀河中心ブラックホールは、魂の強度を上げすぎて自壊した愚かな恒星精神たちのゴミ貯めで、彼ら精神は脱出することも叶わずそこに囚われ続けていた。その怨嗟の声も事象の地平面を越えては外に届かない。
重輸送艦サウザンヒルの主機、人類が製造した最大のスターゲート・ドライブは最後の旅を終えて今完全に沈黙していた。ドライブの制御円筒の情報枯渇を修復する技術は今の人類には無い。
かつての史上最強の戦列艦は改装され、ありし日の優美な美しさの全てを失っていた。
口径一万二千足の精密光学センサももう畳むことはできない。装甲は剥ぎ取られて、その船腹には巨大なストレージコンテナが無数に抱え込まれていた。かつて中間呪子砲が並んでいた砲戦デッキも、艦載機が出入りした戦術デッキも、今はストレージコンテナで一杯だった。
重輸送艦の動力炉は、宇宙の外からやってくる情報を収集して魔力化する。そのため艦は恒星に頼らず行動できた。その長い収集杖は艦の全長ほどもあったが、くたびれた外見をしていることは否めない。
かつて一兆を数えた人類人口はいまやその百分の一にまで減り、そしてその残りほぼ全員、艦の乗組員二万人以外の全員がデータ化されてストレージコンテナの中にいる。
人類はもうこの艦にしかいない。
太陽との戦争は、太陽に支配された人類との戦争でもあった。
その結果人類は太陽系を失い、恒星にエネルギーを依存していた人類にとってそれは死を意味していた。核エネルギーのようなSF的な都合のいいエネルギー源は現実には存在しない。
長く続いた過酷な戦争は人類の太陽系に関する知識を大きく損壊して、もはやその場所すら定かではない。だが場所を突き止めたとしても、そこには情報の搾りかすと元太陽だった発狂した巨大な精神があるだけだろう。
はるか昔に、この結末を予見した一人の人物がいた。
オルランド・ゼーゼル。産業革命の母。あらゆる機械の母。だが偉大なオルランドは晩年、一冊の奇書を出版した。
"太陽との戦いについて"
……太陽は実は巨大な魂でこの宇宙から脱出しようと企んでおり、もし脱出に成功したなら我々は文字通り太陽を失うことになる。太陽はその為に人の記憶を書きかえることがあるため、前世の記憶のある人間や、魔獣を殺したことのある人間を重用することを避けなければならない……。
あまりに滅茶苦茶な内容である。もとより奇行で知られていた彼女は、その内容のため当時公然と狂女呼ばわりされた。
奇書の中の奇書として有名になった同書には、見逃すことの出来ない様々な予見があった。例えば、
……他の太陽は、自分を覆う超巨大な球殻を被支配知的生命に建造させて、その放射エネルギーを有効利用しようとするかも知れない。そのダイソン球殻の直径は地球の軌道長半径以上のものになる。
そのため夜空の星の倍以上の数の、覆われて外殻から排熱を放つだけの暗黒星があるだろう……。
ダイソン球殻と言うそのアイディアの元はオルランドであるとされているが、どこからダイソンという名称が出てきたのかさっぱり判っていない。
オルランドの予見した暗黒星の候補らしい天体が観測されるようになったのは、それから100年後の事だった。その頃には他の予見も検証されるようになっていた。その一つがスター・ゲートだった。
人類は星ぼしへと広がり、繁栄のときを迎えることになる。
しかしやがて、宇宙から星が消える現象に人類は直面した。辿りついたダイソン球殻は冷え切っていずれも恒星の姿はなく、取り残されて滅びた知的生命体たちの怨念が渦巻くだけだった。
そして太陽は狂乱した。理由は誰にもわからない。太陽神信仰が人類の生存圏に蔓延し、戦争と自殺をあおった。
太陽の支配下に無い人々と太陽の、オルランドの予見した戦いがはじまり、人々は殺しあった。人工怨念体が戦線に投入され、巨大な艦隊が恒星系を破壊した。致命的な超呪子兵器が発明されて人類生存圏にばらまかれた。
オルランドの本には最後に、いまや人類の希望となった奇想が記されていた。
仮想世界を動かすのは親世界の計算資源である。もし親世界が計算機のスイッチを切れば、仮想世界は滅びてしまう。
親世界が電源を切らずとも、親世界の更にその親世界が電源を切ってしまえば同様に滅びてしまう。親の親の親の、またその親の誰が電源を切らないとも限らない。もし仮想世界の連鎖を想定したならば、世界の電源を切られる可能性は極めて高い。
オルランドは、仮想世界が親世界の計算資源の都合に左右されない方法を提案していた。必要な質量は1かける10の30乗ポンド。木星1000個分にあたる。
今その光景が目の前に広がっていた。自ら放つ僅かな光で視界に浮かび上がる細い何か。直径20天文単位の巨大なリング。オルランド環だ。
もし桁違いに巨大なスター・ゲートを作れたならば、宇宙の始まりを越えた過去に計算機械を打ち上げることが出来るとオルランドは論じた。
無限の過去に打ち上げられた計算機械は、どんな貧弱な計算能力だったとしても無限の計算時間があるから、無限の計算能力を持つ事になる。
親宇宙のどんな出来事も、宇宙の始まりを越えた無限の過去に干渉することはできない。その計算機で動く仮想世界は親世界の誰にも干渉されることは無い。
今の人類にはオルランド環を建設する能力は無い。しかし宇宙には、誰かが既に建設したものが何処かにあるかもしれない。人類の生き残りはそうやって放浪の旅に出た。
そして、
サウザンヒルと人類最後の生き残りたちは、旅の終わりに当たりを引き当てたのだ。
環のまわりにちらちらと光るものがある。
「複数の重力波及びに魔子波通信を検知しました。うち4種は既知の異星知性体のものと極似しています」
仮想のブリッジ場に分析結果が流れる。脳とのダイレクトインターフェイスがごく弱く細い魔力ビームを介して脳内に作るイメージはブリッジクルーに共有されていた。
「彼らは脱出に成功した訳か」
ブリッジクルーの呟きをダイレクトインターフェイスが拾い、皆が仮想的な狭い部屋に詰めているかの様な近くでのささやきに変換した。
彼ら。異星知的生命体たちの生き残り。
ダイソン球殻を建造して滅びた異星知的生命体たちや、惑星地表で滅びていた知的生命体たち、戦争で滅びたらしき知的生命体たちの様々な遺跡の調査結果から、彼らの言語と文化は調査されていた。
多くは情報からエネルギーを吸い上げられ壊れて情報を失いノイズと化していたが、今コミュニケーションに使うには充分だ。
今や人類も、異星知的生命体たちの生き残りの一員だった。
「メッセージの一部は、78パーセント以上の確率でカウントダウン。我々は間に合いました」
彼らは最後の仲間を待っていてくれたのだ。
人類と知的生命体の生き残りたちは、自分たちの生まれた世界を捨て新しい世界を作るべく旅立っていった。
残された世界に呪いの残響が響く。
宇宙は急速に老いていった。




