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32:システムフォールト

 ただ待っているだけの時間というものは、とにかく長く感じられるものだ。あと10分と待たずに動き出す虐殺の魔法の罠の傍にいるなら、なおさらそうだろう。


 オルランドは部屋の中央を環状に取り巻く青銅の機械に触れようとして、エイダに制止された。触れると死ぬ呪いがかかっているという。

 その機械は今はその4分3ほどが合唱のようにタイミングを合わせて金属音を立てていた。これが全ての機械に及ぶとき、その計算は完成し、死をまき散らす魔法の罠は動き出すのだ。


 突如爆発のような音と共に砂埃が室内に満ちた。生徒会長と書記が戻ってきたのだ。


「まだ8分あります」


 エイダが告げる。咳き込む声がする。しかし、男性の声がする。と思ったら、砂煙をかき分けて出てきたのは制服姿のユライア王子だった。


「何故」


 オルランドの声に生徒会長が答える。


「要るからね」


 砂煙が消えると、膝をついた制服姿のエレクトラ姫が現れた。

 ああ。オルランドは悟った。ゲームのイベントを再現するのに王子が必要だったのだ。その為だけに連れてこられたのだ。

 だが、私がエレクトラ姫に何かよからぬことを吹き込むという話はどうなったのか。生徒会長のちぐはぐな対応には嫌な予感しかしない。


「失礼いたしました、エレクトラ姫。

 しかし今は一刻を争う事態なのです。どうかそのお手で、この魔力装置を止めてください」


 生徒会長はエレクトラ姫の正面に片膝をついて頭を垂れた。


「えっ……何を」


「あなたしかこの恐るべき装置に触れることができる者はいないのです。早く!」


 生徒会長は頭を上げると、必死の形相で訴えた。だがいきなりそんな事を言われて、何かできる者がいるだろうか。


「さぁこちらへ」


 生徒会書記がエレクトラ姫の手を取り、機械の前に導く。


「一体何がどうなっているのだ?」


 ユライア王子はオルランドに尋ねた。

 オルランドとエイダはそれまで二人して機械を触らぬよう注意しながら覗き込んでいたのだが、どう答えたものか思案する。


「触っては駄目です王子。古代の遺跡に、どうやら魔法の罠があったようなのです」


 エイダが代わって説明する。


「この罠はかつてガリツァの軍勢を打ち倒したものと多分同じ、いや数倍強いものだと思われます。そしてこの罠は先ほど動き出しました。あと6分程で、大勢が死にます」


 エレクトラ姫の声が響く。


「これは何?何なの?誰か教えてくださらない?……ねぇこれは何?」


 鈴のような美しい声が室内に反響して、その残響が消える頃、その声に答えるように装置たちの上の鳥の飾りたちが囀った。


 ぴぃぃぃぃぃ


 その異様な声は聞く者の声を不安で満たした。

 何に反応したのか。勿論エレクトラ姫の声だ。彼女の声には魔力があるのかもしれない。

 王子はオルランドに聞き返す。


「止められないのか?」


「大丈夫、ご安心ください。いざとなればどうとでもなります」


 オルランドは王子に笑顔を向けた。その笑顔を見たエイダは一発でオルランドの考えを見抜いた。


「馬鹿なことはやめて」


 背後でまた鳥の囀りが聞こえる。

 ぴぃぃぃぃぃぃぃぃ


 王子は怪訝な顔をする。


「壊してしまえばいいのではないか?」


「触れると死ぬ呪いがかけられています。無事に済むのは、おそらくエレクトラ姫様だけ」


 そこでユライア王子はオルランドの考えに気がついた。


「馬鹿な考えは止めろ」


 オルランドは連発カービンを構えた。


「これなら触らずに壊せます」


「同じよオルランド。呪いは行為に作用するわ」


 確かにそうなのだろう。石冠で砲弾が魔獣を屠ったとき、私は魔獣に触れていたわけではない。


「駄目なのか?」


 王子はエイダに訊く。エイダは答える。


「何が触っても、その行動の本人に呪いは行くものです」


 そこで王子は立ち上がり、エレクトラ姫の元へ行く。


「ぶっ壊してしまおう、エレクトラ」


 王子はオルランドから連発カービンを取り上げると装填分を抜き、棍棒のように姫に持たせようとした。


「これでぶっ叩け」


 王子はエレクトラ姫の様子に気がついていない。今、姫は泣いていた。

 しゃくりあげる姫にようやく王子は気がついた。


「どうしたエレクトラ」

「ひっ」


 お姫様があげる声じゃない。エレクトラ姫に今何かが起きている。再び鳥が囀る。

 ぴぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ


 王子はエレクトラ姫の肩を掴んで揺さぶるが、姫はそれを振り払う。美しかった銀の髪が、今乏しい明かりの下で何か異常な影を帯びる。

 ああ、エレクトラ姫も無事では済まなかったのだ。オルランドはエレクトラ姫に起こったことを悟った。

 装置の振る舞いの何かがエレクトラ姫に悪しき影響を及ぼしている。

 魔族の血など今のエレクトラ姫の血の何千何万分の一しかあるまい。その薄い血は、エレクトラ姫を全て守りきることが出来なかったのだ。


 オルランドは静かに中腰で移動する。残り時間は短い。まだ動いていない装置は2つだけだ。オルランドは最後の装置の下に潜り込もうとした。

 装置の下には青銅の棒と、それに刺さった8枚の黒い陶器の円盤がある。

 円盤には白い模様がある。これがこの装置を動かしているプログラムの一部らしい。

 装置が動き出すと円盤が一枚づつゆっくりと、恐らくは魔力で回り出す。8枚全てが廻り出した時が計算の終わりだ。

 何を計算しているのか。関係ない。ここでオルランドがこの円盤8枚を引っこ抜けばいい。プログラムは計算を終えることが出来なくなる。


「馬鹿やめろ!」


 突然オルランドは後ろへと引きずられた。王子とエイダの手がオルランドの上着の裾を掴んでいた。


「すぐ終わります!」


 時間が無い。引っ張る力に抗う。目の前で、陶器の円盤の一つが廻り始めた。

 そしてまた突然、引っ張る力が消えた。オルランドはつんのめって、頭をしたたかに装置に打ち付けた。ぎゃっ。急がないと。私が死んでしまう前に。

 両腕に円盤を掴むが、円盤はその腕の中でも廻りつづける。後退しようとして、できないことを悟る。誰かに背中を押されている。


「やめろエレクトラ!!」


 王子の声だ。背中に何かが打ち付けられる。連打される。これはもしかして足だ。円盤を手放してしまう。だが今、オルランドは突然思い出した記憶で混乱していた。

 自分の記憶ではない。前世の記憶だ。


 自分にもあったのだ。ゲームの記憶が。


 なにひとつ筋の通っていないアイディアだったが、やるなら急がないと。とにかく時間が無い。

 装置からあとずさり背後を振り向くと、狂乱の形相のエレクトラ姫がそこに居た。だが今はどうでもいい。


 床の砂の上に指で文字を書く。カタカナだ。

 三度繰り返すのは特殊な条件だとはっきりさせるためだ。

 書いている間に、この世界には日本は無いだろうと悟った。もし間違えて誰かが書くようなことがあれば大惨事だ……


 トクベツテイシトクベツテイシトクベツテイシ


 最後の文字を書き終えると同時に、世界は闇に包まれた。

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