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31:祭壇

---エイダの視点です---

 私の演じることになっている劇は、学校の情景と古代人の遺跡を行ったり来たりするような代物らしかったが、そんなみょうちくりんなロマン主義を誰も批判しなかったのだろうか。エイダはぼんやりそんなことを考えながらトンネルを歩いていた。


 エイダの前には生徒会長と体格のいい上級生、すぐ後ろに書記がいた。そして生徒会長の前には高等学校と大学の両方の校長を兼ねる人物が歩いている。エイダは入学式に出ていないのでその老人に面識はない。

 老人が古いものをありがたがるのはよくある話だが、生徒会長ら前世持ちたちが古代人の遺跡に執着しているのはよく分からない。もうちょっとロマンティックな要素でもあれば別だとも思うけど、実際は土くれと枯れ木と黴の匂いのする暗い穴でしかない。


 本来遺跡とはそういうものである。

 昔ちっちゃかったころエイダも昔物語に憧れて、日曜学校で牧師様に聞いた、郷土の遺跡を巡る集いなるものに参加したことがある。

 果たして集まったのは領主様をはじめ見事にご年配の方たちばかり、少しでも若いと言えるのはエイダしかいないという集まりだった。しかしまぁ結構楽しい集まりだった。ちやほやされてお菓子も貰ったし。

 但し郷土の遺跡はどれも地味退屈極まりなかった。どれも想像力を最大限に羽ばたかせないと、遺跡の痕跡と形容すべき地味さに悲しい気分になってしまうだろう。


 そろそろトンネルの長さに嫌気がさしてきた。長すぎる。トンネルに入って既に7000歩は歩いた。三里近くこのトンネルは続いていることになる。そんな頃、ようやく目的地らしき場所に辿り着いた。


「この回廊の中に祭壇がある。それは判っているのだがまだ誰も確かめてはいない」


 そのトンネルは弧を描いて左右にのびていた。歩き出すと円弧の外周側にあたる壁に窪みが現れた。浅い窪みで、かつては何かが納められていたのかもしれない。


「回廊にはこのような壁龕が8箇所ある。かつては不規則に掘られたものだと思われていたが、彫られていない壁龕がある、と仮定することで規則性が見えてきた」


 やがてトンネルが少しだけ広がった場所に辿りついた。円弧の内周側に見えるのは、石の扉だろうか。何の飾りもない一枚の岩が壁に嵌め込まれている。


「それが祭壇への扉なのだが、触ると死ぬよ」


 淡々と男は話し続ける。更に回廊を一行は進む。


「試して死んだものが記録によると8人、恐らくはそれよりずっと多いだろう。呪いの進行は呼吸を止めるという形で現れるらしい」


 壁龕はどれも空だった。やがて一行は、さっきと同じような少し広がった場所に着いた。

 円弧の内周側にはまた一枚の岩があるが、その中央には十分の一足ほどの大きさの窪みが横に8個並んでいた。


「これがさっきの扉の鍵だと推測されている。そしてこれを触っても死ぬ。

 但し、触ってから死ぬまでおよそ20秒の猶予がある。恐らくは、触り始めて20秒の間に正しい操作を完了させれば死なずに済むし、扉も開く。

 ここで死んだ人間の記録はざっと22人だ。

 彼らが試した操作のうち10人分にはあまり参考になるような記録が無いが、12人分は詳細な記録がある。12人はいずれも、正しい窪みに順に指を入れる操作を試した。勿論本人は正しいと思っていた動作で、そして全員間違っていた訳だ。

 死因は全員呪い由来の呼吸停止だ」


 校長はエイダを岩の前に押し出して、古い本を開いて示す。


「君なら解ける筈だ」


 黴臭い手書きの本だった。本の開かれたページには、祭壇の鍵と題した論述があった。

 筆者は祭壇周囲の回廊の壁龕の窪みのパターンそのものがヒントであると主張していた。その下に簡略化された窪みのパターンが示されている。


○○○××○××○×○××××○×××○××


 ○が窪み、×が窪みが掘られていない部分を示している。ページのその後ろは、過去の12人の試したパターンだ。

 最初の5人は全ての窪みに指を入れている。但し順番はばらばらだ。

 6人目は壁龕の窪みのパターンに注目した最初の人物で、そのパターン通りのタイミングで指を出し入れすればいいと考えた。

 7人目は岩の窪みの上に魔力の薄い膜があることを明らかにした。岩の窪みは指で魔力の膜に窪みをつけるときの補助になる。従って窪みのパターンが求められていると結論した。ただ彼の選んだパターンは外れだった。

 以降5人、様々なパターンを考案しては試し、死んでいった。


 エイダは窪みのパターンを二進数列に直した。0001101101011110111011。地面に指で書いてみる。更にその下に数字を書く。3、3、1、16、7、3。少し考えると書きなおす。3、3、1、3、3、7、3。更に書き直す。1、3、3、7、すぐに消して書きなおす。1、1、2、3、5、最初の二進数列を書きなおす。 1 1 10 11 101 1000 1101 10101。その後ろにエイダは二進数列を書き足す。100010。


 エイダは起き上がり、岩の前に立った。

 8つの窪みを前にしてちょっと考えた後、六箇所の窪みに指を順に、奥に触れるまで入れた。


 それは何の予告も無くさらりと行なわれたため、声をかけたり押し留めるものは誰も居なかった。

 チャールズ・ダウニーも、アンナ・サウスコットも、ジョン・バーサッドも呆気に取られて見ていただけだった。校長だけはわからない。

 やがてチャールズが口を開いた。


「解けたのかい」


 エイダは答える。


「多分……ほら」


 何か重いものが摺り合わされるような音がする。




 祭壇の石扉の向こうには円形の部屋と、およそアルファベットのQのように配置された一群の物体があった。

 輪を描くように青銅の奇怪な物体が並び、その中央には深い穴がある。この穴に向かって、青銅の輪の上に石橋が掛けられている。まるで生贄を穴に落とすための跳ね板のようだ。エイダはそんなことを連想した。

 部屋の周囲には白い自然石の柱が隙間なく立ち並んでいて、その上に平たい石が差し渡されて、その上に更に平たい石が差し渡されることで積み重ねられて屋根が作られていた。この部屋は石の部屋だ。多分、最初から地下に有ったものではない。

 青銅の物体は奇怪と言うしかない。校長はまず絶対触るなと一向に厳命した。てっぺんには鳥と思しきものが飾られているが、その足は複雑な配管のようなものに止まっていた。その下に、陶器の円盤が何枚も棒に刺さっているのが見えた。そういう青銅の物体がおよそ30基ほども環形に並べられていたのだ。


「校長先生」


 エイダが呼びかける。


「ここにあるものがどういうものか、判っていたのですね。だから私を連れてきた。だからあの扉の鍵も私なら解けると言ったのですね」


 チャールズはエイダが何を言っているのか判らない。最終魔法装置はゲームのCGとはかなり違うが、細部に目をつぶれば似ていないことも無い。


「石冠の石柱列が二進数表現だったから、もしやとは思ったんです。で、どうするんですか。この古代の万能計算機の命令列を書き換えるのですか?」


 校長は歩きながら、答えになっていない答えを返した。


「歴史に残っているサウザンヒルの魔法使いは魔族だったのだよ。

 当時のサウザンヒルは神官階級の魔族が支配する社会で、だから少数の神官だけが強力な魔法を使えた。彼らは特殊な方法で魔力と知識を継承していた。親を子供が殺していたのだよ。だから彼らに文字は必要なかったのだ」


 校長は石橋の上へとよじ登り、その上を歩き出した。上着のフロックが埃だらけだ。


「エイダ君、君はこのプログラムを書き替えることはできないよ。触ると呪いで死ぬ。恐らく呼吸困難で死ぬんだろうね。

 こいつに限っては、触れることができるのは魔族の血を継承するものだけだ。つまり具体的に言うとエレクトラ姫だね。

 彼女ら大陸のハビツブルグ王族の源流には魔族との混血者がいる。過去も今も魔族はその忌まわしい知識継承の方法によって忌み嫌われていたから、その出自は隠されてはいるが、かつてはその魔法の力により権力を維持していたのだよ。

 さて、急がないとね。彼女らが近づいている」


 校長は早足で石橋の端へと向かう。その足が虚空を踏む。


「定められた使命、ようやく、ようやく、果たす時が来た!」


 その声は歓喜の響きを含んでいた。


 校長はその身を空中に投げ出した。




 部屋中央の深い穴に校長が身を投げたのを、部屋に残された4人は呆気に取られて見ていた。

 暫く誰も口を開かなかった。校長はわが身を生贄に捧げた。その直感的な理解が全員の口を閉ざさせていた。

 しばらくして、ジョン・バーサッドが、助けられるなら助けようか、と口にした。しかしチャールズ・ダウニーは首を横に振り、そしてジョン・バーサッドは無駄なことをすることを止めた。


 そこに、カチン、と小さな金属音が響いた。


 しばらくして、もう一度金属音。

 更にもう一つ。

 時計のように規則正しく金属音は奏でられた。

 魔法の罠は動き出したのだ。恐らく校長を贄として。


「すぐにエレクトラ姫を連れて来よう!」


 生徒会長はすぐに駆けて行こうとしたが、


「待って」


 エイダが呼び止める。エイダは這いつくばって青銅の物体の下面を眺めていたが、


「40分以内にお願いします」


「それは40分でこの魔法が動き出すという事かい?」


 生徒会長が訊き返すと、


「多分」


「判った。アンナ、付いて来い!」


 そう言うと、ドンッと土ぼこりが立った。生徒会長はそれで姿を消した。


「もうっ」


 エイダのすぐ脇に立っていた筈の書記も消えた。


 遠くを何かが吹き抜ける音がする。あの二人がトンネルの中の空気を押し分ける音だ、とエイダは気づいた。

 そこに咳き込む声と新しい明かりが近づいてくる。


「何?魔獣?」


 その声は、


「オルランド!」


 エイダは呼びかけた。


「エイダ!居るのね、大丈夫なの?」


 埃の中から三人の姿が現れる。


「チャールズは?」


 美人の前世持ちの子が、残っていた体格のいい先輩に聞く。


「エレクトラ姫を連れてくるために出て行った。魔法の罠は既に動き出している。あと40分しかない」


 エイダが付け足す。


「正確にはあと41分」


「何が起きたの!」


 美人の子は体格のいい先輩を詰問する。オルランドはエイダの元に駆け付けてきたが、銃と重そうな袋を抱えてきていて、エイダは大げさだな、等とも思うが、その分だけ心配させたのだとも悟った。


「これは……何」

「古代の万能計算機械。たぶん」


 オルランドの漏らした言葉にエイダが答える。


「32個ある装置の一つ目が、もうすぐ計算結果を次の装置に渡すわ」


 見ていると、ぴぃと情けない笛の音がして、カタンと少し大きな音がした。

 次の金属音は、二重に響いた。


「何を計算しているのかしら……」


 オルランドの独り言に、同年代の転生者が苛立ったように言う。


「そんなことはどうでもいい。何で校長は自殺したんだ、何故」


 体格のいい先輩は詰め寄られて、しかし答えられる訳が無い。


「わからん……、わからないんだ全く」


 美人の子は、ただ茫然と立ち尽くしている。


「ここで一体、何が起きているの?」

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