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30:追跡

 大学の古い石壁の間の細い道に、三人の立てる足音が響く。

 三人とも足元はブーツだ。鋲を打った足裏が石畳に高い音を立てる。足音の一人はオルランド。片手には連発カービン。肩から掛けた袋には銃弾が詰まっていた。

 もう一人はジェリー・クランチャー。両手に皮の手袋を付け、腰にはホルスターと思しき革の物入れを提げている。オルランドと比べるといかにも軽装だ。

 最後の一人はルーシー・マネット、彼女が腰から下げているのは長いサーベルだ。彼女の黒い旅装は見る者の目を引いた。彼女の黒く長い髪と胸元にあしらわれた赤い瑪瑙は、影の中に赤い軌跡を残す。

 明らかに武装した三人を押し留めようとする者を意に介さず三人は進む。そもそも三人とも体力は普通の人間のそれを軽く凌駕している。階段を昇り歩廊を進み、やがて領主館へと続く石橋へと三人は辿り着いた。


「およそ5時間の遅れね」


 ルーシー・マネットは髪をかきあげる。


 この遅れはほとんどオルランドのせいだ。

 今朝教務棟窓口にエイダが呼び出され、そして帰ってこなかった。

 お昼を過ぎても帰ってこないエイダにオルランドは狂人のごとく走り回って探した。特に疑ったのは生徒会長たちの関与だ。ところが彼らも何処にも見つからない。教務棟窓口は知らぬ存せぬ、そもそも呼び出してなどいないという。

 万策尽きてよれよれになったオルランドがふと隣の教室を覗いてみると、クランチャーとルーシーの二人ともそこに居るではないか。


「いつ気がつくかと思っていたよ」


 その時ジェリー・クランチャーは呆れてそう言った。

 彼らは既に、朝から生徒会長ら3人が校長に呼び出されていることを知っていた。エイダが何処にいるのかは彼らは知らなかったが、こうなると何処にいるのかは当然推測できる。

 さっきオルランドは大学内の極光の塔四階に寄って、隠し置いていた連発カービンを持ち出したところだ。聞けば他の二人は高等学院内にそれぞれ秘密の武装の隠し場所を持っているという。


「当たり前じゃないの」


 ルーシー・マネットの言うとおりである。


 オルランドはさぁ校長をとっちめてやると息巻いたが、ジェリー・クランチャーはちょっと違うという。

 彼の推測では、領主館の奥に古代人の地下都市の入り口があるという。エイダと生徒会長らは古代都市へと行った、いや連れていかれたのだ。


「領主館の裏の崖に大きな扉があるんだよ。倉庫か何かと思っていたが、校長が状況に絡んでいて校内に見当たらないとなれば、多分彼らはその扉の向こうだ」


 領主館の城門は鍵がかかっていなかった。


「壊されたくないんでしょ」


 ルーシーはそう推測する。石造りの館を大回りで裏へと廻り込む。


「さて問題はこの先の大扉なんだが……やっぱりね」


 黒錆で覆われた巨大な鉄の扉が、人ひとり分通れる幅で開いていた。


「こいつは水圧か何かで開く扉らしくて、以前忍び込んだ時には開けることが出来なかった」


 クランチャーはそう言う。扉の向こうは漆黒の闇しかない。ルーシーが魔法で明かりを用意する。


 三人は扉の向こうの通路を歩き続ける。通路は柔らかい砂岩を掘り抜いたもので、容易に掘れそうにも思うが、


「多分二里もないだろうね」


 あってたまるか。オルランドはこれまでに掘られたトンネルの長さを思い出す。最長で二千足でしかないのだ。



 広い空間に出た、と思いきや左右と下が大きく抉れているだけだった。10足ほど向こうにトンネルは続いているが、足元は大穴だ。昔はこの穴に橋がかかっていたのかも知れない。光源がひょいと移動する。見るとルーシー・マネットは穴の向こうにいる。

 みるとジェリー・クランチャーはさっとジャンプして穴を越え、向こうのトンネルに着いた。


「跳んでおいで」


 跳べることはわかるが、流石に躊躇する幅がある。

 覚悟してオルランドは跳んだ。確かに楽勝の幅だった。ルーシーの愚図を見る目がつらい。

 一行は再び歩き出し、クランチャーはゲームの最後の展開についてオルランドに説明する。いわゆる一件落着直前のややこしい事についてだ。


「以前話したような古代文明と地下都市、そして魔法の罠といった話は、ゲームでは簡略化されて出てこない。

 古代文明の遺跡とゆかりのあるエレクトラ姫だけが世界を破壊する魔法を止めることができるが、悪役令嬢オルランドが彼女に疑心を吹き込み、エレクトラ姫はユライア王子を刺す。

 おかげで呪われた彼女は魔法を止めることが出来なくなる。それをプレーヤー、つまりエイダが救うことでエレクトラ姫は一時的に呪いを解かれて、彼女は自らを犠牲にして世界を救い、残されたエイダと王子は結ばれてハッピーエンド。

 まぁ、そういう筋書きだ」


 気になっていた事を訊く。


「8月じゃ無かったの?」


 オルランドはそう聞いていた。


「時期については、ゲーム通りになると思っていたこちらのミスだ。

 そもそも古代人には8月にやる理由が無い。彼らの何らかの仕掛けが動くのは夏至、彼らの信仰する太陽の力が最も強くなるときの筈だ。

 シェイクスピアの”真夏の夜の夢”の真夏ってのが夏至だって言うのは知ってるだろ?

 これは日本人の感覚とこっちの感覚のずれが原因なのかも知れない」


「でも今日は夏至じゃない」


 オルランドは言う。今日は6月11日、つまり夏至までまだ確か10日ほどあった。


「ここで今使われているのはユリウス暦だ。お前の感覚の元になっているグレゴリオ暦とは10日ばかりずれている」


 そんな。


 今度こそ広い空間に出た。これまでのトンネルより倍は天井が高く、左右は暗がりになって見えない。三人は真っ直ぐ進む。さほど歩まないうちに壁と、破られたドアにぶつかる。ドアの木材は朽ち果てており、踏みつければグシャリと潰れそうだ。


「ここから先が市域だ」


 クランチャーは足を止めてオルランドに注意する。


「足元に注意して。特に円陣らしきものには足を踏み入れないこと。いいね?」


 ルーシー・マネットは光源をもう一つ増やし、光源を少し自分たちから離した。クランチャーも何か呪文のようなものを呟き、光源を一つ出した。その光源はオルランドの後ろを漂う。

 広がった視野に見えるのは、ただの広いトンネルだ。壁面に幾つもの穴が開いているほかは普通のトンネルと違うところは無い。決して地下都市と呼べる代物ではないとオルランドは思ったが、


「伝承ではトンネルの総延長は8里くらいあるという話だ」


 そう聞くと、その規模に都市と呼ぶのも分かると思い直した。トンネルの床には赤黒い陶器のかけらが散らばっている。古い木の欠片は朽ちきっており、どれほど古いのかもわからない。何故息苦しくないのか訊くと、


「通風孔が数か所あるらしい。幾つかはゲームでダンジョン扱いになっていた場所だ」


 大規模な話に感心していると、


「実際には作った後で、場合によっては何世代もかけて拡張していったらしい」


 今ジェリー・クランチャーは見違えるほど生き生きとしている。前世の専門だった分野でクランチャーは本来の自分を今見せているのだろうか。


「ところで」


 先頭を行くルーシーが声を掛ける。


「オルランドあなた、これから何をするのかわかっているでしょうね?」

「エイダを助けるのね」


 オルランドは間髪入れずに答えた。


「違います」


 ルーシー・マネットは冷ややかに否定する。


「いいですか、よく聞きなさい。最大の目的は古代人の魔法の罠を解除することです。この目的は常に優先されます。

 但し、今回は校長という大きな不確定要素があります。校長は何を目的としているのかわかりません。従って一行の目的を探ることが次に優先されます。

 しかし、今回少なくともあなたが追ってくることは彼らは予測しているでしょう。最悪、エイダさんはあなたを釣り出すための餌である可能性もあります。

 だから不用意な行動は慎んでいただきます。基本的には私かジョンの指示に必ず従って」


 従うつもりは無いが、頷いておく。ルーシー・マネットはそんなエイダを見て、


「……まぁいいわ」


 了解したのかしなかったのか。


「校長は彼らが入学した時から時々会っていたようだね」


 クランチャーが銃をホルスターから取り出す。


「そもそもチャールズが生徒会長になれたのも、校長の後押しがあったのではないかと僕は思っている。多分教会で使うことになっていた短剣や、コテージでエイダ嬢に使った虫よけの御守りも校長が渡したのだと思う」


「でも、全ての背後に校長がいたとして、なぜ?」


 オルランドは疑問を声に出してみる。


「動機というのは大抵の場合、単純なものだよ」


 クランチャーが悟ったようなことを言う。


「たぶん、魔法の罠で殺したい、憎たらしい奴がいるとか、そんなものじゃないかな。あんまり深刻に考えると、判った時に拍子抜けするよ」


 トンネルの周囲が石になる。やがて、かつて扉だったであろう石が打ち壊されたらしき跡に出くわした。


「資料にあった城砦の門だ。近いぞ」

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