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29:地下都市

 スチュワートのハイストリートにある革小物屋の裏口から出て、その庭先の石段を降りると別の店の庭先に出る。その店はメインストリートに面したパブで日曜の昼間は閉めているが裏口は開いていた。

 オルランドとエイダはどこからともなく沸いたジェリー・クランチャーに告げられた道順通りにやって来た。革小物屋には話が通っていたようで、裏口を通してくれと頼むとすんなり通してくれた。

 パブの中にはクランチャーとルーシー・マネットが待っていた。

 パブはルーシー・マネットの息のかかった人物が経営しているのだという。


「日曜から面倒をかけて済まない。しかし何事も用心が必要だ」


 クランチャーは奥の席に手招きする。


「特にチャールズ達は、ゲームの知識が君に無いことを未だに気づいていないからね。こういう会合をしたと露見すれば裏切りと捉えられかねない」


 あ、やっぱり気がついていないのか。というより、


「二人は、どの時点で私にゲームの知識が無いと?」


 ルーシー・マネットは最後に席についた。


「最初からよ。あなたゲームに関連した固有名詞を一つも口にしなかったでしょ?」


「流石に会合に3度出てきて、君の口から出たゲーム関連の固有名詞が全部、前の会合の会話の中で出てきたものだとなると、君が必死に隠そうとしているのは明らかだ」


 店主らしき男が紅茶を給仕する。こうしてみると地元の庶民向けパブの主人らしい外見とは裏腹に、貴族への給仕に慣れているのが伺える。

 そこでエイダが発言する。


「あの、ゲームというのは、私が知っているチェスやカード遊びとは違うもの、なのですよね?」


 ルーシーはオルランドを睨んだ。


「あなたちゃんと話していなかったの?」


 オルランドは慌ててエイダに説明する。


「ほら、演劇の話したでしょ」


「でもオルランド、演劇とゲームでは随分と違うのではなくて?」


 どう説明したものか。コンピュータの上で動く乙女ゲーをどう説明したものか。そこでオルランドは気がついた。そもそも今本人が作っているではないか。


「ねぇエイダ、あなたが王子と作ったゲーム、ラビュリントス、あれは主人公がいて、魔物を退治する筋書きがあったわよね

 。ここで言っているゲームはそれよ。ラビュリントスを豪華にしたもの。

 ちょっと想像してみて? 絵窓の素子数を縦横10倍にして、アサギリソウ以外に赤や黄色に発色する染料を加えて、三原色の混合でどんな色でも作れる絵窓を。

 小説の挿絵はみんな再現できるし、文字も当然たくさん書けるわね。迷宮は岩だらけで暗くて、いろんな宝物が隠されているの。

 エイダだって、主人公になった気分で小説を読んだことがあるわよね。ゲームもね、主人公になった気分にさせてくれるのよ」


 エイダは少し考え込んで、そして言った。


「確かに王子、あのゲームの主人公に自分を見立てていましたね」


 私はあれだったのですか。エイダは小さくつぶやいた。小さな小文字のi。あれだったのですね。

 いや違う違う、オルランドは慌てて打ち消そうとした。ほら言ってやって!


「いやちゃんとした専用の絵があったよ君には」


 クランチャーの言葉はあまり慰めにはなりそうに無い。オルランドはふと気になって訊いてみる。


「私のグラフィックってどうだった?」


「オルランドあなたまで変なことを言い出さないで。本題に入るわよ」


 ルーシーはお茶を一口飲んでから、


「今日来てもらったのは、知っていることを互いに出し合うためです」


 彼女がクランチャーを見やると、クランチャーが話し始めた。


「ちょっと気になることが出てきたので、情報を共有したい。

 事の始まりは先月、お前のクラスのリチャード・カーストンとお前が騒ぎを起こした後だ。

 カーストンは攻略対象だったがいきなり初日で脱落した訳だ。で、気になって奴の周囲を洗ったのだが奇妙なことが判った。

 奴の入学手続きはファニィ・ドリッドがやっていた」


 それがどうしたのか。


「いや、俺もルーシーも、ドリッドに手続きを依頼していたのだ。お前もだろオルランド」


 確かに4人も手続き代行をするというのは変だ。

 手続きは結構な分量があるので2人分もやればきついだろう。3人分代行というのはまぁ考えられないことも無い。しかし4人とは。そして今年入学した前世持ち3人全員をカバーしているというのは。

 考え過ぎではないだろうか。コツがわかった学生なら4人分くらいこなして良い収入も得られるのではないだろうか。


「勿論疑う理由としては弱い。ただの偶然とみなしても良いのかもしれない。ただとりあえずその前に情報を共有しておきたかったと言うだけだ」


 クランチャーはそう言うとぷいと横を向いた。


「気になることがあったら、何でも良いから教えて頂戴」


 ルーシー・マネットがそう言うので、オルランドはずっと訊きたかったことを聞いてみた。


「これからのゲームの展開はどうなるの?」


 ルーシーはちょっと間の抜けた顔をしたが、


「そうね、そうよね、言っておくべきだったわね。

 チャールズたちは、教会のイベントをこなしたことでシナリオはメインルートへと分岐したものと考えているわ。

 ゲームではその後王子がスチュワートを魔獣から守るために有志を募って騎士団を結成、それに主人公は得意の技能を使って参加することになるわね。メインルートではこれまで少しづつ話の背景に出てきていた古代文明がテーマになるわ。

 主人公たちは古代遺跡を巡って、最終魔法装置と呼ばれる古代の魔法の罠がまだ生きていることを知って、これを止めれば一件落着。

 だけどまぁお話だからちょっと最後はややこしい事になるわね」


 オルランドは眉をひそめた。古代文明?


「その、最終魔法装置は実在しているの?」


 クランチャーが答えた。


「古代文明そのものは実在している。但しゲームとは随分違うけどね。

 古代文明の遺跡というと石冠だね。あれはかつてこの地域を支配していた部族の王の墓だろうというのが学会の見解だ」


 そしてこっから先は、王立学会も知らない話だ、と彼は言う。


「紀元一世紀、ガリツァからの侵略者を迎え撃った古代人、サウザンヒルの指導者たちは、自分たちが長期的には負けてしまうだろうことを危惧していた。

 だが圧倒的な勝利が得られたなら、侵略者を海の向こうへと追い返せると考えた。実際、ヤン王の軍勢は消耗しており、大きな敗北があればこの遠征をあきらめていただろう。

 だからサウザンヒルの住民たちは大きな罠を仕掛けることにした。

 彼らは都市を丸ごと地下に埋めてしまった。これは元からの地形もあったが、魔法の力が大きい。彼らは都市の上に魔法で幾つも屋根をかけ、その上から土砂で埋めた。スチュワートの裏手の地形が比較的平坦なのはその時のせいだ。

 連中はその都市の上に魔法の罠を張って、地下に隠れた。すでに彼らの都市にガリツァの軍勢が迫ってきていた頃だ。真上に軍勢が来たならば魔法の罠が彼らを皆殺しにする手筈になっていた。

 都市を地下に移したのは持久戦を覚悟していたのと、都市を呪いで汚さないためだった。だがガリツァの連中はいくら待ってもやって来なかった」


 ヤン王とその軍勢が、コンプトンヒルの向こうに防御線を構築して引き篭もってしまったからだ。その後プリムランドに第一王朝が建国されることになる。


「サウザンヒルの魔法使いたちは今更地上に出る訳にもいかなかった。彼らが何時頃まで地下都市に居たかは定かではないが、最終的に彼ら全員が死に絶えた。

 だが、魔法の罠は残されたままだ」


「何であなたそんな事まで知ってるの?」


 古代人たちは文字を持たなかったのに。


「この大学の始まりは、言われているものより古いのさ。スチュワートの最初の領主たちはかつてこの土地に住んだ古代人の末裔、土着の豪族で、この埋まった都市の手がかりを得るために大学を作ったんだよ」


 クランチャーはお茶で唇を潤した。


「大学の朝焼けの塔の地下に、秘密の書庫がある。入り口はモルタルで塞がれていて誰も気付いていない。但し塔の中に通気孔と排水孔が組み込まれていた。羊皮紙に黴が生えては問題だからね。

 一階の部分に当たる通気孔を少し広げて通れるようにした。で、秘密の書庫に入ってみると銅の箱20個にそれぞれ羊皮紙の束が詰まっていた」


「呆れたわね。どうやって穴を広げるなんて」


 そんな簡単に出来ることではない。


「君がスキムポール教授に売ったルーシーが、彼に僕を売ったのさ。僕は教授と取引して朝焼けの塔の一階の端の部屋を手に入れたという訳。君と一緒だよ」


 オルランドは今更ながら、自分の出来の程度を思い知った。自分のことを優秀だと思い上がっていたが、この二人が同じことを軽々とやったと知って実は今、結構へこんでいる。


「時は中世の頃、大学の連中は生き残りと思しき連中から片っ端から聞き取りをしていた。羊皮紙はその記録で、あとは推測だよ。ゲームのほうの知識と組み合わせて初めて全貌が見えた」


 あるんだ。止めないといけない魔法の罠が。


「今まで問題なかったのだから放置していても多分問題ないのでしょうけど、この流れだとやがて出くわすことになるわね。

 でも壊せば問題無い筈よ。問題が起きたとしても伝承では遺跡の真上、つまり恐らくは野山の動物が死ぬくらいよ」


 このルーシー・マネットの予想は外れた。


「で、8月でしたっけ。案外楽な話かもね」


 勿論、オルランドの予想も外れていた。

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