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24:万能の発明

「圧力40」「圧力40」


「温度510」「温度510」


「異音無し」「異音無し」


「それでは、第47回滅菌工程開始します」


 カーンと小さな鐘が鳴らされる。

 エイダは目の前の小さなレバーを倒した。これで47回目の作業だ。


 鋼管の中を何かがバタバタと走り抜けていく、そんな音に続いて、むっとくる熱気が襲い掛かる。何かが焼ける音、何かが弾ける音、音響はどんどん大きくなり、やがて耳を聾する大きさになる。

 だがそれも少しづつ小さくなって、そして排気弁が開いた。ごうごうと熱い蒸気が排出されていく。熱で歪んだ金属が冷えて元に戻る時の、小さな音があちこちで木霊する。


 カーン、カーンと二度、小さな鐘が鳴らされた。


 工房の男たちが、エイダの上に架けられた木造のやぐらの上に集まる。

 やがて大きな金属音がして、残っていた蒸気が辺りを満たす。チャンバーを解放したのだ。すぐにふいごが動きだし、熱い蒸気は吹き飛ばされていく。あのふいごは何が動かしているのだろうか。

 男たちは掛け声をあげて、金属容器をクレーンでチャンバの中から取り出していく。まだ金属容器は熱い筈だ。だがすぐ近くに水槽が用意してある。


「ようし、ロック外せ、おいそこじゃない、そうそれだ」


 やがて水音がして、金属容器が水槽に落とされたことが知れる。容器はこの後充分に冷えたところで取り出され、中身を詰め替えられるのだ。金属容器は2つしかないから、大忙しである。

 もう一つの金属容器が既にやぐらの上でクレーンに取り付けられていた。掛け声とともにゆっくりと金属容器がチャンバーの中に入れられる。


 金属容器の中は、培養された微小魔力生物で一杯になっている。チャンバーでこの容器は40気圧、摂氏400度以上の熱に晒され、微小魔力生物はその熱で蒸し殺される。

 チャンバーの蓋が閉鎖された。高圧が掛かるチャンバーの蓋は幾つものクランプバンドで密閉される。

 配管のそれぞれの位置に着いた男たちの声が木霊する。


「バルブA閉」「A閉」


「バルブB閉」「B閉」


「安全弁復帰確認」「安全弁復帰」


「ブロー弁良し」「ブロー弁良し」


「主弁閉」「主弁閉」


 作業服姿の男が一人、エイダの元にやってきて、さっきエイダが倒したレバーの位置を元に戻した。


「操作レバー戻し」「レバー戻し」


「遠隔弁閉確認」「遠隔弁閉」


「全て初期位置確認、続いて予備加圧タンク加圧開始します」


「予備加圧タンク1.2」


「予備加圧開始」


「予備加圧開始」


 エイダはその間、小さな椅子に座って準備が終わるのを待っていた。

 そのすぐ横にジェイコブも、小さな椅子に座っていた。

 二人とも無言、二人とも目が死んでいる。元々ジェイコブの代わりにオルランドがエイダに付き添っていたのだが、この工程を30回もこなす頃にはオルランドの目が死んでいた。付き添いを代わったジェイコブも早々に5回位で飽きた。


 この装置の仕組みは簡単といえば簡単だ。

 容器の中の微小魔力生物を高温高圧で焼き殺すだけの代物だ。ジェイコブの工夫はその温度にある。

 ばかげたアイディアだった。魂だって鉄と同じように、熱を加えれば呪性を失うように魂の記憶も飛んでしまうのではないか。

 魂が肉体や物質を通り抜けるのは、物質の密度が低いからだ。魂にそう簡単に熱が伝わるとは考えられない。しかし他の似たような条件では、理屈抜きの経験則だったが加圧でなんとかなる場合が結構ある。


「圧力8」「圧力8」


「温度200」「温度200」


 やがて、エイダがぽつりと言う。


「ねぇ、ジェイコブさん」

「何だい」


 少しあって、


「オルランド温度って、どこまで低くできますか?」


 そんなことを考えていたのか。ジェイコブは驚く。


「鉄なら……常温近くまで下げられる。他だと、うん、どういう不純物を混ぜるかになるけど、例えば珪素は氷点下100度行けるかもしれない」


「鉄でいけますか、常温」

「……いける」


 この問いかけは理論的に出来るか、ではなく作れるか、だ。


「書き換えは一瞬ですか」


「書き換え?」


 ジェイコブは予想外の言葉に戸惑うが、平たく言えば呪いを消して、また呪いを込める、この工程は書き換えだ。

 そこで気がつく。

 呪いは記憶だ。だが、具体的な記憶、記録に使おうという試みはあまり見たことが無い。

 オルランド温度まで加熱することで呪いという名の記憶を消せるのなら、黒板のように書き換えが出来る機械が作れる。

 さて、書き換えにかかる時間だが、それは温度依存だ。だから小さい部分ほど冷えやすいし、温めやすい。自分たちが作れる最小の部分は、厚さ千分の1足、幅千分の4足といったところだろうか。固定をどうするか、そこからの熱伝導をどうするか、問題はあるが、


「理論的には秒千回、実際には秒5回かな」

「なんでそんなに理論と実際が食い違っているんです?」


「その記憶装置は、小さければ小さいほど速くなるし加熱も楽になる。でもそこまで小さく加工する方法が無い」


 そこで、カーンと小さな鐘が鳴らされる。いつのまにか次の滅菌工程の準備が終わったらしい。エイダは急いで立ち上がり、レバーを倒す。

 騒音と熱気の中、エイダは椅子に再び座り込んだ。カーン、カーンと二度、小さな鐘が鳴らされた。次の滅菌工程の準備が始まるのだ。


 ジェイコブは考える。エッチングという方法はある。酸で金属を溶かす。溶けてほしくない部分をタールなどで保護すると、保護した部分だけが溶け残る。鉄じゃなく真鍮や銅が良い。銅のオルランド温度が思い出せない。

 駄目だ。もっと小さく、細く。

 細く、でワイヤー化のイメージが湧いた。糸のように細くする。

 どこまで細くできるだろうか。自分たちには紡績機械の経験がある。直径千分の1足は楽にできる。布のように織るイメージが湧く。いや網目じゃ微細部分にはならない。だが加熱回路にはなる。


 ジェイコブの脳裏に、広大な網目のただ一か所だけを加熱する仕組みが浮かぶ。

 縦糸の一本を正電極に、横糸の一本を負電極に繋ぐと、その糸の交点一か所だけに電流が流れる。実際には他の部分にも流れるが、交点を含む経路の抵抗が最小になるのでそれを利用する。

 記憶する金属は小さな切れ端で良い、呪化にヒステリシス性があるとなお良い。それを網目の交点の間に押し込む。これで大体消去回路まで出来た。


 あとは書込み回路だ。

 任意な点で回転する代物を前後左右決められた場所に動かすというのは、ここまで記憶要素が小さくなると非現実的だ。それぞれの記憶金属の上に回転する物を置くしかない。

 回転は滑らかである必要は無い。ジェイコブは聖句と呪いは電気信号にしてしまおうと思っていた。

 そこでアイディアを思いついた。消去回路の網目の上に、もう一枚網目を乗せる。それで縦軸に聖句を、横軸に呪いを電気信号化して流し、そして今度は縦軸に呪いを、横軸に聖句を流してやるのだ。物理的実体はまったく回転しないが、電気的には回転しているのと、多分同じだ。

 これでも回転になるのか不安だが、駄目なら少し斜めにずらした網目も用意してやればいい。


「秒30回でどうかな。記憶点は大体一千点くらいは作れる」


 ずっと黙っていたジェイコブがいきなりこんなことを言う。だがエイダはうーん、とうなって、


「それでいいですね。それで作れます。

 で、次なんですけど」


「次があるのかい」

「はい」


 そこで再びカーンと小さな鐘が鳴らされる。エイダはレバーを倒すと戻ってきた。今度は少し目に生気が戻っている。


「魔力を自由に遮ることはできますか」


 これまたコアな質問だ。


「魔力の実態は、今のところよくわかっていない。

 形は無いが自由に放出するとその場に留まり、薄くなりながら広がる。水によく溶けることは昔からよく知られているが、石油乾留物の揮発液体にも溶けることを確認した。ガスみたいだが密閉は出来ない。

 物質の魔力を遮る能力は密度に比例する。要するに魔力は普通の物体をすり抜けるんだ。電磁気力とも相互作用しない。ただ魂と記憶のみに反応して、他の物理量に姿を変える」


 ジェイコブは天井を見上げた。


「魔力を遮ることは難しい。だが消費するのは簡単だ」


 もはや意味不明の独り言だ。だがエイダは待つ。


「魔力だけを扱うのは難しい。電気と組み合わせるべきだ」


 ジェイコブはぶつぶつと呟く。


「魔力の発生はコイルではなく切り替え回路を使うべきだ。電気の切り替えに魔力を使う。コイルに魔力を通すと反作用を取り出せる。これで接点を切り替える。……出来る。出来るね」


「出来ますか」


「出来る。外部からは電力を与えればいい。ちっちゃなコイルとちっちゃな接点と、魔力発生用の切り替え回路の付いた、小さな箱が作れる」


 ジェイコブはエイダに向き直ると、


「で、何個要るんだい」


「最低300、いや400、絶対400っ!それだけあれば万能計算機械が作れます」


「……万能なんだね」


「はい、万能です。証明が要りますか?」


 鐘が4つ鳴る。いったい何事かと二人は顔を見合わせたが、これで今日は終わりという合図を二人とも忘れてしまっていたのだ。

 オルランドがやってきて。興奮気味のエイダに驚く。

 これからエイダは日付が変わるのを跨いで4時間の睡眠、その後身体検査という予定になっている。

 今日一日の苦行でどれだけレベルアップできたか、その検査結果次第で、明日どれだけ苦行を続けないといけないかも決まる。

 いつの間にかジェイコブが姿を消していることにオルランドは気づいた。ジェイコブはその頃製図板へと急いでいた。頭の中にパンパンに膨れ上がった設計とアイディアを早く全部出し切ってしまいたい。

 ジェイコブを探そうとして、そこでオルランドはエイダに捕まった。


「ねぇオルランド!聞いて!万能計算機械(コンピュータ)が作れるわ!」

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