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23:更に強い力

 五分の一足という口径は前世に換算すると60ミリ径になる。砲は鋼製だが緊縮などの手間をかけておらずかなり重いが、同世代の砲と比べると極端に小さく、軽く、長い。


 掛け金のラッチが外れて動き出した鋼ぜんまいとギヤが、砲に組み込みになった魔力発生器を急速に回転させる。

 鋼ぜんまいはオルランドの目覚まし時計に入っているものと同じものだ。

 目覚まし時計には二つのぜんまいが入っている。一つは時計を動かすためのもの、もう一つは目覚ましのベルを滅多やたらと乱打するためのものだ。 大音響で響き渡る目覚ましのベルのお陰で、かもめ寮ではオルランドは必ず目覚ましのセット時間の前に目を覚ました。

 砲弾の雷管はきわめて安全な魔力点火式だ。魔力発生器からの魔力は砲弾の奥深くの強呪性体を急激に加熱する。その熱はセルロイドを燃やすには充分、セルロイドのカプセルの中のピクリン酸を点火するのにも充分なものだ。

 ピクリン酸は薬夾の中の綿火薬に点火する。綿火薬はその名の通り綿を硝酸と硫酸で処理したものだ。前世用語で言えばニトロセルロースになる。

 また別の名を無煙火薬。現在使われている黒色火薬とは比べ物にならない性能を発揮する。


 衝撃。


 砲架が後退して、自動で閉鎖器の掛け金が外れる。

 オルランドは耳栓を外して、耳が聞こえるか試す。耳鳴りが収まると、ジェイコブが叫んでいるのに気が付いた。


「ど真ん中、ど真ん中だ。すごい、お嬢様、ど真ん中だ」


 眺めると、魔獣に頭が無い。次いで、魔獣は崩れ落ちた。狙いは魔獣の胸だったので、上に外した訳だ。

 オルランドは閉鎖器を開いて薬莢の底を取り出そうとした。熱い。当たり前だ。

 オルランドはスカートの端を使って真鍮の薬莢の底を取り出した。砲腔内を覗く。紙の薬莢は影も形も無い。ブラシを突っ込んで掻き出して見るが目ぼしいすすなどは見られない。


「次弾発射準備!」


 オルランドは叫んだ。

 運転台の上には、急いで作った砲弾入れが並んでいる。オルランドはそこからまた徹甲弾を取り出した。装填して、尾栓を閉鎖する。魔力発生器のぜんまいを巻きなおす。


「すみませんお嬢様、魔力計が壊れてしまいました」


 ジェイコブはそう言うがそれは仕方ない。元々砲と一緒に使うなんて考えていなかったのだから。


「奴ら近づいてきます」


 望遠鏡を覗き込んだジェイコブが報告する。


「距離1800、ちょい右」

「そこで止まりなさい!」


 ハンドルを操作しながらオルランドは叫ぶ。


「三人、止まりました。距離1750、仰角、多分下にハンドル半分」


 ジェイコブは暗算で補正値を出すとハンドルの動きに換算してみせた。


 オルランドは叫んだ。


「エイダは返していただきます。それから、以後手出し無用にお願いいたします。でなければ、今ここで徹甲弾をお見舞いしてもよろしいのですよ。

 皆さん、セーブデータは無いのでしょ?死んでも生き返ることはできませんよ」


 オルランドはもう喉がしわがれてきた。


「今ここでお返事を頂きたいと思います。あと10秒くらいのうちに」


 オルランドはハンドルを左右に揺らす。片耳に耳栓をねじ込み、掛け金に指を掛ける。


「待て、話がしたい」


 生徒会長チャールズ・ダウニーのよく通る声だ。


「そっちに行っていいか」

「良い訳無いでしょ!」


 オルランドが怒鳴る。


「貴方たちは見た目は紳士淑女かも知れないけど、中身は魔獣そのものだわ。いまや近づく理由も近寄らせる理由も全く無いわね!」


 エイダがディヴィッドとオリヴァーと共に戻ってきた。オルランドは後ろにささやく。


「脱出の準備を」


 生徒会長の声は相変わらず良く響く。


「彼女は、エイダ嬢は日曜までにあと5レベルは上げないといけないのだ。さもなくば」


「さもなくば世界が滅ぶと?

 そんなの貴方がたが何とかすれば良いでしょう。 

 その魔獣じみた力があれば何とかできるのではないでしょうか」


 例えば五人がかりで女の子をいたぶるように!オルランドは吐き捨てる。


「そういう訳にはいかない。こちらはどんな犠牲を払っても……」


 そこにエイダの声が割ってはいる。


「あと5レベル、上げればよろしいのですよね?

 それくらい自分で上げて見せます」


 全員がぎょっとしてエイダのほうを向く。


「そもそもあなた方の本日のカリキュラムとやらがどういう顛末を迎えたのか、お忘れでしょうか。

 見事な失敗でした。あなた方は認めなければいけません。あなた方のカリキュラムは失敗に終わったのです。

 だからもう、私に任せるしかないのです。

 大丈夫、5レベルくらい楽勝です!!」



 帰りの道すがら、エイダはジェイコブに説明した。


「微小魔力生物の研究者のお話、覚えていますか。あれで行きます」


「つまり、微小魔力生物を培養して殺して、培養して殺して、」

「そのサイクルをできるだけ沢山繰り返さないといけません」


 ジェイコブは震え上がった。


「でもそれじゃ呪いは、狂気は防げない!」

「大丈夫、あの人たちくらいの水準までなら大丈夫です」


「お話にならない!」


 オルランドとジェイコブ、そして聞き耳を立てていたオリヴァーの声がハモった。


「五分の一足砲をもう一門、日曜までなら」

「2つに増えても、相手は五人いるのですよ」


 オリヴァーにエイダは冷静に反駁する。


「先制攻撃で減らせば」

「確実に報復されますよ」


 オルランドの怖い考えにもエイダはきちんと反論する。


「……」

「……どうしました?」


 エイダに何かあるのかと訊かれたジェイコブは、


「ちょっと考えがあります」


 とだけ答えた。そうしてオリヴァーのほうへ身を寄せ、話し始めた。


「ところで、あの有様は一体なんだったの?遺跡で何が起こったの?」


 オルランドが訊くとエイダが答える。


「最初は何にも起きなかったんですよ」


 朝早くコテージを出立した一行は、気持ちよく小鳥囀る草原の真ん中に辿りついたはいいものの、何もないその情景に困惑していたのだそうだ。

 どうもその辺に魔獣がうようよしているという認識だったらしい。気を取り直して彼らは、小高い丘の中へと入る穴を探し始めた。

 どうも、その穴の中に手頃な魔獣が沢山いるらしい。手頃とは勿論、エイダに殺させるのに適当な、という意味だ。


 エイダはその朝起きてみると昨日に増して体力など身体能力が上がっているのが感じられた。その変わってしまった感覚に慣れないのも昨日と同じだ。

 試しにその場でジャンプしてみようと軽く膝を折ると、足元の床板がぎょっとするほど大きな音を立てて同室のアンナを起こしてしまった。


「あんまり室内で試さないほうがいいわよ」

「何を……」

「レベルアップしたステータスよ。上がったんでしょ?」


 という訳で、もう簡単には魔物に殺されないところまでステータスが上がっただろうと思われていたが、未だに5人との能力差は大きい。アンナの手首を掴む強さは、昨日やその前と全く変わっていないように思える。

 5人が塚の周りをうろうろするのを眺めながら、エイダは渡された短剣を持って所在なさげに立ち尽くしていたが、そのうち周囲の石の柱に注意が向いた。

 石の柱はほぼ等間隔に17本。素数ね。エイダはそう思った。


 石の柱の間に、門のように上に石が掛かっているのもあれば、掛かっていない場所もある。そのうち、以前は掛かっていたが落ちたらしい箇所もあることに気が付いた。

 地面に短剣で線を引いて図にしてみる。

 掛かっている掛かっていない、そして掛かっていたというのは昔は掛かっていたのだから、掛かっていたのを上、掛かっていないのを下として並べると……

 そうして気がつくと、塚の頂上に、あの魔獣が現れていたのだという。


「多分あそこを守る魔物だったんだと思います」


 転生者5人がかりを歯牙に掛けない強さの魔獣に劣勢に立たされた彼らは、しかし即座に連携を取った戦い方を始めた。


「あの人たち、相手の死角に廻り込むのがすごく速くて、切りかかるのも同時、で、傷を負ったらすぐに盾になって守る人と相手の注意をそらす人に、ぱっと役割分担するんです」


 戦いは一進一退の互角の戦いが続いていたのだという。オルランドの砲弾が魔獣の頭を消し飛ばすまで。


「アレはあの人たち、かなり驚いたと思います。多分すっごく怖がっている」


 それはそうだろう。オルランドは考える。恐らく彼らは少なくともここ数年は無敵だった筈だ。

 魔獣を屠る圧倒的な身体能力は、彼らをしばらく危険という感覚から遠ざけていただろう。しかし、あの砲弾は転生者たちを殺すことができる。

 超音速の砲弾は音を聞いて避けることが出来ない。隠れたところから狙撃されたら、死ぬ。


「多分ですけど、あの丘のまわりの石柱にちゃんと石が載っていた頃は、あそこに足を踏み入れただけで魔獣が現れていたと思うんです。でも壊れていたから何も出てこなかった。

 そこで私が地面に描いた絵が、多分石柱と同じ意味を持っていて、それで魔獣が呼び出されたんだと思うんです」


「つまり、あなたの描いた模様は、石柱のパターンを模したためにそれだけで機能したって訳ね。細かく似せる必要は全くなかったのね」


 大事だったのはパターンだけ。オルランドは思った。古代魔術は似せることが大切って言うけど、ここのものはちょっと違うのかも知れない。



 海岸線まで降りると皆で蒸気クロウラーに水を足し、ディヴィッドとオリヴァーには蒸気クロウラーに乗ってもらって先に帰らせた。

 残り三人で海岸線を歩く。


「いけると思います」


 ジェイコブの発言はいつも主語が無く唐突だ。


「何が?」


「エイダ嬢のレベルアップです。試さないといけませんが、可能です」

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