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22:パワーレベリング#3

 オルランドは暗闇の中、ジェリー・クランチャーが差し入れてくれた水筒を舐めるように飲んで、喉のどうしようもない渇きを緩和しようとしていた。


 既に室内は手探りで調べつくした。庭作業用のシャベルと小さな軽石の詰まった南方麻の袋がある。あとは何もない。

 袋にしばらく腰を下ろしていたが尻が痛くなったので、袋のものをすべて出して、袋を敷物にした。壁にもたれかかってうとうとしていると、壁の隙間から光がわずかに入ってきて朝だと知れた。

 シャベルで穴でも掘って脱出してやろうか。そんな考えをしばらく弄んだがやがて却下した。


 壁に耳を押し当てて聞こえてきたのは、どれもひどい話だった。

 小動物の断末魔の叫びが耳について離れない。連中はよくあんなことが平気でやれるものだ。

 彼らが呪いを気にしていないというのはがっくりきた。まぁそんな気がしてたのだ。高レベルの謎は解けてみるとかなりどうしようもないというのは、お決まりのパターンだろう。


 しかし本当に呪いの影響は無いのだろうか。

 オルランドは昨日のジェイコブの言葉を思い出す。呪いとは少し違うのかもしれない。なにせ魂だ。呪いというかたちでは影響が見えないかもしれないが、最後には皆狂ってしまう。

 そこで昨日の様子を思い出した。彼らはもう狂い始めているのかも知れない。

 何としてもエイダを助けなければ。

 オルランドは壁の地面に潜っている部分を丹念に調べ始めた。シャベルで壊せる部分があれば良いが、無ければ一番弱いと思われる個所を体力尽きるまで壊すだけだ。


            ・


 陽が傾きかけた頃、エイダは起こされた。

 気がつくと蛾の死骸の山の中だった。抱き起されてコテージに戻る。エイダはもう何も喋る気力を失っていた。

 コテージの前には教会の牧師様がいた。


「念のために連れてきたぜ」


 体格のいい男が言う。


「何もないとは思うが、残念ながら我々は信用されていない。そこで第三者に太鼓判を押してもらい安心と信頼を得ようという訳だね」


 年長の男はそう言うと牧師のところに歩み寄る。小声だが聞こえてくる会話の中身を推測すると、お金で解決するという話らしい。

 牧師はエイダに歩み寄り、指で聖印を切って何かつぶやく。

 聖句の書かれた紙をかざしてしばらく立っていたが、


「呪いの影響は確かにみられません。

 ですが彼女が衰弱していることは明らかです。君たちが彼女を拘束しているのなら……」


 そこで牧師は年長の男に腕を掴まれて引き離される。また少し会話をして、それで解決したようだ。


「じゃあ送って来るわ」


 体格のいい男が牧師を担ぎ上げる。彼らが見えなくなる前に、エイダはコテージの中へと押し込まれた。


「さぁ夕食の準備だ。エイダ君は昼食をとっていないよね。今度はちゃんと君の舌に合うものを用意したよ」


 年長の男は陽気に言う。


 夕食の席で、明日の予定が明かされた。


「明日はちょっとハイキングだ」

「遂に石冠か」

「わくわくしますね」


 テーブルに地図が示された。


「かなり近いから、歩いて本当にすぐだ」

「近い場所にこのコテージを建てたんじゃなくて?」


 ルーシーの意地悪い追及に、


「まぁそうなんだけどね、でも気分のいい場所だろうここは」


 彼らはそう感じているのだろうか。森の中の陰気なこのコテージを。


          ・


 その夜のうちに"悪党たちの怪しい拠点"の話は工場に届いた。


「牧師様が連れていかれたところに、何やら怪しい小屋があって、そこで女

の子が呪われていないか見たって話で、見たところ呪われてはいないようだったけどひどく弱っていて、で場所といい様子といいおかしかったから、うちに話が来たのよ」


 牧師はすずめ寮まで来て、エスターらにそう話したという。


「お嬢様は」


 牧師はオルランドの顔は知っていたがそこで姿を見なかった。少女は初めて見た顔だったという話だったが、


「エイダちゃんと考えて間違いないわね。お嬢様は多分どこかに閉じ込められているのよ」

「まぁそんな所だろうな」


 ディヴィッドも同意する。


「で、準備はどうなの」


 エスターが訊くと、


「準備はあらかた出来た。蒸気クロウラーで突っ込む。問題は」


 その言葉の後をオリヴァーが継いだ。


「場所だな。崖の上だ」


 広げた地図を指差す。


「一応崖の上ってのは予想してたから、製鉄所裏の崖を壊して道を作るってのを考えていた。綿火薬をありったけ使えば大体いけると試算もしたし仕掛ける場所も決めた。

 だが、目的地はスチュワートの南で、崖の上に道らしい道も無いから、北から崖に上がると行きつけないかも知れない」


「南からは上がれる場所は無いのか」


 ディヴィッドが訊く。


「地図の上では、無い」

「現地の人に聞いてみましょうよ」


 エスターは言う。


「そうだな。どちらにせよ街の南に石炭置き場が作りたい。そこからじっくり攻め上がればいい」

「そこでちょっと考えがあるんだが」


 ジェイコブが口をはさむ。


「コークスを使わないか」


 ディヴィッドが訊く。


「何に?」

「蒸気クローラーに」


 ディヴィッドとオリヴァーは少し考えて、


「使えるのか?」

「かなり走る距離を伸ばせるぞ、多分ちょっと石炭は混ぜないといけないが」


「よし行こう、街の人に道を聞くなら早いほうが良い」


 ディヴィッドが手を叩く。


「野郎どもボイラーに火を入れろ!30分で出るぞ!連結台車にコークス山盛りにして来い!」




 朝の気配がようやく東の空に感じられる頃、一日のうちでもっとも冷え込む頃、朝露に濡れた路傍の草は騒がしい蒸気クロウラーに踏みしだかれていた。

 現地の人が野良仕事に使う道を、朝早くから頼んで教えて貰いながら走っているが、とにかく傾斜がきつく道幅が狭い。キャタピラの半分は石垣からはみ出している気がする。

 ディヴィッドは慎重な操作で蒸気クロウラーを進ませる。蒸気圧は試験運転で出した値をとうに超えている。

 オリヴァーとジェイコブは砲弾を抱えてついてきていた。砲弾はこの危ない道を蒸気クロウラーに載せたままにするのは危ないと思ったのだ。

 かなり安全な雷管が付いていたが、ジェイコブはそれに完全な信頼を寄せてはいなかった。


 砲弾は二種類、徹甲弾と榴弾で、厚紙の薬莢が付いていた。薬莢の底には真鍮の皿があり、これが射撃の際には砲の後尾を密封してガスを漏らさない。厚紙の薬莢は一同の工夫の産物だった。

 薬莢というアイディアをオルランドに説明されたとき、そんな深い絞りは今の工作機械では無理だとオリヴァーは説明した。底を塞ぐ分くらいなら出来るが、側面をどうするか。


 ちょうどパルプ工場があるのだから、円筒の紙を作れないか。そう提案したのはジェイコブで、更に出来た紙の内側に硝酸を塗って射撃の際に綺麗に燃えてしまうようにした。

 雷管に強呪性体を使うアイディアが直ぐに出た。ピクリン酸の結晶をセルロイドの小さな容器に入れ、これを砲弾の後端の穴に収めて鉱油で練った強呪性体で周囲を固め、砲弾を紙の円筒に刺してタールで固めた。円筒内には綿火薬を装填し、底は真鍮の皿で塞ぐ。


 試射の性能は従来の砲のそれを遥かに超えるものだった。何せ厚み1/8足の鋼板を貫通するのだ。それ以上の鋼板を調達できなかったから本当の性能は不明のままだ。

 初速はざっくり秒二千五百足と計算できたが、従来の砲の三倍の速度というのは滅茶苦茶だ。もしかすると試射の砲弾は、音速を超えた世界最初の人工物だったかも知れない。


 砲は画期的な後装方式で、スライド式の閉鎖器が付いている。これはオルランドがメスネジを砲身後端に掘ることを不安に思ったのと加工を容易にするためでもあったが、射撃間隔を大幅に短縮する効果もあった。

 砲架にはこれまた画期的な水圧駐退器が付いている。駐退器は蒸気機関のピストンの流用で、砲撃の衝撃を水圧ピストンが柔らかく受け止める。

 元の位置に戻すのに人力の助けが必要だったが、再照準の必要無しに同じところに砲撃できる画期的な発明だった。


 オリヴァーとジェイコブは崖のふもとから蒸気クロウラーまで何度も往復して砲弾を運び上げた。

 何度かお茶の休憩まで入れたが、クロウラーはまだ崖の上につかない。

 朝日が高く昇る頃、ようやく蒸気クロウラーは崖の上の畑の縁に辿り着き、疲労困憊したディヴィッドが運転台から転げ降りてきた。

 その頃には多少のコークスも崖の上に運び上げることが出来ていた。足りないのは水だ。だがそのうち地元の人々が聞きつけて、手桶にそれぞれ水を汲んでやってきて問題は解決した。ただ、地元の人たちにとってはそれは、目新しい蒸気クロウラーとその上の砲を眺めに来た駄賃だったのかもしれない。お礼に一発オリヴァーは汽笛を鳴らした。

 この汽笛の音は宣戦布告だ。相手に聞こえても構うものか。ここまで来たのだ。

 ジェイコブはさっそく魔力測定器を砲架に新しくつけた台座に固定する。左右に振って魔力源を探すことも、レバーで砲身と平行に固定することも容易だ。ディヴィッドはクロウラーに先行して前に障害物が無いか見る役だ。


 蒸気クロウラーは森へと踏み入った。ジェイコブはしきりに魔力測定器を左右に振って、そのたびに、反応無し、と告げる。やがて獣道が現れ、一行はその道なりに進む。

 そして前方にコテージを発見したが、


「反応は」

「無い」

「注意しろ、たしか連中のうち一人魔力の反応を消せる奴がいる」


 そうして近づいた一行が見たのは、コテージの前にシャベルを突いて立つオルランドの姿だった。おととい見た制服姿そのまま、但し泥だらけだ。


「行くわよ!すぐ近くだから警戒そのまま!」


 オルランドは走りよると蒸気クロウラーに飛び乗った。


「道なりに進んで」


 指示するオルランドにオリヴァーは訊く。


「エイダ嬢はどこに」

「すぐ近くよ」


 訊くとジェイコブは再び魔力測定器を振り始め、ディヴィッドは、


「徹甲弾にします」


 一言断ってから砲弾を砲に装填した。




 だが実際には目的地までは結構な距離があった。

 しばらく軽快に進んだ後、ジェイコブが、右前方に反応、と告げた。オルランドは目盛を読む。距離およそ三千足。まだ問題ない、進んでと告げる。

 距離二千足を切ってから、速度を落とすように命じた。すぐに目的地は見えた。

 状況、戦場。何が起きているのか。


 森を抜けた小さな草原の真ん中に、その小さい丘がある。たった一つぽつんと存在するるそれは明らかに人工物だ。

 更に周囲を取り囲む白い自然石の柱もそれが人工物であることを示している。

 スチュワートの石冠だ。


 その小さな丘のてっぺんに、巨大な何かがいる。

 周囲に金属のきらめきが走り、直後にそいつが吼えた。

 山野を震わせる獣の咆哮が響き渡る。次いで鈍い衝撃が振動として大地を伝わってくる。そいつの四本ある腕の一つが何かを弾き飛ばしたような、いや四本?!

 黒い獣だ。二本の足で立ち、四本の腕を振るい、狼の頭と山羊の角を持つ。背丈はざっと20足。弾き飛ばされたのは五人の連中のうちの一人らしい。自然石の柱の一つが砕け折れて、倒れ、土煙の中から小さな影が飛び出して獣に向かっていく。


「馬鹿でかい奴の周りに何匹か飛びまわっていますが、速過ぎて確認できません」


 魔力計に平行に取り付けた望遠鏡を覗くジェイコブがそう言う。


「エイダは?」


 オルランドがそう言うと、ジェイコブは望遠鏡を架台から取り外そうとする。


「あそこじゃないか?」


 ディヴィッドが指差すのは、自然石の柱の影の小さな人影だ。オルランドはジェイコブの動きを制して、


「エイダはあそこで間違いないわ。ディヴィッドとオリヴァーはここから走って行って彼女を保護して。連中に見つからないように静かに。

 私はここから牽制するわ。装填されているのは徹甲弾だったわよね?」


 確認すると彼女は砲架の微調整ハンドルを廻し始めた。


「狙いはとりあえず魔獣の頭部、右?左?」


 ジェイコブは望遠鏡を覗きながら指示する。


「左、ちょい左……あとはタイミング次第です。仰角を少し上」


「距離二千、初速は二千五百だったわよね。一秒で32足落ちるから……」

「21足分上です」


 ジェイコブが暗算で答える。オルランドはそのうち自動で補正計算してくれる装置を作ろうと考える。仰角調整にはバックラッシがある。オルランドは少し行き過ぎてからハンドルを戻した。


「ジェイクは頭下げて、撃つわよ、耳塞いで」


 耳栓が砲の架台のポケットに数人分用意されていた。オルランドはコルクの耳栓をジェイコブに渡し、次いで自分の耳にもねじ込んだ。

 ディヴィッドとオリヴァーが無事エイダの元に辿りつき、手を振るのが見えた。森へと三人が走り出すのを確認し、そしてオルランドは手を振った。

 魔獣が丘の上で後ずさりして、そして前進する。砲弾があの丘の上に届くまでに3分の2秒しかかからない。

 オルランドは掛け金の小さなレバーを倒した。

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