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20:パワーレベリング#1

 深夜のスチュワートの街並みを、オルランドとエイダは抱きかかえられて飛ぶような速さで通り過ぎてゆく。街路は暗く、人影も無い中を、大小5つの影が恐るべき速さで駆け抜ける。

 エイダは生徒会書記のアンナ・サウスコット、オルランドは男であるジェリー・クランチャーに抱きかかえられていた。


 最初は歩きだったのだ。だが、寂れた郊外の道をとぼとぼと歩くうちに、体育会系のジョン・バーサッドがその遅さにキレた。生徒会長に歩みを急かされ、しまいにエイダは生徒会書記に抱きかかえられてしまった。こうなるとオルランドもついでに抱きかかえられてしまうことになる。

 いわゆるお姫様抱っこだったが、あまりにもその抱きかかえ方ががっちりとしていたために、こちらから何かをする必要を一切感じなかった。

 普通なら相手の首根っこを抱いたりするところだろうが、相手の腕は抱きかかえると言うより金属による拘束といったほうが近かった。


「どこに行くの」


 オルランドはクランチャーに訊く。


「さぁね」


 返事はそっけない。


「生徒会長様とジョンは郊外に狩猟小屋を持っていると言っていたから、たぶんそこだろうね。場所は知らないが」


 ここスチュワートで彼らは魔獣を狩っていたのだ。彼らの魔力値は成長していたから間違いない。


「あなた、私たちの敵なの?味方なの?」


「多分敵じゃないか」


 オルランドの質問にジェリー・クランチャーはいい加減な答えを返す。


「何でそんないい加減な答えなの」


「お前らの立場がいい加減だからだ」


 確かにそうかもしれない。オルランドはそう思いはしたが、


「貴方の立場はどういうものなの」


「今に判る」


 男はそれだけ答えた後、


「もう喋るな。舌を噛むぞ」


 だがオルランドは、うちの蒸気クロウラーよりよっぽど乗り心地いいわよ、と返す。


「そりゃどうも」


 それで会話は途切れた。




 辿りついたのはスチュワートの東南、森の中の小さなコテージだった。

 教会の裏から斜面に並ぶ墓石の列を抜けて公園と呼ばれている林の中の崖を登ると、スチュワートを取り巻く崖の上に出る。そこから獣道をしばらく進んで森の中に入ると、一行は浮遊する光球を魔法で生み出し、それをランプ代わりに進んだ。そうして辿りついたコテージは四方に聖句の掘り込まれた木の柵があり、庭には三枚羽根の風車が廻っている。


「オルランドは物置にでも閉じ込めておけ」


 生徒会長はそんなことを言う。


「どこにある」


 ジェリー・クランチャーが訊くと、


「裏に廻れ。鍵も頑丈な奴が付いているから、ちゃんと閉じ込めておけよ、死なれたら夢見が悪くなる」


 コテージの裏に廻ると壁に作りつけられた物置がある。オルランドは地面に下ろされるとたたらを踏んだが、そのまま手首を掴まれて物置の奥へと押し込まれた。

 ジェリー・クランチャーはそのまま物置の扉を閉めて、扉の向こうで何かガタゴトとやりだした。やがて足音が去っていったあと、オルランドは扉が開くか試したが、まったくびくともしない。


            ・


 エイダはコテージの中で床に下ろされ、手首を掴まれて強制的に立ち上がるよう強制された。


「おい、もうちょっと優しくしてやれ」


 一番偉そうな年長の男性がそう言うが、さっきまでエイダを抱きかかえていた女性は、


「こいつを甘く見ないほうがいいわ。こいつも気違いオルランドとどっこいどっこいよ」


 そんな事をいう。精霊灯が点ると、一行の中で一番美人な女性が入ってきた。


「優しくしなさいよ。どのみち逃げられはしないし、逃げても即座に捕まえられるわ」


 その言葉の残酷な意味にエイダはぞくりとした。


 この5人は圧倒的な腕力と脚力を持っていた。魔獣を一人で殺せる力だ。その力があれば、エイダのような通常の人間は、まるで赤ん坊以下の存在だろう。

 自分の五十分の一の力しかない相手というものを想像してみるといい。割合で言えば赤ん坊のほうが強いかもしれない。

 窓の向こう、屋外で明かりが点り、見ると風車に体格のいい男が何かしている。見ると終えたようで、


「ユウジュウキのスイッチ入れといたぞ」


「ありがとう。ついでにクロネズミを二三匹捕まえてくれないかな」


 年長の男はいかにも慇懃で偉そうに言う。


「おい、今からか?」


 男が言うのを、


「いい考えだわ。いまから二匹ほど殺させれば、明日の朝には効果を実感できるって訳ね」


 エイダの手首を今も掴み続けている女性が言う。


 男は頭をかくと、


「しゃあないな……ちょっと行ってくる」


 そう言うとその場を飛び出していった。まさにパンと音がしたようにその場からあっという間にいなくなってしまった。


 嫌な雲行きだ。二匹ほど殺させる、というのは勿論エイダに殺させるのだろうし、それはクロネズミなる生物、多分魔獣だろう。

 オルランドを抱きかかえて連れて来ていた男がコテージに入ってくる。


「オルランドはどうしたの」


 エイダが訊くと、


「閉じ込めているだけさ。あとは何もしていない」


「明かりは、寝床は、食べ物は」


「だから何もしていないと言ったろ」


 男は面倒くさげに答える。エイダはかっとしたが、自制する。ここで怒ってみせても意味が無い。それは彼らにとって赤ん坊が泣き喚くのと同じだろう。彼らに対しては本当に意味が無いのだ。


「私たちになにをさせようと言うの?」


 一同に改めて訊く。


「君だけにだよ、エイダ・クレア君。オルランド君には何もしないでいてもらう。自由にさせていたら何をするかわからないからね。

 君には経験値を貯めてレベルを上げ、ステータスを最低限の値まで向上してもらう」


 男は慇懃な印象を変えないまま、コテージを歩く。


「これから週末まで5日間、至れり尽くせりのパワーレベリングでVIT値が25、STR値が22、そのくらいには達するだろう、そうしたら光輝の剣を装備できるようになるから、それで日曜には開放してあげられるよ。

 学校はだから5日間サボりになるけど、私は生徒会長だからね、その辺は幾らでも何とかなるから心配しないでいい」


 既に二ヶ月学校に行けていなかったのに、たった5日を気にしていると思ったのか。目の前の人物は馬鹿にちがいないとエイダは思った。


「部屋割りはどうしようか、三部屋あるから」


 まったく暢気な口調で年長の男が言う。


「私はエイダと一緒ね」


 エイダの手首を掴む女が言う。


「じゃあ僕ら男性三人一つの部屋かな。ひとり床に寝ることになるな」


「私はジェリーと一緒でいいわ」


 テーブルクロスの皺を伸ばしながら一番美人の女が言う。


「ふむ、君が良いと言うなら、そうしよう。部屋割りは奥がアンナとエイダ、隣がルーシーとジェリー、手前が僕らだ」


 私の手を掴んでいる女性はアンナと云うのか。ルーシーとジョンの名前も判った。よし、気になっていることを訊こう。


「私に何か殺させるの?」


 手首を掴むアンナが答えた。


「寝る前にちょっと、害獣退治をね」


「経験値とかレベルとかステータスとかっていうのは?」


 エイダの問いに、


「殺せば判るわ」


 アンナはそうとしか答えない。


「ねぇ、何かを殺せば呪いが降りかかるわ。貴方たちはどうもいっぱい殺してきたようですけど、呪いは一体どうしたの?」


 オルランドが訊くと言っていた疑問をぶつけたが、


「ふむ……気にしたことは無かったな」


 年長の男はそんなことを言う。


「害獣なんだから殺しても呪いなんて無いでしょ」


 アンナは適当な事を云う。勿論何であろうと殺せば呪いは降りかかる筈だ。連中にあったのはがっくり来るような答えと認識だった。


「あぁ、エイダ君は呪いを気にしているのか。なぁに大丈夫だよ。何にも問題は無い」


 問題あるに決まっている。

 そこに、先ほど出て行った男が戻ってきた。両手に何か小さな生き物を掴んでいる。


「とりあえず4匹捕まえてきた」


「二匹で良かったのに」


 手首を掴むアンナはそう言いながらエイダをテーブルへと連れて来る。テーブルにはナイフが一本置いてあり、それをアンナはエイダに持たせようとする。

 年長の男がいつの間にか、一匹の小さな黒い獣を掴んで、テーブルの真ん中に抑えていた。黒い獣が哀れな鳴き声をあげた。


「さぁ思いっきりやりたまえ。君の今のSTR値でも問題無い筈だ」


 アンナはエイダの手のひらを強引に開き、ナイフを強制的に握らせた。エイダは抵抗するが、アンナの力の強さはそんな抵抗など全く意に介さない。


「ふむ、最初は抵抗があるのかも知れないな」


 男はふとそういうと、手に掴んだ獣を両手で掴みなおす。


 獣の悲鳴は大きく響いた。血がぱらぱらと飛ぶ。


「さぁ、止めをさしてやりたまえ。それが慈悲というものだろう?」

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