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2:入学式の日#2

 そのチラシのどこがおかしいのか、オルランドはすぐには気づかなかった。

 内容をもう一度ひと通り読み返し、もう一度読み返して、すこし目を逸らしたところに答えが隠されていた。部活動紹介、と大文字で書かれたタイトルを飾る蔦と煉瓦模様の中に、ばらばらに散らされて、だがしかし確実にカタカナが。


 "ヨンカイヘイケ"


 日本語だった。この世界で見た初めての、自分の手で書かれたものでない日本語をみてオルランドは動揺を隠そうと挙動不審になった。


 このチラシの書き手は彼女と同じ異世界からの転生者である。そしてその人物は新入生の中の転生者を探し出し、集める目論見があるようだ。しかし果たしてそんなにホイホイと集まるほど転生者はいるのだろうか。

 四階へ行け、と文意を汲み取ったが、さてこの建屋は三階建ての筈。

 お昼を前にして入学式の、本日の行事はお仕舞いで、あとは午後から大講堂でクラブ活動の紹介がある。


 クラブ活動というのは全く前世的な概念である。これまで通っていた公立学校には無かったし、話に聞いたところでは他の学校、例えばアーレイ校にも無いという。

 お昼の食事は各自がそれぞれどうにかして取るものらしい。少なくとも本日はそうだ。今日学校の施設をひととおり案内されたときに大食堂の位置も知ったが、本日は開いていない。


 後で知ったが、上級生たちの多くは寮で食べるのだ。また後で知った事だが、大講堂から回廊を渡って連絡橋にかかる辺りに、腹を減らした新入生目当ての屋台が幾つか出ていたらしい。焼いた腸詰をパンに挟んだものを1シュで、つまり市価の3倍で売るのだがこれが飛ぶように売れたという。


 オルランドはこれらを、昼食を一緒に取ろうと有り難くも思っていたらしいメアリ嬢、ローズ嬢、マデリン嬢たちから翌日、盛大な苦情と共に聞かされた。そのオルランドは当日当時、チラシの隠されたメッセージに気がつくと即座に教室を出て、人の流れとは逆に上階へと向かっていた。


 メッセージの指示のタイミングは今、直後のことに違いない。そして前世絡みとなるとメアリ嬢たちにこの行動を知られる訳にはいかない。

 三階を歩く。今日ここまで色々なことが立て続けに起こると、四階とやらも空中楼閣のような幻想的な代物かもしれない、等とも考えたが、廊下の端に上へと続く階段を見つけて疑問は解消された。

 階段の前に、関係者以外立ち入り禁止と立て看板がある。階段は螺旋を描くように、談話室なる標識のついた扉に続いていた。

 扉をノックする。


「お入り」


 女性の声だった。

 扉を開くと、花の香りが一面に立ち込めていた。部屋は明るく、それは周囲六面がガラス張りになっているからだ。


 この四階、標識いわく談話室は、鐘楼のように三階の屋根に小さく飛び出した一つきりの部屋で、したがってガラス張りの窓の外の景色は絶景と呼ぶべきものだった。

 スチュワート校の乱雑に連なる屋根を越え、眼下には港の向こう、湾の眺望が水平線まで一望できる。振り返れば間近に崖とそして領主館、つまり校長の館の全貌がはっきりと眺められた。

 その談話室は、向かい合って置かれた中央のソファを囲むように、鉢植えの花が二重に取り囲んでいる。ソファには5人、男性3名、女性2名の姿がある。いずれもここの学生らしい。ソファの間には小さなテーブルと、お茶が5つと、伏せられたカップが幾つか。


 平均以上の美男美女、それが彼らの容姿に対するオルランドの評価だった。いつもなら、飛びぬけた美男美女だと評するのだろうが、流石に今日は色々有りすぎた。

 手前の女生徒が、彼女らが座るソファの手前の空いた位置を叩いて座れと促す。伯爵令嬢らしいところを見せなくては。済ました顔で座り、自己紹介をする。


「ゼーゼル伯の長女、オルランド・ゼーゼルです。皆様宜しくお願いします」


 僅かに頭を下げる。驚いた顔が二つ。名前に驚いたらしい。何故驚く。


「君は……あのオルランドかい?」


 危険だと私の勘が囁く。前世の記憶もハッタリで押す時だと囁く。


「はい、私があの"オルランド"でございます」


 平気な顔をして座を眺める。驚いた顔が納得顔に変わる。しまった、間違えたか。他のオルランドがいたのだろうか。しかし今年の新入生にオルランドは私一人だけだし、他に知っているオルランドもいない。


 私って、そこそこ有名だったりするのだろうか。故郷のゼーゼルでは伯爵令嬢につく渾名とは思えないような代物を二つ三つ頂いてしまっている訳だが、さてそれらが知られてしまっていたのだろうが。だがそれがこの座の美男美女の顔色を変えるような話に繋がるとは思えない。


「そりゃそうだろ、そのまま悪役令嬢の役を素直に引き受ける義理は無い」


 向こうのソファの奥に座った、いかつい体格の男子生徒がそんなことを言う。黒髪を角刈りにしたいかにも体育会系と言う身なりの男で、制服の襟元には一年上の上級生であることを示す青の羽根の襟章があった。


「でも凄いわねぇ。私だったら絶対この学校に来ないわ」


 そう云うのは隣の女生徒。彼女も一つ上の青のバッジを襟章のようにブラウスの襟に付けている。明るい茶色のストレートヘアを肩の辺りで切り揃えた髪型で、紺の細いフレームの眼鏡を掛けている。線の細い才女と言う印象を受ける。


「だがそれでも来てくれたんだ。素直に喜ぶべきだよ。我々にはトゥルーエンド以外の選択肢は無い」


 ソファ一番奥の男性はいつのまにか立ち上がっていて、ティーカップを揺らして匂いを楽しんでいた。細身の長身で、最上級生である赤の襟章をしていた。そこで彼は、


「さて遅れてしまったけど、私はチャールズ・ダウニー。本高等学院の生徒会長をしている。今年一年だけになるけど、お付き合いよろしく」


 遅ればせの自己紹介に、私は軽く頭を下げる。


「私はアンナ・サウスコット。生徒会書記をやってます。二年生よ」


 隣の眼鏡女生徒の自己紹介だ。二年生だというのは襟を見れば判る。


「ジェリー・クランチャーだ」


 向かいのソファの、襟章を見る限り同じ一年生であろう男子生徒が言う。小柄の癖毛頭の、だが眼光は鋭い。


「お前はこまどりの一号教室だったな、俺は隣の二号に居る」


 私の教室を知っているのか。


「ジョン・バーサッドだ」


 さっきの体育会系男子生徒はそう名乗った。


「握手しよう、ほら」


 伸ばされた手を取ると、掴まれてぶんぶん振りまわされた。苦手なタイプだ。

 そして最後は、


「ルーシー・マネットよ」


 とんだ大物だ。あのマネット家令嬢である。首都の社交界では取り巻きに囲まれてキラキラしているのを二三度お見掛けしたことがある。長い艶のある黒髪と小さなお顔。この中では一番の美人である。彼女が同じ一年生だとは実は今知った。

 陛下の信任厚いマネット内務卿に、現家長のマネット総督と、一族の主たる人みな重要な役職に就き、植民地の富で今一番調子のいいのがマネット家だ。


「ジェリーと同じ二号教室に居るわ」


 そこで彼女は立ち上がると


「せっかくのお茶が冷めてしまったわね」


 席を外した。





「ところで……」


 ダウニー生徒会長様は、こんなことを言った。


「プレーヤーキャラクターは誰か見掛けたかな?」


 前世っぽい言葉だ。だが何と言うか、噛み合わない。そもそも悪役令嬢という言葉もわからない。それが私の役だという。トゥルーエンドという言葉も変だ。


「うちのクラスにはそれっぽいのは居なかった」


 向かいのコリンズはそう言ってマネット嬢と顔を合わせる。


「私も同意見よ。うちのクラスには居ないわね」


「判らんぞ」


 体育会系のバーサッドは、


「プレーヤーはメイキング可能だからな。確か傾向によって入学式のイベント内容も変わった筈だ」


 メイキングにイベント。前世の記憶で該当するのはゲームに関するものしかない。


「じゃあやはり一号教室かな」


 ダウニーは私に向かって言った。


 何を言えばいい?

 何も判らない。白旗を揚げて全て教えてくださいと頼み込むべきだ。だが、ゲームという言葉が私を押し留めていた。

 ルールのわからないゲームを戦うのは難しい。情報の無いゲームより遥かに難しい。だけど多分、前世絡みのゲームの筈だ。ルールは推測できる。となると後は腕次第だ。


「教室内でそれらしい方はお見かけしませんでした」


 一度言葉を切って、


「何しろ、あのお二方がいましたから」


 ああ、という同意の声がほぼ全員から聞こえた。上級生からもだ。彼らはあの美男美女二人を事前に見たことがあり、一号教室に居ることを知っていたのだろうか。

 教室分けは昨日、入学手続きを済ませた案内の方から渡された書類の中にあったのが初めてだった。上級生が何らかの裏の伝手で教室割り当てを知ったというのは考えられるが、同級生が知るのは難しいだろう。


「サングラスが要るかと思いましたわ」


 私のこのセリフを聞く五人の表情を観察する。勿論この世界にサングラスは存在しない。前世の用語に三人が反応、いや四人か。マネット嬢の反応はほんの僅かなものだった。反応を自制したのだ。反応しなかったバーサッド様は、


「そんなに凄いのか」


 眼鏡のサウスコット嬢が


「そりゃこちらは三次元実写ですからねぇ。元のテキストでは絶世の美男美女とはありましたけど、CGのほうは手書きですから、どっかに補正はあるでしょ」


「まぁ、それもそうだな」


 バーサッド様は生徒会長様を眺めやり、


「自分もそうだが、攻略候補様がこんな具合に翻訳されているとは思ってもみなかったよ」


 当の生徒会長様は、


「サングラスが用意できたら早めに見てみたいものだな、美男美女コンビ」


 場の緊張が一段ほぐれている。勿論それは、オルランドが前世持ちであることを証明したからだ。マネット嬢が新しく暖かな紅茶をそれぞれのティーカップに注ぐ。


「俺も一号教室は見ておく」


 隣の教室のコリンズが言うと、


「じゃあ私はこまどりじゃなくてひよどりの方も見ておこうかしら」


 マネット嬢が言う。だが、


「ひよどりは僕の方が近い」


 生徒会長がそう言う。


「ひたぎに入られたら暫くは見つけられまい。十中八九こまどりかひよどりだと思いたいがね」


 こまどりは文官育成用の、ひよどりは武官育成用のコースだ。ひたぎは特殊で、芸術家など人付き合いの難しい人種を収容したコースだという。

 こまどりにも芸術コースはあるので、カリキュラムではなく人付き合いの都合のみでこのコースを選ぶのだろう。建屋も別で教務棟の裏、不格好な塔がその専用校舎だ。彼らは入学式にも出てこない。下手をすると卒業まで彼らの姿を目にしない事すらあるかも知れない。実際私もまだ見たことが無いと、昨日学校を案内してくれた先輩生徒も言っていたし。


「それじゃあ、今日はここらでお開きかな」


 体育会系バーサッド様は紅茶を飲み干してから、そう言ってソファから立ち上がった。ちなみにお開きも前世用語だ。


「一人でババを引く必要は無いからな」


 彼は私の肩を軽くたたいてそう言うと、談話室から出て行った。ババを引くというのも前世用語だ。今世にはババ抜きという名前の遊戯は無く、代わりに同じルールの道化師という遊びがある。

 コリンズとサウスコット嬢も立ち上がっている。


「毎週金曜、授業が終わってからみんなここに集まっているのよ。次回も是非とも来てね」


 サウスコット嬢はそう言って出て行った。コリンズはいつのまにか居なくなっている。私は立ち上がると、


「良いお茶でした」


 マネット嬢に挨拶する。


「それでは」


 と踵を返した途端に、背後から生徒会長の声が。


「気を付けたまえ」


 何を。


「君が自分の役を演じなかったらどうなるか、僕は憂慮しているよ」


 知るか。

 知らないことは何もできない。何の約束も出来ないし、何を演じることも出来ない。

 オルランドは談話室のドアを出て階段を下りていく。三階の廊下に出て、今日の事は一体なんだったのだろうかと考える。せっかく出会った他の前世持ちたちと、訳の分からないゲームに興じているふりをする羽目になってしまった。

 もういい、帰ろう。彼らは私抜きで楽しく遊んでいればいい。



            ・



「気づかれましたか?」


 ティーカップを片付けながらルーシー・マネットが生徒会長チャールズ・ダウニーに声をかける。


「ん?お茶の葉を変えたのかい?」


 マネットはそれ以上答えなかった。

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