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17:狂乱のオルランド

「今日この日を無事迎えることができたことを皆に感謝します。

 先日遂に、我がすずめ寮は正式にスチュワート校の認定する寮となりました。

 そしてもう一つ!」


 オルランドは腰のポーチから取り出したそれを頭上に掲げた。


「エイダの学生証!ようやく交付されました!」


 拍手と喜びの声が響く。指笛を吹き鳴らす奴、木箱を叩く奴もいる。

 すずめ寮の玄関入ってすぐのホールは邪魔な耐火煉瓦がようやく無くなって、ホールと呼べる体裁を繕えるようになっていた。そこでオルランドとエイダと使用人たちは、土曜のお昼を陽気に迎えていた。


「はい、エイダ。遅くなりましたが、これは貴方のものです」


 エイダはそれがまるで薄いガラスで出来ているかのようにそっと手帳を受け取る。そして表紙と裏をしげしげと眺め、ページを繰って、そして目を瞑って胸に抱いた。


「おめでとうエイダ。明日から同級生ね」


 オルランドはエイダの目許に滲む涙を拭った。エイダの学生証交付は勿論嬉しいが、決してそれだけでは片付かない気持ちもある。

 この学生証はついさっき教務棟窓口に呼び出されて渡されたのだ。詫びも弁解の言葉も無く、正規の手順などまるで無いかのようにオルランドにただ渡されただけ。

 校長との対決まで行かなかったのは、残念やらほっとしたやら。

 妙に勝負っ早いオルランドだが、相手が見えない戦い、勝ち目が見えない戦いにはからっきし弱いのだ。そういう戦いはそもそも勝てる気がしない。

 しかし何故今になってエイダの入学が認められたのか。その理由を確かめる方法はあるのだろうか。



 その日の夜オルランドは、すずめ寮の自分の部屋でエイダと夜更かしをした。

 かもめ寮は退寮して、セアラやファニィ副寮長に挨拶を済ませ荷物は全て引き払っている。今度はオルランドが寮長だ。そして此処すずめ寮に規則なんてものは無かった。


「ねぇ、オルランドの好みはどっちなの?」


 ベッドからエイダが呼びかける。


「何が」


 オルランドが答えると、


「私、マーティンではない、って思っているの。オルランドの好みは伊達男より技術屋でしょ」


「ねぇ、エイダ。何がどっちなの?」


「ディヴィッドとオリヴァーよ。タイプは違うけどどっちも凄くハンサムで誠実で、才能にあふれていて、そしてオルランドに恋してる。あの献身ぶりは愛よね。

 そりゃオルランドに恋の華が咲いたり秘めたる愛が温められたりしてるとは思っていないけど、どっちがいいかなぁー、くらいは思っているんじゃないの?」


「……つまり、恋愛対象として?」

「うん。勿論」


 目をキラキラさせながら待ち構えるエイダに、どう説明したものか、オルランドは迷った。


「その、私ね、恋愛ごとはね、……苦手というか、その、怖いの」



 前世の記憶には、強烈な悪感情で閉ざされている領域がある。前世のオルランドは結婚した相手に裏切られ、その時の絶望が遥か世界を超えてオルランドの心の奥底に真っ黒なタールのような沼を作っていた。

 思春期になり、男の子にドキドキするような経験がある度に、心の中の毒沼がざわめき、呪いの声が木霊した。オルランドの恋には前世からの呪いが掛かっているのだ。


 オルランドは、長いことかけて前世の亡霊の大半を今や退けたと思っている。

 時々心に這いよる人間不信の呪いと合わせて、オルランドは人付き合いを積極的におこなうことで、その新鮮な経験で前世の経験を圧倒しようとしてきた。ただそんな思惑も年齢が一桁の頃は唯の理想でしかなかったのだが。

 だが、恋愛の最後の壁は未だに超えることが出来ない。

 オルランドもちょっぴりモテていた頃もあって、例えばグロスターに暮らしていた頃とある園遊会で、とある名のある貴族御令息に手を取って告白された事もあったのだが、結局受け入れることが出来なかった。

 それには心の中のいばらの壁を乗り越える勇気が必要で、でもオルランドには、そういう冒険に成功する目算も経験もまるで無く、恋愛事はオルランドにとって長いこと勝てない博打と同じ扱いになっていた。

 無理。無理無理無理無理、無理なのだ。


「それより、エイダこそどうなのよ」


 いまいち要領の悪い話題転換だが、エイダはなんとか気持ちを汲んでくれたようだ。


「わたし、ヘンリーヴィルの田舎にいた頃は、周りに同年代の男の子がいなくて、恋愛は本当に憧れるだけだったの」


 オルランドは微笑む。


「月曜が楽しみね」


 エイダと一緒に教室に行くのが待ち遠しい。なんたって、教室に本物の王子様がいるのだから。


            ・


 月曜日の教室は、おおむね好意的な反応で迎えられた。

 オルランドたち、というより専らメアリ嬢のお陰である。それとエレクトラ姫様の輝くような人徳が決め手となった。

 エイダが庶民の出であることは隠さず、そして彼女には既に強力な友人関係が築かれていて、そして誰か陰口を不用意に叩こうものなら、即座にオルランドらに知れる手筈になっているのだ。

 オルランドは役割分担の都合で、男子生徒にエイダの陰口など言わないように釘をさす役となったのだが、その時オルランドは、自分に敵意を持っている男子生徒がいることを初めて知った。


「善人ぶるな、この悪女め」


 リチャード・カーストンはいきなりこんなことを正面きって言い放ってきた。


「お前たちが売る悪魔の機械がどれだけ庶民を苦しめ、山河を汚しているか、思い知らせてやろうかこのあばずれめ」


 ここまで汚い言葉を面と向かって言われるとは思ってもいませんでした。


「夜道には気をつけるのだな下劣な雌犬。私と同じくお前をよく思っていない先輩もいるのだぞ」


 夜道のくだりでいつぞやの襲われたときの記憶が蘇ります。もしや。そしてもう流石にここまで言われては我が家の誇りに関わります。

 ここは殴りかかるべき時でしょう。たとえ腕力で全然叶わないとしても関係有りません。逆に散々に殴られて侮辱されるとしても構いません。とにかく、その澄ました顔に殴りかからなければなりません。ですが、


「待つのだ、レディ・オルランド」


 振り上げようとしたオルランドの腕を掴んだのは、


「下劣な性根を表したのは、傍目から見てどう考えてもお前じゃないか、カーストン」


 ユライア王子だ。王子のまなざしはいつもとは違い怖いほど鋭い。その美貌が怜悧な鋭さを帯びる。

 王子はオルランドの手を放すと、更に一歩進み出て、


「レディにおこなった卑劣な行いを恥じないのなら、お前の口から出る義憤とやらは全く変節漢の戯言じゃないか。

 私はもう貴様に恥を知れとは言わまいよ。貴様の顔は既に恥で塗りたくられているじゃないか。さぁ、さっさと荷物をまとめて出て行け。貴様に相応しいのはこの教室ではない。ごみ溜めだ」


 リチャード・カーストンは顔を真っ赤にして王子を、そしてオルランドをしばらく睨みつけていたが、やがてきびすを返して教室から出て行ってしまった。

 オルランドはその時自分がどれだけ頭に血が上っていてたのか、思い知った。膝が笑う。だが王子にまずお礼を。頭を下げるオルランドの肩を王子は軽く叩き、


「災難だったな……

 しかし見直したぞ。面白い奴だなお前は」


 ユライア王子はオルランドにだけ見える位置で軽くウィンクした。既に神経がかなり参っているのに、そんなドキドキするような事は止めてほしい。


 オルランドは一人廊下に出て、呼吸を落ち着かせようとした。



「何故連れてきた」


 不意打ちはやめてほしい。いきなりすぐ傍に、隣のクラスのジェリー・クランチャーがいた。


「何……」

「エイダ・クレアだ。何故連れてきた」


 オルランドは落ち着いて答えた。


「エイダの生徒手帳がようやく発行されましたのよ」

「だから、何故だ」


 埒があかない。だが向き直ろうとしたとき、クランチャーはそこにはいなかった。

 困惑していると廊下の向こうから騒がしい足取りが近づいてくる。

 生徒会書記と体育会系の上級生の二人がオルランドを挟んでそれぞれ腕を掴む。


「何をするんですの?」


 掴まれたところが痛い。


「すぐに来なさい。弁解の機会を与えるわ」





 午前の談話室で、オルランドは5人に囲まれていた。ジェリー・クランチャーも背後の位置にいる。今日はお茶は無いらしい。


「弁明の機会を与えよう」


 生徒会長が口を開いた。しかしオルランドには何がなんだかさっぱり判らない。


「何を……」


 刺々しい空気にオルランドの背が心持ち縮こまる。


「なぜ、プレーヤーキャラクターを隠していたの?」


 書記の言葉にも心当たりは無い。しかし、

 今日何があったか。リチャード・カーストンとの喧嘩か?いや違う。カーストンを隠したりしていない。エイダの初登校か。ここで先ほどのクランチャーのセリフが噛み合う。

 エイダが、プレーヤーキャラクターだったのだ。


 いやエイダは女性だし、とオルランドは思い直す。ギャルゲーの話ではなかったのか?

 そこでオルランドは別の可能性に気が付いた。女性向けだ。いわゆる乙女ゲー。


 オルランドの前世の記憶は男性であった事もあり、そのあたり余り詳しくない。だが、現状が分かる程度には推測も出来る。

 オルランドは、自分が重大な勘違いをしていたことを悟った。


 エイダは庶民だ。間違いなく乙女ゲー、恋愛・育成シミュレーションゲームのプレーヤーキャラクターで、そして今、私がエイダの身柄を確保してゲームのイベント進行を妨害し続けたと、彼らにそう思われているのだ。

 オルランドは今、彼らを裏切ったと思われているのだ!


「何故隠していた!!」


 体育会系のジョン・バーサッドがオルランドの肩を掴む。


「言え!」


 痛い痛いイタイイタイイタイイタイ。


「残念だよ」


 生徒会長の言葉は何時にも増して冷たかった。


「君には懲罰房に入ってもらおう。うん、あるんだよ懲罰房が。ここ数年使用認可は出ていないという話だったが、仕方ないな。

 エイダ君は私たちが預かろう。今からでも私たちが付きっきりで導けば、まだぎりぎり間に合うはずだ」


 それでいいね、という生徒会長の言葉に、合意の頷きがそれぞれされるのをオルランドは見た。


「それじゃあ連れて行くぜ」


 ジョン・バーサッドはオルランドの腕を掴みなおす。罪状はどうするんだというクランチャーに、


「どうとでもなるさ」


 生徒会長は冷たく答えた。


 オルランドはその間、自由になっているもう一方の手で、ポーチの中身を探っていた。求める中身を掴むと、バーサッドが談話室の扉を空けようとしてオルランドの腕を使う力が弱くなった機に身をよじって自由になった。


「やめて!」


 オルランドはジョン・バーサッドの鼻先にそれを突きつけた。


「おい、なんだそれは一体」

「見ての通りの拳銃よ」


 離れて、と言うと大人しくバーサッドは二歩ほど離れた。


 オルランドの構えているのは、特製の30分の1足径自動拳銃だ。

 量産を全く度外視した代物で、ばねぜんまいで3発だけ自動再装填動作がおこなわれる。最初に装填する1発を含めると4連発銃だ。

 銃身にはライフリングが掘られ、銃尾にはばねぜんまいが動かす閉鎖竿がある。銃弾は端を真鍮で塞いだ紙筒の薬莢だ。中身は綿火薬でピクリン酸の雷管が付いている。どれも時代を100年以上先行している代物だ。

 安全装置代わりに撃鉄の下に押し込んでいた楔をオルランドは引っこ抜く。パチンとぜんまいのラッチが外れる。


「大体前世の45口径に匹敵する威力ですので、当たり所が何処でも、大抵死にますわよ」


 ハッタリだ。オルランドは必死だった。前世持ちたちの身体能力の程度によっては、全く効き目が無いかも知れないのだ。

 だが、銃を目にして前世の知識は今無条件に前世持ちたちを縛っていた。


「滅茶苦茶だ」


 ジェリー・クランチャーが言う。


「気が狂ってる」


 バーサッドはそこまで言うか。


「気違いオルランドめ」


 そんな渾名を今作らないでください。オルランドは後ずさって談話室から出た。


「追ってこないで下さいね」


 そう言ってドアを閉め、階段を駆け下り教室へ急ぐ。

 ごめんなさいエイダ。初登校が、初日がこんな終わり方をするなんて。オルランドは懲罰房とやらに繋がれるつもりも、エイダを彼らの良いようにさせるつもりも無かった。


 だから、戦争の準備をしなくては。

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