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16:スチュワート銀行

 土曜日の会合は、思っていたよりずっと大げさなものになった。会場はシティホールつまり市役所で、メンバーには市長と牧師が入っていた。

 つまりスチュワートの本当に主だった人間が集まっていることになる。スチュワート校の関係者を除いて、だが。


 総勢20名。スチュワートにとって最大の当事者である筈のスチュワート校関係者が居ないことと、そして皆の視線に、オルランドは考えていたことが裏打ちされたことを悟った。


 スチュワートは大学の付属物である現状に、決して満足していない。

 国中を産業革命の嵐が見舞う中それはスチュワートを素通りして行ってしまっていた。知り合いの織物工房の主人が紡績工場の資本家に、新しい社会階級へと上昇していくのを指をくわえて見ているしか無かったのだ。

 勿論、機械を買えば生産量はすぐに増すことが出来る。しかし誰に生産物を売るのか、機械を買う金はどうやって作るのか、小さなスチュワートの住人には手段が無かった。

 これまでは。


 オルランドは先手を取った。


「皆様、忙しいなか本日の機会を設けていただき、まことに有難うございます」


 この場の人間では部外者にあたるオルランドが場を仕切るのは異常な事態だったが、彼女にはこの場を呑んでしまえる自信があった。

 背後にフロック姿の使用人マーティンを従えて、制服姿のオルランドは自信満々の口調で続ける。


「ここスチュワートに革命の日がやって来たことを、私はこの場に来て確信いたしました。皆様のお顔に決意がみなぎっている事を見て取ったからです。

 ですから申し上げましょう。

 ゼーゼル商会スチュワート製鉄所は、今年最初の雪が降る前に鋼鉄を出荷いたします。私どもは新技術を用いまして、一日に5万ポンドの鋼を生産するつもりです」


 マーティンに目配せすると、彼は代わって喋りだした。ゼーゼル伯の信用厚いマーティンは、いつでも必要なときにはジェントルマン然として振舞うことが出来た。


「これら鋼材は、そのまま出荷されるほか、敷地内の工場で新種の小型ボイラー及び蒸気機関を作るのに用いられます。

 また板金、丸棒、そして橋を作るためのゼーゼル商会標準構造材が生産されることになっております。

 新型ボイラーは従来の半分の石炭で同じ熱を供給します。新しい蒸気機関は、他社の三分の一の石炭で同じ動力を生み出すことができます。

 これらは全て、高い圧力に耐える鋼鉄のおかげなのです」


 性能についてはかなり適当な事を言っているが、まぁぎりぎり嘘ではない。

 オルランドが言葉を継ぐ。


「これらはただゼーゼル商会のみによって達成されるものではありません。

 既にクラムルズ工房には耐火煉瓦を、スペンロー製作所には工員宿舎及び事務所の建設を、チアリブル商会には事務所備品調達を助けて頂いております。そして、工場建設が済むまでに、我々は更に多くの方々のご助力を頂きたいと思っております」


 オルランドはここで皆を見渡す。


「ですが工場一つでスチュワートのどれだけが変わるというのでしょうか。街外れに黒い煙を吐く工場が一つ出来るだけでは、何が変わるというのでしょうか。

 ここで私が提案いたしますのは、スチュワートを変える皆様の行動であります」


 一息置いて、


「私オルランド・ゼーゼルとゼーゼル商会は、スチュワート銀行の創設を提案いたします。

 スチュワート銀行は、新技術に投資する進取の気風に溢れた地元の商業者に、優先して低金利で資金を貸し出し、設備投資を奨励すると共に、そこから生まれる富を更に再配分いたします。

 また、長期の利益に基づき、公共投資のお手伝いをすることもあるでしょう。

 例えば、労働意欲に溢れ知識と経験を備えた若者を雇用したいと、皆さん常々お思いのことでしょう。しかし、そういう若者を生み出す教育施設がこの街にあるでしょうか?

 しかし実際にあるのは貴族の為の学校、これがスチュワートの現状です」


 一同、静かに言葉を待つ。が、語り出したのはクラムルズ氏だった。


「スチュワート銀行、結構な話です。両手を挙げて賛成したいところですが、そもそもこれはゼーゼル商会にどのような益があって、このようなお話を持ちかけていらっしゃるのでしょうか?」


 オルランドは待ち構えていたように応える。


「もちろん益はございます。先ほども申し上げました通り、ただゼーゼル商会のみによって製鉄所と工場の建設、そして運営をしようとは思っておりません。それは不可能でしょう。

 高い技術を持つ地元商業者、優秀な労働力、そして進取の気風を持つ土地の風土が必要です。

 勿論、ただで得られるとは思っておりません。

 そのためのスチュワート銀行創設です。ここスチュワートへの投資は、製鉄所建設の一環をなしているのです」


 クラムルズ氏は大いに納得いったという風に手振りを加えながら、


「極めて納得できるお話です。これは是非とも、私もスチュワート銀行創設の発起人に加えていただきたい。そしてそれは皆さんも同じ考えなのではないでしょうか?」


 場の空気が揺らいでいるのを感じる。誰かが一歩前に進み出て語り始めた。


「もう覚悟を決めよう。何が何でもスチュワート銀行を生み出そうじゃないか。目の前の闇を払う機会がようやく訪れたのだ。

 俺は何があっても成功させる。

 皆はどうだ?

 拍手をもって賛意を示してほしい」



 一息間をおいて、誰かが拍手を始めた。やがて拍手は全員による大きなものになった。


「スチュワート銀行万歳!」


 誰かが叫ぶ。


「他にどなたか異論はございますか、なければ異論無きとみなし、スチュワート銀行の役員選出、定款制定と参ります」


「異議無し異議無し!」


 既に根回しされていた通りの役員と定款が決まり、設立願いが財務省に出される運びとなった。最大の出資者はゼーゼル商会でそれは7割に達し、役員会では単独の議決権を持つ。

 会場の皆が打ち上げと称して酒でも飲む気になっていた頃、オルランドとクラムルズ氏は廊下で顔を合わせた。


「うまくいきましたな」

「これも皆ミスタ・クラムルズのお陰です。感謝の言葉もありません」


 先程のクラムルズ氏の質問は勿論事前の仕込みあってのものだった。


「スペンローとノッグズはオルランド様への貸し出しに同意しております。偽会社をご用意ください。口座に幾らでもお積みいたしましょう。一年経つまで誰も気付かないでしょう」


「それまでに蒸気ボイラの売り上げだけで全て返済できるわ」


「さっきの拍手を求めた男がノッグズです。あいつ、オルランド様の蒸気クロウラーにぞっこんの様です。見所のある奴ですから、何か用事があればお声をおかけください」




 クラムルズ氏が去るとマーティンがやってきた。


「お嬢様、先日の資料に書くことが出来なかった報告があります」


 せっかくのいい気分に水をさされる。


「話して」


「ダウニー家の御曹司チャールズ・ダウニー様、バーサッド家の御曹司ジョン・バーサッド様、サウスコット家のご令嬢アンナ・サウスコット様らに関して、奇妙な言動と行動が多く見られたという話を幾つも聞くことができました。

 特に異常な身体能力、例えば3階から飛び降りて平気である、30分で6里半を移動して汗一つかいていない、魔獣をお一人で討ち取られたなどという話を聞きだすことが出来ました。

 特に最後の魔獣の話ですが、これは御三家共に聞くことが出来た話で、積極的に狩りに行っているという噂までありました。

 裏付ける話として、ジョン・バーサッド様は去年の夏、ベンゼ島へご旅行なさっていますが、あそこは魔獣で有名なハリファット諸島への船便がある場所でもございます」


「クランチャー家とマネット家については?」


「その二家につきましては、申し訳ありません。上手く探り出すことができませんでした。奴らどうも上手く隠しております。

 ……お嬢様、お気をつけください。噂が本当ならばただならぬ相手です」


「わかっているわ」

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