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15:オルランドによる前世の回想

--オルランドによる回想です--

 今日は私の前世のお話をしましょう。


 私の前世は男性でした。

 小さい頃は大変でした。全く別の身体を持っていた記憶がある訳です。この記憶は小さい頃には良く寝込む原因にもなりました。大きな身体を持っていた記憶は、何度も怪我の原因になったものでした。


 前世の記憶のうち、身体的なものを無視できるようになるまで随分かかった気がします。

 思春期に入って、胸が膨らむような頃になるともう一度悩まされましたが、それはまた別の話です。

 とても小さい頃は、自分の中の記憶が嫌でよくぐずって泣いていました。記憶が混乱して、何が嫌なのかもわからなくなるのです。

 ただ、精神的な部分では随分と前世の記憶に助けられた気がします。

 小さな頃から、私の中には強い力の感覚と自信が溢れていました。大人の男性の力があるというのは全くの幻想でしたからそのうち無視するようになりましたが、自信は私の支えでした。

 何と言っても彼、前世の私には多くの経験があったのです。

 暗い場所も、奇妙な音も私は怖がることがありませんでした。痛いときも、きついときも、私には耐えられることが判っていました。


 前世の記憶が本当に役に立つようになったのは、物心付いてからでした。

 それまで私を苦しめるだけだった混乱した記憶の塊が、いつしか私の好奇心に答えてさまざまな事を教えてくれるようになったのです。それは私の世界を大きく明るく塗り替えました。

 そうやって時折に私の疑問に答えるようになった記憶に、何らかの脈絡があることに私は気づきました。

 やがて私はゆっくりと、自分のものではないその記憶たちを、一つの物語として纏め上げていったのです。



 その物語の主人公は英雄でも王子様でもありませんでした。

 彼は庶民でしたが事業を起こし、そして失敗して失意の元に死にました。31歳でした。ですから私には31年分の余計な知識と経験があることになります。


 彼の生涯はざっくり言って不幸なものでした。

 彼には才能が有りましたし幸福な瞬間もありました。ですが信じた人に裏切られるというのは、決して人生の上であって欲しくないものでしょう。彼にはそれが三度もあったのです。


 さて、彼の前世を物語る前に、彼の世界について説明しないといけません。というのも、私たちのこの世界とは大きく違うからです。

 まず魔法がありません。呪いもありません。魔法や呪いといった言葉はあるのですが、それは幻やインチキの話だと思われていたのです。

 魔法が無いのですから、物理法則も違うはずです。ですが彼らは私たちとは大差なく暮らせていました。代わりに電磁気学の研究が進んでいて、電気による明かりや暖房、電気による料理、電気の鉄道や電気による通信機械や計算機械が使われていました。


 そしてもう一つ大きな差が、時差がありました。

 その差およそ250年。彼らは250年先の未来に住む未来人だったのです。

 ですが、私たちの世界の未来ではありません。それは悲惨であり栄光でもある奇妙な未来でした。


 70億の人々が世界に暮らしていました。

 巨大な飛行機械が大陸を行き来していました。人は月にまで行っていました。かつて巨大な戦争があり、世界を滅ぼす爆弾が造られていました。

 裸で暮らす野蛮人たちはもうその世界にはいませんでした。男たちは皆シャツとパンタロンを履き、女たちは誰もコルセットを着けていません。

 70億人の半分は飢えていましたが、残り半分は恐らく生涯飢えとは無縁の生活を送ったでしょう。飢えていない人々は全て、飢えた人々もその大半が教育を受けていました。

 その世界の最大の敵は疫病でした。

 魔法も呪いも、そして聖化も無い世界です。疫病はその世界の恐るべき殺戮者でしたが、その未来の人々は疫病を克服しつつありました。聖化によらずに、疫病は押さえ込むことができるのです。

 明らかに私たちのこの世界より豊かで優しい世界でしたが、決して幸せな世界ではありませんでした。幸せは文明の進歩のみによってもたらされるのではなかったのです。


 そういう世界に彼は生きていました。

 彼は東洋の島国の人間で、その時々のテレビ、電磁波による情景通信の影響で、子供の頃は大きな金属のゴーレムを作りたいと思っていたようです。

 テレビというのは眼で見たとおりの情景を機械で送ったり受け取ることができる仕組みで、その頃にはどんなに幻想的な物語でも、その情景を自由に作れるようになっていて、だから子供たちはみんな、そのテレビに夢中だったのです。


 彼が作りたいと思うものは、そのテレビの内容によってころころと変わりましたが、大学に進む頃には、そういったものを実際には作ることが出来ない事を悟るようになっていました。

 結局テレビが見せていたのは夢物語だったのです。


 次に彼がぼんやりと作りたいと思ったのは飛行機械でした。恋人もできて、恐らくその頃が彼にとって一番幸せな頃だったのかも知れません。

 やがて彼は、飛行機械にも自動車両にもなる、一種の万能機械の開発に誘われました。彼らはそれを、空飛ぶ自動車と呼んでいました。

 その頃には彼は、自分には飛行機械を作る仕事に就けないのではないかという疑念にさいなまれていましたから、悩んだ末、彼はその誘いに乗ったのです。


 彼は大学を辞めて、その空飛ぶ自動車を作りはじめました。

 誘った男は口がうまく、出資者をいい気分にさせるのがとても上手でした。勿論仲間たちをもです。誘われた仲間たちは10人くらいいました。

 みな若く、世の中に既にあるものを小馬鹿にして、自分たちの成功を心から信じていました。空飛ぶ自動車が鳥の群れのように空を埋め尽くす情景を夢見ていたのです。


 彼らは必死に働きました。彼らの仕事は注目されました。彼が結婚したのもこの頃でした。大学にいた時からの恋人と結ばれたのです。

 しかし、空飛ぶ自動車の開発はちっともうまくいきませんでした。

 鳥のような翼は更に大きくなり、折りたたむのが難しくなりました。彼らは機械の力で翼を畳んだり開いたりすることを考えていましたが、その機構は高価につきました。

 空飛ぶ自動車はほとんど荷物を積めませんでした。誰にも買えないほど高価なものになりそうでした。法律はその機械を飛ばすために特別な免状を得ねばならないと決めていました。空飛ぶ自動車が空を埋め尽くすことは実現しそうにありませんでした。

 そしてそもそも、そんなことは最初から分かる事だったのです。


 彼らは必死に働いた結果、それらのことがようやく薄々分かるようになってきていましたが、あんまり多くの労力を注ぎ込み過ぎていたので、誰も大きな声では言う事が出来なくなっていました。

 皆は口のうまいリ-ダーが最初によく考えて始めたのだとばかり思っていましたが、空飛ぶ自動車の開発は実際には、馬鹿な出資者に受けの良いだけの事業だったのです。


 資金繰りに危うさが見え始めたころ、口のうまいリーダーが、出資者たちのお金を抱えたまま消えました。空飛ぶ自動車の事業は、今やれっきとした詐欺事件でした。

 残された者たちは、金を返せと裁判を起こす者や、未だに空飛ぶ自動車を信じている出資者たちを相手に混乱した日々を送るようになります。

 日々の糧を稼ぐために彼らは自分たちの技術を切り売りして凌ぎました。債務が彼らの肩にのしかかっていました。


 残された者たちのリーダーとなったのが彼でした。それは単なる貧乏くじを引いた結果でした。

 彼は出資者たちを訪ねては債務の放棄を乞い、新たな出資を乞い、あるいはただひたすらに許しを請いました。残された者たちに細かな仕事を見つけてきて、日々の糧を与えました。

 そんな中彼は、新しいアイディアを思いつきました。それは空飛ぶ自動車ほど派手ではありませんでしたが、よくよく考えると実現可能で将来性のあるアイディアに思えました。


 荷物を運ぶための無人の飛行機械を作るというのがそのアイディアでした。

 二千ポンドの荷物を抱えて、誰の手を借りることなく700里を飛ぶ機械を、既に安く売られている自動車両用のエンジンを使って安く作るのです。

 人を乗せないことによって、機械は更に安くなりました。前世の政府は、様々な機械が安全であることを保障させる義務を製造業者に負わせていましたが、人を乗せないなら当然その義務を免れるのです。

 人の手を借りずに飛行機械を飛ばすには、飛行機械に賢さを与えなければなりません。ですが前世の世界ではそれはもはや容易なことでした。一秒間に一億回の計算をする機械が、小麦袋を買うより安く手に入ったのです。

 この飛行機械は無人ですから労働者を雇う必要は無く、労賃は一切かかりません。それはいわば馬を自動機械に置き換えるような話です。ですが機械の馬と違い飛行機械には、馬の前に飛び出してくる小さな子供は空の上にいないという、大きな利点があったのです。


 いいことずくめの計画に見えましたが、出資者たちのお気には召して貰えませんでした。彼は新しい出資者を探しましたが、遂にお金も尽き裁判も終わり、彼は空飛ぶ自動車のための株式会社を清算しました。

 この時に彼は多くの人から恨まれましたし酷く怒られました。ですが会社の清算は遅かったくらいでしたし、それに彼には、自分のアイディアを実現するという新たな目標が出来ていました。


 彼の新しい会社は、当分彼ひとりきりの会社になる筈でした。彼は小さな仕事を引き受けながら、自分のアイディアの実現に必要な技術をひとつひとつ開発していきました。

 無人の機械でも空を飛ぶものは最低限守らねばならない決まりがありましたから、それを一つ一つ確かめもしました。また出資者を探しに、多くの人を訪れて自分のアイディアを説明しました。


 そんな時に、彼は自分の妻に裏切られました。姦通でした。

 その頃の記憶は、重苦しい棘に埋め尽くされていて、思い出す為には死にたくなるような苦痛を引き受けないといけません。彼の妻の記憶は、その出会いから別れまで、真っ暗な廃坑の底のような絶望に、未だに押し込められたままです。

 彼は妻と離婚し、そしてしばらく死人のようになって暮らしました。

 異世界の惨めな暮らしが私たちの世界の惨めさとどのくらい違うか、それは驚くほどでしたが、ですが惨めなのは変わりません。この時期の記憶は何もかも灰色です。


 彼を生者の世界に呼び戻したのは友人たちでした。友人たちは彼を気分転換に誘い、美味しいものを食べさせ、久しぶりに世間の風に当ててやったのです。

 彼はしばらく友人の仕事を手伝ったあと、再び自分のアイディアの実現へと戻っていきました。


 ごく僅かでしたが熱心な投資家を味方に付けて彼は最初の試作に取り掛かりました。

 ですがその頃に国家の法律が変わり、彼のアイディア通りに無人飛行機械を飛ばせる望みが無くなりました。無人機械に対する安全のための制限は既にあったのですが、それが更に厳しくなったのです。

 彼は母国で無人飛行機械を実現する望みを捨てざるを得ませんでした。代わりに彼は、大洋の向こうの大国へと渡り、そこで実現しようとしました。大国は制限が少なく、彼のような発明家に優しい国でした。

 彼はすぐにその国で投資家を見つけて、無人飛行機械を作り始めたのです。彼の無人飛行機械は飛び始め、彼は注目されるようになりました。


 そんな時に彼は、彼の友人が自分を誹謗するのを聞いたのです。彼を陰鬱な世界から引き揚げてくれた友人に、彼は心から感謝し、信じ切っていたので、その友人の発言は彼の心を簡単に引き裂いてしまいました。

 その友人は、軽い気持ちで言ったのでしょう。海外で成功し有名になった彼をやっかむ心も少しあったかもしれません。親しい関係は軽い悪口など問題にしないと考えていたのかも知れません。

 ですが、彼を投資詐欺の片棒を担いでいた悪い奴だと謗るのは明らかに間違った嘘で、それはその友人も知っていた筈の事でした。

 彼の心はその時完全に壊れてしまいました。口の上手いリーダーの裏切りにも、妻の不義にも耐えた彼の心はもう、裏切りに耐えられなかったのです。


 彼はその日の夕方、無人飛行機械の仕掛けをちょっと変えて、その飛行機械の中に潜り込みました。

 彼は水鳥の羽根で出来た暖かい服を着て、そのまま薄暗い機械の中に横たわり、そして飛行機械が空に舞い上がるのを待ったのです。

 飛行機械はやがて騒がしく空に舞い上がり、そして西に向かって真っすぐ飛び始めました。

 飛行機械はそのまま、燃料が無くなるまで飛び続ける筈でした。燃料が無くなれば飛行機械から飛ぶ力は失われ、大地へと落ちてしまいます。

 そして彼は死んだ筈です。彼自身にその死の瞬間の記憶はありません。彼は飛行機械が大地を離れてすぐ寝てしまいました。


 前世の彼の最後の記憶は、暖かな眠りにつくところで途切れています。

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