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13:大学棟

 教務棟のそばに大学へと昇る階段がある。大学への入り口は複数あるが、高等学院からは、この一か所からしか入れないようになっている。

 階段を上る途中で上級生に見とがめられるが、気にせず笑顔で手を振って相手にしない。大学の建物に入ってうろうろする。建物裏の路地のような場所でまた見咎められたが、オルランドはこれ幸いと、スキムポール教授の居室の場所を尋ねた。


「……で、すみませんがスキムポール教授の」


「あのね、高等学院の生徒はここに入ってきてはいけないんだよ。入学のとき説明があったろ?」


 オルランドは高等学院の制服の下、腰に付けた物入れから青銅のメダルを取り出して見せた。それは大学の学生の証だ。オルランドの名はそこにはっきりと刻まれていた。

 相手は手に取ると、誰のものかと聞いた。


「勿論私のものです」


 駄目押しに、高等学院の学生証の手帳も見せてやる。二つ共に同じ名前が並んでいるのを見た相手の表情に、困惑の度合いが深くなる。


「……は?

 意味わからん。なんで両方持っているんだ?」


 オルランドは、大学制度の抜け道を教えてやる気分になっていた。


「大学に在学していても、高等学院の入学資格は得ることが出来ますのよ」


 相手が絶句するのに構わず、相手の手からメダルを取り返すと、もう一度聞く。


「それで、スキムポール教授の居室はどちらに?」





 同様の詮索を途中あと2回受けた。段々腹が立って来たので、メダルを見せて押し通ることにした。スキムポール氏の居室は東側の大きな塔の中にあった。

 居室に来るまでの経緯をスキムポール氏に説明すると、彼は呆れかえった。


「そりゃそうだ。そんな恰好をしていれば当然聞かれるだろう」


「これからは慣れて貰わないといけませんわね」


 部屋は20足四方で、東にふたつの窓が開いている。部屋には本と雑多なガラクタが溢れかえっていた。

 まず聞くのは最大の懸案だ。


「エイダ嬢の入学の件、進展はあったのでしょうか」


 気の無い表情だけでどういう状況か分かる。


「誰か熱心な反対者でもいるのですか?」


「それを聞いてどうする」


「対処するまでです」


 スキムポール氏は渋い顔をした。


「そもそも高等学院の入学選考に大学教員が介入できるかと言えば、そういう筋合いは存在しないのだ。関わることすらおかしい」


 もしかしてこれは、エイダ嬢の入学拒否に対して、介入どころか事実確認すらしていないという宣言ではなかろうか。


 私は舐められているのだろうか。スキムポール氏のスチュワート校教授への任官に際して誰が運動したと思っているのだろうか。

 名目上はゼーゼル伯、実際はオルランドが全部やった。随分と手紙も書いたしお金もばらまいた。

 そこまでしてもらっておいて氏は、私を勝手に推薦してスチュワート校の大学生にしてしまい、指導官としてオルランドの業績をおいしく頂こうとした訳だ。


 この腹立たしい恩を仇で返すやりくちをオルランドは逆に利用した。彼女は高等学院生でありながら大学生という二つの身分を自己都合で操って、スキムポール氏から距離を置いている。

 さて、机の上に知った本が数冊ある。いずれも西方の冶金術の本だ。


「私、次は冶金術の本を書きますわ」


 また私一人で書きますという宣告だ。スキムポール氏の顔色が変わる。私を充てにしていたのならそれは申し訳ありませんでした。

 可愛そうなので、用意しておいたネタを投げる。


「ところで先生、高等学院の生徒に、前世持ちがあと五人いるとはご存知で?」


 スキムポール氏の目の色を伺うが、視線は暗くわからない。


「……誰と誰だ?」


 オルランドはそれには答えず、


「エイダ嬢に関しては、もう何も言いません。ところで、そうですね、北向きの窓のある塔の部屋、どこか空いていて使ってよい場所はありませんか?」


 これは取引だ。ややあって、


「極光の塔の四階が確か空いている。使用許可は貰っておく」


 オルランドは生徒会長の名前を出そうとして、少し考える。


「マネット家のお嬢様、あの方、私のそれと同じ国で過ごした前世を持っていらっしゃいます」


 あの集団は生徒会を中心に固まりすぎている。生徒会長の名前を出したら芋蔓式に全員割れてしまいそうだ。

 スキムポール氏の視線が宙を向く。


「マネット家の……」


 流石にマネットの家の名前はインパクトが大きい。あの家柄にはスキムポール氏の手も出しにくいだろう。


「残りはおいおい、お教えいたしますわね」


 うまくすれば、スキムポール氏の欲望は、他の前世持ちに干渉する手駒として使えるだろう。




 極光の塔の四階は書架だった。

 暗い室内に書棚が並び、かび臭い匂いが満ちている。北向きの窓は確かにあった。これは少し空気を入れ替えたほうが良いだろう。窓の木枠をこじって、窓を開け放つ。


 眼下に、高等学園の全景があった。西側遠くに、例の談話室がぽつんと屋根の上に突き出しているのが見える。ここなら問題ない。


 懸念が解決したので、改めて室内を見渡す。

 考えるにここは私の大学での拠点になる。そう考えるとオルランドはちょっといい気分になると同時に、室内の本に興味が向く。

 書架の間を歩く。

 本は殆どが歴史書の類だ。一冊を手に取る。湖北地方10世紀頃の貿易と農産物についての本だった。本を戻し、別の本を取る。サウザンヒルの先史文明の本だった。


 文字の無かった頃がどうだったかは、当然ながら伝える記録は無い。だが勿論人々は暮らしていたし文明もちゃんと存在していた。ただ単に文字がなかっただけなのだ。

 記憶と記録が呪いの源泉であることを考える。

 信じるという事は魔法の発動条件だが、それは記憶を保ち続けるという事でもある。

 文字による記録無しに長期にわたって記憶を保ち続けることが難しいことは、今私たちが先史文明についてたいしたことを知らない事実が証明している。

 つまり先史文明には呪いは少なかっただろう。誰も人間の記憶よりも長く呪いを保ち続けることが出来なかった。

 勿論歌や口承文学として語り継がれれば話は別だが、そうして今に伝わっているものは少ない。

 だがここに矛盾がある。文字を持つ文明、ガリツァの侵略者たちがこの地に来たとき、立ちふさがったのは強力な魔法使いたちだった。古代魔法のやりかたでは絶対に再現できない威力の魔法が、鋼の剣を掲げ騎乗したガリツァの戦士たちの上に降り注いだのだ。


 2世紀のガリツァの記録には、サウザンヒルに住む人々がどう暮らしていたのか垣間見ることができる。

 屋根に土をかぶせ苔を植えた家に住み、農業は行っているものの、それは小麦ではなく収量は恐ろしく少ない。太陽と鳥を崇拝し、都市は無く、貨幣経済も無く、ただあちこちに巨大な石造建築物が散在していた。それらを現地住民たちは呪いだと言う。


 ただ呪いだとしか彼らは答えなかったから、石造建築物たちは今の歴史家の飽くなき妄想に燃料を供給し続けていた。

 いわく古代の都である、いわく古代の暦である、あるいはあれは古代の祭祀の場であり、石の門の下で若き乙女たちの臓腑を引き出して神にささげたのだ、とかなんとか。


 三度の会戦でそれぞれ千人近くを打倒した魔法使いたちは一体どこに行ってしまったのか。ガリツァの記録は明らかにしていない。我々が読むことが出来るのは、彼らが侵略をあきらめて防御線を築いておよそ一世紀後の記録である。

 巻末に遺跡のリストと地図がある。どうも石冠と呼ばれる巨大な築塁が、ここスチュワートの近くにあるらしい。

 径二千足の盛り土を囲むように自然石の石の柱が立ち並んでいるとの事。ハイキングで行けそうな距離である。風光明媚ならハイキングとしゃれ込むのも良いだろう。




 大学から高等学院へと階段を下りながら考える。

 エイダ嬢の件については高等学院の教師に突撃をかけるより他あるまい。うちの父親経由の問い合わせは届いている筈だが、返事はまだ返っていないと聞く。

 ヘンリーヴィル伯からの働き掛けもあったはずだが、どうだったかは聞こえてこない。先日伯へと送った手紙の返事はまだ届いていない。

 眼下にはちょうど教務棟がみえる。いっそ今突撃してしまおうじゃないですか。

 窓口で数学のギャスパール先生を呼び出してもらう。


 窓口は教師と生徒の間に立ちふさがる壁だ。


 高等学院では基本的に生徒と教師の個人的付き合いは良くないものとされている。

 もし何らかの個人的優遇があったとしよう。実際には無くてもいい。するとどうなるか。

 依怙贔屓があったと見做されるだけで、生徒の親の権力の暴虐が教師を見舞うだろう。だから教師は基本生徒とは極力没交渉を決め込み、窓口の向こうへとさっさと退却してしまう。


「だから生徒会の権限は極めて強くなっている。教師が何もしない分、我々が働かなくてはならない。自主管理の原則も結局ここに原因がある。連中は面倒事を全部、生徒に押し付けたのだよ」


 そう言っていたのは生徒会長だ。

 生徒が教師に用があるときは必ず窓口を通す決まりだ。そうすれば少なくとも記録は残る。

 窓口の前に椅子が二脚とテーブルがある。オルランドと数学教師ギャスパールはそこに座る。呼び出した生徒と教師は、ここで話を済ませる慣習となっている。

 ギャスパール先生のしかめ面と対面する。実のところオルランドは数学教師にあまりよく思われていない。全国の数学教師にだ。

 以前遊びで出版したパンフレットのせいだ。


 「全ての数学の問題はモンテカルロ法で解ける!」アレに腹を立てなかった数学者は国内にはいないだろう。勿論冗談だったのだが、今となってはあの頃の茶目っ気が恨めしい。


「先生、エイダ嬢の件です。彼女は入学者としての資格を全て証明したうえで、全ての手続きを完了しています。彼女に学生証を交付しないのは何故ですか。理由をお聞かせいただけませんか?」


 目の前の人物のしかめ面が更に深くなる。


「あぁ……ええと……エイダ嬢ね。そう、彼女は手続きを終えていない」


「具体的には何の手続きを終えていないか、お教え願います」


「だから、学生証の交付が終えていないのだよ」


 自己撞着めいた言い訳にムカッときたが、冷静に対処しなければならない。


「では、学生証を紛失した生徒は学生では無いのですか?学生証の再発行は可能ですよね?」


 ここでひと呼吸置いて、


「ではエイダ嬢の学生証再発行手続きをしたいと思います。彼女は高等学院生徒であり、ただ単に学生証を持っていないだけです」


「だから彼女は……」


 そこでギャスパール先生は言葉を切り、


「いい、やりたまえ。勝手にやりたまえ。だが君、結果は無駄だと思うよ」


「何故ですの?」


 ギャスパール先生は席を立ちながら言った。


「彼女に入学を許可しなかったのは、校長の指示だよ」



 大学長は高等学校の校長を兼ねていた。校長は城主であり領主でもあった。

 彼の権力は学内に限り絶対だった。

 かつてはスチュワートの小さな封領全体に及んだ権力も、大学の外はずっと昔にサウザンヒル領として代官が、今は市長と監査官が治めるようになった。だが大学内では領主の権力は未だ何にも制限されることが無かった。


 高等学院の校則には、校長の決定を覆すことが出来るような制度、手続きは何もなかった。成績評価に不満を持つ生徒が教師を告発する制度も、校長は対象外だ。

 こうなってはもう、校長に会うしかない。しかし、具体的には一体どうすればいいのか、オルランドには見当もつかなかった。

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