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12:オルランドによる幼い頃の回想#4

--オルランドによる回想です--

 同じ年頃の友達一人出来ない私を見かねて、父は私を日曜学校へと通わせることにしました。私は家庭教師の先生のお陰で勉強は出来ていましたから、これは純粋に友達を作らせる為でした。


 父には私をグロスターに住まわせる考えもあったようです。それなら同じような身分の友達、貴族のご令嬢らとも友達になれたでしょう。

 しかし私は、親類の家に預けられるのが嫌だと言ってごねて拒否しました。

 実際には、当時私が考えていた将来計画、機械や化学実験などは多分グロスターでは、よその家では出来ないだろうと考えてのことでした。


 ゼーゼルの田舎では、同年代の貴族のご令嬢なんていらっしゃる訳がありません。父は私を庶民の子供らと遊ばせるという英断を下した訳ですが、それは私が当時どうしようもない本の虫に成り下がっていたのと、行儀作法はちゃんと出来ていたという二点が大きかったものと思います。


 とはいえ日曜学校には本物の下層民の子供は来ることが出来ません。あまりに貧しいと日曜も働かされるからです。

 ゼーゼルでは、子供に休みを与えると同時に学ばせるために、日曜だけでいいから子供を日曜学校へやるようにと領主と市長連名のお達しが出ていましたが、これは当時強制ではなかったのです。


 当時の日曜学校はみな教会の日曜礼拝が終わったあとに、その場で開かれていました。

 集まった子供は9歳から12歳までの30名ほど、やることと言えば聖句の読み書きと解釈で、私は最初から飽き飽きしていましたが、そこで私は彼らと出会ったのです。


 当時デイヴィッドとオリヴァーは2つ上の11歳で、彼らも同様に内容に飽き飽きしていました。私はつまらなそうにしているオリヴァーと、その彼にちょっかいを出し続けるデイヴィッドを横目で見て、そして彼らに日曜学校の内容についての意見を聞いたのです。

 返事は、これが楽しそうに見えるならお前の目ん玉か、ゼーゼル伯の教育のどっちかが間違っている、でした。彼らは私の立場を知っていましたし、それでへりくだることもありませんでした。私はその時、理想の友達を見つけたのです。


 私は牧師様と相談して、既に学ぶべき科目を全て学んだ子供を対象に、上級学級を開く許可を頂きました。

 祭壇横の狭い準備室が私たちの上級学級でした。私とデイヴィッドとオリヴァーは、そこでこれから何をするか、話し合いました。


「金になること、それが第一だな」


 確かデイヴィッドはそう言ったと思います。


「為になったというアピールは確実にしておいたほうがいい」


 オリヴァーは昔からこうでした。


「では、私に雇われてみませんか?」


 私はこう二人に提案しました。

 正確には私とスキムポール氏の開設する工房での実験の助手をすることになります。手当ては出しますし、スキムポール氏の学術的な研究をお手伝いすることで実践的な学びが実現しますというのは、教会への上手い言い訳だったと思います。


 私たちは時計工房の敷地内に間借りして実験工房を開設しました。設備を整えるために特許料の収入をつぎ込みました。

 最初に取り掛かったのは、フライヤーと自動撚りの付いた、紡錘を4つ持つ水力紡績機でした。二人は日曜だけのこの作業に、熱心に取り掛かってくれました。


 紡績機の試作機が完成した日、私は時計工房の工房長と牧師さまを呼んで機械を実演しました。

 彼らは勿論驚いて賞賛してくれましたが、私の言いたいことは別にあると同時に悟ってもいただけました。


 私は、この機械を織物工房の主人が買うとどういうことが起きるか、考えて欲しいと訴えました。

 その当時紡績、つまり亜麻や綿から糸を作るのはほとんど手作業で、一人が一つのの紡錘を受け持つのが精一杯でした。織物工房はそのために子供たちを沢山安い給金で働かせていたのです。

 この機械は4人分の働きをします。いらなくなった子供たちは働き口を無くすでしょう。


 私はそれを見越した提案をしました。

 日曜学校を、平日に開校する公立学校に作り変える提案です。解雇された子供たちを無償で学校に通わせます。

 勿論建物は新しく作ります。運営費は紡績機を買って子供を解雇した工房から出させれば良いでしょう。足りなければ市が出す必要もあるでしょうが、恐らく土地と最初の費用は父が面倒を見てくれるでしょう……。

 最後は父に聞いた訳でも確かめた訳でもありませんでしたが、領民の教育の重要性は判っている筈です。恐らく賛同するはずです。


 私の提案は大筋で受け入れていただけました。ただ、それまで働き手だった子供たちが収入を無くすのは、多くの家庭で問題になるだろうとの指摘には考え込まざるを得ませんでした。

 更に大人が解雇される可能性について牧師様と工房長は議論を始めました。私は議論から取り残され、頭上の会話をただ聞いていただけでした。

 二人は、機械を更に買い増すことで解雇を防げることと、そのために機械を買うお金を貸す仕組みが必要だという結論に達したようでした。

 こうしてゼーゼル銀行の設立のアイディアは、私の頭上で出来上がったのでした。




 デイヴィッドとオリヴァーを雇っていた工房が機械を買った一週間後、二人は解雇されました。

 私はその日を工房の主人に聞いて知っていましたから、工房の前で二人を待っていました。


「お前、これがわかっていて、俺たちにあれを作らせたんだな?」


 デイヴィッドもオリヴァーも、判っていたはずです。そう私は言いました。そしてこれから私たちがどうするかも。

 その日が私とデイヴィッドとオリヴァーの、三人の工房の正式な発足日となりました。


 私たちはその足で新しい工房となる納屋に向かいました。私の家の管理している土地で、これを正式に工房として借り受けたのでした。実験工房の名義を使ったので、まさか9歳の子供が代表だとは市も思っていなかったでしょう。

 かつてはまぐさで一杯だった筈の暗い納屋で、私は今後の計画を二人に打ち明けました。二人は、9歳の子供が馬鹿なことを言うのを真面目に受け取ってくれました。


 次の一年で、私たちは敷地にコークス炉とキューポラを建設して、それで鉄の鋳物を作れるようになりました。


 私たち3人で煉瓦を積んで、コークスの煙で真っ黒になって、出来上がった鉄の塊に醜い気泡のあとをみつけて悔しがったりしました。そうして自分たちで鉄製の木工旋盤と、そして鉄を削ることの出来る旋盤を完成させました。


 その旋盤で私たちは猛烈な数のねじを生産しました。自動送り機構を備えた私たちの旋盤は綺麗に山の揃ったねじを作ることが出来ました。他の何処も出来ないことです。

 私たちはねじの売り上げを元手に、水酸化ナトリウムの生産に取り掛かったのです。その頃には工房の人間は30名を超えていました。


 日曜学校は公立学校として生まれ変わりましたが、その頃にはデイヴィッドとオリヴァーは卒業する年頃になっていたので一度も新しい公立学校へは行きませんでした。私だけはちょっと行きましたけどね。


 私たちは公立学校に通えない子供たちを雇いました。

 私たちの工房は学校を併設していましたから、誰も文句を言うものはいませんでした。もっとも、それこそが、早い段階から高い教育をほどこすことが私たちの目的でした。

 雇い始めの2年をひたすら勉強に費やさせるというのは資金面で大きな負担でしたが、私たちの事業のためには、働く側に高度な知識が必要だったのです。何せ電気について教える学校なんてどこにも無いのですから。


 大変でしたよ。どう優しい言葉を使ったとしても糞餓鬼としか呼べない子供たち相手に、10歳の子供が偉そうにしている訳です。まともにいう事を聞く訳がありません。


 喧嘩も随分としました。私は妙に喧嘩っ早いところがあって、デイヴィッドとオリヴァーをいつも困らせたものです。


 それから優秀な人材を得て、私たちは遂に電気分解による水酸化ナトリウムの工業生産を成し遂げました。

 私たちの作る石鹸はグロスターでとぶように売れました。また、紙の大規模生産もできるようになりました。最初のコンクリートの製造もこの頃のことです。


 私が12歳になると、グロスターへの引越しの話が再び持ち上がりました。

 12歳と言えば社交界へのデビューの年齢です。私は無理を言って、あと1年だけゼーゼルに残る許可を父から頂きました。


 ゼーゼルの最後の一年は、とても忙しいものでしたが、とても楽しいものでもありました。

 私たちは自分たちの製品を売るための会社を作りました。

 新型の蒸気機関を作って排水ポンプを様々な炭鉱に売りました。そして蒸気機関で動く紡錘が30本ある紡績機を、産業革命の波が広がる全国に売りました。

 水車が要らないということは川のそばに工場を建てる必要がないという事です。私たちの機械はそれはもう沢山売れたのです。


 デイヴィッドもオリヴァーを解雇した工房はその年の内に潰れて、私たちの工房に買収されました。その工房跡地に私たちは発電機と電解槽を据え付けたのでした。


 私が社交界デビューのためにゼーゼルを離れる直前には、私たちの工房は200人を超える規模になっていました。

 うち十分の一は、この高等学院の生徒の平均より高い学力を持っているだろうと言ったら、あなたは信じますか?

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