アルバイト、楽しい職場
個人が経営している飲食店。
落ち着いたインテリアが並び、寛いで長居できる内装の店内は喫茶店の趣がある。
店に入った麻生だがそれは客としての身分ではない。
「店長、麻生君が来ました」
「麻生君?ああ、あのちょっと目付きの悪い不良っぽい子?」
「違います。そのひとは前に警察に捕まったのでクビになりました。裏方で料理担当のです。いい加減バイトの子、覚えてください」
「麻生君、麻生君、そうだ裏方やってるイケメンの。何日か連絡着かないで休みだったね」
「スマホが故障して連絡できなかったらしいです。ほかにも忙しくて顔を出せなかったそうですが、明日から復帰するそうです」
「最近、店も繁盛して人手が足りてなかったから丁度よかったんじゃない?出来ればルックス活かしてフロントに出て欲しいんだけど」
「前回、店長の思い付きでそれ実行して、彼目当ての女性客で溢れかえったの覚えてないんですか。おかげさまで繁盛しましたよ。人手足りないのでクソ忙しかったですが。本人も裏方希望でしたし、無理強いしない方がいいんじゃないでしょうか」
「そうだね。無理強いはよくないよね。だからチーフ、僕を睨まないでくれるかな。脅迫されてるみたいだからね、無理強いされてるみたいだからね」
麻生はスケジュールにあったシフト表を見て、麻生堂弘のバイト先に転がることにしたが、上手い具合に話が進んでいる。店長とチーフの流れる会話で楽にバイトの復帰が果たすことができた。なかなか個性的で愉快な人達だ。
「あ、自分フロントやります」
麻生としては勝手の知らないバイト先で裏方などできる筈もない。不慣れらしいフロントの仕事なら多少誤魔化しも効くので、店長の要望に乗っかることにした。
店長とチーフが二人で顔を見合わせた。
「ほら見ろチーフ。僕に間違いはなかった」
「子供染みた発言はやめてください。無性に腹が立ちます。......しかし麻生君、出るなら出るで助かるけど君がフロントをやる必要ないんだよ?」
「問題ないです。裏方より向いてる気がしますし」
「そう......?いや、やりたいならそれで構わない。少し意外でね。あまり人付き合いとか好きじゃなさそうだし、勤務態度は真面目だから無理はさせたくなくてね。でも本人の希望なら任せるよ」
「助かるよ麻生君。君ならやってくれると僕は思っていた。裏方は足りているからノープログレムだよ。人員増やさず済んでほんと良かった。面接とか疲れるんだよね」
「店長。人手増やす検討を渋った理由を今知らされた訳ですが後でお話しがありますのでお時間よろしくお願いします」
コントみたいな職場だった。
チーフは気遣いある常識的な若い男で店長は憎めないタイプの駄目な大人だ。
麻生としては始めての来た職場だがいい雰囲気だと感じ取っていた。
バイトを始めるのは麻生の生活面で必要なことだ。しかしこのバイト先を選んだ理由はもう一つ目的があってのことだ。
「明日からよろしくお願いします。後、自分の履歴書なんですけど。確認したいことがあるので見せて貰ってもいいですか?」
返事はさりげなく話題を変えようとする店長の承諾だった。チーフに怒られたのは言うまでもない。
目的の物を入手した麻生は書類上での麻生堂弘の情報を手に入れる。彼の事で知らないことがまだまだ多く有りすぎる。一枚の履歴書が麻生自らが手にした始めての麻生堂弘の手掛かりだった。