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生活、ヤンデレ宅

その日は、窓からの日差しではなくバイブレーションの揺れで目が醒めた。


「もう朝か。少し暗いな」

自然起床派として寝起きのいい男は素早くスマホを操作してアラームを切り、身体を起こした。


「あ、なんで目覚ましのアラーム?」

設定した覚えのないアラームに首を捻った。

起きたばかりで頭が追い付いていないのか、異変と違和感の正体に気がつかない。

見渡すとそこは馴染みのない部屋だった。

そこでやっと自分のおかれている状況を思い出した。


「そうだった。夢じゃなかったんだな......」

ここは本来自分の住まいではなく、鳴り出したスマホすら己の物ではない。

朝の調子が狂ったのもそのせいだ。普段使わないアラームを設定したのはスマホ本来の持ち主によるもので、設定に覚えがないのも当然だ。

麻生堂弘の身体に乗り移り憑依した男は欠伸した。

麻生を名乗り、今は彼の自宅にお邪魔していた。






場所を替えて麻生堂弘の住所探し。

いつまでも犯行現場に留まるわけにもいかない。

では何処に行こうかとなった所で気が付いた。

衣食住、生活基盤を整えないと麻生は街中で野垂れ死ぬ羽目になる。

よって麻生堂弘の住所探しという訳だが、見つけ出すのに苦労した。

こういった登場人物の私生活やピンポイントな個人情報はボカされており、比良坂の原作知識も役に立たない。

結局の所、一から足取りを探すしかなかった。


そこで麻生は、財布にあった学生証から所属している大学を割り出し、大学の運営しているサイトにアクセスして個人ページから住所を入手したのである。

問題は外部アクセスする際、必要な四桁のパスワードだったが、こういったものはセキュリティを気にして捻りのあるものより忘れにくいものが使われるものだ。

ベタなことに誕生日が見事パスワードに適応した。

それで素直によかったと喜べなかった理由が一つ。

実際の所、麻生堂弘の誕生日ではロックが解除されず手詰まりな予感がした時、試しに比良坂が入力した彼女の誕生日が該当したのである。流石はストーカーだった。

本当に厭な話だ。


「なあ根本的な質問だがヤンデレキャラに絡まれる乙女ゲームって楽しいのか?」

「ホラーだって理解されない人がいてもジャンルとして成立しているじゃないですか。怖いもの見たさは共通です。あと出てくるキャラは美形ですからね。イケメンは女子の大好物です」

「そっすか」

「反応が淡白ですね。ギャルゲーにだってヤンデレは出てきますので要は美少女かイケメンかの違いですよ」

「そっちも正直俺にはわからん」

「もしかしてゲームしない人ですか」

「ゲーセン派だ。ゲーム機は持ってない」

「室内ゲーム派です。ゲーム機ない人とは今時珍しい」

「金なかったからな。飽き性だし、わざわざ購入する気も起きなかった」

「ゲーセンのジャンル自体偏りがあって個人で楽しめるものが置いてない感じがします。周りに人がいる場所でやるよりも室内に籠ってするゲームの方が好きです」

「好みについては何も言わんよ。乙女ゲームだろうがヤンデレだろうが、その設定のゲームの世界ってのが気にくわないだけで」

殆んど意味のない雑談に興じていた。

比良坂にナビゲートされて街を案内されていたが、彼女も麻生堂弘の住まいに興味があるらしい。

いざというと時の駆け込み寺扱いでの興味だが。


「着いたな。ここであっているか」

「思ったより普通のマンションですね」

外観は特に変わった所ないマンション。

新しくも古くもなく立地としては南向きで日当たりのいいので値段次第では良い物件と呼べるだろう。

見た目から奇人変人が集まるおどろおどろしい気配を放つ魔窟とかではなさそうだ。


「郵便受けに名前あるか?」

「あります。二階のようですよ」

難なく麻生堂弘の名前を見つけさくさく進んだ。

エレベーターを使うまでもなく階段から二階へと登る。 一室一室プレートの名前と番号を確認して歩き、角部屋の前で立ち止まる。


「ここか」

「私、外で待ってます」

「うん?外で待たせるのも悪いから中入れよ」

「麻生さん。ここは麻生堂弘の住まいですよ」

「それがどうした?」

「中にびっしりと私の写真とかが張り巡らされていたら嫌じゃないですか。入りたくないです」

突然待機を宣言したかと思えばそんな思惑だった。

麻生は想像する。本人もいつ撮られたかわからない写真で埋め尽くされた部屋。その被写体は自分で何百枚もの姿が壁の一面と化している。

正気度が減りそうな光景だ。


「俺も入るのが嫌になってきたんだけど。中マジでそうなってんの?」

「いえ、今のは私の予想でしかありません。安心して確かめて下さい」

「さりげなく保証はせず先陣切らせる辺り可能性あるんだな。わかった入るよ。中、確かめたら比良坂も入れよ」

「何事もなければ」

鍵を刺し込み施錠を開けて慎重にドアノブを捻る。

比良坂はドアから離れ、視線を顔ごと背けていた。

まるで恐怖の館だ。

妙な緊張感を伴いながら玄関から侵入する。

然程、距離もない通路と繋がるリビング。

質素過ぎて生活感なく持ち物も調度品も少ない。

異様な置物もなければ、異質な飾りもない、何てことはない普通の内装だった。


「比良坂ー、杞憂みたいだ。入っていいぞ」

「......では、お邪魔します」

恐る恐る入り口を覗いた比良坂が靴を脱いで上がってくる。

彼女の方が部屋が新鮮らしく物珍しげに中を見回していた。


「本当に普通だ......」

「とんだ肩透かしだったな。ちょっと他の部屋見てみるから比良坂はここで待っていてくれ」

「わかりました」

自由勝手に部屋の探索を進めていく。

玄関から一つ一つ部屋を覗いた。

トイレや洗面所に風呂など備え付けは清潔で閉塞感のない広さがある。

そしてなんとなく残した個室部屋、おそらく麻生堂弘の私室をチェックする。

部屋を支配するかのように部屋の中心に鎮座した品物。見える角度で覗き込む。そして息を呑んだ。


「なるほど。こいつが麻生堂弘のアイデンティティーか」

百聞一見にしかず。麻生堂弘について比良坂から教わった情報だと所詮人からの伝聞でしかない。

間接的だが初めて麻生堂弘の存在に触れた気になる。

実際一目見れば伝わる情念がそこにはあった。

他人の意見や参考を排除したありのままの所感。

麻生の中で麻生堂弘の人物像がようやく合致した。


「まあ、取り敢えずコイツは見せられないな」

今の比良坂には些か刺激の強い品物だ。

見せてどう反応するかは不明瞭だが、不安を煽る可能性がある以上、無駄なリスクは避けるべきだろう。

陰湿さを感じなかったが見る者に強烈な影響を与えるのは確かだ。


「麻生堂弘か......。案外報われないだけの馬鹿な奴かもしれないな」

麻生はそれを眼に入らない所まで移動させて呟く。

危険な香り漂う麻生堂弘。

改めてやはりまともじゃないという認識。

ただその想いの純粋さにほんの少しだけ心が動いた。

ところが飾り気のない作業デスクに目を向けた時にその印象は薄れる。

大学の教材が整理して並べられている机は結構使われている気配がある。邪魔にならない机の引き出しは私物を管理するには良さそうな場所だ。


「ん?」

引き出しをあけると現金と鍵の二つ。

鍵はいいとして問題は現金だ。


「ワァオ......分厚い......」

そんじゃそこらでは見掛けない百とかありそうな諭吉の札束。

麻生の冷や汗が止まらない。どうしてだろう真っ当なお金とは思えない。出所不明、怪しさ満点の現生を発見してしまった。


「よし、確信した。やっぱり麻生堂弘はろくでもない奴だ」

少しだけ見直した麻生堂弘の評価はすぐに元鞘に戻った。本当にとうしようもない人物であった。

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