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頭痛、乙女ゲーム

女子高生の名前は比良坂舞華。

私立共学の雛咲桜学園に通う二年生である。

儚げで浮世離れした雰囲気の美少女。

紺のブレザー制服姿に、黒髪のセミロング、瞳は大きく童顔。

外見だけでは無害でおとなしそうな女の子としか伝わってこない。

しかし人は見た目だけでは判断できないと男は身を持って知っている。

なにせ彼は別人に憑依しているのだから。


「なあ、比良坂?」

「なんですか“麻生”さん」

比良坂と“麻生”、ようやく判明したお互いの名前。

二人の関係は誘拐未遂犯とその被害者だ。

厳密には以前の麻生堂弘やらかしたことで、中身の違う男には無関係とも言える誘拐未遂事件。

それでも麻生堂弘という“人物”が比良坂に危害を加えた事実は塗り替えようがなく、証拠も揃っており、加害者側である“麻生”に逃げ場はなかった。

しかしーー。


「乙女ゲームってなに?」

「そこから解らないんですか?」

どうにも二人は加害者、被害者の関係性だけで終わりそうになかった。

当初、意識のスレ違いや誤解があって噛み合わなかった二人。

麻生は、麻生堂弘として正体を隠し演じつつも罪の糾弾を畏れていたし、比良坂は、麻生の正体を見極めつつも協力できるかどうかを探っていた。

押し問答のような平行線。それを解くのに比良坂は脅迫という強引な手段で麻生を黙らせた。

麻生は観念して事情を打ち明けることになって比良坂もまた事情を話した。

そして語られた比良坂の話は麻生の予測不可能な事態へと発展させていた。


「いや、説明不足というか。唐突すぎるというか」

「なんならもう一度整理してみましょうか?」

「うん、説明ありがとう。整理したい。けどちょっと待て。いい加減頭痛くなってきた」

麻生の処理能力もそろそろ限界だ。

受け入れがたい現実とは世に満ち溢れているが、ここまで現実離れした話も珍しいのではないだろうか。

一回死を体験し憑依という事態に巻き込まれたお陰で大抵のことには動じないつもりでいた心意気も、どこかへ吹き飛んでいた。

それほどの衝撃を与えた比良坂の話に向き直る。


「まずはお前、比良坂舞華は転生者でいいんだな?」

「はい。そうです」

比良坂はあっさりと頷いた。


「俺が死後麻生堂弘に憑依したように、比良坂は死後転生し前世の記憶を受け継いだ訳だ」

「正確には最初から記憶があった訳ではありません。物心がつき、それから徐々に前世の記憶が蘇っていったというのが正しいです」

麻生の発言に訂正が入る。

どれくらいで物心ついたかはわからないが赤子からやり直した訳ではなさそうだ。さすがに二足歩行もできない未熟な赤子の段階で、前世の自我があったとしたら物凄いストレスだっただろう。

だからといって全く苦労がなかった訳ではなさそうだが。


「ちなみに私は麻生さんも同じ転生者なのか疑っていました。突然前世の記憶を取り戻して混乱しているのかと。けれど最初に免許証で自分の名前を確認して、その後らしくない場当たりな発言から間違いだと気付きました。まさか憑依していたとは盲点でしたけど」

「ひっどい言い種。こっちは必死で誤魔化してたのに」

「理屈は合ってても演技に無理がありました。最初に不審感があって、それを挽回できないまま尾を引いていたと思います。それにある程度察していた私からすると、違和感しかありませんでした。知りもしない麻生堂弘の演技なんてできなくて当然でしょうけど」

「最初から無理があった、ってことだろ。一応健闘した方だ。いきなり憑依、情報はゼロ。しかも様子がおかしいからってだけで、同じ転生者じゃないかと決めつけニアピンしていた転生者を相手にしてたんだからな」

比良坂は最初から麻生の正体を掴みかけていた。

勿論、それは同じ転生者という枠組みに嵌めた的外れなものだったがしかし真相に近かった。

疑念は深まり、中身が別人だと確信したらしい。

憑依とまで正解できなくとも麻生の正体を見破っていた。

だから終始劣勢の後手に回っていたのだ。


「私の推理は願望の混じった憶測で、純粋な推理とは程遠かったですが、たまたま真相に近かったから正体にたどり着けた感じですね」

比良坂は微笑みながらそう告げた。本人も麻生の正体について見破ったことの偶然を自覚していて浮かべた表情もどこか自嘲するようだった。


「願望、ね。つまり、そうであって欲しいと望む理由が比良坂にある訳か」

「はい。その前置きとして知って欲しいのが」

「さっき言ってた、ここがゲームの世界ってことか」

「そうです。マンガや小説で結構流行しましたよね?ゲームの世界に迷い込んだ設定の話。視たことありませんか?」

「アニメ作品なら視聴したことある。どっちかっていうと、SFとかファンタジーよりのストーリーだったけど」

「ゲームにもいろんなジャンルがありますからね。この世界をベースにしているのは乙女ゲームだと思ってください」

これが麻生にとって一番の衝撃だった。


「はぁー。......死亡、憑依、誘拐未遂で、正体がバレたと思えば、今度は世界観の崩壊か。頭痛くなる」

「まだ途中ですよ。大丈夫ですか」

「一応な。それより乙女ゲームだったか......どんな内容なんだ」

よりにもよって乙女ゲーム。男の麻生には理解も馴染みもないジャンルだ。


「恋愛......いや、ミステリーやサスペンスの類い。......サイコホラーが妥当な気も......」

「なんだそりゃ?」

「ゲームシステムはテキストとグラフィックのある所謂ビジュアルノベルと呼ばれるアドベンチャー形式なのですが、内容となると......」

比良坂の歯切れの悪い。カテゴライズの難しい作品なのだろうか。乙女ゲームとはいえその内容は千差万別多種多様なものなのだろう。

比良坂は少し逡巡してから話し出す。


「麻生さん、ヤンデレって知ってますか?」

「ああ。病的に恋愛感情を振り撒く人物とかだろ」

唐突な話題に文脈が見えてこない。

どうして急にそんなことを訊き出したのだろうか。


「この世界のベースとなったゲームはヤンデレをテーマにした乙女ゲームです」

「......はあ?」

「美形キャラが全員病んでてヒロインの死亡フラグが乱立した乙女ゲームです」

気付けば麻生は間抜けな声を出していた。

比良坂は真顔で補足しながら説明を繰り返す。

聞き取れなかった訳ではないがどうやら聞き間違いではないらしい。

どうしてとなる気持ちを落ち着けて思考する。

ふと比良坂の脅迫した発言を思い出した。


「ちょっと待て。......あー、ひょっとして助けてくださいって言うのは?」

「はい。私をヤンデレキャラから助けてくださいと言うことです」

「マジか」

あの状況でまさかの哀願ではなく助力要請だった。

麻生は新たに投下された頭痛の種に暫し沈黙した

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