政略結婚の果てに処刑はごめんです! 〜愛人まみれの浮気王子と真の悪女なヒロインを叩き出し、私は隣国の覇王に溺愛されます〜
「君との結婚は義務だ。私に愛を求めるな。そして、私の愛人たちに嫉妬して醜い真似をしないことだな」
豪奢なシャンデリアが放つ光さえ冷たく感じる、結婚初夜の寝室。夫となった第一王子エドワードは、着慣れた礼服の襟をいまいましそうに緩めながら吐き捨てた。
彼の首筋には、つい先ほどまで別の女と睦み合っていたことを隠そうともしない、赤い痕が刻まれている。
私は一人、シルクの寝具が広がるベッドの端に座り、静かに彼を見上げた。
このラングリス王国において、公爵令嬢であるアニエス――すなわち私は、「冷酷な悪役令嬢」と呼ばれている。
鋭くつり上がった碧眼と、意志の強さを物語る真っ赤な唇。隙のない完璧な礼儀作法。それが、愚鈍な男たちの目には「可愛げのない、傲慢な女」と映るらしい。
対して、王子の腕の中に常に収まっている男爵令嬢リーシャは、ふんわりとした桃色の髪に、今にも零れ落ちそうな潤んだ瞳を持つ、自称「聖女」だ。
だが、現実は残酷なほどに逆だった。
王子が女たちに買い与える宝石も、夜な夜な開かれる享楽的な夜会の費用も、そのすべては私の実家である公爵家が血の滲むような思いで納めた税金から出ている。
私の実家の金で他の女を抱き、あまつさえその「聖女」は、裏で隣国の工作員と通じて王国の機密を売り捌いている。
そしてその罪のすべてを、私に着せて処刑台へ送ろうと画策していた。
(……ああ、反吐が出る。誰の庇護の下で、その贅沢を享受できていると思っているの?)
エドワードが一度も振り返らずに部屋を出て行った後、私は暗闇の中で静かに、しかし深く唇を噛んだ。
悲しみなど一滴も湧いてこない。あるのは、この理不尽を当然のものとして押し付けてくる王家への、氷のように冷めた殺意だけだ。
「……黙って泥水を飲まされて死ぬなんて、真っ平ですわ」
私は震える指先でペンを握り、一通の手紙を書き上げた。
宛先は隣国の帝国を統べる「覇王」ゼノス皇帝。漆黒の髪を無造作に流し、すべてを射抜くような黄金の瞳を持つ、大陸最強の支配者。
かつて国境付近の夜会で視線が合った際、彼は私を値踏みするようにこう言ったのだ。
『その瞳、復讐に燃える女の輝きだな。退屈な淑女より、貴様のような女の方が私の隣には相応しい』
数ヶ月後。
反撃の舞台は、奇しくも王妃の誕生を祝う、華やかな王城の舞踏会だった。
エドワードがリーシャの腰を抱き寄せ、広間の中央で勝ち誇ったように私を指差す。
「アニエス! 貴様がリーシャを毒殺しようとした証拠は挙がっている。さらに、公爵家が国庫を私物化していたこともな! 今日限りで婚約破棄、いや、国家反逆罪で処刑を命ずる!」
リーシャは怯えたふりをして王子の胸に顔を埋めたが、その長い睫毛の隙間から覗く口角は、醜く吊り上がっている。
周囲の貴族たちからも、「恥知らず」「公爵家もろとも死んでしまえ」と罵声が飛ぶ。彼らは、王子の横領に目をつむる代わりに甘い汁を吸ってきた共犯者たちだ。
冷たい視線が突き刺さる中、私はゆっくりと扇を閉じ、背筋をピンと伸ばした。
「殿下。処刑でも何でも、お好きになさるがいいわ。……ただし、これから始まる『新しい法』の下で、あなた方に裁く権利が残っていればの話ですけれど」
「何だと? 狂ったか!」
エドワードが顔をしかめた瞬間、広間の重厚な扉が、凄まじい轟音と共に弾け飛んだ。
悲鳴が上がる広間に、突風と共に現れたのは、黒銀のフルプレートを纏った帝国の精鋭騎士団。そして、軍靴の音を死神の足音のように響かせ、悠然と歩み寄るゼノス皇帝だった。
「私の婚約者に、随分な物言いだな。弱小国の王子風情が」
ゼノスの氷のような黄金の瞳がエドワードを射抜く。その圧倒的な覇気に、その場にいた全員が、蛇に睨まれた蛙のように硬直した。
「な、なぜ帝国軍がここに……!? アニエス、貴様、国を売ったのか!」
「失礼な。私はただ、この腐りきった体制を整理するために、最も有能な『管理者』を招いただけです」
私は冷ややかな笑みを浮かべ、懐からリーシャが他国と交わした密約書と、王子が繰り返した横領、そして愛人たちへの不正な資金流用を記した証拠の束を床にぶちまけた。
「本当の悪人は誰か、これで明白ですわね。愛人たちに囲まれて過ごした甘い日々が、どれほど高くつくか……その身を持って味わうがいいわ」
真っ青になり、震えながら後退りする王子。騎士に組み伏せられ、桃色の髪を振り乱して叫ぶリーシャ。
ゼノスはそんなゴミ屑には一瞥もくれず、私の腰を強引に引き寄せた。
「待たせたな、アニエス。期待以上の働きだ。これほど鮮やかに国を解体してみせるとは」
耳元で囁かれた声は、冷徹な噂とは裏腹に、隠しようのない独占欲に満ちていた。
彼の大きな手が、私の頬を愛おしそうに撫でる。愛人を並べて悦に浸っていた元夫とは格が違う、本物の王の重圧と熱量。
「……ふふ。覇王様にそれほど溺愛されるのでしたら、私の今後も退屈しなさそうですわ」
私は彼の手を取り、絶望に震え、地に這い蹲る元夫たちに背を向けた。
押し付けられたBADENDを自らの手で叩き壊し、最高に幸福で、残酷な逆転劇を掴み取った瞬間だった。




