第29話 蒼碧祭~その5 閉幕~
『さーやってきました! 急遽開催! 蒼碧祭ラストを締めくくりますは『後夜祭』です! 緑ヶ丘学園、青海学園の広大な面積を誇る校庭をふんだんに利用し、双方でキャンプファイヤーを開催します!』
「理事長め……、いつの間にこんなことを……」
「へっへー、俺に感謝しろよ飯田。……ま、お前が頑張ったご褒美でもいいか」
緑ヶ丘学園高等部の生徒会室にて、緑ヶ丘学園理事長、綾瀬忠一は腕を組みどや顔をしながら飯田に言った。
緑ヶ丘学園高等部生徒会長、飯田勝翔の因縁の相手、橘光を見事撃退することに成功し、蒼碧祭三日目は無事に終了した。
しかし橘が一日目に行った『蒼碧祭の出し物の破壊』の被害は想像よりも大きく、この復旧を二日目に当てたため二日目は実質中止となってしまった。
この中止の埋め合わせとして、そして、皆が揃って忌み嫌った橘を生徒会メンバーの努力によって撃退したことを賞賛し、理事長、そして青海学園学園長の水嶋宗一郎が後夜祭の開催を決定した。
「そんな大事なこと決まってたなら早く教えてくださいよ……。あいつに報復してからどれだけ時間経ってると思ってるんですか……」
「ま、あの演目、……『劇』か。あれを一生懸命やって得た勝利だ。少しは体を休めてからじゃないと、後夜祭は楽しめないと思ってな」
「説明する時間はあったでしょう……」
「なーに言ってんだ。あれだけのことをやったんだ。お前も疲れただろ。ちゃんと休む時間は与えないとダメだ。これは理事長命令だからな」
「……どうもっす」
飯田は理事長に目を合わせずに礼を言った。
「それに、ちゃんと休まねえと、せっかく決定した後夜祭に出られなくなりそうだったしな」
「どういうことですか?」
理事長は驚いた顔をした。
「覚えてないのか? お前、あの後、緊張が解れたのかしばらく動けてなかっただろ」
「……あー、確かにそうでしたね」
「……ま、よく頑張った。お前はいい仲間を持ったな。これからも励めよ」
理事長はそう言って飯田の頭を撫でた。
「……ありがとうございます」
「お、珍しいじゃんか、お前がそんな顔するなんて」
飯田は微笑んでいた。
「……いや、単純に嬉しいんですよ。あいつは、……橘は俺の因縁の相手でした。今までも関わりたくなかったですし、今も、これからも、この生涯で二度と関わりたくない人間です。そんな奴から『蒼碧祭を壊す』って言われたときは、正直どうすればいいかわからなかったです」
「また昔みたく、暴力に力を任せて解決しそうになったか?」
「それも正直考えてました。もともとあいつと俺は根本的なところは一緒です。今日も何かがトリガーになって、あいつを殴るんじゃないかって思ってました。……でもそれは、俺とあいつだけの問題が解決するだけで、学園全体の問題が解決するわけじゃないって思ったんです」
「まあ、その通りだ」
理事長は首を縦に振った。
「俺はこの問題の解決策を見出せないでいました。……そんなときです。鈴村から助言をくれたのは。あいつがこの作戦を思いついてくれなかったら、今ごろ俺はあいつを殴って退学処分になってたと思います」
「確かにそうだなぁ。鈴村があれをやるって言わなかったら、今ごろお前は警察のお世話になってただろうな」
理事長は少し笑いながら言った。
と、そのとき、生徒会室の扉が開いた。
入ってきたのは鈴村徹であった。
「あ、いたいた! 飯田会長、後夜祭始まっちゃいますよ! 皆校庭で待ってます!」
「ああ、もうそんな時間なのか。悪いな、ちょっと理事長と話してたんだ」
「さっきの放送聞いてなかったんですか? ……まあいいや、行きますよ、飯田会長」
そう言って鈴村は、飯田に声をかけてそのまま生徒会室を出ようとした。
「ちょっと待ってくれ」
「え?」
それを、飯田は止めた。
「徹、俺からも話がある。こっちに来い」
「……え、何ですか? 俺拷問でもされるんですか?」
「そんな怖いこと今この状況ですると思ってるお前の頭は何なんだ……」
飯田は少し呆れていた。
「さっきの演目の中で、お前の生徒会の役職を決めてなかった話をしてたよな」
「あー、そういえばしてましたね。……でも俺って庶務なんですよね? 理事長」
そう言って鈴村は理事長の顔を見た。
「うーん、確かにそう言ったような? 言ってないような?」
「なんですかその曖昧な答え……。……で、要件はなんですか? 早くしないと始まっちゃいますよ?」
「よし、そうだな。手短に話そう」
飯田はそう言って、鈴村に深々と頭を下げてから言った。
「鈴村。俺のことを、詩織のことを、この蒼碧祭を守ってくれて、ありがとう」
「ちょ、何ですか急に改まって……。俺は悔しかったからやっただけで……」
「ああ、わかってる。その気持ちがすごく嬉しいんだ。お前がいなかったら、俺は今ごろあいつを殴ってた。あいつと同じ方法でこの問題を解決してたと思う。でも、お前がいたから、こんなに平和な状態で問題解決ができたんだ。感謝してもしきれない。ありがとうな、鈴村」
「……飯田会長にそういう風に言われると、なんか照れくさくなりますね」
鈴村は照れながら言った。
理事長は飯田に続けて鈴村に言った。
「それでだな徹。お前の生徒会の役職の件なんだが」
「ああ、結局曖昧なままでしたね、あれ。いいですよ、庶務で。そんなに生徒会の役職に枠もないでしょうし」
「……お前は庶務なんかじゃねえよ」
「え?」
そう言うと、理事長は鈴村に一枚の紙を渡した。
「読め」
「え? あ、はい」
鈴村は受け取った紙を読んだ。
「緑ヶ丘学園高等部一年A組 鈴村 徹
この者を緑ヶ丘学園高等部生徒会の次期生徒会長を推薦するものとし、
この者に生徒会長補佐の役職を任ずる。」
「……え、何ですかこれ」
驚愕する鈴村に理事長は説明を始めた。
「今回のこの件は全て徹、お前のおかげで平和的に解決ができた。これは賞賛に値する。しっかりと状況を読み込み、問題解決に対する被害を最小限に抑えた最適解を導き出し、またその問題の再発を防げるように行動した。これは素晴らしいことなんだよ」
「……俺、そんな風に言われるほどすごいことしました?」
「少なくとも、今の飯田にはこの考えはできなかっただろうよ。全て感情的になって解決しそうになってたからな」
飯田は面目無さそうな顔を鈴村に向けた。
「結果、橘をあの場から追放することに成功し、警察に突き出したことで今後うちにも青海学園にも近づけなくなった。……また逆恨みが発生してどっかのタイミングで出てくるだろうが、あいつも曲がりなりにも十八だ。いい年こいてまた問題起こしたら、それこそしっかり逮捕されるだろうよ」
「でも俺、生徒会長なんて器じゃ……」
「お前は十分その器を持ってる。自信を持っていいぞ。徹」
「理事長……」
理事長はそう言いながら鈴村の肩を叩いた。
「これからもよろしく頼むぜ、徹」
「……はい!」
「あ、でも凛はやらないから覚悟しとけよ」
「それいちいち言わないと気が済まないんですか?」
鈴村は理事長にツッコミを入れた。
飯田は話が終わった様子を見て立ち上がり、生徒会室を出ようとした。
「よっし。話は終わりだ。お前は俺の救世主なんだ。今後もよろしく頼むぜ。さ、行くか、後夜祭」
「……わかりました。飯田会長を全力で支えられるよう、俺も頑張ります!」
「おう。まあ、やってもらうことは詩織とほぼ変わらないから、詩織に仕事全部持っていかれるだろうけどな」
「……それ任命した意味あります?」
鈴村の言葉に、飯田と理事長は笑いながら生徒会室を出た。
「なんだかなぁ……」
鈴村はその笑い声に困惑した。
しかし。
「……でもなんか、悪い気はしないな」
少し嬉しい鈴村であった。
「ありがとな、鈴歩」
そう言って鈴村は懐に隠した『人生の選択肢』に手を置き、生徒会室を後にした。
*
「あ! やっと来た! おーい鈴村くーん! 飯田かいちょー!」
緑ヶ丘学園の校庭にて、蒼碧祭の後夜祭であるキャンプファイヤーが開催されていた。
中央に置かれた火の周りを、大勢の生徒が周りながら踊っていた。
そんな様子を見ながら、綾瀬は鈴村と飯田が到着したのを確認し、大きく手を振っていた。
「お待たせ、綾瀬。……あれ、いつの間に体操服に着替えたの?」
鈴村は綾瀬が体操服を着ていたことに疑問を抱いた。
「ああ、これね。私も踊りたかったんだけど、制服だと暑いし、かといって浴衣とか着るわけにもいかないし、そもそも用意してないし……。だから、体操服に着替えたんだ」
「ああ、なるほどね。琴原先輩もですか?」
「はい、そうですよ。……正直あの格好、今の日の落ちたこの時間帯だと、寒すぎて外にもいられないです……」
「……ははは、あれは確かに寒そうでしたもんね」
鈴村は琴原が着ていたコスプレ喫茶用の衣装を思い出しながら言った。
(……でも正直、あの格好はもう少し見たかった)
邪な感情が溢れ出そうな鈴村であった。
鈴村の鼻の下が伸びている様子を見て綾瀬は頬を膨らませていたが、そんな鈴村にある話題を話し出した。
「ねえねえ、鈴村君。一つ提案があるんだけど」
「提案?」
「この蒼碧祭ってさ、今回が初の試みでしょ? 最初の年から大事件があってどうなるかと思ったけど、鈴村君のおかげでなんとか成功に終わった。そして、今やっている後夜祭も、今回が初の試みなんだよ」
綾瀬は中央にある火に向かって歩きながら話した。
「ああ、そうだろうなとは思ってた。去年までキャンプファイヤーどころか、後夜祭なんてものはなかったしな」
「そこで! 私はある伝説をここに残したいのです!」
「伝説?」
左手を腰に、右手は人差し指だけ挙げて顔の横に持ってきた状態で、綾瀬は鈴村に向かい合って言った。
「このキャンプファイヤーで踊った男女は、未来永劫幸せになることが約束される、っていう伝説を作るのはどうかな?」
「…………なんだそのベッタベタなよくありそうな伝説」
「あ、今バカにしたでしょ。ラブコメ漫画によくあるありきたりな伝説だなってバカにしたでしょ」
「うん。バカにした」
「……鈴村君とは口利かないから」
「え、ごめん。え、ほんとにごめん」
鈴村は綾瀬に近づき頭を下げて謝罪した。
琴原は後ろから、「まあまあ」と綾瀬を宥めるように言った。
「凛ちゃんのこの提案はですね、私からも提案したいものだったんですよ」
「琴原先輩もですか?」
「はい。鈴村君は今、私と凛ちゃん、二人の女性と同時にお付き合いをしている状態です。私は鈴村君が好き。凛ちゃんも鈴村君が好き。そして、鈴村君は私たちが好き。これは変えられない事実です」
「まあ、そうですけど」
鈴村は照れながら答えた。
「ですが、私たち二人の中で鈴村君に対し一つの疑問が浮かび上がってきました。それは、本当に私たち二人のことを対等に好きでいてくれているか、です」
「……えっと、それってどういう……」
鈴村は戸惑う様子を見せた。その様子を見て、綾瀬が付け加える。
「鈴村君は私たち二人のことを思って同時に付き合うという選択をしてくれたよね。……でもそれって、考え方によっては、無理して付き合ってる、ってことにならない?」
「そ、それは捉え方の問題じゃないか? 現に俺は二人のことが好きだし、二人のことを第一に考えて行動してるつもりだ」
鈴村は反論した。
「鈴村君がそう言うならそうなのかもねー。……でも、実のところはどうなんだろうね」
「どういうことだよ」
「私は、私たちはね、鈴村君の本心が知りたいの」
「俺の、本心……」
綾瀬は「うん」と言って話を続けた。
「どことなくなんだけど、私たち二人を選んでくれた割には、なんというか、どことなく私とみどり先輩を対等に見てないじゃないかなっていう場面がいくつかあったんだ」
「そ、そんな場面あったか?」
鈴村のその言葉に、琴原が答える。
「鈴村君が無意識のうちにやっているものだと思います。だから、鈴村君自身も自覚がないんだと思いますよ」
「…………そう、なんですかね」
「その通り! 今ここで、それをはっきりさせたいと思います」
「え、それどうやって……」
綾瀬は琴原を自分のいる場所の横に立たせ、鈴村と向い合せた。
そして、二人は深呼吸し、息を合わせてから言った。
『このキャンプファイヤーで踊る相手を、私たちどちらか選んでください』
「…………え?」
綾瀬、琴原の思いがけない提案に、鈴村は思わず口をぽっかりと開けてしまっていた。
その様子を後ろから見ていた宮田は言う。
「……なるほど。あの二人は鈴村君にどっちかを選んでほしい、っていう未来を選んだのね」
「どういうことだ?」
「あの二人もついにけじめをつけるときが来たってことよ。そりゃ、女性として、好きな男性に『好き』と言われるのは嬉しいことだわ。でも、冷静に考えてみれば、二人に対してそれを伝えてしまっては、それは本当の『愛』とは言えないのよ」
「…………そういうもんか?」
「そういうものよ。飯田君は私以外を同時に本気で好きになったことがないから、この気持ちがわからないんだと思うわ」
「……なんだそれ、詩織は同時に二人の異性を好きになったことがあるのかよ」
「いいえ? そんな経験一度もないわ。……ただ、あの二人の立場になって考えてみれば、自ずとそれはわかるものなのよ」
「……そういうもんなのか」
宮田は二人の気持ちをしっかり汲み取っていた。
綾瀬は初めて会った時から鈴村に好意を抱き、琴原は長谷川から助けてもらった件があった時から鈴村に好意を抱いている。
片や鈴村は、綾瀬に対しては初めて会った時から、琴原に対しては、生徒会に加入してから好意を抱くようになっていた。
鈴村は二人の選択を迫られたとき、『二人に悲しい気持ちをしてほしくない、苦しい気持ちになってほしくない』と考え、二人を選んだ。
しかしそれは、綾瀬の言う通り、『鈴村が無理してその選択をしている』と捉えられてもおかしくない選択であった。
綾瀬も琴原も鈴村からの気持ちは理解しており、そして、鈴村が自分たちを対等に見てくれていないことも理解していた。
だからこそ、この場でその優劣をはっきりさせておきたかったのである。
鈴村は少し黙り込んでしまう。
(…………そっか、俺の気持ちは二人にバレてたのか……。……女子って怖いなぁ)
鈴村は隠せていたはずの気持ちが二人に気づかれていたことに驚きを隠せないでいたが、同時に諦めてもいた。
(俺もそれは十分に理解してる。二人が悲しまないよう、苦しまないように、二人のことをしっかり考えてきたつもりだった。……でも、やっぱり他人から見ても、それは嘘と見られるんだな)
鈴村はふと、自分が言ったことを思い出した。
(……そうだ。俺は咲良に言い寄られたとき、既に答えを出してたんだ)
鈴村は木下の家に呼ばれた際、木下から聞かれた質問に対し、『綾瀬と付き合っている』と答えていたあの日のことを思い出していた。
(……もう、とっくに答えは出てたんだな)
それは、鈴村の中でずっと引っかかる気持ちであった。
鈴村は、改めて二人に確認を取る。
「……一応だけど、二人は俺が本当に二人を対等に見てないって思ってるってことで、いいんだよね?」
「そう言ってるじゃん……。だから、今ここで、鈴村君の答えが聞きたいの」
「そうです。このキャンプファイヤーを一緒に踊ると鈴村君が決めた相手が、鈴村君が本当に好きな人なんです」
琴原はさらに続けた。
「そもそも、二人同時に付き合うなんて無理な話なんですよ。形だけではできるかもしれないですが、当然どっちかを優先してほしい、独占してほしいという気持ちが結果的に生まれてしまいます。私たち二人を平等に、対等に見てくれようとした気持ちは嬉しいですが、鈴村君は良くても、私たちは、そういうわけにはいかないんですよ」
「琴原先輩……」
鈴村は琴原の言う言葉を理解した。
鈴村は二人に悲しんでほしくない、苦しんでほしくないからあの選択をした。
しかしそれは、一瞬の解決にしか過ぎず、その先の二人のことをしっかり考えていない証拠にもなっていた。
二人を同時に愛するということは、形だけであれば可能であろう。
しかし、それが当事者となってはどうだろうか。
偶然にも同じ人を好きになり、それでも勇気を出して告白をし、OKをもらっている。だが、それが二人同時となれば、自分のことをしっかり思ってもらえているのか、もう一人のほうばかり考えているのではないか、という不安が頭に溢れかえることになる。
鈴村の選択は、結果的に二人を悩ます選択になってしまっていたのだった。
『さーて! キャンプファイヤーもいよいよ大詰め! もう間もなくフィナーレです!』
放送委員の声が校庭全域に響いた。
「さあ! 鈴村君!」
「私たち二人、どちらと踊ってくれますか?」
綾瀬と琴原は、鈴村に向かって手を差し出した。
「……俺は……、俺は……」
鈴村は悩んだ。
悩み、この先の未来に不安が過り、選ばなかった相手の気持ちに苦しんだ。
だが、時間はそう簡単に止まってはくれない。
鈴村は、意を決して、歩み寄った。
「俺は、…………、綾瀬、お前と踊りたい」
鈴村はそう言って、綾瀬の差し出した手を、そっと優しく握った。
綾瀬は思わず涙を流して言う。
「……ありがとう、鈴村君。私を選んでくれて。私を、大切に思ってくれて」
その言葉は、隣にいる琴原に鋭く突き刺さった。
鈴村は綾瀬の言葉を聞いた後、琴原に視線を向ける。
「……あっ、琴原、先輩……」
琴原は泣いていた。
涙を流し、その場で動かず、だただたその現実を受け入れようと努力しようとした。
しかし、それは簡単なものではなかった。
琴原が初めて自分のことを見てくれた人。初めて一緒にいて楽しいと思えた人。初めて、恋した人。その人に選ばれなかった現実は、そう簡単に受け入れられるものではなかった。
琴原は涙を流していることに後から気づいたのか、慌てて涙を袖で拭きながら言う。
「ご、ごめんなさい! 泣くつもりじゃ、なかったんですけど……! すみません……、ほんとに、泣くつもりじゃ……」
しかし、その言葉に反して、琴原の目からは涙が溢れ出ていた。
少しずつ深呼吸を繰り返し、徐々に冷静さを取り戻してから、琴原は鈴村に言う。
「鈴村君の本当に好きな人がわかって良かったです。……悔しい気持ちがないかと聞かれたら、それは嘘になります。とても悔しいです。悔しいし、今まで何のために頑張ってきたんだろうって、無気力にもなります」
その言葉に、鈴村は思わず謝ってしまう。
「ご、ごめんなさい、琴原先輩。……でも、俺は、綾瀬と一緒にいたいんです」
「大丈夫です。私は前から不安でした。本当に私たちを対等に見てくれているかって。それに、私たち二人を選んでくれた時も、その前からも、私は凛ちゃんより私を見てほしいって思ってました」
「………………」
鈴村は喋らずに琴原の言葉を聞いた。
「たぶんそれは、凛ちゃんも同じだったんだと思います」
綾瀬は琴原の言葉に小さく頷いた。
「……鈴村君は私たち二人を選んでくれました。それはすごく嬉しかったです。……でも、私は、凛ちゃんは、『自分をちゃんと選んでほしい』と、前から思ってたんですよ」
琴原は涙を流しながらも、笑顔でその言葉を口にした。
「だからここではっきり答えを出してくれてよかったです。……凛ちゃん。今まで私と恋のライバルでいてくれてありがとうございました。これからは、鈴村君を独り占めできます。末永く…………、お幸せに…………!」
「あ、ちょ、琴原先輩!」
そう言って、琴原はその場から走り去ってしまった。
「鈴村君、ダメ」
「な、なんでだよ綾瀬……、琴原先輩追いかけないと……!」
「追いかけて、どうするの?」
「ど、どうするって……」
鈴村は戸惑った。
「みどり先輩は覚悟を決めてこの提案に乗ってくれたんだよ。鈴村君はこの提案を聞いて、私を選んだんだよね? 今ここでみどり先輩を追いかけたら、みどり先輩を侮辱することになるよ?」
「そ、そんなことは……」
「あるんだよ。みどり先輩は今とても苦しい気持ちになってる。とても悲しんでる。……それは、私も一緒だよ」
「あ、綾瀬も?」
綾瀬は頷いて言った。
「確かに私を選んでくれたのは嬉しい。でも同時に、みどり先輩が選ばれなかったのは悲しい。だってやっぱり、鈴村君がどちらかを選ばないといけない未来に変わりはなかったんだから。こうなるのはわかってたし、どちかが選ばれない未来だって、ないわけがないんだよ」
「綾瀬……」
綾瀬は鈴村の肩を力強く掴み、真正面を向いて言った。
「鈴村君。もう一度言うね。私を選んでくれて、本当にありがとう。すごく嬉しい。……でも、みどり先輩のことを侮辱するようなことは、しないでね」
綾瀬はそう言って、鈴村の手を再度掴んで引っ張った。
「……ほら、キャンプファイヤー、踊らないと」
「…………ああ、そうだな」
そうして鈴村は、後夜祭を綾瀬と共にした。
*
後夜祭が終わった後の緑ヶ丘学園校庭にて。
生徒会メンバーは後片付けをするため、校庭に残って作業をしていた。
「詩織ぃ、これ燃えるゴミか燃えないゴミ、どっちだー?」
「それくらいわかってくれないと困るわよ……。それは燃えないわ。こっちの袋に入れて頂戴」
「あいよー」
飯田と宮田はゴミの分別の会話をしていた。
一方、鈴村と綾瀬は二人で協力しながらゴミの回収をしていた。
「…………琴原先輩、いないな」
「みどり先輩ならもう帰ったよ。具合が悪いって。飯田会長が気を遣って帰らせてくれたんだってさ」
「………………」
鈴村は罪悪感を感じていた。
いずれは綾瀬、琴原の二人のどちらかを選ばないといけない未来は来ると思っていた。
それは思った以上にも早く訪れ、そして、片方を悲しませる結果となった。
「綾瀬」
「何? 鈴村君」
「……俺、本当にこの選択をするしかなかったのかな。やっぱり、二人を選ぶ選択だって、できたんじゃ……」
その言葉に、綾瀬は思わず鈴村の頬をビンタした。
「いたっ、な、なんだよ急に!」
「ふざけないでよ! さっき言ったよね! 『みどり先輩を侮辱するようなことはしないで』って! 鈴村君の中ではけじめがついたんじゃないの!? まだ迷ってるの!?」
「そ、それは……」
綾瀬はそのまま続ける。
「この際だからはっきり言うね。私もみどり先輩も、お互い不安だったんだよ。鈴村君にちゃんと自分を見てもらえてないかもって。自分のことを選んでくれないかもって。その不安と常に戦ってきたんだよ! 二人で! この気持ちがわからないの?」
「ちょ、ちょっと綾瀬さん、落ち着いて」
宮田は怒鳴る綾瀬を鈴村から遠ざけた。
綾瀬は宮田に構わず続けた。
「この気持ちに気づいてしまった以上、二人とも鈴村君に嘘の気持ちはつけないんだよ! 二人とも怖かったんだよ! それでもまだ、私たちを悩ませるの!? 私たちから、不安を取り除いてくれないの!?」
思わずそのまま綾瀬は泣きだしてしまう。
鈴村はその姿を見て、話しだした。
「……ごめん、綾瀬。二人の気持ちをちゃんと理解できなくて。俺は、確かに二人に悲しんでほしくないし、苦しんでほしくないから二人を選んだ。でも、結果的にそれは二人を不安にさせることだって気づけなかったんだ。だから、ごめん」
そう言って、鈴村は綾瀬に対し頭を下げた。
「俺も違和感はあったよ。二人を本当に対等に見れるかって。……でも、どんな状況でも、二人のうちどちらを選ぶかを迫られたとき、真っ先に出てきたのは綾瀬だったんだ」
「そ、そうなの?」
「ああ。……咲良にあの日言われたときにはっきりしたよ。俺は、二人を選ぶなんてことはできない。俺は、綾瀬を選ぶことしかできない、って」
「……そうなんだね」
綾瀬は俯いて言った。
鈴村は綾瀬に向かい合って言う。
「綾瀬。俺は綾瀬のことが好きだ。小学生のころから、今までも、これからもずっと。綾瀬を悲しませるようなことはもうしない。もちろん、琴原先輩にも。だから、これからも一緒にいてくれるか?」
「鈴村君……」
綾瀬は鈴村の言葉を聞いて少し目を閉じた。
「あ、綾瀬?」
「……よく言えました」
「え?」
綾瀬はそう言って、鈴村の頭を優しくなでた。
「……やっと、鈴村君の本心が聞けましたね」
「え、琴原先輩?」
突如として、鈴村の後ろから琴原が現れた。
「琴原先輩、具合大丈夫なんですか!? 休んでなくて大丈夫ですか!?」
鈴村は琴原の身を案じ声をかける。
「大丈夫です。元より私は元気ですから」
「え、どういうことですか?」
「みどり先輩は家に帰ってないってことだよ。仮にも生徒会メンバーだよ? ちゃんと仕事はしないと」
「で、でも、あんなことがあって……」
「あんなことがあって、何ですか?」
琴原は鈴村を少し睨みつけるような視線を送った。
「私のことを見くびってもらっては困ります。たかが一回失恋したくらいで、へこたれるような女ではありません」
「ど、どういうことですか?」
琴原は清掃道具を持ち、作業をしながら鈴村に言う。
「鈴村君。私は鈴村君の本心を聞くために、凛ちゃんにお願いして『帰った』と嘘をついてもらいました」
「う、嘘?」
「だってそうでもしないと、鈴村君私のことが気になって、本当のこと言ってくれないじゃないですか」
「うぐっ……」
図星であった。
「でも鈴村君は、ちゃんと凛ちゃんに、鈴村君の本心を伝えることができました。私はそれが聞けて一安心です」
「琴原先輩……」
「鈴村君。凛ちゃんをちゃんと守ってあげてくださいね。ちゃんと守って、悲しませず、美しい未来を築いてください。私は、ちゃんと隣で応援してますから」
「……ありがとうございます、琴原先輩」
鈴村は琴原に礼を言った。
……と同時に、鈴村は琴原の言葉のいくつかに違和感を覚えた。
「……ん? 隣で? ……『たかが一回の失恋』……?」
「お、やっと気づきましたね!」
琴原は鈴村が何かに気づいたのに察したのか、笑顔になった。
「鈴村君! 確かに鈴村君は凛ちゃんのことを選びました! 実際私はフられました! ですが! 私はこんなことでは諦めません!」
「……え?」
「あーあ、やっぱりこうなっちゃったか」
綾瀬は少し溜息をついて言った。
「私はやっぱり鈴村君のことが好きです! 凛ちゃんとの関係は応援しますが、私からが諦めたわけではないということを、しっかり理解してくださいね!」
「え、ちょ、何ですかそれ!」
「じゃ、私はこれ捨ててきますのでー」
「ま、待ってください! ……行っちゃった」
琴原は鈴村の言葉には耳を貸さず、そのまま持っていたゴミ袋をゴミ収集所に持って行った。
「……綾瀬、『やっぱりこうなっちゃったか』って言ったな」
「……え? うん、言ったよ?」
綾瀬は少し誤魔化すような顔をして言った。
「……こうなることがわかってたんだな」
「い、いやぁー、何のことかなぁー。わからないなぁー」
そう言いながら、綾瀬は鈴村から逃げ出した。
「あ、おいこら、待て!」
慌てて鈴村は綾瀬を追いかける。
しかし二人とも、その顔は笑顔であった。
「……これでもどかしかった気持ちがはっきりしたみたいでよかったわ。傍観者の私でさえ、どうなるかハラハラしたもの」
「その割には随分楽しそうだったな」
「私がこういった話好きなの知ってるでしょ? ……まあ、鈴村君も度胸がついてきたってことで、今回はいいんじゃないかしら」
「そうだな。……今後生徒会活動に支障が出ないといいが……」
飯田は琴原のことを心配しながら言った。
「飯田会長、その心配はないですよ」
「おわっ!? こ、琴原、ゴミ捨てに行ったんじゃないのかよ」
突然後ろから琴原に声をかけられ、飯田は驚いていた。
「いえいえ、これから行くところです。……飯田会長。ご心配ありがとうございます。私は大丈夫です。鈴村君が決断をしてくれたおかげで、私も決心することができました」
「何が……?」
琴原は笑顔で言う。
「私は鈴村君のことを諦めません。どれだけこの先フられるようなことがあっても、私は鈴村君を追い続けます!」
琴原の目には覚悟の光が宿っていた。
「……そっか。頑張れよ、琴原」
「みどり、辛かったら私のところに来て頂戴ね。いくらでも慰めてあげるから」
「な、なんで何回も失恋するの前提で話すんですか! 私頑張りますからね!」
琴原は宮田の言葉に頬を膨らませて怒った。
こうして、鈴村、綾瀬、琴原の覚悟と共に、緑ヶ丘学園、青海学園合同文化祭『蒼碧祭』は幕を閉じたのであった。
「鈴村くんは間違えない」をここまで読んでいただき、ありがとうございます。
第29話で第2章 『蒼碧祭』は完結となります。
琴原……君は頑張ったよ……。その一途な気持ちでこれからも頑張ってくれ……。
さて。
次回、第30話からは第3章が始まります。
第3章では青海学園生徒会のメンバーが再び登場。
桜庭の提案する『親睦会』を中心に物語が進みます。
果たして鈴村は自分の気持ちに素直に対応できるのか。
どうぞお楽しみに。
もし続きが読みたい、面白いと少しでも思っていただけたら、
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感想なんていただけたら泣いて喜びます。
これからも「鈴村くんは間違えない」をどうぞよろしくお願いいたします。




