表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/4

第2話 過去から今へ

第2話


時間というものは意外と早いもので、あれからしばらく経った。


16歳の誕生日まで後3日という所に差し掛かっていた。


毎日のように剣術と魔法と学業に勤しんだ。


自分でも自然と自信が付いてきた。


しかしレヴァリア曰く"自分を過信し驕る者は真っ先に滅ぼすのが世の常"なのであくまで初心でいた。


5年前から僕は毎日「失われた森」で魔獣を狩っている。


修練の一環だとレヴァリアに放り出された時はどうなる事かと思った。


しかし、幸い魔獣はあまり強くなかったと僕は感じた。


僕はレヴァリアとの毎日の修行で聖級の影魔術、治癒魔術に炎魔術と剣技の蒼流王級まで取得した。


僕が影魔術を使えると伝えた時、彼女は驚いていた。


それは古代魔術と言われている、もはや継承がなされていない禁忌魔術の一種だからだ。



「どこで覚えてきたんだ」と言わんばかりの目を向けられたが、僕も分からない。


自然と身体の脈が馴染んだだけだ。人間、適性のない魔術は一切使えない。


書斎にあった影魔術についての考察本を読み漁っていたら、いつの間にか使えるようになっていた。


彼女も感心交じりの呆れ顔をしていた。


僕は鍛錬を積み重ねて確実に強くなった。


僕はそれが堪らなく嬉しかった。


ここでいう聖級とか王級とかは強さの指標だ。


簡単にいうと、王級は聖級より強い。


ちなみにレヴァリアは楼流使いだ。


楼流とかは4つあるうちの一つの剣術の流派だ。


蒼流の特徴は間合い管理とカウンターが主であることである。


メリットはどの流派に対しても不利とならないこと。有利でもないが。


それに対して楼流の特徴は魔術と剣術を混ぜたスタイルであること。


メリットは世の中で最も人口の多い甲流に有利と言われていること。


理由は単純で火力が高いから打ち合いに強いからだ。


デメリットは魔術量に依存するため、スタミナが足りなくなりがちだ。


そして、剣術と魔術をある程度できないといけないという才能に依存すること。


当たり前だが、魔術を使える人間は少ない。全人口の10%程度。


才能がなければそもそも魔術は使用することすらままならない。


一方、剣術は護身用やスポーツなどにも使われるので30%ほど。


その両方がそつなくこなせるとなると、想像は容易い。


僕はどんどんと修練に励む様になっていた。


凶暴とされる«凶器熊サイコベア»や強い毒を持つ«大毒蛇ポイズムスネーク»もあまり強敵とは言えなかった。


狩り終わった事を彼女に報告したらハッハッハと大声を上げ笑い始めた。


「お前も強くなったもんだな」と笑われた。


何でも、冒険者が倒せず喉を掻き切られて死ぬか、逃げ延びれても挫折を味わうのがこの二体らしい。


それを聞いてやはり驕りは死を呼び寄せるものだと再認識した。


何事も謙虚に警戒しながら生きよう。


毎日の1000回の木剣の素振りを終えると狩りに出掛ける。


今日になればもう1000回ごときじゃ倒れこまない。


寧ろ足りなくなって10000回打ち込んで叱られてしまうほどだ。


「度が過ぎると身体に毒」と口酸っぱく言われた。


今日の目標は目の前にいる«凶器熊サイコベア»だ。


【影聖級魔術・拘束ヴァインド】を使い凶器熊を僕自身の影で拘束する。


動けなくなった獰猛な動物は唸り声だけを上げた。


必死に足掻くもその影による拘束は強固なもので観念した様に静かになった。


僕は首を短剣で切り付け仕留めた。


僕はグッタリとした«凶器熊サイコベア»をひょいと持ち上げるとレヴァリアが待つ家へと向かった。


「よくもまぁこんなデカいのを1人で持ってこれたな。感心を通り越して呆れるよ。これなら試練も安心かな。」


彼女はお決まりのやれやれといったポーズをしてこちらを一瞥した。


僕が魔物を仕留めたら決まってその日の晩飯はそれの肉を使用したメニューになる。


彼女の料理は美味い。


これ以外食べたことないから比較は出来ないが美味いと感じる。


早く食べたいものだ。


「今日はしっかり仕留められたんだ。ところで試練って?」


僕は試練というワードが気になって仕方がなかった。


前々からレヴァリアは僕に試練を課すと言い渡していた。


その内容こそ誕生日の前日に発表すると言って伏せていた。


しかし本日は何を隠そう誕生日の前日なのである。


ついに、その日が来たのであった。


「まずはそれにあたって私の身の上の話をしよう。幼少期や仲間の話はしたがどうやって英雄になったか、そしてどうしてこんな辺鄙な場所で過ごしているのか話そうか」


「私は強くなりたかった。だから悪魔と契約した。その代償は大きかった。」


「その代償は…呪い?」


彼女が不在の時、よく書斎で本を漁っていた。


その中の文献に、英雄譚が載っていた。


その英雄譚には「英雄には強さと代償の呪いがあった」と記載されていた。


僕はその本で記された「紅に煌めく緋眼を携え…」という言葉に、それが彼女を指しているという心証を抱いていた。


「ああ。いつも飲み込みが早いなお前は。概ね、その解釈で間違っていない」


僕の質問にウンウンと頷くと、こう続けた。


「その前に、私になにがあったのか。それについて話さなければならないな」


彼女はどこか遠くを見つめながらそうゆっくりとそして重く語った。



私は小さな村を統治する貴族の子供だった。


でも、紅に染まったみたいな眼をしていたから近所の子に「鬼の子」と言われよくいじめられていた。


「ちょっと!レヴァリアを虐めるなら私を虐めてからにしなさい!」


緑髪をしたショートカットの子供は、私の前で腕を組み私を庇護するように立ち竦んだ。


いじめっ子たちはつまらなさそうに引き返していく。


「ありがとうーーサリア」


私は泣きじゃくりながら大親友のサリアに抱きつき、よしよしと頭を撫でてくれた。


お気に入りの華を集めて、それを親友に自慢して、遊んで日暮れには帰っていた。


「サリアまたね!」


「レヴァリアこそ!」


二人で将来のことについてよく話したり想像したりして遊んでた。


家に着くと弟が玄関に仁王立ちしていた。


「ねーちゃんおそい!」


私にはリトという弟がいた。3つ下の可愛い弟。


「ごめんねーサリアと遊んでて!」


「心配したんだからねー!」


「ほら、早くねなさい」


兄弟喧嘩をしていると、お母さんにそんなことを言われて寝床につく。


そんな時だった。


その夜は蒸し暑くて寝苦しい夜だった。


普段では聞こえる虫の羽音も鈴の音の囀りも全く聞こえない。


仰々しい気持ち悪さに包まれ起きると、そこは火の海だった。


「悪魔が来た!悪魔が来たぞ!」


村の物見櫓に上り鐘を鳴らす大人。


それに登り揺らしその人をいとも簡単にバキバキという音を態とらしく立てながら食べる「悪魔」


どうやらその後に知ったが、「次元の裂け目」から解放された「魔物」が村にやってきたのだ。


リトもお母さんもいない。


私は違和感に包まれながら身体を動かそうとする。


動かない。


私の身体は家を構成していた木材に押しつぶされていたし、よく見たら下腹部に刺さった木材により出血していた。


痛いのを必死に我慢する。


「レヴァリア!!大丈夫!?!?」


そこにサリアが走ってきた。心配になり見に来たのだろう。


必死に救出され、下腹部の止血を終えた私に彼女は早く逃げようと言いかけたその時、彼女の首がゴロゴロと転がった。


うそ、いや。やめて。サリアの身体と首が…


血飛沫が上がり倒れる彼女の奥から、気持ち悪い黒い目の沢山ついたおぞましい身の毛もよだつような生き物がこちらを見ていた。


ニタニタと笑いながら彼女の胴体を食べ始める。


私は転がっていた石を投げつけるもビクともしない。


必死に抵抗する私を嘲り嘲笑するかのように、サリアの内蔵と思われるものを吐き出し、踏み潰した。


「ニンゲン、ヨワイネ。ダカラ、ウバワレル。コノムスメノヨウニ。ケケケケ」


彼女だった頭を、鋭利な爪で串刺しにし、腹話術のように喋らせたのち、ケタケタ笑い始めた。


彼女はまだ生きていたようで生気のない目が、助けてと訴えかけるように、ヒクヒクと動いていた。


「ああああああ!!しね!!しんじゃえ!!」


涙で視界はぼやけていたが、石を投げた。やはり効かなかった。


自分の無力が痛感されて悔しかった。


私が強かったらサリアを守れたんだ。


でも弱いから守れなかった。


弱いから奪われたんだ。


ケケケケケケケケケケケケ


それが、無力で矮小な私を嘲る。


ああ、私死ぬんだ。案外、人は死ぬ時冷静なんだなと感じた。


その時、閃光がそれを真っ二つにした。


絶命したそれは声も出さず塵となった。


「おまえ、自分の無力が憎いか?嫌いか?」


黒と紫色で構成された漆黒と言えるその束に、肩の長さまである透き通るような白髪。


そして殺意はないが、何人も殺してきた虹色の眼。


私は人生でそれほどまでに威圧感や重厚感を感じたことがなかった。


死が隣にいて、私の肩に手を添えている。


「は、はい!私は強くなりたいんです」


「なせだ。自分の無力を痛感したからか?お前の前で大切な人を無くしたからか」


彼には全てがわかっていた。


説明する必要なんてなかった。私が親友を亡くしたことなんて、顔を見ればわかったんだ。


「ッ…」


「図星か。ならば力を与えよう。私の禁忌の力を。誰にも負けぬ絶対なる力を」


「ほ、ほんとうですか!」


「ただし、条件がある。お前の願いを600年後の満月の日に聞きにゆこう。」


その存在はこう続けた。


「未熟なものの生命など何とも宜しくないからな。その願いが達成されたとき、お前の生命をいただこう。」


「はい…!」


「では授けよう。契約極級魔術・不死残滓!名を刻め。我が名は____」


刹那、黒光が走った。私の身体は全身を焼かれるような激しい痛みに包まれた。対照的に視野が真っ白となった。


「あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"!!」


断末魔と共に気を失い、気付いた頃には私は不死の身体と絶対的な力を宿していた。


私はそのまま村にいた魔物を嬲り殺した。


親友を守れなかった非力だった私と違い、今の私は魔物なんて小指1本で倒せた。


リトとお母さんは悪魔に殺され、リトは上半身だけの姿に、お母さんは原型を留めないような姿に変貌していた。


私はこのような悲劇を招いた魔物が許せなかった。


非常に強い殺意の衝動に駆られた。


私は魔物を殺し、その元凶を倒す事だけを考えた。


私はその後、親戚の辺境貴族に引き取られて暮らすことになった。


平穏が訪れても、心には穴が空いたまま。


その身体の動力源は憎悪と怨嗟と怒り、悲しみだった。


辺境貴族として生活を続けるうちに、周りとは違って一切歳を取らないことに気づいた。


私は蔵書の本を四六時中読み漁り、私の体質がほぼ不死身であり吸血鬼と酷似していること、血は必要であるが、日光などは苦手でないことがわかった、


おそらく、後天的に獲得した体質であるのでその遺伝子は類似的なもの。


不死身として、悠久の年を孤独で過ごす私にとって、穏やかな日々は非常に苦痛だった。


昔はそれを求めていたのに、何とも皮肉だったと思う。


家族には私が不死身であることを理解して貰えていた。


不幸中の幸いともいうべきか、疎外感や孤独は感じなかった。



それから100年ばかりが経過したとき。


私は勇者一行に加わり、魔王の討伐を命じられた。


私が秘境の村で秘密裏に得た情報によれば、魔王は「次元の裂け目」について知ってるとのことだったからだ。


勇者一行に混ざれば魔王の元へ出向く口実が得られる。


「レヴァリアっていつも小難しそうな顔してるわよね」


仲間の高位神官であったアジャはそう言いながらやれやれといった風なジャスチャーをした。


「そういう時は神様に祈ればいんだよ!ほらこうやって!」


彼女はそう言って私の手を無理やり組ませ、祈りを捧げさせた。


私は妙に距離感が近い彼女に辟易しながらも、何だか心地は悪くなかった。


私も真似をして祈りを捧げると、彼女は二カッと屈託のない笑みを浮かべてみせた。


こうやって毎日30分は祈ること!と口酸っぱく言われ、私もそのルーティンをやるようになった。


人間と違い長い年月を苦痛である退屈に生きてきてしまった私にとって、悪くない退屈だった。


「あーまた二人でお祈りしてる!私にもやらせろ!」


2mほどにもなる大斧を背中に背負っていた戦士であるカイリも、こうして祈りを捧げる私たちを見つけてよく混ざっていた。


殺伐とした私の生涯で平和な一時だった。


嗚呼 神様 この平和がずっと続きますように。



魔王城での魔王との格闘は壮絶なものだった。


「レヴァリア!カイリとアジャの手当を!私ももう余裕はないわ!」


「ええ!治癒聖級魔術・全治癒!」


戦闘の過程で切断された2人の両手が瞬時に何事もなかったかのように接合される。


勇者が目にも止まらぬスピードで剣技を披露する。

だが、そこには顔色一つ変えずに全ての斬撃を受け流す男がいた。


「無駄!非常に無駄無意味な生物である!人間!」


5mほどの上背に青い肌、そして不気味な笑みを浮かべた魔王は、強力だった。


刹那 勇者を吹き飛ばし、彼女は壁に衝突し瓦礫に埋まってしまった。


「勇者の軟弱たるや。勇者がこのザマでは貴様らなど瞬殺よ。ククク」


「よくもサナを!楼流聖級剣技・炎舞剣戟!!」


禍々しい炎を纏った剣が魔王に襲いかかるが、指1本で止められてしまう。


「欠伸の出るような技であるなぁ?剣も泣いておるぞ?闇獄級魔術・夜空弾衝撃!!」


「!? かはっ!!」


アジャの剣は指で叩き折られたかと思えば、暗闇で集約された空気の弾丸が鳩尾に突き刺さり吐血。


そのまま数十メートル吹き飛ばされ、床に倒れた。


「次はお前だなぁ?神官。神に祈れば助けてくれるやもしれんぞ。もっとも、私に殺されなければなぁ?」


「ひっ…神聖なる神よ不死者へ光明を齎し給え光帝級魔術・不死者への光!!」


神々しい光が輝きを放ちながら魔王に向かうも、右腕一閃。


上位レベルの不死者や魔族が即死する光では、魔王には到底及ばなかった。


力を失った光はすぐ暗闇へと変わった。


「効かぬなぁ。帝級魔術など飛び回る蟲のごとし。煩わしい以外の感想などない」





私は勇者一行で悪魔と契約した者であることを明かしておらず、真の力は知られるとまずいものであると直感的に理解していたから、勇者たちの前では本気を出せずにいた。


なので、本気を出したのは彼女らが魔王によって失神させられたときだった。


「ククク。勇者一行も残るはお前のみだなぁ。可哀想に。ヒーラーが一人ぼっちだなんてなぁ?」


「私がヒーラーねぇ。少し本気を見せてやろう」


「はっ、世迷言を。勇者も他の仲間たちももう動けまい。幾度にも渡り治癒を強いられてきたお前の魔力量も底を尽きたのではないか?」


私が力を解放すると同時に、彼は直感的に汗を垂らした。


「貴様!なんだその闘気は!力を隠しておったな。小癪な!闇獄級魔術・未だ見ぬ夜明け!カカカ!闇に包まれて死ねい!」


魔王の手から球体上の黒く禍々しい塊が地面を抉りながらこちらに向かう。


刹那、剣が真っ二つにする。


「バカな!獄級の魔術なるぞ!たかが剣に斬られて溜まるか!」


「私はある情報を探している。それは100年程前に発生した"次元の裂け目"による大量の悪魔流入について」


「!!貴様には関係の無い話だろう!!第一、貴様は生まれてすら…まさか」


「お察しの通り、仲間の前では氣を隠していたので言っていないが、私は人間などではない。悠久の時を生ける存在。さて、応えろ。」


「 ッ…"次元の裂け目"は…」


「次元の裂け目」が世界に混沌をもたらそうとした魔神の戯れであると知った。


その神の名前は「魔神」ファルケノシス。神と争う異形なる者。


私は許せなかった。その瑣末な遊戯で私は親友を亡くした。


母や弟だって見つかっていない。きっと苦しみながら魔物に食われたのだろう。


私は怒りで目の前が真っ白になった。


そこにゴロゴロと転がっていたのは魔王の頭だった。


「がはっ、き…さ…ま、まさか黒…」


何が言いたげに、その言葉を言い残して彼は絶命した。


程なくして意識を失った私は王都の城で目が覚めた。1週間ほど眠っていたらしい。


私が記憶しているのは、勇者一行として凱旋し、喝采を浴びたこと。


そしてすぐ勇者一行は投獄されたこと。


国の枢要部にいるような連中は私たちが気に食わなかったのだろう。


だって私たちは国民人気も高かった上に強かったのだから。


政治に於いて重要な均衡を壊していた。


私とサナはそれぞれ左遷を命じられた。


勇者は本来規格外な存在。


普通の人間が数人がかりで倒そうとしてもどうにもならない。


そんな勇者を助けて魔王を倒した私も、大いに警戒されていたのだろう。


アジャとカイリはあらぬ罪を着せられ処刑された。


数十年、さすらい続けた。


頭の中を支配していたのは畏怖を前にした人間への失望と、家族と仲間を殺した魔神ファルケノシスに復讐するかだった。


「私は強くなりすぎてしまった。それこそ神を殺せるくらいに。」


「…」


僕は何も言えなかった。彼女の境遇は凄惨たるものだった。

国からも裏切られ、家族も故郷も友を無くした。


「だからこそ、私はお前と戦わねばならん」


「…待ってくれ。展開が早すぎると思うんだ。第一、レヴァリアは僕と戦うメリットはないでしょ?」


「……それについては私が持つ呪いが影響している。お前を拾った日、私は願ったんだ。」


レヴァリアの顔は深刻そうに色を変える。

回想を語る彼女の口はまるで何かがのしかかったように重く、声のトーンは常に低かった。


「そしてそれが達されれば私は死ぬ。」


歓喜なのか、焦燥なのか、哀愁なのか。

彼女は言葉に様々な感情を込めていた。


"死ぬ"という言葉を口にした彼女の響は残酷で一種の諦めのようなものを感じた。


「どうにかも出来ない。死の因果は運命に逆らえない。だからこそこれを」


「こ、これは…」


「私の魔剣"アンドラス"だ。これでお前は弱い人たちを救ってやるんだ」


彼女は涙ながらにそう語った。


思えば彼女が泣いているところを見せたの初めてではないか?少なくとも僕は見たことがない。


いつも凛々しい顔をして厳しく僕を指導してくれたレヴァリアが、顔をクシャクシャにしながら僕に嘆願してくる。


「ちょっ…ちょっと待ってよ…レヴァリアが立てた目的って」


焦る。何となくは分かっていた。

レヴァリアの付けている日記を昔見たことがある。


それには様々な魔法学や兵学についての難しい話があったが一節に"あの契約を果たせるように"と毎日の様に書いていた。


「ご明察だな。お前を1人前に育てる事だ。お前の16歳の誕生日、私と戦って勝て。」


「私に一太刀でも浴びされる物ならば1人前と認めよう」


正直言って不可能ではない。


救国の英雄として名を馳せた剣の達人に対して傷を付けるのは難しい。


だけど自分の剣術は彼女の剣を熟知している。


あの何度も打ち込みあった日々で彼女の剣は学習済みである。


出来るか?と言われると難しいとしか言えなかったが。


「じゃ…じゃぁ…その試合で負ければレヴァリアは死なずに…」


口走った。というのが正しい表現かは分からない。


だが間違った選択だったのかもしれない。


このまま自分が勝たなければレヴァリアは死ぬ事はない。


だからこそ間違った事だとしても言いたかった。


言葉にしなきゃいけない。そんな気がした。


「馬鹿を言うなッ!!」


土砂降りとなっていた外は次第に大きな音を立てながらも会話を遮ることはなかった。


レヴァリアはいつもは荒らげる事の無い息を整えさせ何かに憤りを覚えたらしくその怒声ばかりが響き渡る。


「どんな種族であれ生き物はいつかは死ぬ。それを先延ばした所で結果は変わらん。いや、変わってはいけない」


「せめて最期くらいは"親"としてお前が巣立つ姿を見させてくれんか?」


僕は啜り泣くように声を上げ泣いていた。


その横で僕の背中を摩りながらあやす様にするレヴァリア。


その姿は母と子供…まるで血が繋がる本当の家族のように見えていた。



"試験"の日が明日へと差し迫る今日、ユリウスはひたすらに考えていた。


毎日行う魔物狩りも捗らず大物を逃してしまい落ち込んでいたのはあった。


彼には幸い考える時間があった。


レヴァリアには長生きして欲しい。


そう考える僕は家の外にある大木の根元に座り込み頭を抱えるばかりだった。


だけど彼女は長く生きる事を望んでいなかった。


"いつか死ぬ"という摂理には逆らっても無駄…という大前提をしっかりと理解していたのだ。


生物の根源は変えられないのだ。


それは理の外にいても同じことである。


しかし、ユリウスはそれを分かっていながらも我儘を言って長生きをして欲しかった。


まだろくに恩返しも出来ていない、


旅をして、僕は仲間を作って体験した事、感じた事、色々な事を話したかった。


他愛もない話をしたかった。


これが叶わないただの願望である事も僕は知っていた。


だけどレヴァリアの事を考えるとそんな事どうでもよかったかのように忘れてしまう


(どうすればいいんだろう…)


不可解な程答えが出ない。


ベストな答えは何なのだろうか、どうすればそれを導けるのか分からなかった。



そしてレヴァリアの言っていた事を思い出す。


彼女の願いが僕を1人前にする事なら彼女の願いは無碍には出来ない。


だからこそ僕は剣を握り素振りをした。


僕が僕である理由は今まで鍛錬を続けレヴァリアという人物を目指した剣があるから。


そう思った。彼女を越えて、安心して逝ってほしい、そう考えた。



ついにその日はやってきた。いつも通り剣の稽古と勉学を終えると家の前にある空き地へと移動した。


そこがレヴァリアが指定した試験の場所だったからだ。


少しばかり遅れてレヴァリアは来た。


その目は何かを決心したかのような目だった。


覚悟に燃えて引き込まれてしまうのでは無いかと懸念する程真っ直ぐだった。


「私に一太刀浴びせられる物ならばお前の勝ちだ。覚悟は出来ているのか?」


「うん。勿論。全力で行かせて貰うよ」


「では…開始ッ!!」


彼女の号令と共に剣がユリウスの剣に切り掛る。今日は本気という事でいつもの木刀ではなく真剣を用いている。


本当の戦場ではこれが普通だがユリウスはこれの重みに慣れていなかった。


その重さに震えながら受け止める。


「くっ…重い…」


レヴァリアの剣を受け止め押し返した。


仰け反りながらも踏ん張り剣を中段に構えた。


「こんな物ではないだろ?ユリウスッ!【炎獄Ⅱ級魔術緋炎テア・ブレイズ

】!!」


レヴァリアの剣は燃え盛る炎を纏い振るう度に火を散らす。


このスタイルはそう、楼流だ。



楼流とは魔術による力を剣に纏わせ、戦いを有利に進めていくスタイルのことだ。


彼女は楼流を極級で使えた。極級とはこの世の理不尽である。


僕は王Ⅲ級まで剣術は習得したが、途方もない訓練が必要であった。


それすらも簡単に捻る極級は人生賭けても到達できる気がしない。


一撃の重さ、そして速さ、全てに於いてレヴァリアは遠い存在であった。



剣を重ねる度に如実になるどうしようもない実力差に憂いを覚えた。


その中でもどうにかしようと試みる。


バックステップをしようとしたら距離を詰められ追撃を受けて防戦一方。


蒼流の間合いもしっかり詰められている。カウンター対策もバッチリだ。


彼女は自分が得意とする流派だけではない、他の流派の対策もしっかり持っている人だった。


薙ぎ払えばいなされ、懐に潜り込まれ切り込まれる。


こちらの考えはまるで見通されているかの様に為す事全てが彼女に対応され、彼女のパターンに入っていった。


流石英雄。その功績は剣と共に。その名声は賢能と共に。


まるで手が届かない。


ここまで実力差があると畏怖を通り越して笑えてくる。


「おいおいどうした?まさか手を抜いているんじゃないだろうな?」


彼女は防戦一方の僕を揶揄するように言い放つ。


「ッ…!!そんな事は…」


手を抜かないつもりだったのに。


いつの間にか剣筋が鈍っていた僕は指摘を受けて動揺する。


勝手に体がレヴァリアを斬り付けてはいけないと判断していたのだ。


「見せてみろお前の本気を!!お前を拾って良かったと、お前に剣を教えて良かったと私に思わせてみろッ!!!」


その言葉にユリウスの中の全てが弾けたような気がした。


重みのある言葉。


彼女の顔は本気だった。その瞬間影が彼の剣に纏われる。


古代書を読み漁り習得した新しい剣技、【蒼帝剣技・白虎】!。


青い炎が剣を包み、それは虎のように吠えた。


唸る咆哮が剣に乗り、彼女に斬りかかる。


この一撃は僕の全て。そしてレヴァリアから教えて貰った大切な物。


「見せてやるよ母さん· · ·!!僕の…僕の全てを!!」


思えば彼女の事を「母さん」と呼んだのはこれが初めてかもしれない。


僕の放った音速の剣戟を彼女の緋色の剣は受け止めると力が拮抗し、お互い吹き飛ばされ笑い合う。



ユリウスの剣はまるで何か変わった様に迷いが無く剣筋は全盛期の私そっくりだった。


剣戟は鋭さが増し、重みも増したその剣の軌道はまるで芸術作品を描く画家の様に。


(こいつ、新しいスタイルを創り上げやがったな!)


彼の使った必殺技は見たことのないものだった。


魔法を剣に纏わせるのは楼流の定番であるが、あの間合い管理から放たれる最適解の太刀筋。間違いない。


彼の得意な蒼流と、私の披露した楼流を組み合わせた技だった。


私とそっくりとは言っても自由で縛られない彼の剣は私が求めていた物。


私が育てたかったユリウスの姿。


私の様に柵に縛られず自由に飛び立つ翼を持った戦士。


「そうか…ついにやったな。ユリウス。お前の剣は私が求めていた姿だ」


「羽ばたく鳥のように自由で硝子のように繊細…見事だ。だが負けてはやらんぞッ!」


「勿論だよレヴァリア。僕は貴女に…いや。母さんに勝つ!!」


緋色と黒色は互いが重なる事に色を増していく。


まるでお互いの思いが載せられたかのように。


幾度もぶつかる鉄の音は鎮魂歌の様に静寂な森に響いた。


息は荒くなり正午から夕刻まで続いた勝負は終わりに差し掛かっていた。


互いに譲らぬ2人は何度も何度もいなし、受け止め切り込んだ。


いつしか夕陽を背中に2人は笑顔で打ち合っていた。


「っ…よくやった、お前の一太刀で腕には傷が出来た。よって…お前の勝ちだ。」


私の腕には切り傷がついていた。


血がダラダラと零れ落ちる。それはユリウスの勝ちを意味していた。


彼は強い。


謙虚にいるように教えたお陰で気付いていないが彼は強い。


これならば私が成しえなかったものを達成できる。


彼・女・のことも救えるかもしれない。



「っ!!だけど母さんは…」


僕は言葉が詰まった。


覚悟して挑み勝ち取った勝利。


しかし、彼女が消えてしまうのは何となく分かっていたから。


「大丈夫だ。お前の事は見てるさ。それにもしかしたらまたこの世界に生まれ変わってお前に会いに来るかも知れんぞ」


彼女はそんな心配とは裏腹にニカッと笑った。


屈託のない笑顔は今から死ぬ人とは思えない明るさだった。


「だから心配するなユリウスよ。褒美になるかは分からんが、私の姓をこれから使うといい。お前の名はユリウス・シュヴァルツヴァルトだ。」


「いい…響だね」


「もしこの先困ることがあればロックガルド大陸のシュヴァルツヴァルト家を頼るといい。私の名前を出せば便宜ははかってくれるはずだ。ケイヒル教国のアスタルシアに行けばある。」


「はい。わかりました」


涙が浮かんでいた。自然と出てくるもだろうか。


頬を伝い落ちる雫を見てレヴァリアはふふっと笑い、僕の頬を撫でた。


「ではユリウス。額を出してみろ」


言われるまま、金髪の髪を掻き上げ額を彼女に差し出す。


するとレヴァリアは白く雪のような右手を額に合わせた。温もりが伝わってきて、心が落ち着く。


「これで私の未練は無くなった訳だが…そろそろタイムリミットみたいだな!!」


再度カッと笑うレヴァリアの笑顔。


まるで澄みきった川のようで死に対する恐怖が感じないように見えた。


「な、なんで怖くないの?死んじゃうんだよ?僕まだ母さんに恩返し出来てないのに…っ…」


僕の言葉も涙も止まらなかった。


「いつか旅に出て仲間を作って…そこでどんな事があったのか話して笑って欲しかった…ぅっ…だから…行かないでよ母さん…」


僕は我儘を言わないつもりだったが限界だった。


涙を流し思いを告げる僕をレヴァリアは頭をそっと撫でながら優しく抱き寄せた。


「ユリウス。お前がここまで立派になってくれただけでも私は嬉しい。私だって別れは惜しい」


「だけどきっといつか、お前という旋律が歴史という協奏曲に刻まれ多くの人に感動と勇気、そして優しさを与えるものになるって私は信じている」


「死ぬのが怖くないといったら嘘になるが私に未練はない」


「っ…出来る…っぐ…」


「偉いぞ。愛しているぞユリウス」


「ぼくもっ…愛しているお母さん」


なぜだかはわからない。


彼女に教わった勉強でも、死後に会うことはできないと言っていた。


しかし彼女なら自分に会いにきてくれる。


そう根拠が希薄ながらに、納得したのだ。また会える、そう考えると涙は自然と止まっていた。


「いい子だ。最愛の息子ユリウス。せめてもの願いだが…私はどうやら落し物をしてしまった様なんだ」


「私の友人たちにもし出会う事があったなら私は看取られたと伝えてくれ」


「そして…お前の名前の由来でもある、夏風のように自由で縛られる事の無い人生を送れ。そして幸ある人生を願っているぞ」


「うん、そんなら人生を送るって約束する」


「良い子だ。最期に、お誕生日おめでとう。ユリウス。素晴らしき人生を」



抱き寄せられたままその晩、光に包まれたレヴァリアは眼と白銀の髪を表しているかの様な紅い宝石2つと白銀石。


そして白い骨だけを遺して粒子になって空へ舞った。


彼女は誓を果たして深い深い、覗き込んだら引き込まれてしまうかのような眠りについた。


紅い宝石と白銀石を大事に手に持つとそれをしまい込んだ。


木の横にあった大きな岩を何日も何日も削りちゃんとした墓を作った。


その墓は生前のレヴァリアが大切にしていた友人達の墓と並ぶようにしてある文字を刻んだ。


彼女が遺した白骨と宝石の1つを埋めた。


" レヴァリア·シュヴァルツヴァルト 緋眼の英雄 ここに眠る 最愛の母よ 安らかに眠れ"


気がつけばしゃがみながら手を合わせていた。


彼女を表す様な紅の彼岸花が添えられてあった。


深い深い森の奥。


古びた木造の家の隣。


ある自然を一望できる丘に3つの古びた墓が佇んでいる。


その墓に捧げられる花々は周辺を住まう獣達によって今も絶えないという。


激動の時代の中、人間を信じ、戦い、愛した英雄は生涯を終え深い眠りについた。



おやすみなさい。僕のお母さん

レヴァリア。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ