④相変わらずの軍服さん
「シキくん!こっちだよ!」
シキがグラウンドに駆けつけると、気絶した猛獣のそばでヤクが手招きした。
「ヤク……!」
袖や靴が汚れてはいるものの、目立った外傷もなく元気そうにブンブンと手を振るヤクを見て、シキはぐっと言葉に詰まった。二階にある自室を出て階段を降りながら、いかにしてヤクの無謀さを非難しようかと考えていたのだが、なんだかもうどうでもよくなってしまった。だから今はとりあえず、お前ってやつは……と小声で呟くに留めておく。
「全く……運が良かったな。偶然、猛獣に雷が落ちるなんて」
「え?う……うん。そうだね、助かったよ」
シキは心の中で苦い思いを噛み締めた。緊急事態だったとはいえ、隠してきた自身の特能をこうして披露する羽目になったことが今になって少し悔やまれた。それでも特能を使う姿を誰にも見られなかったのは不幸中の幸いであるから、こうなればもう偶発的な自然現象として押し通そうとシキは心に決めていた。
(だが変だ……この国の王子には代々、専属の護衛騎士が付くはず。それなのにこいつの周りにはそんな気配などない。さっきだって俺が助けなければこいつは死んでいたかもしれないのに……)
「ねぇシキくん」
不意に真剣な声音でヤクが話しかけてきたので、シキは内心ぎくりとした。
「ん?なんだ?」
「……」
ヤクはじっとシキを見つめていたかと思うと、ふっと視線を外して猛獣に目をやった。
「この子、もしかしてミュレット先輩の……」
「可能性は高いな。こんな巨大な獣がこの辺に生息しているとは思えないし」
ホッとしつつそう返すと、ヤクは跳ねるようにしていきなり駆け出した。慌てて後を追いかける。
「おいヤク!どこ行くんだよ⁉︎」
「医務室だよ!ミュレット先輩に知らせないと!」
二人は玄関口に飛び込むと、野次馬のごとく階下へ降りてきていた学生たちの合間を縫って奥にある医務室を目指した。
「ミュレット先輩!大変だよ!猛獣が……」
突き破るようにして扉を開けて医務室に走り込んだヤクは、そう叫んだところではたと止まった。ミュレットは寝台に横たわっていて、そばの椅子ではベスティが眠り込んでいる。寝台の傍らにはルゼが立っていて、ヤクたちに気がつくと人差し指を口の前に当ててみせた。
「騒ぎのことは知っている。けれどミュレットはこの通り対処できる状態じゃないんだ」
「ミュレット先輩……どうしたの?」
「さっき体調が急変してね。もともと体の強い方ではなかったんだけど、最近は特に……。先生もいないから居合わせたベスティたちが付き添ってくれてたんだけど、ケネーは途中でどっかに行っちゃうし、ベスティは疲れて眠ってしまったよ」
ルゼは曇った顔でそう説明すると、不安げに寝台へと目を向けた。つられてヤクもそちらを見る。死んだように眠るミュレットの青ざめた顔色が痛々しくて、思わず目を逸らした。
「サンラート……ミュレット・フェロ・サンラートはいるか?」
突然戸口から野太い声がした。開きっぱなしにしていた戸口に、軍服の男が立っている。ヤクは思わずあっと声を上げた。軍帽の影から覗く険しい目つきと厳つそうな顎髭には見覚えがあった。
「あなたは……あの時の軍服のおじさん!」
それは先月の入学式の直後、ヤクを襲撃犯の仲間だと疑って取り調べた男だった。
「あ?……あ!お前はあの時のガキ……!」
軍服の男はそこまで言ってからハッとして、咳払いをしてから言い直した。
「以前はどうも。ヤクとか言ったかな?」
「うん!おじさんはなんて言うの?」
「……君に名乗る必要はない。それより、サンラートはどこだ?」
ルゼは寝台を指し示した。
「ミュレットなら今寝ているこの学生ですが……なぜです?」
「まさか先の騒ぎを知らないわけではあるまい?暴れた猛獣はそこの学生の飼育していたものだ。事情を聞く必要がある。まあどのみち飼育物はみな押収だろうがな」
「そんな……!」
「待ってください、あれはミュレットがここに入学する前から飼育していたものですが、暴れたなんて話は一度も……!他の猛獣たちにしてもそうです、何か特殊な理由があったとしか思えません!」
ルゼが必死に訴える。しかし軍服の男は頑として聞き入れなかった。
「その理由とやらも、本人に聞いてみた方が早いだろう。なにもとっ捕まえて罰しようってんじゃない。ただ安全性が保証されるまでこちらで預かるだけだ」
「ミュレットの身柄もですか?でも彼は今この通り寝込んでいて……」
「……ルゼ?……僕がどうかした……?」
「ミュレット、起きたのか…!」
まだ眠たげな様子でミュレットは長い睫毛をぱちぱちとしばたかせた。周囲の声が耳に入ったのか、ベスティも目を覚ます。
「つい眠ってしまったか……おや?これは一体……」
軍服の男に無言で促されて、ルゼは手短に状況を説明した。ベスティが驚きで目を見開く。ミュレットはというと、寝起きで僅かに赤みを帯びていた頬がみるみる白んでいった。
「そんな……」
絶句したミュレットを見て、ヤクは息が苦しくなった。軍服の男が一歩踏み出す。
「目覚めたのなら丁度いい、早速いくつか尋ねたいことがある。本来なら別室に移動してもらうところだが……」
彼は寝台に目をやり、医務室を見渡した。
「質問はここで行おう。君たち、外に出て行ってくれるか?」
「でも……」
「早くしなさい。ほら、君もだ」
「俺もですか⁉︎ 俺はミュレットのルームメイトなんですよ?」
「今は関係ない。これは彼の特能の問題だ。まあことによっては君にも連帯責任が課されるかもしれんがな」
「……」
かくしてヤクたちは追い立てられるようにして医務室の外に出た。




