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一翼のハイマヴィス  作者: かる
ルームメイト
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③猛獣は導体

 国々が勢力圏を拡大せんと競い合うこの時代に、最も強大な軍事国家として世界最大領土を誇るこのメジアスト王国について問題点を挙げようとするなら、真っ先に挙がるのは後継者問題だろう。十年ほど前に唯一の王子が病没したのち、遺されたのは王女一人のみだった。女性に王位継承権のないこの国において、王女が将来的に息子を産むことだけが希望の種であったが、奇妙なことにどうやら国王は年頃になった王女を他の国に嫁がせようと考えているらしい。

 王家に仕える父や祖父を通して以上のような動向を把握したシキは、ある一つの仮説を立てた。

 王家には存在を隠された王子がいるのではないか。

 近年、王家を絶対的な中心とした政治体制への反発が強まってきている。被支配階級のみならず、保守的な貴族の中にも陰で現国王を王位簒奪者かのように語る者もいる。実際、故王子が幼い頃には暗殺未遂事件も発生したと聞く。ならば誕生した王子を、彼が成人し王位継承権を得るその時まで隠し通すという決断もあり得なくはない。

(もっともあまりに極端な決断な気もするが……そうせざるを得ない理由が他にあったとしても不思議ではない)

 なんと言っても、この国の王家には謎が多いのだ。


 「王子は存在する。ただしごく一部の者しかそのことを知らず、長らくその存在を秘されて生きてきた。しかし国王は彼の身分を偽装して自身の監視下にある王立学園に入学させる。王子の見聞を広げるためなのか、人脈を作りのちの支持層とするためなのか__理由は無数に考えられるが、この学園の制度を考慮するなら最大の要因は王子自身の能力だ。学力不振、世間知らず、危機感の無さ、何より特能が使えないという前代未聞の欠陥……それで国王は学園長に話を持ちかけた。一族の地位の保証を、王子の在学中付きっきりで彼を育て上げる授業料とする交渉を。国王としては、親王派の家門と対立していた学園長の一族を味方につけることができるなら悪くはない値段だっただろうし、それは学園長にとっても同じことだ」

 詩を暗誦するかのようにすらすらと語っていたシキはそこで言葉を切ると、勝ち誇ったような笑みを浮かべていつぞやの代表挨拶と同じ口ぶりで言い切った。

「つまり俺はお前の専属教師として仕えてるってわけだ。俺の考え、どこか間違ってますか? 王太子殿下」

 いつの間にか太陽は翳り、室内は薄暗くなっていた。しばしの沈黙ののち、乾いた声が部屋の空気を揺らした。

「や、やだなぁシキくん、何言ってるの? 僕が王子って……そんなのあり得ないよ」

「そうやってシラを切るのか」

「シラもなにも……というか、そんなこと言ったら王家への不敬罪だって言われて捕まっちゃうよ。君も僕も……」

 不敬、という言葉にシキがムッとして何か言い返そうとした時だった。

「うわああぁぁぁぁぁーーーッ⁉︎」

 耳をつんざくような悲鳴が轟いた。ほぼ同時にガシャンッと何かが割れた音が響く。ヤクはぱっと立ち上がると、一目散に窓辺へと駆け寄った。キィキィと音のなるサッシを押し上げて飛び出さんばかりに身を乗り出す。

「__っヤク! あぶな……」

「大変だよ! 人が襲われてる!」

 切羽詰まったその声にシキも慌てて窓の下を覗くと、実技の授業を行なっているはずのグラウンドで人の背丈の二倍ほどもある動物が学生たちを追い回していた。動物は猪のような姿をしていたが、足が大きく額から生えた太い角は鈍く輝いていた。一歩、一歩と踏み出すたびに、ズン、という振動がここまで伝わってくる。

「なんだこれ、猛獣……? 一体なにが……」

「あ! ルゼ先輩!」

 グラウンドをぐるりと囲むようにして建つこの寄宿舎の端に位置するヤクたちの部屋からは、ちょうどグラウンドを挟んで向かい側の部屋に立つ人物を窓越しでも判別することができた。ルゼもまたヤクに気づいたらしい。こちらに視線を向けると、逃げろというジェスチャーをしてみせた。

「でも……」

 ヤクは再び眼下の光景に目を移す。入り乱れる悲鳴と荒々しい猛獣の唸り声、なんとかその動きを封じようと試みる教師たち、散り散りになって逃げ惑う学生たち……。ヤクたちがなす術なく見守る中、その真下で一人の学生がバランスを崩して倒れ込んだ。すかさず巨大な獣が牙を剥き襲いかかろうとする。

「ダメだよーッ‼︎」

 ヤクはひらりと窓枠を越えた。落下しながら護身用の金属棒を腰から抜き取る。そしてそのまま、落下先にいた猛獣の頭部を思いっきり殴りつけた。

「嘘、だろ……」

 シキは唖然として窓から身を乗り出した。猛獣は思わぬ襲撃に麻痺したかのように固まった。が、それも一瞬のことだった。

「キィヨォォォォォォォッ!!!」

 先程とは比べ物にならない金切り声に、寄宿舎全体がギシギシと軋む。かと思うと、猛獣は狂ったように暴れ始めた。

「くっ……」

 ヤクは振り落とされないよう必死で猛獣の毛を掴んだが、毛足の短いそれは汗ばんだ掌の中でつるつると滑っていく。金属棒が地面に投げ出されてカラカラと音を立てた。が直後、猛獣に踏み潰されてぐにゃりと曲がってしまった。落ちればただでは済まない。だが、暴れ狂うこの猛獣に身一つでしがみつくヤクが振り落とされるのは時間の問題だった。

「なんなんだよお前……!」

 一連の様子に目を見張っていたシキは、言いようもない苛立ちに襲われて唇を強く噛んだ。

 なんなんだヤク、なぜお前がそんなことをするんだ。

(お前は王子だろ⁉︎ この国で認められた唯一の王子なんだろう⁉︎ 今ここにいる学生たちの命を全て集めてもお前の命の半分にすらならないというのに、なぜお前が彼らを助ける?なぜお前が命を懸ける__⁉︎)

「あーーーッくそッ!」

 シキは頭を掻きむしって舌打ちすると、高々と左手を上げて一気に振り下ろした。その瞬間、大気が裂けたかのように稲妻が走り、 耳をつんざくような雷鳴とともに猛獣を貫いた。一拍ののちに、あたりは時が止まったように静まり返る。やがて猛獣はびくりと体を大きく震わせたかと思うと、確かな振動を伴ってゆっくりと倒れ込んだ。

「た、倒れた……」

「助かった、のか……?」

 呆然と立ち尽くしていた学生たちが徐々に状況を理解し始める。誰かがため息をもらした。安堵、歓声、泣き声……それらが混ざり合って大きくなり、グラウンドが一気に感情で埋め尽くされていく。

 穏やかな午後の風がさらさらと砂を転がし、太陽が顔を出し始めた。日に照らされたグラウンドは黄金色の水面となって輝いている。その中心で眩しそうに目を細めながら、ヤクは上を見上げた。初めて目が合ったあの時のように、窓辺に立つルームメイトと見つめ合う。けれどあの時よりもわずかに見知ったその瞳に、ヤクは静かに微笑みかけた。

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