⑪ほんとは有名人
心臓がどくんと鳴って、背中を嫌な汗が伝った。しかしヤクたちが何かするより先に侵入者が声を荒げた。
「キサマら……何しに来やがった⁉︎」
(……え?)
立っている方__先程喋った方が大袈裟に肩をすくめてみせた。
「助けてあげたってのにその言い方はないでしょー? にしてもおもしろい格好してるねぇ」
「うるさい! これは……」
侵入者の方はそこで言葉を飲み込むと、キッとヤクたちに向き直った。ハツはすかさず剣を構える。
「三対一でやろうってか? いいぜ、かかってこいよ」
「ハツくん⁉︎」
ピリッと緊張が走る。ヤクは思わず拳を握りしめた。キーン……と遠くで耳鳴りがする。
張り詰めた沈黙を破ったのは、よく喋る方のフードの男だった。
「あーやめやめ。今回は俺たちが引こう」
「⁉︎ おいアス……!」
もう一方のフードの男がびっくりしたような声をあげた。侵入者の方も不満げに発言者を睨みつけている。ハツが鼻で笑った。
「フン、なんだ怖気付いたか。案外大したことねーなお前ら」
「なんだと……⁉︎」
いきりたつフードの男をアスと呼ばれたよく喋る方が制した。
「そりゃ君に比べれば劣るよ、アルトニヤの次男坊」
「ア……アルトニヤ……⁉︎」
ヤクはびっくりして聞き返した。ハツがしまったといった様子で振り返る。男は意味ありげに笑った。
「あれ、君は知らなかったのかい? こいつはかの有名な騎士家アルトニヤの次男坊、ハツ・カシェト・アルトニヤさ」
そう言って男はハツに目をやった。
「王家直属の護衛騎士家の君が、まさか王立学園にいるとはね。王子がいないものだからご指名なしってわけ?」
「…………」
挑発的な相手の口調にも関わらず、意外にもハツはなにも言い返さなかった。
「ま、いいや。とりあえず行くよ二人とも」
「ふざけるな! 僕は……」
なおも食い下がる侵入者を、男は冷たく見下ろした。
「命令違反の新人が思い上がらないでくれる? ミグ、あれよろしく」
それまで黙っていたもう一方のフードの男が、突然爆弾のようなものを投げつけてきた。咄嗟にハツが斬り払う。と、中から煙が噴き出した。
(ちっ煙幕……!)
煙は忽ち周囲を覆い尽くし、ハツとヤクはごほごほと咳き込んだ。
「待ってよ! 君たちはなに⁉︎ 何のためにこんなことを⁉︎」
喉を抑えながら、白濁の視界に向かってヤクは声を振り絞った。問いかけはそのまま吸い込まれて消えてしまうかと思いきや、思いがけず返答が返ってきた。
「俺たちは指導者さ!」
涙目を擦りながら目を凝らす頃には煙は薄くなり、三人の侵入者は見る影もなく姿を消していた。
「クソッ、どこ行ったんだアイツら!」
ハツがドンッと壁を叩いた。しかしヤクの視線に気がつくと気まずそうにそっと手を下ろした。
「……なんだよ。文句でもあんのか」
やがてハツは不貞腐れたように呟いた。
「文句じゃないけど……」
ヤクはようやく口を開いて、じっとハツを見つめた。
「ハツくん、アルトニヤだったんだ」
「…………」
騎士家アルトニヤ。先祖代々王家に使える軍人の家系で、優れた武術を活かし王族を専属で護衛するとともに軍隊の指揮も担う、この国の軍事の要である。通常は一人の王子につき一人、アルトニヤの子息が護衛騎士として仕えることになっているが、存在を秘された王子ヤクにそのような従者はいなかった。
「君が王立学園にいるのは……僕を守るためだったの? 部屋が隣なのも、いつも話しかけてくれたのも全部……」
「__ッ! ああそうだよ! だが勘違いすんな、そういうの全部仕事だ!」
ハツは突然声を張り上げた。それからヤクにまっすぐ人差し指を向けると、いつもの瞳で睨みつけた。
「オレは、オレ自身はお前を守る気なんかこれっぽっちもねー! 王子だろうがなんだろうが知ったことか! お前みてぇな腑抜け野郎をオレが喜んで守ると思ったか!」
そう言い放つとハツは大股でヤクの横をすり抜け、来た道を引き返し始めた。ヤクはしばし呆気にとられて突っ立っていたが、やがてはっと我に返った。
(僕、なんか怒らせるようなこと言っちゃったかなぁ……)
ずんずんと遠ざかっていくハツの後ろ姿を、ヤクはとぼとぼと追いかけていった。




