⑩場合の数
「くそ! 行き止まりだぜ!」
「どこ行ったんだろ……」
先程の床下に降りた2人だったが、しかしそこで立ち止まってしまった。あたりはのっぺりとした石の壁が取り囲むばかりで、人影など見当たらない。
「何かがあるのは間違いねぇんだ、こうなったら全部叩き壊してやる!」
ハツはそう言うなり剣を構えて大きく振りかぶった。四方の壁をがむしゃらに斬りつけるたび、甲高い音が反響する。何回目かの振動を得た後で、ヤクはハッとして叫んだ。
「待ってそこ! 今のところ音がヘンだよ!」
「? ここか?」
ハツがカンカンと剣の腹で壁を叩く。それから他の壁と交互に叩いてみると確かにその壁だけ音が妙に高い。
「多分、何かの仕掛けがあるんだよこの壁に……」
「ちっお前までシキみてぇなこと言いやがって……この方が早いだろ!」
ちり、と熱気が頰を掠めたかと思うと、ズゴォォンと物凄い音が響いた。粉塵に咳き込んだヤクが涙目で顔を上げれば、目の前には一本の通路が続いていた。
「なるほどな、地下通路ってわけか」
「いいのかな……こんな壊しちゃって……」
「今更だろ、行くぞ」
一歩踏み入れると、ひんやりとした空気が足から立ち上ってきた。思わずごくりと唾を飲み込む。と、遠くで足音が聞こえた。2人は目を合わせて頷くと、薄暗い地下通路を一気に駆け出した。
「待ちやがれこのヤローッ!」
「いい加減鬱陶しいんだよ! 仲間1人死んだくらいじゃ足りないってか!」
先程の侵入者が声を荒げた。緩むことない追跡の手に流石に疲弊してきたらしい。足取りも先程よりは遅くなり、ヤクたちとの距離がだんだんと縮まっていく。といってもヤクとハツでは走力に随分と差があるため、ヤクはハツの少し後方から侵入者を追いかけていた。
「ちっまた曲がり角かよ!」
右に折れた背中を追ってハツが角に飛び込んだ途端、侵入者はくるりと踵を返して小さな球をこちらに投げつけてきた。と同時にあの笛を構える。
(! しまっ……)
ドォォンッと爆発音が狭い通路の中で轟々と鳴り響いた。爆発の規模は先程よりは小さく、間一髪で避けたハツはバランスを崩したもののなんとか体勢を立て直した。その間にヤクも追いついてくる。
「ハツくん! 大丈夫⁉︎」
「今のところはな……だがまたあの爆弾を投げられるとなると迂闊に近づけねぇ……」
「……」
ヤクとハツはスピードを落として敵を追い始めた。幸いしばらく一本道が続いているので見失うことはなさそうだが、しかしこれではいつまで経っても追いつきはしない。
「くそ、せめてあと何個あの爆弾を隠し持ってるかわかればな……」
ハツが苦々しそうに呟く。そこでヤクはふと閃いた。
「__そうだ! それならわかるかも!」
「ン?」
「あの人が持っていた笛は片手用で……穴が五つあったんだ、表側に四個、下側に一個」
ヤクは右手でものをつまむような仕草をしてみせた。
「あの笛で出す一つの音につき一つの爆弾が対応しているんだ。きっとこういう場面を想定して片手で吹けるようになってるはずだから……親指で塞ぐ穴と反対側の穴を少なくとも一つは押さえて、笛を落とさずに出せる音だけを用意してるわけでしょ? そしたら出せる音は……えっと……」
「十五個だな」
「そ、そっか。それで、彫刻の中に仕掛けていた爆弾用に一個、シキくんに取り付けていたやつで一個、さっき投げたので一個だから……爆弾は多くても十二個だよ!」
「なるほど……お前にしては理に適ってるな」
「もしかしたらもっと少ないのかもしれないけど……」
「いや」
ハツは剣を構え直した。
「ああいう気性の激しそーな奴は持てるだけ武器を持ってるモンだ。怒りに任せて死体蹴りに金かけるタイプだからな」
言うなりハツはぱっと駆け出した。ヤクも慌てて後を追いかけつつ、ふと思いついて聞いてみる。
「それってもしかして自己紹介?」
「あ゛!?」
侵入者には思ったより早く追いついた。重そうなドレスを纏っているためか、ヤクたちよりも動きづらいように見える。
「ヤク、お前は下がってろ。また爆弾投げてくるぞアイツ」
「う、うん……でもハツくんはどうするの?」
ハツはニヤッと笑った。
「打ち落とすに決まってんだろ」
そう言い終わるや否や侵入者は先程と同じように爆弾を投げつけてきた。ハツが剣を大きく振る。炎を纏った剣先からほとばしる熱風の風圧で小さな爆弾はあえなく宙を舞った。結果、ヤクたちよりやや前方の上の方で爆発する。
「やった!」
「チッ」
侵入者は舌打ちすると間髪入れずにまとめて爆弾を投げてきた。それでもハツが打ち払う。
(十、九、八……七、六……)
煙ったい空気の中で目を凝らして、なんとか爆弾を数えていく。
(四、三……二……)
侵入者がまたも振り返る。ヤクは素早く囁いた。
「これで最後だよ、ハツくん!」
最後の一つもまた、ハツは見事に弾き返した。反撃の術を失った相手は狼狽えたように後ずさる。その隙をハツは見逃さなかった。
「この瞬間を待ってたんだぜッ」
一気にスピードを上げ、侵入者の目の前に迫る。彼女が息を呑む間も与えぬまま、ハツは剣を振り下ろした。
「!」
キーーーン…………
高い金属音を残してあたりに一瞬の静寂が訪れた。ハツの剣は敵の身体を貫く前に、別の剣によって行手を阻まれていた。
「やれやれ……こんな厄介な奴に見つかるなんて君はとことん運が悪いねぇ」
「な……」
状況を飲み込めないヤクとハツの前に、二つの人影が現れた。一方はハツと侵入者の間で剣を構え、もう一方は少し離れたところに気怠げに立っている。茶色いコートに身を包んだ二人はフードを被っていて顔はよく見えないが、声からしてヤクたちと同い年くらいのようだった。
(どうしよう……まさか仲間がいたなんて……)




