⑧芸術は爆弾
そうしたら侵入者はどうするだろう?再び会場に戻って仕掛け直すのか?それとも……
(いた!)
角を曲がり切ったところで人影が見えた。と同時に向こうも追手に気づいたらしく、素早くこちらを振り返った。
「……⁉︎ きみは……あの氷像のところにいた……」
振り向いたその顔にヤクは驚いた。それはあの爆発が起きた後、氷像の下敷きになっていたところをヤクたちが助けた女性だった。
「クソッキサマらの仕業かッ!」
慎ましやかなご令嬢といったその風貌からかけ離れた荒々しい言葉にヤクはびっくりして立ち止まった。そのうちに彼女はひらりと身を翻して駆け出した。
「! 待って!」
その声が聞こえたのかは不明だが彼女は突然ぴたりと足を止めた。それから近くにあった展示物の棚に素早く駆け寄ると、何かを探すようなそぶりを見せた。
(……?あれは確かカラカラさんと一緒に確認した二年生の作品たち……何をするつもりだろう…?)
ふと、ヤクの脳裏にカラカラの声が蘇った。
__作品の数が合わなくて
__一つ多い?っぽくて
(……まさか)
__匿名とは謙虚な作者だね
(そうか!爆弾はもう一つ__)
「君の探し物って、これかい?」
背後から突然声が聞こえて、ヤクは文字通り飛び上がった。と、ヤクと向かい合っていた女が目を見開く。
「キサマッなぜそれを……!」
「え? メレシアスさん⁉︎」
ヤクもまた背後を振り返って驚いた。柱の影から姿を現したのは、コンサートが始まる前に別れたはずのメレシアスだった。彼は右手に持っていた彫刻をヤクたちの方に突き出して見せながら肩をすくめた。
「中身が爆弾とは美しくないね」
「……なぜわかった、怪しい点は何も……」
メレシアスはきょとんとして侵入者を見つめた。
「一目瞭然だろう? この彫刻模様一つ一つに刻みつけられた殺意は素晴らしい! 憎悪、愛、嫌悪、崇拝、恐れ……全てが殺意という一地点に収束し象られてこうして実在している……この脆く美しい感情の激しさは、きみ、若さだよ……。もっとも、感情が先走りすぎてお粗末な感は否めないけどね」
メレシアスはうっとりとして手元の彫刻を見つめた。ヤクだけでなく侵入者も呆気に取られたような顔をして彼を見ていたが、すぐに気を取り直して不敵に笑った。
「ふ……ならば後生大事にそいつを抱えているがいいさ!」
そうして彼女は懐から笛のようなものを取り出した。
「まずい! メレシアスさん! その爆弾は音に…」
“ピィーーー”
ヤクの言葉に被せるように笛の音が鳴り響いた。
(間に合わない!)
ヤクは思わず身構えた。が、しばらく待ってみても何も起こらない。恐る恐る目を開けてみると、メレシアスが些か不満げな面持ちで立っていた。
「うーん、あんまりこうしたくはなかったんだけど」
そう呟くメレシアスの手には、透明な殻のようなもので覆われた彫刻、もとい爆弾があった。
「メレシアスさん……それってもしかして、氷……?」
「当たり。僕はハイマから氷像を作れるんでね。彫刻を氷で覆って、隙間を真空状態にしたのさ」
「真空……?」
「氷も空気もない、そんな空間じゃそもそも音は伝わらないだろう?」
「……あ! そっか!」
周囲が真空状態となった彫刻の中の爆弾に、音を届ける術はない。ヤクが感心していると、侵入者はいきなり背を向けて走り出した。
「ど、どこ行くの⁉︎」
奇妙なことに彼女は正面玄関を通り過ぎてさらにその奥へと進んだ。
(あの先は確か……さっき爆発の起きた第一会場!)




