⑥侵入者の記憶
ムレイスに連れられて辿り着いたのは、コンサートホールに隣接する小さな部屋だった。
「ここって……?」
「楽屋さ。学園じゃなく出演者に事情を話して、本人にコンサート中止を希望してもらうんだ。今回の出演者はこの国の人間じゃない。王国内での地位よりは命を優先するだろうし、学園側だって世界的なスターを脅すような真似はしないだろう」
「なるほど……」
「僕もついていきたいところだけど……そろそろ観客の入場が始まる頃だ。中止になるにしても今は運営を回さないと混乱を招くことになる」
「大丈夫! 僕たちで説得してみせるよ! ありがとうムレイスさん!」
「頼んだよ! ほら行くぞカラカラ」
「えっ僕も!? 接客なんてできないよぉ……」
引きずられていくカラカラを尻目に、ヤクはコンコンと扉をノックした。
「どうぞ」
「失礼します!」
気が急いて勢いよく扉を開けると、中にいたアキュレイトがびっくりして振り返った。
「わ……と、君たち! 今朝はどうも。サインでももらいに来たの?」
「アキュレイトさん! コンサートは中止にして!」
「?」
ヤクの藪から棒に話すこの性質はどうにかならないものか。ため息をつきつつシキがまたも説明する。
「へぇ……」
話を聞き終えると、アキュレイトはまじまじとヤクたちを見つめた。
「君たち、よく無事だったねぇ……よかった」
「……アキュレイトさん」
不意に胸が熱くなった。爆発が起きてからというもの、目の前のことに必死ですっかり忘れていたが確かにあれはヤクが生まれて初めて感じた死の恐怖だった。耳をつんざくような音、瞼を閉じても眩しいほどの光、頬を叩かれたような熱の痛み、ものの焼けるにおい、血、埃、机の脚、手。怖かった。足が震えて、手が震えて、怖くて怖くて、もうずっとうずくまっていたかった。
アキュレイトの優しい声音から、本気でヤクたちの無事を喜んでくれたのだとわかった。それがどうしようもなく嬉しくて、温かくて、ヤクは思わず泣きそうになる。けれどシキの声ではっと気を取り戻した。
「あなたの言うことなら学園も従わざるを得ないでしょう。一刻も早く、コンサートの中止を表明してください。客の入場が進むほど避難は困難になります」
「ちょっと待ってくれよ。俺はコンサートを中止するつもりはないよ」
「は……?」
四人はぽかんとして目の前の歌手を見つめた。
「こんな機会は滅多にないんだ、メジアストのお偉方の記憶……心を揺さぶるチャンスなんて」
「ええと」
奇妙な言い間違いが聞こえた気はしたが、ヤクが何か言う前にアキュレイトは続けた。
「それに俺なら、犯人を見つけられる」
「……え?」
またもぽかんとするヤクたちにアキュレイトはにやっと笑って、近くに来るよう手で招いた。それから部屋をぐるりと見回して誰もいないことを確認すると、囁き声で話を続けた。
「俺の特能を使うのさ。俺は俺の歌を聴いた人の記憶を覗くことができる。といってもその歌にまつわる記憶だけだけど、これが意外と手掛かりになるのさ」
「そんな特能が……」
「ですが、そもそも犯人がこの場にいるかもわからないんですよ? もう学園の外に逃げているかも……」
「いや、まだいるよ。さっきいたし」
「え、犯人見たの!?」
詰め寄るヤクたちを手で制して、アキュレイトはのんびりと説明をした。
「コンサートの前に声の調子を整えたいからね、軽く歌っていたのさ。この楽屋に着いた直後からね。そしたら戸口の前に誰かいたみたいで記憶が覗けたんだけど……ここに来るのはこの国の貴族が殆どだろう? それなのにその人の記憶にあったのはひどく汚いスラム街だったのさ」
「スラム街……」
「貴族が施しでいくにもせいぜい王都付近の比較的小綺麗な市民街だろ? なんかヘンだと思ってたんだけど……そしたらさっき、君たちが来る直前にここら辺に来た人の記憶にもその景色があったのさ。別人にしてはあまりに記憶が一致していたから、多分同じ人だろう」
「どんな人かは見てないの?」
「うん、俺は部屋の外にいたその人の記憶を覗いただけだからね。俺の特能でわかるのは、俺の歌を聴いた人の記憶とその位置だけさ」
シキは腕組みして考え込んだ。
「ここはスラム街に出入りするような人間が招かれるような会場じゃないし、そんな奴が貴族にのし上がれるような国でもない。となるとそいつが侵入者の可能性は高いな。イコール犯人と決まったわけではないが……」
「まあ、賭けてみるしかないね」
アキュレイトの言葉に同意を示してシキは続けた。
「いずれにしろ、そいつがこの人混みの中で出口まで辿り着くには時間がかかるだろう。急げば警備の者に怪しまれるしな」
「それならまだ時間はあるな」
ハツが頷く。ヤクはふと首を傾げた。
「でも、二回もここに来るなんて……なにしに来たんだろ?」
「ああ。一回目は開場と同時に仕掛けに来たんだろうが、つい先程来たのは何故だ……? 爆発発生後は警戒が強まることくらい承知だろうに……」
「あのー、取り込み中ごめんね」
セナがパッと手を挙げた。
「多分、犯人はアキュレイトさんの歌う歌の何かの音に合わせて爆弾が鳴るようにするよね。そしたらアキュレイトさんが特能で犯人を見つける前に爆破されちゃうかもしれないよ」
「た、たしかに……」
ヤクが頷きかけたところで今度はアキュレイトが片手を挙げた。
「あーそれはきっと大丈夫。曲目は学園祭の告知とともに公表したから、犯人はそれを見て仕掛けを作ったはずさ。だからサプライズで曲目を変更する。今日歌う予定だった歌で使われる音を一切含まないような曲にね」
「そ、そんなことできるんですか⁉︎」
「俺を誰だと思ってるのさ。世界一音域の広いさすらいの少年歌手だぞ? この国の音楽に使われない音調も今回の曲にはないトーンもいくらでも歌いこなしてみせるよ」
プロってすごい。セナとヤクは尊敬の眼差しでアキュレイトを見つめた。
「ひとつ、聞きたいんですが」
「どうぞ、シキ君」
シキは心なしか目つきを鋭くしてアキュレイトを見据えた。
「あなたはいつも、人の記憶を覗いているんですか? コンサートのたびに、勝手に……」
「うん、そうだよ」
アキュレイトはあっけらかんとして答えた。シキが眉を顰める。
「……それは少々問題があるのでは? コンサートに来る客はあなたの歌を純粋に楽しみにして……」
「君の言いたいことはわかるよ。でもね、君は俺の目的を取り違えてる」
「……どういうことですか」
「俺が歌うのは、お客さんを楽しませるためじゃない。もちろんエンタメを提供するのは楽しいけれどね、それよりもやっぱり、自分が楽しみたいじゃないか。別に誰かに言うわけでも弱みを握るでもない。俺が知って楽しむだけ。今のようにあえて言わなければ誰も気が付かない。誰も傷つかない。それでいいだろう?」
「……俺はそうは思いません」
アキュレイトはふふっと笑った。
「うん。君はそうだろうね」
ヤクはアキュレイトとシキとを交互に見つめた。それからはっと思いついてアキュレイトに向き直った。
「ところでアキュレイトさん、どうやって犯人に歌を聴かせるの? まだ学園にいたとしても、さすがに爆発する会場には留まらなさそうだけど……」
「あれ? 知らないのか」
アキュレイトは目をぱちくりとさせたのち、にやりと笑った。
「俺の歌は校内放送によって学園中に響き渡るのさ。せっかく大舞台を用意してもらったんだ、歌手の名にかけてやり遂げてみせるよ!」




