とんでもないやつ
「ほんとに知らないよ!」
「いいから早く名前と学生番号を言いなさい」
「うぅ……なんだってこんなことに……」
強面の大人たちに見下ろされて、ヤクは頭を抱えた。
遡ること数刻前。
ルームメイト・シキにより破壊された自室からひとまず予備の空き部屋に移って一息ついていると、シキが真剣な面持ちでヤクに尋ねてきた。
「お前、さっきのどうやったんだ」
「さっき?」
「あの男が俺に近づいた時、お前だけ気づいてたじゃないか」
「それはだって、みんなじっとしているのにあの人だけ動いてたから……」
シキはむっとしてヤクを睨みつけた。鋭い眼光に思わずひるんでしまう。
「嘘つけ、あの男は__」
「自身の姿や気配を他者に悟られぬ特能を持っていると、自供がとれましたぞ」
シキの言葉に被さるようにして唐突に聞こえてきた声に、二人はびっくりして振り返った。部屋の入口に軍服を着た三人の大人が立っている。
「鍵がかかっておりませんでしたので入りました次第です。そっちの金髪の君、さっき叫んだ学生だな?周囲の学生からの目撃証言がある」
「えっと……はい」
「早速だが場所を変えよう。そのことで聞きたいことがある」
「えぇ?」
特能。それは人が自身のもつ生命エネルギー「ハイマ」を利用して発現させる特殊能力である。ハイマの特性に左右されるため、個人により特能のタイプは千差万別だが、6、7歳で発現し体の成熟とともに完成するという流れは共通のものだった。この王立学園は、学生が貴族社会で生きるうえで必要な教養を身に付けるだけでなく、発達過程にある特能をより完全な形で習得することも目的の一つなのだ。
(僕、なんかしちゃったかな)
ウンウンと頭をひねりつつ連れていかれた部屋は日当たりが悪くうすら寒い、手狭な部屋だった。中央にぽつんと置かれていたテーブルの前に座らされるやいなや、浴びせられた言葉にヤクは飛び上がった。
「お前はあの男の仲間だな?悪いようにはしない、全て吐いてくれたらな」
「な、な、仲間!?僕が!?あの人の!?」
びっくり仰天といった様子で聞き返すヤクに、軍服の男は冷たい声音で言い放った。
「あの場にいた全員があの男の姿を捉えることはできなかった。ジェージニアントのご子息が爆発によって男を能力の使用が不可能な状態に落とし込むまではな」
「え……?」
「しかしお前はそれより前にあの男に気づいていた、これを共犯以外の何で説明できる?」
「ちょ、ちょっと待ってよ!僕ほんとに知らないよ!」
誰も反応しないのは奇妙だと思ったが、まさか自分にしか見えていなかったとは。
「いいから早く名前と学生番号を言いなさい」
「うぅ……なんだってこんなことに……」
「さあ早く。長引くほどお前にとって不利になるぞ」
「ヤク……ヤク・ルーニュ・フロンタイト、です」
「ふん、田舎貴族の息子か。動機はなんだ、金か?地位か?」
「だから誤解……」
「まだしらを切るか。確かに真っ先に警告を出したのはお前だったな。あれはどういうつもりだ?」
「どういうって……危ないって思ったから……」
「などと言いながら、命の恩人としてジェージニアントのご子息に取り入る計画だったんじゃないか?共犯の男までも利用して……」
「そんなこと……!」
「それはないな」
不意に戸口から聞こえた声にはっと顔を上げる。シキが腕を組んで壁にもたれかかっていた。
「シキくん!」
「な!恐れながらここは立ち入り禁止ですぞ」
「それは悪いな、鍵がかかってなかったから入っちゃったよ」
にやりと笑ってシキは軍服の男に近づいた。
「そいつが共犯ってのはありえない。本当に俺を殺す気だったならあそこで声を上げる必要は皆無だし、俺に取り入る気ならあのタイミングでは遅すぎる。俺がこいつを持ち歩いていたおかげで間に合ったものの、そうじゃなきゃとっくにやられてたさ」
そう言ってシキは胸元からあの黒い玉を取り出した。軍服の男がはっと息を呑む。
「それは……個人の武器の持ち込みは禁止されています、いくらあなたでも……」
「護身用ならOKだったろ?あいにく俺は刃物は好きじゃないんだ」
「しかしあの威力はあまりに危険です、一体どこで手に入れられたのです?」
ヤクからシキへと尋問対象を移したらしい男に詰め寄られつつ、シキはあっけらかんと言い返した。
「作った」
「え?」
「作ったんだよ、俺が。だからどこにも売ってない。強いて言うなら入手したのは俺の部屋でだ」
唖然とする男を尻目に、シキはもう話は終わったとばかりに視線を外してヤクの方へ歩いてきた。
「お前もこれくらい反駁してみろよ。ほら、帰るぞ」
「お待ちください、その者はまだ……」
「学園長には話を通した。彼はただの学生だ。俺たちはこれで失礼するよ」
高圧的な物言いに軍服の男が怒りを抑えているのが傍目にもわかった。
「まあ、この爆弾は改良の余地があるか……起爆条件をいじらないと面倒なことになりそうだ」
廊下に出たところで、シキはさすがに反省の色を見せた。
「ありがとう、シキくん。おかげで助かったよ」
「………」
「シキくん?……わっ」
急にシキがヤクの腕を掴んで引っ張ったので、ヤクはバランスを崩して転びそうになった。
「どうし……」
「邪魔者は消えた。いい加減説明してもらおうか」
シキは今度はヤクの両肩を掴んでがくんがくんと揺さぶった。
「どうしてあの時、男に気が付いた?」
「わ、わかんないよ。ただ見えただけだもん……」
「そんなはずないだろ!あの男は自身を隠し通す特能を使ってたんだ!誰にも気づかれないだけの自信と実力があったからこそ、あいつはあんな思い切った計画に踏み切ったんだろ!」
肩を掴む手に力が入って、ヤクは思わず顔をしかめた。はっと我に返ったシキが気まずそうに手を離す。
「その……あれはお前の、特能なのか?」
「それは……」
「教えてくれ。知りたいんだ」
これまでの高圧的な態度からうって変わって、シキは縋るようにヤクを見つめた。まっすぐな黒い瞳は紫水晶をちりばめたように透き通った光を宿している。ヤクは困惑してその瞳を見つめた。教えられるものなら教えたい。だが、本当にわからないのだ。
「特能……じゃないよ」
「嘘つけ!そんなはずは……」
「嘘じゃない。だって僕は、特能が使えないんだ」
「……え?」
特能が使えない。あまりに想定外の、そして数多の知識を収納した記憶にさえ存在しない言葉の並びにシキは一瞬フリーズした。
「……どういう、ことだ」
「理由は僕もよくわからないけど……」
にわかには信じがたいが、ヤクが嘘をついているようにも思えなかった。そうなると本当にシキの質問の数々には解答不能らしい。
「わかった」
シキはそう呟くと、いつもの不敵な笑みを取り戻した。
「お前もわからないのなら俺が解明してやろう。あの男に気づいた理由も特能が使えないわけも」
「ほんと!?」
「ああ。ルームメイトのよしみだ」
どんな理由であれ、あの時シキにはできなかったことがヤクにはできた。そのことは動かぬ事実なのだ。このままでは自分のプライドに関わる。そんなシキの胸中はつゆ知らず、ヤクはぱあっと顔を輝かせた。
「ありがとう!シキくんがいればもう解決だよ!」
「まあな。俺天才だし」
「すごーい!」
(この俺がこんな能天気に負けるなどあり得ない。絶対になにかカラクリがあるはずなんだ)
おもしろい。久々に好奇心をそそる研究テーマが得られたじゃないか。
「………それはそうとヤク、お前特能使えないのによく入学できたな」
入学試験には筆記試験のほかに特能を用いた実技試験も行われたのだ。
「それはまあ……なんとか……」
「まあ今更気にすることではないな」
口ごもったヤクを見てシキは強引に遮った。不正入学など今に始まったことではない。無理にそれを暴くつもりはなかった。
「で、お前筆記は何位だ?」
「え?」
「ルームメイトの成績は俺にも関わってくるんだ。お前のレベルを把握しておく必要があるだろ」
「………二位」
「ん、二位か」
「いや、七十二位」
王立学園の新入生は、在籍七十二名である。
「お、お前……最下位じゃないか……」
「えへへ」
声を震わせて脱力するシキを前に、ヤクは照れたように笑った。
とんでもない奴とルームメイトになったのかもしれないと、シキは思った。




