①騒がしいお隣さん
「はぁ〜やっと終わった……」
「お前ちゃんと答えただろうな? 部屋に戻ったら答え合わせだ」
「えぇっ⁉︎ もうなんて書いたか覚えてないよ…」
ガヤガヤと騒がしくなってきた教室でヤクはだらりと机にもたれた。記念すべき第一回目の試験の一日目、筆記試験がついに終わりを迎えたのである。シキ付きっきりのスパルタ試験勉強から解放された安堵で、ヤクは大きなため息をついた。
「ほら行くぞヤク」
「はーい」
「シキくんは明日も試験だよね?」
部屋のドアを開けながら、ヤクは振り向きざまに尋ねた。定期試験の二日目は実技。特能を使えないヤクは受けないが、シキはもちろん対象者だ。
「ああ。ま、どうせ俺がトップだから張り合いないけどな」
「フン、よく言うぜ!世間知らずのおぼっちゃんがよぉ」
突然挑発的な声が割り込んできて、二人は声のした方を見た。隣の部屋に入ろうとしている少年が、嘲りを含んだ笑みを浮かべている。
「なんだお前は」
シキが睨みつけたが、少年は怯むどころがより目つきをきつくして睨み返してきた。
「隣室の奴の名前も覚えてねーのか、天才とか聞いたけど大したことねーな。せいぜいそっちのバカに持ち上げてもらって胡座かいとくんだぜ、明日までな」
「明日? 大した自信だな。俺とやり合う気か」
シキに対してこんな物言いをする人に出会ったことがなかったので、ヤクはびっくりして少年を見つめた。
実技試験は二段階に分かれている。一つ目はハイマの出力テストであり、これは全員必須のものだが、出力量が多くある程度特能を使いこなせる者かつその特能が戦闘向きである場合には、その者同士で練習試合が行われるのだ。
「雑魚を覚えておくほど暇じゃないんだ。でも覚えておいてやろう、身の丈の割に口のでかい奴だってな」
「なんだとてめぇ⁉︎」
「ちょ、ちょっと!」
少年は喧嘩っ早い性格らしい。赤みの多い茶髪を逆立てる勢いでその瞳が怒気を孕んだのを見てとって、ヤクは慌てて止めに入ろうとした。とその時、少年の後ろからにゅっと人影が現れた。
「ストップ! ほら、はーくん落ち着いて」
「セナ!」
少年がハッとして振り向く。セナと呼ばれた少年は、青みがかった長い髪を揺らしてにっこりとヤクたちに微笑みかけた。
「はーくんがごめんね、僕たちはこれで戻るよ」
「えっと、君は……」
ヤクが問い返すより前に、セナは何やら喚く少年を部屋に押し込んで扉を閉めてしまった。何が何だかわからぬままヤクが突っ立っていると、シキがヤクたちの部屋のドアを開ける。
「なんだったんだあいつら。あれが本来の俺たちの隣人とはな」
「……」
入学初日にシキの護身用爆弾によってこの部屋が破壊されたため、二人は一つ下の階にある空き部屋を使っていたのだが、先日補修工事が終わって戻ってきたのである。試験勉強のために隣人と顔を合わせる機会もなかったのだが、まさかよりにもよってあんな無作法な奴だったとは……とシキはため息をついた。
(シキくん、まだ怒ってるかな)
先程の両者の剣幕を思い出して、ヤクは意外に短気なこのルームメイトに念を押しておくことにした。
「シキくん、明日は喧嘩やめようね」
「わかってるよ。安心しろ、明日あいつをぶっ潰してやるから」
「……うん!」
普段必要以上の理解力を見せる彼との間で初めて交わされた破綻した会話に、ヤクはこの少年の新たな一面を知った気がした。
◯◯◯
「次!シキ・ノイカシニ・ジェージニアント!」
「頑張ってシキくん!」
「ふん、余裕だよ」
実技試験当日。まずは特能の出力具合を測定するという、初回らしい簡素なものである。特能は人によって様々な特性があるものの、基本的にはそれを体外に出力するという共通点がある。そのハイマの出力量を測定し、大きい者順に高成績を付けるらしい。
ザリッと、シキがグラウンドを踏み締める音が響くと、あたりはしんと静まり返った。主席入学で学園長の息子である彼がいかなる特能の使い手なのか、学生たちも興味津々といった様子で注目していた。シキが徐ろに左腕を上げる。黒い手袋に覆われた人差し指がすっと測定器を指差すのと、爆発音が響くのとが同時だった。瞬きして見てみれば、測定器からもうもうと煙が上がっている。
「え、なに? 故障?」
「違うよ、あれは……」
学生達が口々に話し始めて、あたりが騒然となる。
「まさかシキくん、出力量が大きすぎて測定器壊しちゃったの……?」
ヤクが思わずこぼした呟きが聞こえたはずもないが、シキはこちらを向いてどうだ、と言わんばかりに笑みを浮かべてみせた。
「すごいやシキくん!」
シキが戻ってくるなりヤクは目を輝かせて彼を出迎えた。まんざらでもなさそうな様子でシキは席につく。
「まぁな、あれくらい別に……」
「大したことねーよ!」
聞き覚えのある声が響いたかと思うと、わっとどよめきが広がった。グラウンドに目を戻すと、昨日の少年が仁王立ちしてこちらに鋭い視線向けている。傍らには黒煙をあげる二台目の測定器の残骸があった。
「おいお前! シキとか言ったな! こんな雑魚どもにちょっと勝った程度で浮かれてんじゃねーよ!」
「なんだまた口喧嘩か? 吠えるしか能のない奴だ」
「シキくん喧嘩はダメだよ!」
「はーくんストップ!」
ヤクの声に他の声が重なった。振り返ると少し離れた席にセナが座っている。
「引っ込んでろセナ! シキ、そんなに言うなら見せてやるぜ!」
少年は懐から短剣を取り出すと、その切先をまっすぐシキに向けた。
「剣の使用は禁止です! 今すぐこちらに持ってきなさい!」
試験官が叫んだ。しかし少年もシキもまるで耳に入らないといった様子で睨み合っていた。シキがゆっくりと立ち上がる。
「フン、ようやく実技試験らしくなってきたな」
「シキくん⁉︎」
「すぐ終わるさ」
シキはそう言ってグラウンドの方に降りて行った。二人が向かい合う。一陣の風が吹いて、砂が舞い上がった。ただならぬ雰囲気に学生たちは口を噤み、この静けさの妙な緊張感にごくりと唾を飲み込んだ。ただ、試験官だけはその責任を果たすことを忘れていなかった。
「一方の学生は武器の持ち込みという違反を犯し、尋常ではない攻撃性を持っている! この第二試験は学生の安全確保のため中止とする!」
「うるせぇよ!」
試験官の真っ当な指摘は少年の声に掻き消され、それがそのまま戦闘開始の合図になった。二人の距離が一気に縮み、シキの目の前で少年の短剣が鈍く光る。
(シキくんが危ない!)
「はーくん! 人を攻撃しちゃダメだよ!」
咄嗟のセナの叫びに少年はぴたりと動きを止めた。だがそれも束の間。
「わかってるぜ……オラァッ!」
「わ、火⁉︎」
少年が大きく後ろに振りかぶると、剣先からめらめらと炎があがった。赤く縁取られた斬撃はそのまま剣を離れ、グラウンドを囲うようにして植えられていた木々に燃え移った。葉が黒い塊となって舞い、灰とともに焦げくさい熱風を運んでくる。
「ハツ・キーツァ・カザリグ! 攻撃をやめなさい!」
教師の命令を無視して突如開始されたこの戦闘に言葉を失っていた試験官は、我に返って声を張り上げた。しかし少年は苛立った様子で彼を睨みつけた。
「またかよ! 黙れ雑魚がッ!」
そう言うや否や剣をまた一振りすると、学生たちの奥に植えられていた木々までも炎に包まれた。
「学生は一時避難! 校舎に戻りなさい!」
試験官の大声に、硬直していた学生たちがわっと校舎へと駆け出す。人の波に逆らいながら、ヤクは観客席からグラウンドの方へ降り立った。すぐにシキの方へと駆け寄る。彼は少年の出した火を観察するようにじっと眺めていた。
「君たち!」
突然誰かがヤクの腕を掴んだ。思わずよろめきながらも目線をあげる。
「……セナくん!」
「君たちにこんなことお願いするのはお門違いだけど……お願い、はーくんを止めて!」




