⑨悪い子
「さて、君たちこれからどうする?」
ルゼにそう聞かれて、ヤクはようやく怪訝に思った。これだけのことがバレたというのに、そういえばやけにルゼは余裕そうだった。
「俺はもう決まっている。まずは俺の特能について、君たちの知らないことを教えてあげよう。俺の特能の発動条件は二つ。一つはシキの言ったように、相手の体に触れること。そしてもう一つは相手の直近十秒の記憶に関与すること……つまり、こうして君たちが興味を持ち記憶に刻む話を与えることだ。だが一つ目の条件には特例がある」
ルゼは首を僅かに傾けると、勝ち誇ったような笑みを浮かべて二人を指差した。
「俺が最後に触れてから十時間以内であれば、その相手に触れずとも二つ目の条件を満たしただけでいつでも特能を発動できるんだ」
「馬鹿な。あんたの特能はヤクには効かない」
「シキ、君に効くだけで十分だ。なんといっても君たちの言い分には物理的な証拠がない。ジェージニアント家の君ならまだしも田舎貴族のヤクが何を言ったって誰も聞きやしない。ヤクが記憶を操作された君に再度真相を吹き込む前に退学に追い込むくらい、造作でもないことだ」
「なっ……ルゼ先輩、なんてことを!」
ヤクの声を嘲笑うようにルゼはふん、と鼻先で笑う。と、シキがにやりと笑った。
「残念ながらルゼ先輩、俺が忘れてもこの人は忘れないんだよ」
シキは一気に扉を開け放った。
「が、学園長……」
ルゼは愕然として目を見張った。扉の先に立っていたのは他でもない、この学園の最高権力者にしてシキの父である学園長だった。
「ルゼ・マキル・ジェリセン。私とともに来てもらおうか」
「くそ……!」
ルゼは唇を歪めて舌打ちすると、シキを睨みつけた。
「お前、学園長の息子だからって……」
「それ以上は言わない方が身のためだぞ」
「あ! ケネー先輩!」
学園長に続いて部屋に入ってきたケネーに、ルゼは僅かに顔をしかめた。
「ケネー……。俺を殴りに来たのか?」
「そうだ、と言いたいところだが……お前をとっちめるのには俺より適任がいる」
ケネーの影から細い人影が姿を現した。その途端、ルゼの顔つきが変わる。
「ルゼ……僕を騙してたの?」
「……ミュレット」
ヤクのいるところからはケネーに隠れてミュレットの表情は見えなかった。だが、二年以上をともに過ごしたルームメイトに裏切られた彼の気持ちを思うと心臓を鷲掴みにされたような苦しさを感じた。
「僕に嘘ついてたんだね?ルゼ、お前は……」
ミュレットが一歩、また一歩とルゼの方へ歩み寄っていく。そんなルームメイトを一瞥するかと思いきや、ルゼは突然顔を覆った。
「……ミュレット、悪かった、俺が悪かったんだ」
ルゼは明らかに狼狽えて、じりじりと後ずさった。だがミュレットは躊躇いなく部屋の中まで入って行くと、ぐっと前に身を乗り出してルゼの頭を掴んだ。
「お前は本当に悪い子だねぇ? 他の子たちと喧嘩しちゃダメって言ったでしょ? ああそうだ、さっきケネーからもらったこのシャトニプシン、お前に使ってみようかしら?」
「ミュレット、謝るから……頼む、許してくれ、ミュレット……」
「ルゼ……先輩……?」
先程までの人を食ったような態度とは打って変わって懇願の体をとるルゼと病弱な青年という儚げなイメージからは程遠いミュレットの迫り方に、ヤクとシキは驚きを隠せなかった。唖然とする二人に、皆の後ろから現れたベスティがそっと耳打ちする。
「知っての通り、ミュレットは猛獣使いだ。だが、人は誰しもその心の中に猛獣を飼っているもの……ミュレットの本来の特能が発揮されるのは、むしろそちらに対してなのかもしれないな」
「な、なるほど……?」
わかったようなわからないような顔でヤクがぎこちなく頷く。その背後でシキは呆れつつも納得した。
(あの人は俺たちを子ども扱いしてたんじゃなく、ペット扱いしていたんだな……)




