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一翼のハイマヴィス  作者: かる
ルームメイト
10/18

⑧Youは何しにこの部屋へ?

 「ヤク、覚悟はいいな?」

「うん!ばっちりだよ!」

「よし、行くぞ」

 そう言ってシキは勢いよく扉を開けた。すかさずヤクも部屋に足を踏み入れる。中にいた人物がはっとしてこちらを振り返った。

「ここはケネー先輩とベスティ先輩の部屋ですよ。階数間違えてんじゃないですか、ルゼ先輩?」

「……」

 シキが後ろ手に扉を閉める。ルゼは振り向いた拍子に乱れた前髪を分け直すと、肩をすくめて二人を見やった。

「君たち、他人の部屋に勝手に入ったら駄目だろう? 俺はケネーに、忘れ物を取ってくるよう言われただけさ。あいにくこの部屋の主人たちは取り調べの部屋から出られないようだから」

「なら時間の無駄でしたね。だって、忘れ物ってこれでしょう?」

 シキは先ほどこの部屋の寝台の下でヤクが見つけた瓶を掲げてみせた。

「……! それは……」

「これがケネー先輩の部屋にあるままだと、彼のミスじゃなく薬を差し替えた誰かの仕業ってバレますから」

「シキ? さっきからなんの話を……」

 シキはチッと舌打ちすると声も口調もがらりと変えて話し始めた。

「言い訳とか鬱陶しいんで単刀直入に言うが、ルゼ先輩、あんたが今回の騒ぎの黒幕だな」

「えっ……」

 ヤクは目を見張って目の前の人物を見つめた。ここに来るまで、シキは後で真相を教えてやると言って一切の説明をしてくれなかったのだ。そんなヤクには目もくれず、シキは話を続けた。

「話は簡単だ。あんたは容体の悪化したミュレットの看病で手が離せないからと言ってケネーに猛獣の餌やりを頼む。そこでケネーがあんたにすり替えられた薬をシャトニプシンのつもりで餌に注入し与える。しかしケネーはお前に頼まれたとは一言も言わなかった。なぜなら……」

 シキはちらりとヤクに目をやってから、再びルゼへと視線を戻し声高に言った。

「あんたが記憶操作の特能者だからだ」

「記憶操作……?」

「………」

「そうだ。まずはケネーの記憶を操作し、彼がかねてから考えていた嫌がらせをこの機会に実行したと思い込ませた。だがこの特能には副作用がある。それが十分間の昏睡状態だ」

「十分って……それじゃあれは……」

「あんたはケネーに部屋まで戻るよう促し、この部屋に着いたところで特能を使い、ケネーを眠らせた。その時に猛獣暴走の騒ぎが起こって、向かいの部屋にいた俺たちにこの部屋にいたことを知られた。だがあんたはひとまず医務室へ戻り、ベスティの記憶をいじってあんたがずっと医務室にいたと思い込ませた。その後さらに医務室にやって来た俺たちにも特能を使い、あんたが二階にいた記憶を消そうとした。使用条件は相手の体に触れることだろう?医務室を出てあんたの手が肩に置かれた直後だったよ、俺の意識が遠のいたのは」

「でもシキくん、僕は覚えていたよ」

「そう、それがルゼの最大の誤算だ。ヤク、入学式の襲撃事件でもそうだったが、どうやらお前は他人の特能の影響をある程度防ぐことができるらしい。だがルゼ、あんたはそのことに気が付かなかった。恐らくあんたが特能を使えるのは一回につき一人だけ……記憶操作を受けた者が昏睡状態から目覚めるまで、次の者に操作はできない。つまり特能が発動するのは十分おきだ。しかし発動するよう特能を予めかけておくことは二人同時でもできる。それに俺たちが二人同時に倒れるのはあまりに不自然だから、まずは俺に特能を発動させて眠らせ、俺たちが部屋に戻った後でヤクにも発動させる手筈だったんだろう」

「あの時にそんなことを……」

 ヤクはあの時の不安げなルゼの面持ちを思い出していた。だが目の前の彼は、もはや別人のように狡賢い笑みを浮かべると、くくっと肩を震わせた。

「二人が続けて眠ったにしてはやけに戻ってくるのが早いと思ったんだ。それにしても、友人と自分の記憶の齟齬から俺の特能を導き出すなんて大した自信だな」

 備え付けの机に寄りかかっていた格好から起き上がって姿勢を立て直すと、ルゼは腰に手を当ててこちらを見下ろした。

「ルゼ先輩? ……シキくんが言ったこと、本当なの?」

「おやヤク、ルームメイトの話を疑ってくれるとは嬉しいな。でもそっちの彼はまだ何か言いたいみたいだ」

 ヤクはシキに視線を移した。シキはルゼを睨みつけると、再び口を開いた。

「これらの計画の前提となるのは、小屋の管理を他人に任せねばならず特能の発動も困難なほどのミュレットの不調と他学年の授業中に小屋の管理を頼める休講の同学年生、そしてあんたが代わりに小屋に行くこともできないほど付きっきりで看病せねばならない理由……つまり医務室の医師の不在だ。医師は今朝から急病人の対処にかかりっきりで不在だったらしいが、その急病人は休講となった授業の教師だったらしいな。まああんたに一杯食わされたんだろ。タイミングよくミュレットに毒を盛るためにも、医務室の管理者である医師はどうしても邪魔な存在だっただろうし、休講と医師の不在、両方を実現する一石二鳥の妙案だ」

「君が褒めてくれるとは嬉しいな」

「ま、待ってよ、毒って……?ミュレット先輩のあの不調は……」

「お前の手当てが終わった後、こいつに茶を出されただろ。ご丁寧に全員に手渡ししていたな? あの時ミュレットのにだけ毒を入れていたのさ、後で容体が急変するように。むろん、医務室に連れてくるためにそれよりも効果の弱い毒を予め飲ませていたんだろうがな」

「そんな……」

 皺の寄った白い布に呑み込まれてしまいそうなミュレットの白んだ顔色と苦しげな息遣いを思い出して、ヤクは思わず服の裾を強く掴んだ。

「ひどいよ……ミュレット先輩は、看病してくれたあなたに感謝していたのに……」

 ルゼは大げさにため息をつくと、わざとらしく両手をあげてみせた。

「あーあ。まさかこんなに早くバレるとはな。完璧な計画とは思わなかったけど、ここまで思い通りにいかないとは。人ってわからないものだな」

「ルゼ先輩……どうしてこんなことを? なんでそんなにケネー先輩を……」

「こいつの狙いはケネーじゃない、ベスティだ」

「ベ、ベスティ先輩?」

「ご明察。俺のジェリセン家とベスティのブリールトン家には、ミュレットとケネーのそれとは比べ物にならないほどの溝があるのさ。ケネーが故意に事件を起こし大勢の学生を危険に晒したとなれば、ルームメイトであるベスティにとっても相当なスキャンダルになるだろう?」

「そんな……そんなことのために、先輩たちをみんな騙して、関係のない動物を傷つけたの……?」

 声を震わせるヤクを一瞥して、ルゼは高慢な調子で続けた。

「文句を言いたいのは俺の方だよ。そもそも君たちがベスティたちを医務室に連れて来なければ、この部屋で二人同時に記憶操作をかけて戻ってこれたわけだし。その上あの時君たちに見られてその記憶操作の必要が生じたために、俺は一刻も早く医務室へ戻ってまずベスティに特能を使わねばならなくなった。おかげでケネーの手に入れたシャトニプシンを探す暇がなくなったよ。君たちが俺の消したい記憶を話す前にベスティが目覚めてくれたから、ラッキーだと思ったんだけどなぁ。けれどシキ、君の話には一つ間違いがある」

「なんだと?」

「俺は確かにケネーに餌やりを頼んだが、ケネーは本当にただ餌をやっただけだった。薬を仕込む絶好の機会だったのに、見た目の割にお人好しで拍子抜けだよ」

 ルゼは前髪を掻き上げて小馬鹿にしたように鼻で笑った。

「ベスティよりは動かしやすそうだったから選んだがどうも失敗だったな。結局、俺が代わりに注入したのさ。おかげで記憶操作の手間が増えたよ」

(そうか、やっぱりケネー先輩は……)

 ヤクはほっとして息をついた。

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